夜っ!! そうだ、密会しようっ!!


PM 22:04


 その後六人は日暮れ近くまでひたすら探索を続けていたのだが、結局有力な手がかりを掴むことのないまま終いだった。その上張り切って探索していた玄道くろみちなんかは自分の限界を見誤ってしまってクルーザーに戻ってくる前に体力が完全に尽きてしまって元々良くない顔色がさらに悪化してどんより日和二四時だった。


 仕方がないので残りの帰り道は加成谷かなりや玄道くろみちのことを背負って浜辺まで戻ってきたわけさ。


 そのあと折良くと言えばいいのか、それとも折悪くと言えばいいのか判断に迷うが、六人が丁度浜辺に戻ってきたタイミングで別れて探索にあたっていた三人も戻ってきて鉢合わせることになる。


 四人だった極楽鳥ごくらくちょう一行が六人になって戻ってきたことが赤スカーフの美女目黒めぐろに知れると、当然のように彼女は眉間にしわを寄せて嫌そうな表情をした。単なるめぐりあわせの問題にすぎないのだが、それでもなんとなく人望で負けていると言われたような気がして面白くなかったのだろう。


 全員がクルーザーに戻ってきたからと言って、じゃあ揃って夕餉を取りましょうという空気には当然ならず、船内の保存用食料を各々が個室に持ち込んで、もそもそと頬張る運びとなった。


 ただ食事を各自で済ませられたとしても乙女にとっては食事よりも重要な用件が残っている。


 そう、バスルームの使用時間の取り決めだ。こればかりはおろそかに出来ない。


 最終的には時間を決めて交代で使うように取り決めがなされて、事なきを得た。そして加成谷かなりやはバスルームの覗きを画策していたのだが、敢え無く小鶴瓶こつるべに見つかってどつかれまわされた後に個室に放り込まれて外からカギを掛けられてしまったので、断念せざるを得なくなってしまった。


 そして現在。


「くそぅっ!! やってられるかっ!!」


 一滴のアルコールも入っていないただの素の炭酸水をがぶ飲みしながら加成谷かなりや堂佶とうきつは飲んだくれていた。


 得意でもない炭酸水を缶チューハイを煽るかのようにぐびりぐびりと喉を鳴らして一気飲みし、「ぶふぅー」っと酔っ払らいみたいに熱い吐息を吐き出して、無造作に船室の窓を開け放つ。


「ちょっとくらいいいだろうがぁぁ!! 覗きは旅行の華だろうがよぉぉお!!」


 月に向かって熱く吼える。


 しかし覗きが華として認められるのはプレイルームの中でだけの話なので、彼のブーイングには一理もない。


「へへーんっ!! もう俺ここから飛び降りちゃうもんねー!!」


 開け放った窓に足をかけて、船の中から闇夜に向かってスカイハイダイブを敢行する。もうどう考えても酔っ払ってるとしか思えない行動だったが、本当に一滴たりともアルコールを摂取していないのである。


「とうぅっ!!」


 掛け声とともに本当に飛び降りてしまった。


 さて、何が起きるかと言えば、特別なことは何も起こらない。


 ただ当たり前に飛び出した身体が重力にひかれて自由落下していくのみだ。


 ズベシャァァァッァッ!! と砂浜に派手な落下音が鳴り響き、浜辺の砂を煙のように巻き上げる。


 そのまま砂浜の上をゴロゴロゴロっ!! と派手に転がって行って、最後にはバタンと大の字になって夜空を見上げた。


 いつも見上げている空と同じはずなのに、今日この日に見上げた空は都会の空とはまるで全然別物だった。


 暖かな月明りと満天の星空はまるで無限かのように広く、高く、深く、それでいて星々の煌きは数えきれないくらい無数に点在し連なり合っている。


「すげーなぁ……、星ってあんなにあるのかよ……っ!!」


 宇宙の広大さをその身に感じた加成谷かなりやは自分のことが恥ずかしくなった。


 ちょっとばっかし覗きが出来なかったからと言って腹を立てていた自分自身のちっぽけさが全身を貫いていく。


 そうだ、人はもっと大らかに全てを許して生きていくべきなんだ。素直な気持ちでそう思えた。


「ははは……!! あはははっははっ!!」


 何が面白いのか自分でも全く全然分からなかったが、とにかく溢れ出てくる笑みをせき止めることは出来なかった。


 でもきっと、せき止める必要なんかないのだろう。


 大丈夫、空が星が月が、こんなにキレイなんだ、だからきっとみんなも何とかなる。そうに決まってる。


 そんな錯覚がグルグルと加成谷かなりやの中に渦巻く。


 そう、ただの錯覚だ。


 だけれど、今くらいはそのくらいの夢を見たっていい。


「一体何がそんなに面白いんですか?」


 そんな風に満天の星空を眺めていたら、すっと月明かりが遮られるのと共に声をかけられた。


 一体何に光を遮られたのかと思ってすぅっと頭ごと視線を上に向けると、夜の汐風に依ってたなびくロングスカートがにわかに大きくめくれ上がった。


 そしてパンツが――、

「見えっ……!! ない……!!」

「えっ? わっ、わぁぁぁっ!?」

 視えなかった。


 いくらなんでも夜のこんな時間では下から覗き込んでも陰になるスカートの中を視認できるはずがない。少し考えれば分かることではある。しかし悲しいかな、スカートの中が見えるかもしれないという可能性がチラついた瞬間に理性とは特に関係なく視線が吸い寄せられてしまう生き物なのだ。


「……、見ましたか?」


 大慌ててスカートの裾を押さえながらしゃがみ込んだ玄道くろみちはとが薄らと顔を赤くしておずおずと尋ねてくる。


「……、見たかったけど真っ暗で全然視えなかったっ!!」


「う、うぅ……、さいてーですよ」


 そう言いながらも玄道くろみちは改めて加成谷かなりやの隣にそっと腰を落ち着ける。


「それでなんで笑ってたんですか?」


「なんでって……、うーん……。多分だけど、夜空があんまりにもキレイだったから、かなぁ……?」


 口に出して答えてみたモノの、それが本当に合っているのかどうかについてはあまり自信がなかった。


「……、夜空……? あぁ、本当ですね、凄いキレイ……」


 つられるように星を見上げた玄道くろみちは「おぉー」っと感嘆の吐息を漏らした。


 そのまま二人はしばらくの間ただ黙って空を見上げていた。


「あっ!!」

「どうかしたんですか?」


 突然加成谷かなりやが飛び上がって身体を起こして玄道くろみちのことを見つめ、何事かと疑問に思った玄道くろみち加成谷かなりやのことを見つめる。


「でも、キミの方がキレイだよ」


 とてもとても恥ずかしいセリフを前置きもなく言い放った。


 この瞬間、加成谷かなりやは勝ちを確信していた。


 どうして彼がそれほどまでに自信満々であるのかは全く理解が及ばないが、とにかく彼は勝ちを確信してたのだ。


 どのくらい確信しているかと言えば、口元のニヤケが抑えきれなくなるくらいだ。


 ぱちり、ぱちり、ぱちり、と玄道くろみちはゆっくりとした瞬きを繰り返し――、

 すぅっと首を少し下に傾けるようにして一旦ゆっくりと目を閉じる。


 加成谷かなりやは思った。これはこのままキスをする流れじゃないのか、と。


「あははははっ!! もう、何を言い出すんですか、急にっ!! あんまりにも似合ってないですよっ、そういうの。ふふふ、くふふふふっ」


 だというのに、玄道くろみちはとは軽くお腹を抱えて噴出した。もうちょっと転げ回った方がいいんじゃないかと思うくらいに盛大に笑っている。


「あ、あれー? ダメだった?」


「ダメです。全っ然似合ってませんモノ、ふふ、うふふふ」


「そっかぁ……。いけると思ったんだけどなぁ」


「えっちなビデオならそれで良いのかもしれないですけど、現実はそう簡単じゃないんですよーっ、だ」


「ふぐぅ……!!」


 ざっくり心臓を貫通するかのような勢いで言葉のナイフが突き刺さる。


 致命傷だった、一歩間違えたらメンタルが危うく死んでいた。


「少し話を聞いてもらっても良いですか?」


 一頻り笑った後で玄道くろみちはそっと膝を抱えるようにして座り直し、ひざの上に顎を乗せてそう切り出す。


「おう、何でも言ってくれたまえ」


「カナリヤさんは超能力ってあると思いますか?」


「超能力……? それって手で触れなくてもスプーンが曲げられるとか、そういうヤツ?」


「はい、そういうヤツです」


「見たことないし、会ったこともないからなあ……。とりあえず目の前で見せられたら信じる」


「じゃあ見せられなかったら?」


「それは……、私超能力者なのって根拠なしでカミングアウトされた場合はどうするのってこと?」


「はい」


「うーん……。真偽は分からないし取り合えずそういうこと、として受け入れるかな?」


「受け入れちゃうんですか?」


「まあだって、その場合俺にできることは疑うか、受け入れるか、拒絶するか、心配するか、そのくらいしかないでしょ。他に確かめる術もないだろうし……。それなら取り合えずでそういうモノとして受け入れる。多分そうすると思う、うん」


「ふーん。なら、アタシのこともそうやって受け入れてくれるってことですね」


「……? 待って、流れがよくわかんないんだけど……?」


「アタシ実は超能力者と言えばいいのか、それとも異能力者と言えば良いのか、分からないんですけど、でもそういう存在なんですよ」


「見せてくれたりは?」


「しません」


「じゃあどんな力があるかとかは?」


「秘密です」


「……、いいでしょう。受け入れましょう」


「ふふ、ちょっと卑怯な聞き方をしたのにどうもありがとうございます」


「良いってことよ。あっ、そうだもう一つ聞きたいことあったわ」


「答えるかどうかは分かりませんよ?」


「答えてくれなくっても別にいいんだよね、単に俺が聞くだけ聞いておきたいなって思っただけだから。……、ハトちゃんは何を願ってここに来たの?」


「……。アタシはアタシを普通じゃなくしている力を失くすためにここに来ました。普通になりたいんですよ、アタシって」


 意外なことに疑問にちゃんとした答えが返ってきた。


 だからはぐらかされるモノだと思っていた加成谷かなりやは、逆に言葉に詰まってしまう。


「カナリヤさんみたいに欲望に忠実な変わった人には分からないかもしれないですけど、普通じゃないって、自分が常識の範囲内にいないって自覚出来ちゃうことって……、結構心が辛いんですよ?」


「そうなんだ」


「はい。だから普通になりに来たんです」


 応援するべきなのか、それとも普通じゃないことに対して肯定すべきなのか、加成谷かなりや堂佶とうきつには分からなかった。


 故に何を言っていいのか分からずただ黙りこくってしまう。


「アナタがここで黙ってくれる人で良かったです。頑張ってねって言われても、今のままでもいいじゃないって言われても、多分アタシ怒ったと思いますから。……、理不尽だって分かってるんですけど、でもきっと怒っちゃうって思うんですよね」


「二択も理不尽だし、答えも理不尽だし、その問いかけも理不尽だ……。そんなこと聞かれて俺が分かるわけないじゃん」


 加成谷かなりやはから笑いと共に思わずそんなことを言ってしまった。


「それはそうですね。アタシって根本的に卑怯なんですよね、ほんと自分でもイヤになっちゃうくらいには……。でも、明日になる前に話せて良かったです」


「なんだよ、それ……」


 もうどういう情緒でこの場に居ればいいのか加成谷かなりやにはすっかりと分からなくなっていた。


 ただ逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。


「随分困らせちゃったみたいですし……。そうですね、じゃあこうしましょう。アタシが普通になれたなら、アナタにキスしてあげます」


「はっ……? えっ・……? えぇ……?」


「迷惑料みたいなモノだと思ってください。じゃっ、アタシは戻りますね、お休みなさい。良い夜を」


 そして玄道くろみちはとはすぱっと起ちあがって、足早にクルーザーへと戻って行ってしまった。


 ぽかんっと口を開けたままの加成谷かなりやは夜の浜辺に一人で取り残される。


「分かんねぇ……、本当に全然、分かんねぇ……」


 軽く頭を抱えてそれから、近くに落ちてた貝殻を適当に掴んでほいと海に投げ込んだ。


 ぽちゃんと静かな海に小さな音が霧散していく。



 誰一人として気づいているモノはいないけれど、しかし既にゲームは始まっていた。

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