おいっ!! やる気がある奴が多いんだけど!?


PM 17:21


 クルーザーを下りた極楽鳥ごくらくちょうたち三人は東回りでぐるりと大きく浜辺に沿う形で移動していた。


 現在位置は東よりの南東方向側に進入口が出来ていた湿っぽい天然の入り江洞窟の中。


 洞窟の中は真夏とは思えない僅かな肌寒さで、水着で行動するよりはもう少し色々と着込んできた方が良かったなと軽い後悔の念を抱かせるには十分だった。


 その上薄暗いこの洞窟の先がどこに続いているのかは全く分からない。もしかするとどこにも続いていない可能性だってある。


「先輩ー!! いるなら返事してほしいんすけどっ!! 先ー輩ーっ!!」


 数分おきに加成谷かなりやが大きな声を出し、洞窟内に反響させる。


 しかし今のところは手にした懐中電灯に三人以外の影が映ることは今のところ全くなかった。


「そもそも問題としてあっちが見つかりたくないと思ってたら多分隠れて逃げていくのよね……」


 競泳水着の上から白いパーカーを着込み、さらにその上からリュックサックを背負う小鶴瓶こつるべが両腕を軽く擦りながら呟く。


「……、その可能性は全然考えてなかった……」


 小鶴瓶こつるべの発言に加成谷かなりやはぽかんと口を開けて小さなから笑いを漏らす。


「そうねぇ。確かに見つかりたくないって向こうが考えているなら、逃げられちゃうかもしれないわ。でもあなたの信じる先輩ってあなたから逃げ回るような人なの?」


「先輩は……、逃げる時もあるっすね。逃げることで問題が解決するのであればプライドなんか捨てて躊躇なく逃げるっすよ。逆に辛いけど逃げてたところで何にもならないような場面であるならば、絶対に逃げたりはしないっすけど……。何というか……、そうっすね、強いて言うなら……。実利主義的なところがあるんす」


「実利主義者ねぇ」


 そんな話をしながら歩いていると、暗がりの先に光が差し込んできた。


「出口っすかね?」


 入り江の海岸洞窟が一体どこと通じているのか、皆目見当がつかない。


 三人はゆっくり慎重な足取りで洞窟の出口へと近づいていく。


 足もとはかなりもったりしているので下手に急ぐと足を取られて危ないからだ。


 そのまま揃って洞窟の外へと踏み出す。


 夕方の傾いた日差しが眩しかった。


「あら、奇遇ね。こんにちは」


「は? えぇ? あぁ、はい、こんにちはっす」


 海岸洞窟の出口の先でどういう訳か、黒い日よけ帽子を目深にかぶった白髪の美女、不後取ふしどりみちると出くわした。


 朽ち木に腰を下ろして軽く足を組んだ姿勢で薄く妖しくほほ笑む彼女は一体なぜこの場にいるのか?


「真っ先に船を降りたあなたがどうしてこんなところにいるのかしら?」


 加成谷かなりや小鶴瓶こつるべを庇うようにして極楽鳥ごくらくちょうがぐぃっと前に出る。


「だってあの場で急に乱闘騒ぎにでもなったら怖いじゃない?」


「それだとまるであなた自身は争いごとなんて望んでないみたいに聞こえるわ」


「何かおかしい?」


「この人も殺し合いなんてしたくないっていうならそれで良いんじゃないの?」


「そうっすよ、一緒に生き延びられるなら、その方がいいじゃないっすか!!」


「あら、あなたたちは殺し合いから逃げる方向で意見が一致したんだ?」


「そうよ、だから争う気がないなら、あなたも一緒にどうかしら?」


「それは困るわぁ。勝利条件は四つ以上の能力の獲得か、最後に一人になることなのに、三人に逃げ切り態勢を取られたら必要数が足りなくなっちゃうかも知れないじゃない」


 不後取ふしどりの言葉から唯一つ分かることと言えば、彼女には他者を武力で強制的に排除してでも叶えたい願いがあるということ。


「まあそう上手くはいかないわよね。そもそも争いを望まない人間がそんな風に人体の急所を品定めするような目はしないモノなのだし……」


「あらぁ、勘が鋭いわぁ。じゃあ私がそっちの二人の子の方が戦う力貰ってなさそうだから先に始末したら楽かなーって思ってるのもバレちゃってるのかしらぁ?」


 不後取ふしどりはニヤニヤと口角を釣り上げながらクスクス笑いを漏らし、小さく舌なめずりをする。


「ひぃっ……!?」

「なぁっ……!?」


 そんな様子を突き付けられた加成谷かなりや小鶴瓶こつるべは思わずたじろぎ冷や汗をかいた。


「見かけによらず随分と残虐趣味みたいね」


「いやねぇ、人聞きが悪くていけないわぁ。私は単においしそうなモノを最後に食べたい派なだけよ」


 その表情はにこやかだ。


 清々しく、晴れやかで、まるでそう元日の日の出をぼぅっと眺めているときのような表情。


「ならそのおいしそうなモノがちょっとだけ遊んであげちゃおうかしらね?」


「えー? うーんどうしようかな……。あなたを今殺っちゃうと、これから先の面白さが激減しちゃいそうなのよねぇ……」


「随分と自信満々じゃないの」


「とても良い能力貰っちゃったからね」


 不後取ふしどりは本当に楽しそうに声を弾ませる。


 どうやら彼女は殺し合いのために受け渡された正体不明の"力"をただの楽しいおもちゃか何かだと思っているようだ。


「いい? あなたたちは逃げるのよ?」


「戦うなら三人で戦った方がいいでしょ!?」


「俺もハシちゃんの意見に賛成っす」


「ダメ。お姉さんにだってあの人と戦いながらあなたたちを庇うような余裕はないの」


「……、俺たちは足手まといになるから離れてろってことすか?!」


「理解が早くてたすかるわ」


 加成谷かなりやはぎゅぅと奥歯を噛みしめ、握り拳に力を込める。


 そして――、

「そんな勝手な言い分をはいって飲み込める訳が……、っ!?」


 顔を背けるように目を伏せて、小鶴瓶こつるべの手をつかんで強引に走り出した。


「ちょっ……!! アンタ何するのよっ……!?」


 小鶴瓶こつるべの抗議の声は黙殺して、ただ黙って手を引いて突っ走る。


 当面の目的地は百数十メートル先にある雑木林の木陰の中。


 とにかく身を隠せる場所へ移動するのが先決だという判断だった。


 その場には二人が残される。



PM 17:27


「はぁ、はぁ、はぁ……、ちょっとっ!! ねぇっ、ねぇってばっ!!」


 息を弾ませた小鶴瓶こつるべ波子はし加成谷かなりやにぎゅぅと掴まれた腕を強引に振り払って木陰の前で足を止める。


「やっぱり戻るべきよっ……!! あの人は私たちが生き残るために手を貸してくれているんだよっ!? それを置いて、まるで見殺しにするみたいなことするのはおかしいわ……!!」


 それは状況を冷静に俯瞰した理性的な言葉ではなかった。


 しかし、理性的でないことは悪いことではない。


 むしろ理性的でないからこその人倫的な正しさがある。


「そんなこと俺だって分かってるっ!! 分かってるよっ!! でも、あの人は俺たちが一緒じゃ戦えないって言った!! 足手まといだって言い切ったっ!! 俺にはハシちゃんたちが言ってる"力"ってのはよく分からない。けど……、でも多分極楽鳥ごくらくちょうさんは一緒にいてほしくないからああ言った!! だから、引き返すのはダメだっ!!」


 即座に振り返って今来た道を引き返そうとする小鶴瓶こつるべの腕を加成谷かなりやは再度掴み、今度は離すまいと先ほどよりも力を強める。


「離してよっ!! 嫌なのよっ!! 私は自分が無力だって、必要ない存在なんだって、認めたくないのっ!! だから離してっ!! 離しなさいよっ!! あの人が何を言ったって絶対に一人で戦うより複数人で戦った方が良いに決まってるんだからっ!!」


 先ほど腕を振り払ったのと同じ要領でもう一度加成谷かなりやの腕を振り払おうとしたが、そう簡単にことは運べない。


 抵抗されるだろうことは加成谷かなりやの方だって分かっていたことなのだ。


 そしてその掴まれる腕の力強さに相手の本気を感じさせられる。


「……、そんなの俺だって同じだよっ!! 本当は極楽鳥ごくらくちょうさんを一人だけおいて来たくなんかなかったっ!! でも俺たちの中で一番今の状況に対して色んな事が見えてるのはあの人だ!! その人に直接足手まといだから下がっていろって言われたのであれば、それには従った方がいい!! それに、俺には分からない何かの"力"とやらで俺やハシちゃんが不覚を取ったとすれば、あの人は間違いなく俺たちのことを助けてくれようとするっ!! だから、一緒にいない方がいいんだよっ!!」


 お互いに言葉をぶつけ合いながら、お互い泣きそうな表情をしていた。


 そう、二人とも同じなのだ。


 こんな状況の中で自分の中に燻ぶる無力感や劣等感と向き合っている。


 何とか自分なりの答えを出して折り合いを付けるための行動を起こそうとしている。


 それが、ただ違う意見として発露されているに過ぎない。


 だからこの言葉のぶつけ合いには良し悪しはなく、明確な正解や答えだってありはしない。


 それ故に折衷案を取ることも出来ない。


 付随してお互いに正誤のない食い違いだと理解出来ている状況だというのがまた厄介だった。


 お互いに相手の意見を尊重したいという想いを抱えつつ、それでも自分の意見を押し通さないといけないと思い合っていると言うことはつまり、お互いに完全に引くに引けないということなのだから。


「……、離してっ!! アンタが戻らないって言ったって私は戻るのっ!! そうするからっ!!」


「ダメだっ!! イヤだっ!! 絶対に離さないっ!! もう、イヤなんだよ!! あんな思いするの……。ハシちゃんまでハトちゃんみたいに殺されるかもしれないなんて……、俺はそんなの絶対にイヤだよっ……!!」


 今朝、目の前に現れた死体は本当に完全に頭部が潰されていた。


 グチャグチャで、たとえ親しい友人や親族だったとしても一目ではそれが玄道くろみちはとという女の子であると理解することが出来ないであろうほどの潰れ具合だった。


 思い出しただけで吐き気がする。


 目の前の少女もそうなってしまうかもしれないなんて考えるのはそれだけでも眩暈がする。


「じゃああの人なら、そうなっても良いってそういうことなのっ!? それはおかしいでしょっ!?」


「違うっ!! そうじゃないっ……!! そういう話じゃないっ!!」


 極楽鳥ごくらくちょうエマはそういう最悪の結末があることもしっかりと勘定に入れて行動している節がある。だから、彼女ならばそうなっても良いとは口が裂けても言えない。ただ、元々そういう覚悟を決めている彼女がいざ実際にそういう状況になってしまったとすれば、そのときにはきっと自分で何かしらの折り合いをつけて逝くはずだ。


 じゃあ小鶴瓶こつるべ波子はしならば、どうか?


 彼女はきっと助けに入って死んでしまうようなことがあったとするならば、むざむざ助けに入った自分のことをバカだなんだと罵って、きっと後悔してしまうに違いない。


 何が起こるか分からない苛烈な戦いの場に、そんな子を連れていくのが一番良くない。


 無意味な禍根を増やすだけだ。


 だから加成谷かなりや堂佶とうきつにはどうしても小鶴瓶こつるべ波子はしが戦場に戻ることを許容できない。


 そしてお互いが引くに引けないというのにであれば、後は時間のない中で問答を続けるか、力で強引に振り切って走り抜けるしか方法はない。


 であれば今この場で有利なのは断然加成谷かなりやの方ということになる。


 現状をそう理解した彼は小鶴瓶こつるべ波子はしから嫌われる覚悟を決めて、ただ彼女をこの場に押し留め続けることだけに注力しようと心に決め込む。


 そうしたならば――、

「……、分かった、分かったわよ……。折角友達になったのに私がアンタのことを嫌いになったらきっと玄道くろみちさんはイヤだろうから……、折れる、折れてやるわよ……」


 目を見て、腕を握る手に籠る力を感じて、小鶴瓶こつるべの方も加成谷かなりやの意図を察してしまったようだった。


 自らの感情と理性的に向き合わないと出せない答え。


 加成谷かなりやは喉まで出かかった「ごめん」という言葉を飲み込む。


 ここで謝ってしまったら彼女が何とかつけてくれた折り合いを無駄にしてしまう。


「大丈夫……、信じて待とう。あの人ならきっと絶対大丈夫だって……」


 そして不安を押し殺すように彼女の手を引いて木陰の中へと身を隠す。

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