早速かっ!? 早速始まっちゃうのかよっ!?


PM 14:16


「や、やっと追いついたよぉ……。待って、待ってよ有亜ゆあちゃんっ!! 有亜ゆあちゃんってばぁ……!!」


 常夏島南西方向の河口と浜辺の丁度中間あたりに広がる葦の原で、目代めじろ依乃よりのが声を荒げる。


 クルーザーを下りてすぐに一時的に見失ってしまったけれど、どうにか合流することが出来て一安心、


「って、ちょっ!? ちょっとぉ!! おーいっ!! 聞こえてるでしょー? 止まって!? 止まってってばぁ!! ねぇっ、有亜ゆあちゃん!?」


 と思ったのは束の間で、肝心の目黒めぐろ有亜ゆあはいくら後ろから声をかけても聞く耳持たずだった。


有亜ゆあちゃん!? 有亜ゆあちゃんってばぁ!! お願いだからさぁ!! いや分かったっ!! 止まらなくっても良いからさ、後ろ振り返ってよっ? ね?」


 目代めじろは一生懸命に背の高い葦をかき分けながら何とか何とか前へと進み、目黒めぐろの背中に声をかけ続ける。


 だけれど、お互いの距離は全然縮まらない。


 それどころか、徐々に徐々に開いていく。


 当たり前と言えば当たり前の話ではある。何せ目黒めぐろ有亜ゆあ目代めじろ依乃よりのではおおよそ一〇センチ程度の身長差がある。身長差はイコールで歩幅に差があることを示すし、ぬかるみもあり、背の高い葦もありという足もとの状況が悪い場所ではその差はより顕著に現れる。


 だから、どれだけ目代めじろが一生懸命に葦をかき分けて進んだところで、目黒めぐろの方に葦を緩める意思がなければ、お互いの差は絶対に埋まらない。


「分かった。分かったよ……!! 振り返ってくれなくてもいいっ!! だからさ、うんともすんとも言わないのだけは止めて欲しいなぁって!! ねぇ!? 私たち友達じゃないっ!! 私……、そういうことされると寂しいよ」


 ヒーヒー言いながら草をかき分けて、一生懸命声をかけて、追いかけているのに、てんで無反応を決め込まれたら流石の目代めじろも段々腹が立ってきた。


 そしてついに――、

「ねぇっ!! 有亜ゆあちゃんってばぁっ!!」


 呼びかける声に怒気が込められる。


 そんな声が自分の喉から飛び出してきたことに対して目代めじろ自身が一番驚いていた。


 その瞬間、目黒めぐろ有亜ゆあの足がピタリと止まる。


 そのまますっと振り返った彼女の目は冷たかった。


 冷たく、蔑みの感情に満ちた目で、目代めじろ依乃よりののことを睥睨する。


「なっ!? なんで、そんな目で見るの……? なんで……」


「あぁ、悪かったわね。あなたも知っての通り、私って隠し事が下手なタイプなのよ。あなたと違って」


「えっ!? は……? な、何言ってるの……? 有亜ゆあちゃん!?」


「あなたの言い分も聞かないうちから決め付けるのは良くないっていうのは分かっているのよ。でも……、あなたよくそんなことを堂々と私に向かって口にできるわね?」


 目黒めぐろから叩き返された言葉は感情は、目黒めぐろ有亜ゆあという人物をよく知っている目代めじろ依乃よりのにとっては信じられないモノだった。


 目代めじろ依乃よりのにとっての目黒めぐろ有亜ゆあは、いつだってへこたれなくて、リーダーシップが合って、人の輪の中心に立てる存在で、心が強すぎるあまりときどき弱い人の気持ちが理解できないところがある、大好きな親友だ。


 決して、そう決して友人に対してこれほど強烈で明白な敵意を向けるような人ではなかった。


「な、何言ってるの? 有亜ゆあちゃん?? そんなことを言えるって……、私何かしちゃったかな……?」


 だから折角目黒めぐろの方が足を止めてくれているというのに、目代めじろの方の足も止まってしまった。それどころか、思わずたじろいで僅かながら後退りさえしている。


「教えてもらったのよ、本当のことを。あなたが……、いいや、アンタが今までやってきたことの全部をさ」


「今までやってきたって……? そんな私はそんなに前から有亜ゆあちゃんのこと怒らせちゃってたってこと……?」


「あはははっ!! 流石すっ呆けるのが上手いわねぇ……。そんな風にしてずっと私のことを騙してきたんでしょ?」


「なっ!? 何言ってるのっ!? 誰に何を言われたの!? 親友の私よりその人の方が信じられるっていうの?!」


「あくまで白を切るつもりなんだ……。じゃあ、中学の時、クラスの子の財布の盗難をでっちあげてその罪が私にいくように誘導したのはアンタなんだってね?」


「なっ……!? えぇ……?」


「それから高校の時、私に告白してきた男の子に片っ端から別の女の子を色仕掛け要員としてぶつけてたんだってね?」


「それって……?」


「今私が背負ってる借金も元をたどれば、アンタが根回しして彼氏に背負わせて、そうして蒸発するように仕向けたんだってね?」


「なっ、……、なんなの? なんのことを言ってるの……?」


「何のこと言ってるの? はおかしいでしょ。私はちゃんと伝わるように言ったじゃない。それとももう一回言わないとダメなのかしら?」


 目黒めぐろは無造作に手を振って手近にある葦を一本パキリと手折って掴み、その先っぽを指示棒のように目代めじろの眼前へと突き付ける。


 ふわりと風が葦の原を薙いだ。穂先の擦れ合う音が騒めく。


「……ちっ!! アイツ、裏切りやがったのか……」


 その言葉を皮切りにするように怯え、困惑していた目代めじろの表情が剥がれ落ちていく。あとに残されるのは全てを諦めたような凶暴な笑みだけだ。


「それじゃあ認めるんだ?」


「どうせアイツのことだし、口頭で情報だけ伝えるなんて温いことはしてないんでしょ?」


「……、よく分かってるじゃない。しっかり証拠の音声データと証拠写真、それから契約書の写しの一部分まで差し出してもらったわよ」


「ちっ……!! 本当に余計なことをやってくれる……!!」


 舌打ちと共に吐き捨てられる忌々し気な感情は、だけれどどこか歓喜が滲んでいるようにも感じられた。


「私とアンタのよしみだし、弁明やいいわけの一つ二つくらいは聞いてやってもいいよ?」


「生憎だけれどね……、あなたに懺悔するようなことは一つもないわぁ」


「……、そっ。じゃあ今までの私の不幸を喰らって死ね!!」


「いやよ。だって私はあなたの苦しむ顔を見るのが好きなんだものっ!! 死んだらあなたの苦しむ顔見れなくなっちゃうじゃないっ!!」


「何か御大層な理由でもあったのかと思ってたのに……、そんなことなの……? そんな理由で裏で手を回していたっていうわけ……?」


 本音と思わしき目代めじろのその言葉に、目黒めぐろは呆気にとられ愕然とする。


 語られた全ての行為はただただ目黒めぐろ有亜ゆあという個人に苦しみを与えるためだけに行われていたのか、と。


「そんなことじゃないよっ!! 私ね、大好きなのっ!! 有亜ゆあちゃんが苦しんでる顔を見るのが大好きなのっ!!」


 何かそこに利益があるというのならば、許すことは出来ないとしてもまだ理解することは出来たかもしれない。


 だけれど、損や益なんてモノは一切存在していなかった。


「クソ野郎よりも質が悪いわ、アンタって……」


 今まで理解しあえていると思っていた分、失望は大きかった。


 親よりも兄妹よりも、誰よりも、分かり合えていると信じていたのだ。


 だのにそれはただの錯覚、勘違いに過ぎなかった。


「アンタの裏切りにずっとずっと気付いてなかっただなんて、おマヌケすぎて嫌になるわね、本当に」


「アハッ!! 有亜ゆあちゃん今すっごく素敵な表情してるわよぉ……!!」


 葦の穂先を握っている目黒めぐろの指が銃の形にすぅっと変化し、


「死ね」


 一言と共に引き金を引くように手首が跳ねる。


 パカンッ!! と指先から放出された何かが真っ直ぐ目代めじろの額を捉えた。


 ドパンッ!! と衝撃で目代めじろの身体が浮き、そのまま葦を薙ぎ払うように後方へと吹き飛ばす。


「もー、ちょっと痛いでしょ? それに不意打ちするなんて卑怯よ、有亜ゆあちゃんらしくないわ。でも、水を打ち出す能力だなんて、私のモノよりずっと使い勝手が良さそう。羨ましいわぁ」


 びっしょりとずぶ濡れされてデロリと化粧を剥がされながら目代めじろがぬかるんだ地面に手をつきながらゆったりと立ちあがる。


「チッ……!!」


 舌打ちと共に目黒めぐろの方は速やかに葦の影に隠れるように身を潜めた。


有亜ゆあちゃんがその気だって言うんなら、私だって容赦はしないわぁ……!!」


 目代めじろ依乃よりのは愉しんでいた。


 目黒めぐろ有亜ゆあから向けられる極大の敵意を愉しんでいた。


 ただ、こんな状況の時にどういう風に対応すればいいのかについてはさっぱりと分かっていなかった。


 何せ目代めじろ依乃よりのはステゴロでの殴り合いは愚か、女同士のつかみ合いのキャットファイトすらしたことがないのだ。


有亜ゆあちゃーん? 隠れてないで出てきて欲しいなぁー?」


 何をしようにも目黒めぐろの姿を目視で来ていないことには何も始まらない。始められない。故に見つけ出さなければいけない。


 しかし、どうやって見つければいいのかについては皆目見当もつかなかった。


 それが人を操って人を不幸にして、甘い蜜を舐めるように他あの死んでいた女の限界値。そう、根本的に自分自身が矢面に立つことに慣れていない。


 それでもどうにかしなければいけない。


 どうにか出来なければ、一番楽しい愉悦の時間を無に帰す羽目になってしまう。


「うぐぅ……!! 痛ぁっ……!? ちょこまかちょこまか、あっちこっちからぶつけてきて……!! せせこましくってイライラするわっ!!」


 どうすればこの状況で有利を取れるかを考えたいのに、ガサガサ音が立つ葦の影から次から次へと水のつぶて襲い掛かってきて、思考をまとめることが出来ない。


 一発一発の威力は軽いゴムボールを全力投球される程度なので、肉体的なダメージとしては然程大きくはない。ただそれでも当たれば痛いし、衝撃で頭や身体を大きく揺らされると思考が鈍る。


 バシャンッ!! と一発まともに顔面から喰らって、大きくよろけ、葦の原の中へベチャリとつっぷす。


「うえぇぇ……。泥が口の中に入ったぁ……。あぁ、でもイイコト考えちゃったぁ!!」


 そして、目代めじろ目黒めぐろに習うように背の高い葦の中へ身を隠すように腰を落とす。


 それで状況はイーブンだ。目黒めぐろを目視出来ないけれど、目黒めぐろからも易々とは目視されない。


 一旦この状況をキープしつつ、何とかこの状況が打破されないうちに次の手を考える必要がある。


 ただ、屈みながら動いてみて分かったことがいくつかある。まず一つは、中腰で葦の中を移動し続けるのはかなりしんどいということ。そしてもう一つ、葦の原に身を顰めるということは尖った葦の葉が肌のあちこちに触れるということ。気を付けて動いても結構簡単に小さな切り傷がついてしまう。


 元々の運動能力の差から考えてもこの状態をキープし続けたとして、先に体力が尽きるのは目代めじろの方なのは明白だ。


 とにかく体力が尽きる前に目黒めぐろの位置を捕捉して先制攻撃を吹っ掛けないといけない。


 そう考えると自然と目代めじろの耳に意識が集中し始める。

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