おい!! バカッ!! 止めろッ!! バケモノどもこっちに来るなっ!!


AM 03:19


「ダメっすね。もうあっちもこっちもバケモノだらけっすよ」


 そっと足音を忍ばせながら戻ってきた加成谷かなりやは既に極楽鳥ごくらくちょう小鶴瓶こつるべの隠れている岩場の陰へと身を潜り込ませながら見てきた辺りの様子を伝える。


 位置は常夏島真東からやや北寄りの岩礁地帯に隣接した陸地の縁だ。


 この場所は森の中とは違って木々が少なく開けていて見通しがいい。追いかけてくるモノたちから身を隠すには一見不利に思える。


 しかし、実は凸凹とした岩場の陰に身を隠しつつ、警戒範囲を三六〇度から一八〇度以下まで押さえられるという明確な利点が存在している。


 故に、デメリットが森の中より多そうに見えても、それを帳消しにするメリットがあるため、差し引きで言えば案外比較的有利状況であると言えた。


 ただ別に彼らは狙ってこの場所までやってきたわけではない。


 あちこち水難死霊アクアウィッチの集団を掻い潜りながら移動していたら、気付けばこの場所にいたという行き当たりばったりの末の結果でしかないのだ。


「しっかし、どうしたものかしらね。流石にもうちょっと逃げ場ないわよ……」


 状況を冷静に考えれば本当に困っているのだけれど、ちょっと困っちゃったくらいの声色で極楽鳥ごくらくちょうが呟く。


 本当はもっと真剣な声を出したかったけれど、それをすると一緒にいる二人に余計な緊張を背負わせてしまうかもしれないと考えて、わざと少しちゃらけた声に調整している。


 夢の中で語られた謎のアナウンスを信じるならばゲームのタイムアップ時間までは正味五~六時間程度のはずだ。


 そう、だから後そのくらいの時間何とか生きて耐えられれば極楽鳥ごくらくちょうたち三人の目的は達成出来るということになる。


 では、その五~六時間という長いようで短い時をこのままこの場所に留まることで耐え切れるだろうか?


 それはまず間違いなく無理だろう。


 今はまだ見つかっていないというだけで、そのうち必ずこの辺りの岩場にまで索敵の目は向いてくる。


 そうなった場合、もう逃げ場がないため、この窮屈な島の縁で戦うしかなくなる。


 ウジャウジャ次から次へと湧いてくるバケモノたちとたったの三人で戦うなど愚の骨頂だ、考えたくもない。


「……、いっそあそこから飛び降りちゃうとか……?」


 各々が打開策を考えている中で、小鶴瓶こつるべがぽつりとそう呟く。


 島の縁から飛び降りたならばその先は岩礁地帯だ。


 穏やかで深さのある海域ならばいざ知らず、然程の深さもなく岩肌が水面からいくつも突き出しているような海域に向かって飛び降りるなど自殺行為も甚だしい。


「……、いや、流石に無理っしょ……」


 故に流石の加成谷かなりやも苦笑いを浮かべて否定した。


「そりゃぁ……、私だってそう思うけどさ・……」


 だけれどこのままこの場所に留まり続けるというのが不可能である以上、何かしらのタイミングでこの場所から移動しなければいけない時は来る。


 その時に取りうる選択肢の一つとして飛び降りるというのは十分にあり得る話だ。


「本当にどうにもならなくなった時の最終手段ではあるわね」


「うっそぉ……、マジすかぁ……?」


「だからそんなことをしなくてもいいように何とか頭を使って向こうの目を誤魔化す手段でも考えましょう?」


「っすね……」


 自殺行為に等しい行動を選択肢の一つとして数えなければいけない限界状況を再認識して加成谷かなりやは口元を引きつらせ半笑いでがっくりと肩を落とした。


 溜息と共にそのまま三秒。


 加成谷かなりやがハッ!! と何かに気が付いたように顔を上げ、背負っているリュックサックの中身をガバッっとひっくり返す。


 中に残っているのは空になったペットボトルと携行食糧の袋をまとめて入れたゴミ袋、それからロープとサバイバルナイフとアーミーナイフにアウトドア用の着火剤。


 引っ張り出したロープの先端を掴んで崖の端から下へと垂らす。


 ロープの長さはおおよそ五メートル程度で、海面までは幾分か足らない。


「ハシちゃんのバッグにもロープ入れてたよな!? ちょっと貸して欲しいっ!!」


 加成谷かなりやの催促とほぼ同時に小鶴瓶こつるべが四分の一程度の残量のペットボトルを地面に置いてバッグから取り出したロープを投げて寄こした。


「どう? 足りそう?」


 受け取ったロープをサバイバルに使える引っ張っても解けない結び方で繋ぎ合わせて再度崖から垂らす。


 長さ的にはギリギリ海面に触れるか触れないかまで伸ばすことが出来た。


「これならいけるかもっ!! いや上手くロープの固定が出来ればの話か……」


 一瞬テンションが上がった加成谷かなりやはだけれど、すぐに冷静になって思い直す。


 そう、今このロープの先がどこにも繋がっていない状態で海面にギリギリ届くか届かないかというの長さであるということは、巻き付けて固定する位置によってはそこそこ長さが足りなくなる可能性が高いということだからだ。


 その上当のロープを固定するための器具も工具も場所もない。


 せめてテントの固定ピンでもあってくれたならば良かったのだが、ない物ねだりをしても仕方がない。


 それでも淡い希望が生まれていた。


 何とか上手いこと頭を捻れればそれなりに安全にこの場を切り抜けられるかもしれないという。


「……、言いにくいんだけれどね。ちょっとその時間ないみたい」


 そんな矢先に極楽鳥ごくらくちょうの口から残念なお知らせが告げられる。


 加成谷かなりやが思わず「そんなまさか、何を仰る!?」と反論しようとして振り返ると、その言葉の意味はすぐに分かる。


 見えてしまった。


 今の加成谷かなりやは岩陰に隠れていないのだ。


 だから島の奥側からどんどんと訳の分からない青白い揺らめく影のようなモノたちが一直線にこちら側へと向かってきているのがよくよく見える。


 例えば犬のような立ち姿だというのに足が八本もあるモノ、例えば鳥のような見た目をしているのに翼の代わりに細長い鞭のような触腕が生え散らかしているモノ、例えば尻尾を介して繋がり合っている猿のような身体の上にげっ歯類のような頭がくっついているモノ等、様々な姿形の青白い異形がワラワラとやって来ている。


 見るからに尋常ならざる光景にぞっと肝が冷えた。


 そして自分から良く見えるということはつまり、相手側からしてもよく見えるということ。


 どういうことかと言えばつまりは、加成谷かなりやが物影から長時間身を離し過ぎてバケモノたちの監視の目に引っかかったという話。


「……、ごめんなさいっぃぃぃ!!」


 彼は思わず情けない謝罪の言葉を叫んだ。


 それと同時に弾かれたように極楽鳥ごくらくちょうが動き即座に小鶴瓶こつるべを小脇に抱えて加成谷かなりやのいる崖縁へと一直線に駆け出す。


 そのまま加成谷かなりやのいる位置まで合流し、勢いを止めることなく空いている手を彼の腰にむんずと回して小脇に抱え、そのまま一気に崖から跳んだ。


「フラーイッ!! アフェーイ!!」


「うぉぉぉぁぁぁぁっぁぁぁぁっぁ!?」


「ひゃぁぁぁっぁぁっ!?」


 絶叫が、空と水面に、木霊する。

 バシャリと落ちて、波間へ消えゆ。


 眼前に迫る岩礁地帯に加成谷かなりや小鶴瓶こつるべも冷や汗をだらだら垂らし、もし衝突したらと考えてしまって思わずぎゅぅっと目を瞑った。


 だから二人は見ていなかった。


 極楽鳥ごくらくちょうの足が海面に接触したその瞬間に、ゴッ!! と水面が大きな波のように持ち上がって三人を真横に薙ぎ払うように浚ったその瞬間を。


「もがっ……!? んんんっ――!!」


「おぼぼぼぼ、んぼぉ……!!」


 大きくうねる横薙ぎの波によって三人は一気に岩礁地帯を通り抜けそのまま波の流れのままに浜辺へ流されていく。


 時期が真夏であることが恐らくは唯一の幸いだった。


 仮にもし今が冬場であったならば、海水の冷たさで心臓が止まっていたかもしれないし、そうでなかったとしても身体が凍えてしまって浜に付く前に海の藻屑となって沈んでしまっていたかもしれない。


 事前に準備を整えていない状態で海に飛び込むというのはそれほどの危険を伴うのだ。それが高所から行われるというのであればなおさら危険度は高くなる。


 それでも何とか一旦は難を逃れて、浜辺へと流れつくことが出来た。


「はぁ……、はぁ……、はぁ……」


「い、生きてる……? 俺生きてるぅ?」


「随分元気そうじゃない……。大丈夫、みんな生きてるわよ。運が良かったわ」


 ぜぇはぁぜぇはぁ、と三人が三人とも大きく呼吸を乱していたが、それでも何とか五体満足だ。


 何かが掛け違っていたならば岩礁地帯で手足の一本や二本は折れていても何もおかしくなかった、故に僥倖と言える。


「でも、ゆっくりしてる暇はないわよ……。飛び降りたところはバッチリ見られてるから、すぐに追いかけてくるわ……」


「っすね。って、極楽鳥ごくらくちょうさん大丈夫っすか?」


「別に大丈夫だけど……?」


「鼻血出てますよ?」


「えっ?」


 呼吸を整えつつ波の届かない位置まで移動する途中で、極楽鳥ごくらくちょうの顔を見た加成谷かなりや小鶴瓶こつるべが心配そうな声を出した。


 言われて、彼女が鼻を軽く拭うと、確かに手の甲にべっとりと血が付着する。


「全然気が付かなかったわ……。もしかしてどこかで顔ぶつけてたかしら……?」


「腫れてはないわよ。青くも赤くもなってないし」


「キレイなお顔のままっすね」


「痛みもないし、こんな時に急に鼻血とか怖くなるから止めて欲しいわ」


「なんでそんなに他人事なのよ……」


「あんまり深刻に考えると怖くなって震えて動けなくなっちゃうからに決まってるじゃない」


「あなたにも怖いことってあるんだ」


「そりゃいくらお姉さんが自称正義の味方だからって、怖いモノの一つや二つや三つくらいはあるわよ。例えば人間の欲とか自尊心とか依存心とか、怖いわよ~?」


「急に生々しい感じの怖い奴持ち出されるのは色々キツイから止めてよ……。特にあなたの身の上話聞いた後なんだから、普通に笑えないって……」


 実感の籠った極楽鳥ごくらくちょうの言葉に小鶴瓶こつるべがげんなりと表情を歪める。


「どうしたの? そんなにすごい顔して……?」

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