戦いの後で一息整える人たち


PM 17:52


「あら、ここは浜辺、かしら?」


 鉄砲水に押し流されている途中で軽い脳震盪によって意識を失っていた不後取ふしどりが全身を水でびしょびしょに濡らした状態でむくりと起き上がる。


 意識が落ちている間に溺れ死んでいてもおかしくなかったが、幸いにも彼女は未だ健在だった。


「もー逃げられちゃったぁ。まあでもあの人が強いってことも分かったし、収穫はあったってことにしておこうかなー。他の子たちはまだ生きているかな? もう殺し合って減っちゃったかな? 探しに行かないとね」


 戦いの後の高揚感でハイになっているのか、不後取ふしどりは不自然に独り言を口ずさむ。


「あぁ、生きてる……、私今、生きてるわぁ……」


 暗い洞窟内に僅かに差し込む日の光を頼りに進んでいくと、夕方の浜辺へ出る。


 加成谷かなりやたちが通ってきたルートを見事に逆行したようだった。


 日差しに目を細めていると、急に体の内側がごぼりと震えた。


 ごほごほ、げほげほ、と激しく盛大に咳込む。


「けほっ、ごほっ……、いくらこの時期、この気温とはいえ、あれだけずぶ濡れにされたらまあ咳の一つも出るわよね。元々身体だって強くないのだし……」


 胸元を抑えて柔肌のあちこちを揺らしながら、岩壁に手をついて咳の波が収まるのをゆっくりと待って、それから含み笑いを漏らしながら歩き出す。


 それは次なる獲物を求める捕食者の表情だった。



PM 19:14


 目代めじろ依乃よりのは顔に何かが乗っている感触で目が覚めた。


 ぼぅっとした頭で状況を思い出す。


 自分は目黒めぐろ有亜ゆあからの攻撃を立て続けに喰らって、昏倒させられたはずだ。


 ということは、あの後結局目黒めぐろはトドメを刺していかなかったということになる。


 甘いというべきなのか、優しいというべきなのかは判断に困るが、実に目黒めぐろ有亜ゆあらしい選択だとは思った。


 そしてそれと同時に……、

「ぎゃぁぁぁっ!? バッ、バッタっ!? やっ、コオロギもっ!! ヤダッ!! ヤダヤダヤダッ!! あっちいってっ!! 虫きらーいっ!!」


 自分が何の違和感によって意識を取り戻したのかも理解して、絶叫する。


 バタバタワタワタと大騒ぎしながら立ち上がって、他に虫がくっついていないかを身体中入念に調べる。


 羽織っている上着の上にも中にも何にもいなかったし、水着の中にも何にもいなかったし、髪に絡まってたりもしてなかった。


 おおよそ大丈夫そうだ。


「はぁ……、はぁ……、はぁ……」


 勝手に一人で大騒ぎして無意味に体力を使った依乃よりのは息を整えながら自分が向かうべき場所のことを考える。


 あのとき殺されなかったのであれば、彼女が向かうべき場所など明白だ。


 恐らくまだ生きているであろう目黒めぐろ有亜ゆあの元へと向かわねばならない。


 それが、それだけが彼女がこの島にやってきた理由なのだ。


 目代めじろのことを親友だと信じて疑っていなかった目黒めぐろが不幸に落ちていく様をもっとも近くの良く見える場所で見続ける。それがそれこそが目代めじろ依乃よりのの悦楽。


 人が不幸に踏み躙られる様を見るのが好きなのだ、大好きなのだ。それが仲のいい人距離の近い人ならばよほどいい。


 自分のことを裏切ったモノへの始末の付け方などは、その不幸の最期を見届けた後で十分だ。


 とにかく目黒めぐろの輝きを見るのが最優先だ。


 たとえその結果が全ての不幸を跳ねのけて彼女が勝利する結末であったしても構いはしない。

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