もうただ殺し合うだけでは済ませられないって話らしい
AM 00:09
勇んで気張って、火の番をしていたはずだというのに、
「なんだよ、アクアウィッチパラダイスって……」
夢の中での出来事をみんなで相談するために寝袋で眠っている二人を起こそうかと少しだけ思い悩む。
今日は一日、色々あった。
せめて眠っている時だけでも安らかであれればきっとそれに越したことはないはずだ、とそう思ってしまう。
だから今すぐには二人を起こすことはせず、このままギリギリまで火の番をしていようと彼はそう決める。
大丈夫、きっとまだもう少しくらいは時間はあるはずだと自分自身にも言い聞かせながら……。
AM 02:13
「二人とも起きるっすよっ!! 起きないとマジで死ぬっすよ!!」
夜の深まった丑三つ時、森林の中に
「……、一体何を考えてるんだろうね、謎の主催者様はさ」
「訳わかんないけど、向こうが勝手に言いだした前提条件を自分勝手にひっくり返されるのは気分悪いわ」
夢の中での出来事はしっかりと頭の中に残り続けているようだ。
「言いたくなる気持ちは分かるっすけど、言ってる場合じゃないっすよ」
既にほとんどの荷物をまとめ終えてすぐに動けるような準備を整え終わっている
光源に照らし出されるのは、地面からにょっきりと生えだした青白い何かの影のようなモノだった。
大きさは今のところ六〇センチメートル程度の卵型。
ずんぐりむっくりとした丸い体形から生える手足は短い。
ウィッチというよりはどちらかと言えば、コボルトだとかゴブリンだとかハンプティダンプティだとか言われた方がまだしもしっくりくるような見た目に思える。
「アレがアクアウィッチ、っていうヤツらってことでいいのよね?!」
「それ以外には考えられないっすよ、流石に」
生まれたばかりだからなのか、それとも元々そうなのかは分からないが、彼らはどうも今のところ歩くのがあまりうまくないらしい。森の中であることもあって、何もない地面というモノは存在していないが、それでも普通ならば足を取られないような小石や雑草なんかに蹴躓いてコロンと転がり、立ち上がろうと短い手足をバタバタ動かす。しかし、その手足の短さもあって、転んだ一体が自力で起き上がることはほぼほぼなかった。周りにいる転んでいない
今の状況がこんなでさえなければ、ある種微笑ましい光景と言えたのかもしれない。
だけれど、腐っても彼らはこの島に生き残っている人間を殺すために生み出されている存在であるため、呑気に見ていたりなどしようものならば容易に牙を剥くだろう。
「とにかく、逃げましょう」
「逃げるって、どこへっすか?」
「どこでもいいわ。とにかくこの囲まれているって状況が良くないっ!!」
「それってつまり、とにかくどこかを一点集中で突破してしまおうってこと?」
「要約すればそうなるわね」
「うへぇ……」
いくら得体のしれないモノたちだとしても、これほどの大きさのモノを蹴散らして進むことに
「気持ちは分からなくもないけどね。でも、人のことを勝手に殺し合いに巻き込むようなヤツが放ってきた手合よ? 絶対に碌でもないに決まっているわ」
「そうっすね。一見無害そうな見た目のモノが本当に無害であることなんてそんな大してないっすからね」
もしかすると彼は何か人畜無害そうな顔の相手に何かされた過去でもあるのかもしれない。
「じゃっ、付いてきて」
そして三人はダッと駆け出す。
AM 02:15
そこから時間を経て目が覚めたのが大体五分ほど前。
起きたときに真っ先に感じたのは気持ちの悪さだった。不快感の正体は、手足や顔や首元、胴体等々、ほとんど全身と言い換えてもいいほど身体のあちこちに付着していた返り血が乾いてカピカピになっていること。
仕方がないので近くにあった川で雑に水を浴びて、身体を流す。
いくら今が真夏とはいえ、真夜中に一人で水浴びなんてしたならば普通に風邪を引きかねないのだが、だからといって身体の気持ち悪さを放置することは出来なかった。
身に着けた衣服を脱ぎ去り川の水で身を清めるその姿は、古風な神秘性を帯びているように感じられる。
「ありゃー、思ったよりも身体バキバキになっちゃってるなぁ。あっちこっちが痛い……」
一度睡眠を挟んだことで過剰に分泌されていたアドレナリン量が減ったのか、それとも単に筋肉痛の症状が出ただけなのかを切り分けることは出来ないが、とにかく
「ふふ、うふふふっ……。でも、今私は生きてるわぁ・・…。ちゃぁんとしっかり、生きているわぁ……。うふふふ」
ただ当の本人としてはどうやら身体に変調があるという事実でさえ、生の充足を感じる一つの手段であるらしい。
全身から発せられる甘美な痛みにその身を浸していると、唐突にガサリと何処かで音がした。
「何者かしらぁ? ……、あぁ、もしかしてアクアウィッチってヤツかしらね?」
衣服を脱ぎ捨て身一つで水浴びをしている状況だというのに、
思った通りそこに人間はいなかった。
そこにいるのは青白い幽体ともいうべき半透明の肉体を持った『何か』だった。
ソイツは異常なほどに腕だけが発達している。
身体と腕と頭と足のバランスが滅茶苦茶だ。
筋骨隆々の逞しい腕が足のように地面を捕まえていてその両腕の真ん中にぶら下がるみたいに卵型の胴体がある。足は全く地面に届いておらず、のっぺりとした何にもパーツのついていない小さな顔は赤べこみたいにグラグラと不安定に揺られている。
大きさは大体一メートルちょっと、といったところか。
その姿形は不気味という言葉以外では形容し難いモノだった。
確実性を以て言えることがあるとするならば、それは『まともな生き物ではない』ということだけ。
「ねぇ、あなたが噂のアクアウィッチなの?」
もちろん返答があるなどとはいう期待は毛ほどもしていない。
そして案の定返事の言葉は何もなかった。
言葉の一つどころかうめき声の一つさえ発せられることはない。
ただ、のっしのっしと異常に発達した腕を動かして、ゆっくりと近づいてくるのみだ。
「感情のないモノを相手にするっていうのは、あんまり面白くないわぁ」
珍しく不満げな声を漏らして、だけれど戦う気は満々だった。
「あぁ、そうね。折角だし、あなたたちを叩き潰してその肉を焼いてお腹を満たすことにでもしましょうか」
意思のない相手と戦うことへのモチベーションは低いようだったが、彼女自身がもうずいぶんと食べ物を食べていないことに思い至ったようで、それを己の戦う意義とすることにしたらしい。
そして、またしても狂った笑いが夜の孤島に響いていく。
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