こんな時に急に出てこないで欲しい
AM 04:19
手を繋いだままで、走って、走って、走って……。
とにかく我武者羅に走り続けて、気が付けば
「来てねぇっすか?」
「何とか振り切ったみたい……」
思い切り息を荒げなら足を止めた二人は示し合わせることもなく互いの手を離してひざに手をつき、ぐるりと周りを見回して、ホッと一息胸をなでおろす。
あれだけウジャウジャといたバケモノたちの姿はすっかりとどこにも見当たらなくなっていた。
「にしても、どうしよう……。あんな数が居たらどう考えたってまた見つかるのは時間の問題よ?」
「っすね。とにかく状況が状況だし、とっとと先輩と合流しときたいんすけど……、」
「もうそんなこと言ってられる状況じゃないでしょ……」
「だからこそっすよ……!! 先輩は超カッコイイし、人間も滅茶苦茶出来てるけど、喧嘩だけは超弱ぇーんだからっ!!」
「そりゃ一人でも多く生き残れるんなら、その方がいいっていうのは間違いないけどさぁ……」
するとがさがさと近くから木々の擦れる音が聞こえた。
二人に緊張が走る。
音のした方向へと身体を向け、歯を食いしばってギュゥと拳を握り込んで僅かに構えを取った。
「脅かしたみたいで申し訳ないね。ボクだよ、
頭に葉っぱをくっつけて、羽織ったパーカーに木の枝をひっかけた
「先輩ぃ!!」
ずっとはぐれていた尊敬する先輩の姿を確認して、
「おいおい、たったの一日ぶりの再開はそんなに感涙することでもないでしょうに」
「俺っ!! ずっと先輩が姿見せないから、何かあったんじゃないかって!! 本気で心配だったんすよっ!!」
「……、いやそうだよな。なんか色々巻き込まれてるみたいだし、気が気じゃなかったよな。悪い」
「いいんすよ。先輩が無事ならそれで……!! そう言えば、先輩一人なんすか? 彼女さんは……?」
「というかあんた何時までその人に抱き着いてる気なのよ。男同士の抱き合いを見せつけられるこっちの身にもなりなさい……」
「ははは、お見苦しいところをお見せしてしまってすまないね。ほら、
「うす」
ポンポンと背中と肩を軽く叩いて促された
「ミサキさんなら今は安全なところで待っていて貰っているんだ。流石にちょっとあちこちに色々いてなんだか大変そうだからね。その様子だと君たちも随分大変だったんだろ? 折角だしミサキさんのいる場所に今から案内するよ」
小さな滝の方へと
「あらぁ、みんなお揃い……、かと思ったらあの人はいないのね。死んじゃったのかしら? だとしたら残念だわぁ。一番殺し甲斐がありそうだったのに」
そんな言葉が背後から飛んできた。
その小ぶりな鈴の音のような声色にはしっかりと覚えがある。
いきなり目の前に現れて、いきなり殺し合いを愉しもうと言ってきた人物だ。
木々の合間、川のせせらぎに寄り添うようにして立っていた。
頬を上気させて、僅かに息を切らせた様子で、擦り傷や小さな切り傷、打撲痕をその身に浮かび上がらせながら、それでも悠然と立っていた。
きっと彼女のここまで来るのに沢山の
その尽くを撃退せしめて、ここまでやってきたのだろう。
いくつも小さな傷をつけられて、見かけ上はボロボロに見える。
だというのに、その表情は相変わらず狩猟者や捕食者のモノとしかみえなかった。
「あなたたちは殺し合いなんかしない派閥なのよねぇ?」
「そうよ……!! しないわよっ……!! だってあともう何時間かでこの無意味なゲームだって終わるんだからっ!! だから、もう止めなさいよっ!! アンタだって見るからにボロボロじゃないの!!」
震える手足にぎゅぅっと力を込めて
「うふふ、心配してくれるの? やさしぃー。でもならそうだね……、実はあの子、なんて言ったっけ……、確かぁ……、そうそう、
広げた指先と指先をたんたんたんっと小さな音が鳴るように重ね合わせながら
可愛らしいと表現できる所作なのに、合わせられた言葉は人殺しの自白文。
行動と話の釣り合いが全くと言っていいほどに取れていない。
「あなたが……? 殺した……?
むせ返るような血肉のニオイ、飛び散った血漿、潰れた頭、動かない身体……。
「そうよぉ? あのとき初めて人を殺したんだけど、凄かったわぁ……。バールでね、ガンガン頭を叩くと、人が死んでいく感覚が直に伝わってくるのよ……!! 命の感触が手からどんどん広がってくるの……!! もうね、病みつきになっちゃうのよ……!!」
うっとりと、絶頂の余韻に浸る乙女の表情でその時のことを思い出しているかのように手のひらをグーパーグーパーと握っては開いてを繰り返す。
「……、信じられない……、恨みも何にもない人を殺して喜ぶだなんて……!!」
純粋に許せないとそう思った。
「確かに恨みはなかったんだけど、でもきっとあの子がその気になってたら一人勝ちされちゃってただろうから、先手を打たせてもらっただけのことよ? 生存戦略って言ってもらいたいわねぇ、――ッッ?!」
腹に据えかねた
渓流の走り辛い地形など全く以て意に介さずに最短距離を駆け抜けて、
バキッ!! と派手な音がして、
「俺は女を殴る趣味はねぇけど、でも友達殺したって言われて黙ってられるほど大人になれた覚えもねえ!! ふざけんなっ!! 人の命をなんだと思ってやがるっ!!」
これまで全く戦う意思を見せて来なかった
「そうね、大事よね命……!! 分かるわぁ。だから、私は戦っているんだものっ!!」
キレイな顔に拳骨を喰らわされた
そして――、
「そのグー、握りっぱなしにしない方が良いわよぉ?」
笑ったままで自らのことを殴りつけた
思い切り頬骨を殴りつけてジンジンと熱を持つ自らの拳に
「つぅ――!?」
見てしまって、自覚する。
痛みに表情が小さく歪んだ。
拳がジンジンと熱を持っていたのは硬い頬骨を殴りつけたから、ではなかった。
殴りつけた
「は……?」
反射的に手を抑えて後退り、思わず
抑えた拳は妙に冷たくなっていた。
「さて、あなたたちには私のことを手で触れずに無力化する術はあるかしらぁ?」
「まあそんな手段を持っていたとしても、あなたたちは私に対して殺す気で挑んでこれないだろうし、あんまり関係ないと言えば関係ないのでしょうけれどね」
そして一人で勝手に言葉を繋げていく。
「手始めにまずはあなたから殺させて貰おうかしらね。……、この場にいる誰か一人でも私が殺してしまったならば、それでゲーム終了になるはずよね? うん、愉しみだわ。先に勝者が生まれると残りは一体どうなるのかしらね?」
言葉としては疑問形の体を成しているけれど、その実誰かに問いかけているわけではもちろんない。
単なる挑発。
中途半端でどっちつかずな結末よりも、殺し合いゲームを十全に全うしたい。そういう欲望が心の深いところで煮え滾っている。
だというのに、最後の最後で殺すべき相手がコレでは、面白みがない。
それでも決着はつけなければならない。
そうしなければ生き残る芽はないのだから。
つまらない感傷を抱えたままでそれでも生き残るために、
「じゃっ、一先ずはあなたの命貰うわねぇっ!!」
目の前に立つ
「っっッ――!!」
その瞬間――、
「そんなに遊びたいなら、お姉さんが遊んであげるわよ」
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