何の成果も得られませんでしたっ!! 一日目なんだし当たり前だろっ!!


「これほどのいい男に恋人がおらぬわけがなかろうさ」


 呆れたように妖艶な美女七艶ななつやが首を振る。あまりにも直球に褒められると逆に反応し辛いのか瑠璃斑るりまだらは曖昧な笑みを浮かべていた。


「ボクが色んな子の告白を断ってるのは知られてるわけだし、流石に察してるかと思ってたんだけど、気付いてなかったんだね」


「イヤぁ……、そりゃ、いるんだろうなとは思ってはいたっすよ? 思ってはいたんすけど……、実際に目の前にその当人が出てくるというのはやっぱり衝撃のデカさが違うんすよ。しかも、先輩と似合いのスゲー美女なんすもん……!!」


「だって、良かったね褒められて」


「わらわはお主以外に褒められたとて、そううれしくないわ」


「流石は先輩、甘々に愛されてるじゃないっすか!!」


「はは、あははは……」


 加成谷かなりやのあまりの素直さに瑠璃斑るりまだらは逆に困り顔を浮かべる。


 そして少し後ろでそっと成り行きを見守っていた三人へ視線を向けて、

「で、どうしてこんな場所に?」

 そう問いかけた。


「それはもちろん宝探しよ。あなたもご存じでしょう?」


 答えたのは極楽鳥ごくらくちょうだった。


 一際柔らかで穏やかな笑みを浮かべることで、突然であった相手に対して敵意がないことを伝えていた。


「止めた方がよいと思うがの」


「そう言われて素直に諦められるのであれば、こんなところまで来たりはしないのよね」


「まっ、それはそうであろうな。精々頑張ると良い応援くらいはしてやろうぞ」


「あら、ありがとう。それに報いれるように努力は惜しまないつもりよ」


 大人の女同士の持つ危険な色気によって一触即発の事態になるかと思いきや、どちらにも喧嘩をしようという意思は皆無だった。


「……、えぇっと、その口ぶりだともしかして先輩も知ってたんすか?」


「それはさざ波の秘宝のこと?」


「っす」


「知っていたか知らないかで言えば、もちろん知っていたよ。けど探す気があるのかないのかで言えば、探す気はないよ」


「そうなんすか?」


「オカルトに頼らないといけないほどの大仰な願い事なんて持ち合わせちゃいないからね。ボクが望むのは精々ミサキさんと幸せになる、そんなことくらいだよ」


 瑠璃斑るりまだらの言葉に加成谷かなりやは何故か酷く安堵した。


 理由は今一分からなかったが、きっとこれで先輩が何か大層な願い事を隠していたならば、どこか遠くに行ってしまうような気がしたのかもしれない。


「ただまあ、可愛い後輩に随分心配かけちゃったみたいだし、一先ず釣りは止めて君たちと合流させてもらおうかな。ミサキさんもそれで構わないでしょ?」


「わらわの居場所は遊馬ゆうまお前のそばと決まっておる」


「という訳でいいかな?」


 集団の旗頭が極楽鳥ごくらくちょうであると判断した瑠璃斑るりまだらがそう問いかけると、


「えぇ、構わないわよ。私は極楽鳥ごくらくちょう極楽鳥ごくらくちょうエマよ」

 彼女は一も二もなく了承する。


「よろしくね、ボクは瑠璃斑るりまだら遊馬ゆうま、さっきのやり取りを見ての通り堂佶とうきつの先輩だ」


「ど、どうも、玄道くろみちはとです」


「よろしく、小鶴瓶こつるべ波子はしよ」


 そしてすぐさま瑠璃斑るりまだら玄道くろみち小鶴瓶こつるべへ向かって自己紹介をする。


「私たちは上流側に移動したいんだけど、この辺の地形ってどうなってたか、分かるかしら?」


 そのすぐ後で極楽鳥ごくらくちょう瑠璃斑るりまだらに訊ねる。


「上流方向に移動したいっていうなら、このまま滝を頑張って昇っていくよりは、川向こうの森中から迂回していった方が随分楽だよ。少なくともボクには小さいこの滝を直接上に昇るのは無理だったからね」


「なるほど。それじゃあ信じてその通りに移動しましょうか」


 そうして新たなメンバーを加えた一行は示されるままに川に足を突っ込んで通り抜けて、迂回しながら上流側へと進んでいく。


「アンタの先輩すごいわね」


「アタシもびっっっ、くりしましたー」


 そんな中で加成谷かなりやは後ろから二人にちょいちょいとつつかれて、付いていくスピードを少し落とす。


「だろー? 俺も初めて会った時にはクソほど驚いたもんだよ。あんな顔の良い男が現実に存在してていいのかよってな……!!」


「確かにそれもすごいとは思うけどさ、違うでしょ。あんな格好の極楽鳥ごくらくちょうさんと面と向かって話しして本当に一切合切下心感じさせないの、もうちょっとした異常でしょ、あれ……」


 どうやら小鶴瓶こつるべ的にも極楽鳥ごくらくちょうエマの格好はハイパーセンシティブドスケベであるという認識らしいことが窺える。


「そこがまたカッコイイ!! あの人はもはや人にモテるために生まれてきたと言っても過言ではない!! 俺はそう思うっ!! 君はどう思う?」


「そんなことに同意を求められても知らないわよ。というか、私たちを前にした時より先輩と再開した時の方がアンタよっぽどうれしそうで、ちょっと疑うわよ?」


「疑うって……?」


 疑うの意味が分からなかった加成谷かなりやが復唱するように聞き返すと、


「そんな女の子が大好きです、みたいな態度取っておいて実は男色家なんじゃないかなー、ってことじゃないかな……」


 疑問を呈した小鶴瓶こつるべの代わりに玄道くろみちが答えた。


「あー、つまりホモに見えるってこと?」

「ありていに言えばそうなるわね」


 二人の言葉に加成谷かなりやは腕を組んで逡巡する。


 そののち、

「先輩になら抱かれてもいっそいい。受け入れられる」

 苦渋の決断をするように眉間にしわを寄せて宣言した。


「抱く方じゃなくて抱かれるほうなの……」


「イヤだって、俺には無理だよ、先輩のケツを掘るの。尊敬してる人に対してそんな不敬なこと出来ないって!!」


「本当に尊敬してるんだね……?」


 三人が完全にピントのズレた会話を繰り広げている、

「早く来てくれないとはぐれるわよー?」

 先を進む極楽鳥ごくらくちょうから声が掛かったので、大慌てで追いかけ始める。



PM 16:43


「っすわー、なんもないっすね」


 あっちこっち探し回って、しかし収穫はゼロだった。


 故に滝上部の木陰に入って日差しを凌ぎながら、一行は一先ずの小休憩を取っている。


「簡単に見つかるのであれば、今まで見つかってないわけがないからね」


「そういうもんすか?」


「まー、多分ね」


 滝上からは辺りがぐるりと見渡せる。見渡せるといっても、背の高い木々に遮られるので、そう遠くまでは見えないし、何なら直下でさえ、あまり見通しはよろしくない。


 それでもかなり良いロケーションであるのは確かだ。


「なにかそれっぽい遺跡とか見つかるといいのだけれどね」


 ペットボトルの炭酸水で水分補給をしながら瑠璃斑るりまだらが呟くと、


「この島がいつから無人島になっているのかも全然見当つかないくらい人の痕跡ないですし、そんな都合よく遺跡とかあるんでしょうか……?」


 玄道くろみちが否定的な言葉を返した。


「全然そういうのなくって、雨ざらしにされたお宝は、もうすっかり雨風で風化してしまってるっていう線が考えうる最悪かもね」


 さらに小鶴瓶こつるべが悲観的な予測を重ね、


「その可能性は流石に悲し過ぎて泣いちゃうから考えないようにしましょ」


 最終的に極楽鳥ごくらくちょうの一声によって可能性から見て見ぬふりをすることに決まる。


「確かにそうね」


 可能性を口にしてみたところで今のところの収穫がゼロであるという現実は変わらない。


「……、でも一番最悪っていうなら元々存在しないだとか、存在してたけどもう壊れちゃった、よりはアタシたちが見つけるより先に向こうの人たちが見つけちゃう、の方がもしかしたら最悪なのかも……?」


 目の下に深いクマを持つ少女玄道くろみちはとがふっとそんなことを言った。


 言ってしまった。


 各々の目的が違っていて、各々の標的が同じである以上、あちら側で見つかろうがこちら側で見つかろうが最後にソレを手に入れられるのは一人だけだ。


 故に、どう転んだとしても奪い合わないといけない。


 必死にみっともなく、醜く浅ましく、奪い合わないといけない。


 あまり直視したくない現実だった。


 だがしかし、こうしてさざ波の秘宝を探している以上は必ず起こるであろう現実だ。


 どうしても諦められない望みを叶えるために、さざ波の秘宝などという実在の確証があるかどうかも分からないようなオカルトに縋ろうとしてしている。


 その時点で浅ましいと言えば浅ましい。


 その上さらにそこから人と争い、人を蹴落とさなければならない。


 自らが持つ願いの行く末がどうなるにしろ、近い将来必ず直面することになる。


 だから――、

「そうね。出来るならば私たち自身で見つけたいものね」

 静かで、それでいて確かな覚悟を以て臨むべきことがらなのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る