急に始まった!! その結果がこれだよっ!!

2nd day's



AM 06:49


 朝、目覚めた加成谷かなりやはとにかく事実確認が必要だと考えて船室のドアを思い切り押し開ける。


 ヤヤ鉄っぽい潮のニオイが鼻腔をつく。


 そんな風に思った矢先――、

「きゃぁぁぁぁっぁぁぁぁ――――!?」

 甲高い絶叫が船内に木霊した。


 何事かと大慌てで声の元へと勇んで駆け出す。


 詳しい位置までは分からないが、今加成谷かなりやがいるところとは向かい側に当たる辺りから声が聞こえてきていると思われる。


 大急ぎで通路を進んで、即座に曲がり、一本道の廊下に顔を向けると開いたドアから距離を取るように船室の壁に背中をぴったりとくっつけた小鶴瓶こつるべ波子はしと目が合った。


 今にも泣き出しそうな表情をした彼女が震える手で船室を指さす。


 その船室が誰のモノであるのか、加成谷かなりやは知らない。


 女性陣のバスタイムを覗こうとしていたような男ではあるけれど、個々人がどの部屋に寝泊まりしているのかを探らない程度には理性が残っていたからだ。


 だけれどなんとなく察しがついた。


 ついてしまった。


 だって起きて早々に小鶴瓶こつるべ波子はしが情報のすり合わせをしたいと思ったならば、真っ先に誰の元へと向かうかなんて、考えるべくもないのだから。


 しかしそれでも一縷の望みに賭けて、部屋の主が彼女じゃなければよいなと思った。ただそう思ってしまったのと同時に、では誰であれば良いと言えるのかという自問が生じる。


 己の望みのために代替にされてもいい存在など、存在し得ないというのに……。


 何はともあれ確かめなければならない。


 ゆっくりとガクつく足を動かして、船室の前にたどり着き、そのまま入口に手をかけて中の様子を覗き込む。


 その中には想像通りの服装をした女性がいた。


 昨夜、惜しくも中のパンツを見損ねたワンピースタイプのラフな格好のまま彼女はベッドに横たわっている。


 ただ、だからと言ってそれが加成谷かなりやが思い描いている人物と同一であると断定することは出来なかった。


 何故か?

 簡単だ、顔を判別することが出来ないから。


 船室の中のあちこちに血痕が酷く飛び散って、硬いベッドと見覚えのあるワンピースをくすんだ赤色に染め上げている。


 その血は一体どこから流されたモノであるのか?


 頭だ。

 彼女の頭部は顔の形が全く分からなくなるほど酷くぐちゃぐちゃに潰されている。


 何か硬いものでとにかく何度も何度も殴打を繰り返さなければこんなことにはならない。


 並々ならぬ情熱をもって凶器が振り回されていたことだけ惨状から見て間違いないだろうと言ってしまえる、それほど完膚なきまでに壊滅的に頭部が破壊されつくしていた。


「なんだこれ……!! 何なんだよっ!! これはぁぁぁぁっぁぁっ!!」


 惨状に対して感情の行き場が分からなくなった加成谷かなりやはダンッ!! と力強く船の床を踏みつける。


 もし彼女の命がまだ僅かでも残っていたとしたって、今からではどう考えたとしても命を助けられる手立てがない。


 もっとも、広がる血だまりの変色具合から考えて、既に彼女が絶命してからしばらくの時間が経っているのは明白ではあるのだが……。


「一体何ごとかしら?」


 騒ぎに気が付いた女性陣が続々と集まってきて、そして異臭に気がつき、部屋の中を覗いて絶句する。


 そんな中で二人ほど姿を見せないモノがいた。


 そう、瑠璃斑るりまだら遊馬ゆうま七艶ななつやミサキだ。


「……、ルールとやらを確かめるために抵抗されなさそうな相手を手始めに殺してそのまま姿をくらましたって辺りよね」


 故に目黒めぐろ有亜ゆあが真っ先にその二人へ嫌疑をかける。


 そして彼女の口からルールという言葉が出てきた以上、細かい情報のすり合わせをする必要がないであろうことがこの場の全員に伝わる。


「ち、違うっ……!! 先輩は、瑠璃斑るりまだら先輩はそんな人じゃないっ……!!」


「それじゃあ他に誰が怪しいの? この朝っぱらで既に一人死んでるのよ? そして、二人は影も形もない。疑うなっていう方が無理でしょ」


 一度は反論しようとした加成谷かなりやは、だけれど再度事実を突きつけられて、二の句を言い淀む。


 この場において瑠璃斑るりまだら遊馬ゆうまが一体どういう人物であるのかを知っているのは加成谷かなりや堂佶とうきつただ一人だけなのだ。どれだけ頑張って人格面から擁護の言葉を用いたところでそれを信じては貰えない。


「……、犯人捜しに意味はないでしょ。だって、誰が殺したかに関わらず私たちはこれから三日間お互いに殺し合いすることを強要されているのだし」


 感情的になる目黒めぐろ加成谷かなりや極楽鳥ごくらくちょうが冷や水をかけた。


「そ、それは……」


 違う。冷や水をかけられたのは何も目黒めぐろ加成谷かなりやに限った話ではない。


 極楽鳥ごくらくちょうの言葉はこの場にいる全員に平等に突き付けられる命題だ。


 それはもちろん極楽鳥ごくらくちょう自身さえも例外ではない。


「伸るか反るかは各々が自分で判断することだと思うから、別に何も言わないけれどね……。でもだからこそ誰それがやったと糾弾することにも意味はないでしょ。だって決めなくちゃいけないのはそんなことではないのだからね」


「ちっ……!!」


 極楽鳥ごくらくちょうの言い分に対して誰も反論しなかった。ただ目黒めぐろ有亜ゆあが舌打ちを返すのみ。


「確かにあなたの言葉は正しいです。その上、ルール上の中立地帯が安全地帯ではないということも分かりました。だから、悪いですけれど私は単独行動させてさせて貰います」


 状況をもう完全に受け止められたらしい細身の白髪の美女が一番最初に集団から背を向けた。


「あぁ、そう言えば私は名乗っていませんでしたね。私は不後取ふしどりみちるです。出来ればこれからの道中でお互い出くわさないことを祈りましょう」


 白髪の深窓令嬢、不後取ふしどりみちるは最後に柔らかい言葉で名乗りと断りを入れ、振り返ることもなく船から去っていく。


 遠のく背中にはなんの色味も乗っておらず、ただ足取りだけは軽そうだった。


「確かにこの場所が安全地帯じゃないっていうのも確定しているわね。……なら、わざわざ残っていたって仕方ない、か」


 去りゆくものを見届けた後で、目黒めぐろも鼻を鳴らして小さく一人ごち、そして誰にも何も言わずに足早に下船していく。


 そんな目黒めぐろのことを心配そうに見つめた目代めじろは、ちらりと極楽鳥ごくらくちょうを一瞥してから、目黒めぐろの背中を追うようにしてクルーザーを下りていく。


 三人が去り、三人が残される。


 加成谷かなりやは開きっぱなしなっている船室のドアをそっと閉め、壁に背を預けてズルズルとしゃがみ込む。小鶴瓶こつるべは閉められたそのドアを恨めしそうに睨みつけたまま、ひざを抱えてその場からじっと動かない。


 極楽鳥ごくらくちょうはそんな二人をただそっと見守っていた。

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