どうするべきか!? 上等だよっ!! 決めようじゃないか!!
AM 07:50
「なんでこんな隙だらけの私たちのこと、見てるだけなんですか? あなただって何か叶えたい願いあるんでしょ? 殺して、願い事叶えればいいじゃないですか」
随分長い事無言でしゃがみ込んでいた
それは間違いなく今までそばに居続けた
「そんなことしないわよ。私はそういうことをしたくないから自称正義の味方を名乗ってさざ波の秘宝なんていうオカルトに手を伸ばしたんだモノ」
返答は柔らかな声色だった。
柔和で、温かさに満ちている。
「それなら……、少し聞かせてもらってもいいんすか?」
さらに
些か主語の欠けた要領の得ない言葉だったが、
「良いわよ。お姉さんがなんで自称正義の味方なんていうとんちきな名乗りをしているのか、その理由を教えてあげる」
どうしても叶えたい願いがあるというのに、目の前のチャンスに手を伸ばさないその理由が一体どこにあるのか、
「お姉さんの母親がね、共生連合っていう宗教団体の熱心な信者だったのよ」
ぽっと吐き出された
「その様子だと流石に知っているみたいね。そう、複数の高官の不審死に関与していた疑いで書類送検されて係争中の共生連合よ」
共生連合。
正式な組織名を人智共生幸福追求連合協会。
一般的な認知に準ずれば、いわゆるカルト教会やテロ組織と目されている宗教団体。
「まあそんな環境で子供がまともな生活なんて出来るはずもないのよね。小学五年生になったばっかりの頃にお姉さんにも初潮が来たのよ。で、生理用品とか色々必要になるからいっつも不機嫌な母に恐る恐る伝えたの。今でもあのときの母親の喜びっぷりは忘れられないわね。その日は珍しく豪華なお刺身セットとお赤飯を用意して貰えたの。で、その次の日にお姉さんは恰幅のいいおじさんたちに紹介されてね……。皆まで言わないけれど……、まあ要するに出荷みたいなモノよね。で、痛くて苦しい思いをさせられて、自宅から逃げ出す以外の道がなくなって、中学校に入るころには立派な家出少女の出来上がりっていうわけ」
不幸を語っているとは思えないほどさっぱりとした声色でただ淡々と
恐らくはもう完全にただの過去の出来事として割り切ってしまっているのだろう。
「で、そんな中学生時代のお姉さんのことを保護してくれたNPO法人があってね。それが、Scream(スクリーム)っていうんだけどね……」
今度の名詞には二人は思い当たる節はなさそうだった。
「まあ六、七年前に脱税だとか政治資金規正法違反だとかで創立者が逮捕されて事実上の解散になった団体だから、あなたたちくらいの子が知らないのも無理ないわね」
世間の認識からその組織が風化しているのを良しとすべきなのか悪しとすべきなのか、
「で、まあ今先んじて言っちゃったんだけど、Scream(スクリーム)っていうNPO法人はクリーンだったとは言い難くってね……。主に創設者が地方の議会と癒着して支援金を着服し私腹を肥やすための団体だったわけさ。もちろんだからといってお姉さん自身が助けてもらったっていう事実はなーんにも変わらないんだけどね。でもやっぱり恩はあれどもそういうダーティな行いがお姉さんどうしても許せなかったのよね。やってることを色々調べたらお姉さんが出荷された共生連合とも取引があったのも見つけちゃったし……。だから、色々を経て下働きと称したお手伝いの最中に裏帳簿盗み出して雑誌社に売っぱらって税務署にも送り付けちゃったのよ」
それは今日一番の軽い言葉だった。まるで子供の頃の些細ないたずらを久しぶりに会った旧友に冗談めかして告白しているみたいな声色なのだ。
「それがまあお姉さんが高校生の頃の話ね。で、まあそこからまた色々あって今に至るわけなんだけれど……。正直なところお姉さんには幸せってモノがなんなのか、今一ピンと来なくなっちゃってるのよね。でもやっぱりお姉さんだって幸せになりたいし、お姉さん以外の人だって幸せでいて欲しいって思っちゃうのよね」
生まれたときから薄汚い黒い欲望の海に放り出されて生きてきた
そんな環境で生きてきたとすれば、自分ならばきっと後ろ暗い方法使うことを是としてしまうに決まっている、とそう思ってしまう。
自分自身に向ける優しさと他者に対して向けられる優しさを後生大事に抱え続けるには過酷が過ぎる。
だのに、それでも
「でもね、お姉さんだって現実を色々知っちゃってるから、そんな世界をただ望むのは難しいって分かっちゃってるのよね。それこそお姉さん自身が世界を変えられるくらいの政治家になるか、オカルトに頼るくらいしか方法がないだろうなって……。で、だからお姉さんはこの常夏島にさざ波の秘宝を探しにやってきたっていうわけ」
全てを聞き終わった
「……、良いわよ、殺されてあげる。今の言葉が本当ならあなたみたいな人がきっと願いを叶えるべきだもの」
俯いて、それから覚悟を決めるように顔を上げて、
したらば、当の
「イヤよ。なんでお姉さんがあなたを殺さなくっちゃならないの」
ひざをついてしゃがみ込み、むぎゅぅっと
「でもっ!! そんな御大層な願いを抱えたままで、そのまま帰れるわけないじゃないっ!! 私は誰かの幸せの礎になれるんだったら、別にそれでも構わないわよっ!!」
「あなたお姉さんの話本当にちゃんと聞いていた? いくら手詰まりが見えたからオカルトに傾倒した結果こんなことに巻き込まれているとはいえ、自称正義の味方が目的のために罪なき犠牲を許容しようだなんて、そんなこと許せるはずがないでしょぉ?」
「そんなこと言ったって、最後に生き残れるのは一人だけなのよ? どうせ生き残れないのなら、私は他の人じゃなくってあなたに願いを叶えて欲しい!!」
「本当にそうかしら? 確かにルール説明に於いては勝利者は一人だけだと明言されていたわ。だけれど、生き残れる人数が一人だけ、とは明言されていなかったでしょう?」
「それは同じことじゃないっ!!」
「いいえ、違うわ。ゲームの期間は三日と指定されていた。そして勝利条件は最後の一人になるか、配られたものを四つ集めることと明言されている。でもね、期日を過ぎたらどうなるのか、については一切の言及がなかったでしょ」
「……、願いを叶えることさえ諦められれば複数人が生き残る道はある?」
「お姉さんはそう考えているわ。だって、勝利条件だけを提示して勝利者を選定できなかった場合についての言及を明らかに避けていると思えたもの」
願いを叶えられると言われるお宝を探しに来て、訳の分からない殺し合いに巻き込まれて、少し仲良くなった子が次の朝には死んでいる。そんな絶望的な状況から逃れるための一筋の光。
「……、信じていいの……? そうやって誘っておいて突然後ろから刺したりなんて、してこない?」
「もしお姉さんがその気だったらチャンスなんていくらでもあったでしょ。そもそもこの話自体、出発点はそこなのだし」
「そうよね……。そう、よね……!!」
もちろん今襲い掛かって二対一の状況で反撃されることを考慮に入れて
それでも昨日とこの数時間行動を共にした経験から、
だから――、
「分かった。私はあなたのことを信じるわ。……、だから裏切っりしたら恨むからね」
気だるさの残る身体を無理やり動かして立ち上がって、
「少しは生きる気力が戻った見たいで、お姉さん安心したわ。じゃあ改めてよろしくね」
「それならハシちゃんはもう大丈夫って考えてもいいんすよね?」
二人の様子を見てから、
「うん、とりあえず頑張って生き残ってみるつもりよ」
「なら、俺も自分のやらないといけないこと、思い当たったんで行くっすね」
「は? あんたも一緒に生き残るんじゃないの!?」
「俺は……、俺はやっぱり
彼には叶えたい大層な願いなどない。この島に来たのだって、敬愛する先輩に一緒に来ないかと誘われたからにすぎない。
しかし、先輩を見つけ出すことそのものが危険な行為なのかもしれないという可能性を提示されている以上、生き残りを目指す人たちをみすみす危険に巻き込むわけにはいかない。そう考えての結論だった。
「バカっ!! 大バカよっ!!」
ぶすっと
「あだっ……!! 何するんすかっ!?」
「危険に巻き込むわけにはいかないって……、そもそももう私たちは殺し合いゲームなんていう安全地帯皆無の訳わからないモノに巻き込まれてるのよ? あの先輩さんに合うのが危ないかもしれないって分かってるアンタをそのまま一人でなんて行かせられるわけないでしょっ!!」
「ふふ、そうね。それに、二人と一人に別れてそれぞれ別行動するよりは、三人で固まって動く方が総合的な危険度は低下するモノよ? だから仮に危険に首を突っ込むことになるとしても、固まっていた方がいいわ」
「いやっ……、でもっ……!!」
「でもじゃないわよっ!! もう嫌なのっ!! 知らない内に急に友達が死んだりしたら、本当に……、本当に……、嫌なんだから……」
その手は震えていた。
そこまでされて
そしてそのショックがどれほどのモノなのかは、
だから――、
「分かった。俺が先輩を探すのを手伝って欲しいっす」
襟首を掴んだ手の上に自分の手をそっと重ねて、お願いをする。
「それで良いのよ。……、でも手は離して」
「いやっ……、流石の俺もそういうつもりは全然なかったんすけど……」
今回の
他意はなくとも、昨日までの行いが悪ければ、そういうことも起こる。日頃の行いというモノはやはり大事なことなのだ。
「じゃっ、行動方針は
「っすね」
「なら準備を整えてこの場を離れましょうか。確か船底の貨物室にいくつかサバイバル道具が転がっていたはずだから、少しばっかり拝借しておきましょう。一応護身用具としても使えるしね」
「……、私たちに戦う意思がなかったとしても、あちら側から襲われたら対処しないわけにはいかないモノね……」
「えぇ」
そうして最後まで残っていた三人もクルーザーを下りていき、船の中には息を引き取った
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