こんな時に急に出てこないで欲しい


AM 04:19


 手を繋いだままで、走って、走って、走って……。


 とにかく我武者羅に走り続けて、気が付けば加成谷かなりや小鶴瓶こつるべは初日に瑠璃斑るりまだら七艶ななつやに合流した小さな滝の元まで来ていた。


「来てねぇっすか?」


「何とか振り切ったみたい……」


 思い切り息を荒げなら足を止めた二人は示し合わせることもなく互いの手を離してひざに手をつき、ぐるりと周りを見回して、ホッと一息胸をなでおろす。


 あれだけウジャウジャといたバケモノたちの姿はすっかりとどこにも見当たらなくなっていた。


「にしても、どうしよう……。あんな数が居たらどう考えたってまた見つかるのは時間の問題よ?」


「っすね。とにかく状況が状況だし、とっとと先輩と合流しときたいんすけど……、」


「もうそんなこと言ってられる状況じゃないでしょ……」


「だからこそっすよ……!! 先輩は超カッコイイし、人間も滅茶苦茶出来てるけど、喧嘩だけは超弱ぇーんだからっ!!」


「そりゃ一人でも多く生き残れるんなら、その方がいいっていうのは間違いないけどさぁ……」


 加成谷かなりやの尊敬する先輩を探したい、安否を確認したいという想いの強さに小鶴瓶こつるべは呆れ半分、感心半分で苦笑いを浮かべる。


 するとがさがさと近くから木々の擦れる音が聞こえた。


 二人に緊張が走る。


 音のした方向へと身体を向け、歯を食いしばってギュゥと拳を握り込んで僅かに構えを取った。


「脅かしたみたいで申し訳ないね。ボクだよ、堂佶とうきつ


 頭に葉っぱをくっつけて、羽織ったパーカーに木の枝をひっかけた瑠璃斑るりまだら遊馬ゆうまがぬっと姿を現す。


「先輩ぃ!!」


 ずっとはぐれていた尊敬する先輩の姿を確認して、加成谷かなりやは感極まって思わずヒシと抱き着ついた。


「おいおい、たったの一日ぶりの再開はそんなに感涙することでもないでしょうに」


「俺っ!! ずっと先輩が姿見せないから、何かあったんじゃないかって!! 本気で心配だったんすよっ!!」


「……、いやそうだよな。なんか色々巻き込まれてるみたいだし、気が気じゃなかったよな。悪い」


「いいんすよ。先輩が無事ならそれで……!! そう言えば、先輩一人なんすか? 彼女さんは……?」


「というかあんた何時までその人に抱き着いてる気なのよ。男同士の抱き合いを見せつけられるこっちの身にもなりなさい……」


「ははは、お見苦しいところをお見せしてしまってすまないね。ほら、堂佶とうきつ離れて」


「うす」


 ポンポンと背中と肩を軽く叩いて促された加成谷かなりやがすっと瑠璃斑るりまだらから離れる。


「ミサキさんなら今は安全なところで待っていて貰っているんだ。流石にちょっとあちこちに色々いてなんだか大変そうだからね。その様子だと君たちも随分大変だったんだろ? 折角だしミサキさんのいる場所に今から案内するよ」


 小さな滝の方へと瑠璃斑るりまだらが親指を向けたその瞬間に、


「あらぁ、みんなお揃い……、かと思ったらあの人はいないのね。死んじゃったのかしら? だとしたら残念だわぁ。一番殺し甲斐がありそうだったのに」


 そんな言葉が背後から飛んできた。


 その小ぶりな鈴の音のような声色にはしっかりと覚えがある。


 いきなり目の前に現れて、いきなり殺し合いを愉しもうと言ってきた人物だ。


 加成谷かなりや小鶴瓶こつるべがギョッとしながら振り返り、事情を知らない瑠璃斑るりまだらも二人のただならぬ戦慄っぷりに何かを察して、一歩後退りしながら釣られるように背後を向く。


 木々の合間、川のせせらぎに寄り添うようにして立っていた。


 不後取ふしどりみちるが立っていた。


 頬を上気させて、僅かに息を切らせた様子で、擦り傷や小さな切り傷、打撲痕をその身に浮かび上がらせながら、それでも悠然と立っていた。


 きっと彼女のここまで来るのに沢山の水難死霊アクアウィッチたちに襲われたのだろう。


 その尽くを撃退せしめて、ここまでやってきたのだろう。


 いくつも小さな傷をつけられて、見かけ上はボロボロに見える。


 だというのに、その表情は相変わらず狩猟者や捕食者のモノとしかみえなかった。


「あなたたちは殺し合いなんかしない派閥なのよねぇ?」


「そうよ……!! しないわよっ……!! だってあともう何時間かでこの無意味なゲームだって終わるんだからっ!! だから、もう止めなさいよっ!! アンタだって見るからにボロボロじゃないの!!」


 震える手足にぎゅぅっと力を込めて小鶴瓶こつるべが啖呵というには優しすぎる言葉を投げつける。


「うふふ、心配してくれるの? やさしぃー。でもならそうだね……、実はあの子、なんて言ったっけ……、確かぁ……、そうそう、玄道くろみちはとちゃん、あの子の頭をカチ割った犯人が私だって言っても同じこと言えるのかしらぁ?」


 広げた指先と指先をたんたんたんっと小さな音が鳴るように重ね合わせながら不後取ふしどりは言った。


 可愛らしいと表現できる所作なのに、合わせられた言葉は人殺しの自白文。


 行動と話の釣り合いが全くと言っていいほどに取れていない。


「あなたが……? 殺した……? 玄道くろみちさんを……?」


 小鶴瓶こつるべ波子はしの脳裏にあの朝の光景がまざまざと蘇る。


 むせ返るような血肉のニオイ、飛び散った血漿、潰れた頭、動かない身体……。


「そうよぉ? あのとき初めて人を殺したんだけど、凄かったわぁ……。バールでね、ガンガン頭を叩くと、人が死んでいく感覚が直に伝わってくるのよ……!! 命の感触が手からどんどん広がってくるの……!! もうね、病みつきになっちゃうのよ……!!」


 うっとりと、絶頂の余韻に浸る乙女の表情でその時のことを思い出しているかのように手のひらをグーパーグーパーと握っては開いてを繰り返す。


「……、信じられない……、恨みも何にもない人を殺して喜ぶだなんて……!!」


 純粋に許せないとそう思った。


「確かに恨みはなかったんだけど、でもきっとあの子がその気になってたら一人勝ちされちゃってただろうから、先手を打たせてもらっただけのことよ? 生存戦略って言ってもらいたいわねぇ、――ッッ?!」


 腹に据えかねた小鶴瓶こつるべが動くよりも早く、加成谷かなりやが猛然と握り拳を固めて跳び掛かっていた。


 渓流の走り辛い地形など全く以て意に介さずに最短距離を駆け抜けて、不後取ふしどりの鼻っ柱に握り拳を叩きこむっ!!


 バキッ!! と派手な音がして、不後取ふしどりがよろけ数歩後退る。


「俺は女を殴る趣味はねぇけど、でも友達殺したって言われて黙ってられるほど大人になれた覚えもねえ!! ふざけんなっ!! 人の命をなんだと思ってやがるっ!!」


 これまで全く戦う意思を見せて来なかった加成谷かなりやが激昂し、殴りつけた拳を硬く握りしめたままで怒鳴りつける。


「そうね、大事よね命……!! 分かるわぁ。だから、私は戦っているんだものっ!!」


 キレイな顔に拳骨を喰らわされた不後取ふしどりは、だというのににんまりと笑いながらぺっと唾を吐き捨てる。


 そして――、

「そのグー、握りっぱなしにしない方が良いわよぉ?」


 笑ったままで自らのことを殴りつけた加成谷かなりやの拳を指さした。


 思い切り頬骨を殴りつけてジンジンと熱を持つ自らの拳に加成谷かなりやの視線が吸い寄せられる。


「つぅ――!?」


 見てしまって、自覚する。

 痛みに表情が小さく歪んだ。


 拳がジンジンと熱を持っていたのは硬い頬骨を殴りつけたから、ではなかった。


 殴りつけた加成谷かなりやの拳の方が真っ赤になっていて、皮膚がさくりと裂けて、ぽたりぽたりと血が滴っている、だからジンジンとした痛みがあったのだ。


「は……?」


 反射的に手を抑えて後退り、思わず不後取ふしどりから距離を取ってしまう。


 抑えた拳は妙に冷たくなっていた。


「さて、あなたたちには私のことを手で触れずに無力化する術はあるかしらぁ?」


 不後取ふしどりが殴られた頬を軽く押さえながら、クククと笑い声を漏らす。


「まあそんな手段を持っていたとしても、あなたたちは私に対して殺す気で挑んでこれないだろうし、あんまり関係ないと言えば関係ないのでしょうけれどね」


 そして一人で勝手に言葉を繋げていく。


「手始めにまずはあなたから殺させて貰おうかしらね。……、この場にいる誰か一人でも私が殺してしまったならば、それでゲーム終了になるはずよね? うん、愉しみだわ。先に勝者が生まれると残りは一体どうなるのかしらね?」


 言葉としては疑問形の体を成しているけれど、その実誰かに問いかけているわけではもちろんない。


 単なる挑発。


 不後取ふしどりにとっては勝って生き残ることも大事だが、それ以上に今この瞬間の生の実感、生の充足こそが糧なのだ。


 中途半端でどっちつかずな結末よりも、殺し合いゲームを十全に全うしたい。そういう欲望が心の深いところで煮え滾っている。


 だというのに、最後の最後で殺すべき相手がコレでは、面白みがない。


 それでも決着はつけなければならない。

 そうしなければ生き残る芽はないのだから。


 つまらない感傷を抱えたままでそれでも生き残るために、不後取ふしどりは自然に笑い拳を握る。


「じゃっ、一先ずはあなたの命貰うわねぇっ!!」


 目の前に立つ加成谷かなりやの腹部へ向けて、ぐぅっと身を引き絞って拳を突き出す。


「っっッ――!!」


 その瞬間――、

「そんなに遊びたいなら、お姉さんが遊んであげるわよ」

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