開花っ!! 加速する悪意の権化!!
音をよく聞いて、位置を逆算すればいいのだ。
そうすれば相手の位置を知ることが出来る。
どこ……?
どこにいる……?
どこから攻撃しようとしている……?
そして、ガサリと強い音が鳴った。
真後ろに付かれている。そう直感的に理解した。
故に最小の動作で素早く反転しラグビーのタックルみたいな体勢で一気に地面を蹴りつける。
これならば不意を付ける。そんな確信があった。
だのに、葦の影の先には硬く硬く拳を握り込んだ
空白、静寂。
突っ込んでくる
ただそれがゆっくり見えたところで、身体がそれに合わせて動くことが出来るかと言えば、それはノーだった。
見えているのに、分かっているのに、対応出来ない。
いくら脳内時間が加速したとて、肉体へのフィードバッグ速度が加速しなければ、意味がないのだ。
ドパンッ!! と
バンパーに弾かれた金属のように
だが、即座に
「あぁ、なるほどね。おかしいなとは思ってたのよ。ひ弱なアンタがなんで何度も何度も私の攻撃喰らってケロッとしてられるのかって」
「バレちゃったぁ……。そうよぉ、私は水の膜を作りだしてたの。
ただ拳が直撃する直前に作りだした水の膜がクッションのように衝撃を吸収したとしても、それで拳骨の衝撃全てを受け流すことは不可能だし、その前から何度も何度も喰らっている水のつぶてによる衝撃だって着実に身体に蓄積していっている。
だから立ち上がって見せたけれども、頭はちょっぴりクラクラするし、足もともだって少々おぼつかない。
「でもねぇ……、
それでも
機敏とは程遠い動きだったけれど、元々の距離の近さと足場の悪さが幸いし、
ただそれでも
けれど、だけれど、もたついてしまって上手く跳ねのけられなかった。
何故か?
狂気に満ち満ちた
狂っている。頭がおかしくなったのか? そんな疑問で身体の動きが鈍ってしまった。
そのまま呆気なく、本当に呆気なく、ゾンビ映画の冒頭で襲われ死んでいく人のように呆気なく、両手を抑え込まれて馬乗りのマウント体勢を固められてしまう。
そして――、
「ねぇ一〇センチもあれば人は溺れるっていうじゃない……? でもそれって本当なのかな? もっと少なくっても溺れるんじゃないかしら……? だから、試して見ましょう? ねぇ?
強引に口を塞ぐようにぎゅぅっと
地面に頭を押し付けるように手で口と鼻が抑え込まれる。
「も゛っ、も゛が……!!」
瞬く間に厚さ二センチ程度の水の膜が形成された。
馬乗りの状態でひざを使って両の二の腕を抑え、空いている手で顎を掴んで首をねじって逃げられないように固定されている。
息を吐くことは出来ても吸うことが出来ない。
「ぼっ……、ぼご……!!」
吸い込んだ水は二センチ程度の厚みから切り離されれば瞬く間に消えていく。
水が消えたとしても酸素が気管を通って肺へ流れ込むようになるわけではない。
どこでも良いから空気を取り込もうと身体が大きく反応し、目がぎょっと大きく見開かれる。それと反比例するように顔は次第に青くなっていく。
バタバタと手足がやたらめったらにもがく。
動きの力強さに
「うふ、うふふふふっ。いい、すっごくいい……!! いいわよぉ、冴ちゃん。その苦しむお顔、とっても素敵ぃ……!!」
だけれど得難い恍惚が全身を駆け抜け普段の
人の苦しむ姿でこれほどまでに悦楽を貪ることの出来る存在はきっと畜生と呼ぶに相応しい。
「死ぬ? 死んじゃう? 窒息するとおしっこ漏らすって本当なのかな? 後で確かめてあげるね、
それは初めてセックスの味を覚えたお猿さんのような反応。あるいは人肉の味を覚えたクマかもしれない。
いずれにせよ手に入れた新しい快楽に歯止めなんか掛かるはずがない。
「ほら、見せて……!! 私に見せてよ、もっとよく見せてっ!!
もう
きっと彼女がこのゲームの勝者として生還し日常に帰ることが出来たとしても、この快楽を忘れることは出来ないだろう。
それほどに、濃厚豊潤で甘美で瑞々しく煌びやかで華燭。
バチリっ!! と音が鳴る。
「はひぃ……?」
押さえつけていた口元から手のひらが離れていく。
ということは当然……、
「はぁ……、はぁ……、はぁ……、はぁ……」
口元を塞がれていた
直後、ぐらりと傾いだ
まだ然程酸素を取り込めていないだろうに、よく身体が動いたものだ。
肩で息をしながら思い切り大きく息を吸い込んで、吐き出して、吸い込んでは吐きだして……、そうして
その手には縦長の黒い物体が握り込まれていた。
「スタンガン……」
「元々よく分からないお宝を探すって話なんだし、このくらいの用意はするでしょ……?」
それは特別出力が高いタイプのものではなかったが、それでも露出した素肌に直接電流を流されればそれなりに肌が焼けて痛みが生じる。
「流石に動けないでしょ? 何回くらい打ち込んだら意識飛ぶと思う?」
ドパンッ!! ドパンッ!! ドパンッ!! ドパンッ!! と連続して
その音は両手の指から溢れるほどに何度も何度も断続的に響き渡って、ある時すっと鳴り止んだ。
「はぁ……、はぁ……、はぁ……。クソサイコ女が……。自分の友達がこんな畜生だとは思ってもなかった……!!」
すっかり意識をはぎ取られた
それから腰に巻き付けたウェストポーチにスタンガンを閉まい込み、代わりとばかりにサバイバルナイフを取り出し、握る。
刃に掛けてあるカバーを外し、馬乗りになるような形でしゃがみ込んで
そのまま力を込めて振りかぶって振り下ろせば、それで良い。
自分の目的の邪魔になるだとか、今までの所業への復讐だとか、単純に危険人物として目覚め過ぎてしまっているから野に放つ訳にはいかないだとか、理由は色々ある。どれをとっても正当なもので、きっと誰に話しても仕方なかったよ、そうするしかなかったよって言ってもらえるような気がした。
だというのに、
単純に人殺しをするという倫理的な面を突破できなかったというのも、もちろん理由の一つとしてあげられるだろう。
だけれど、それだけじゃない。
例え裏で自分の不幸の原因の種をまき続けていた相手だとしても、それで思い出がきれいさっぱり消えてなくなってくれるわけじゃないのだ。
一緒に過ごした時間は、一緒に泣いた経験は、一緒に笑った思い出は、簡単に手放せるものではないのだ。
「やっぱりアンタは異常だよ……」
ギリリと奥歯を軋らせながら立ち上がり、ナイフにケースを被せてポーチへとしまう。
自分のことを不幸にし続けた存在なのに、自分のことを躊躇なく殺そうとしてきた存在なのに、
だから彼女は進んでいく。
意識の飛んだ
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