探そうぜっ!! お宝をよォ!!


PM 14:08


 トレジャーハント。それは実にワクワクする魅惑的な響きで、大きなお胸の谷間と遜色ないほど男の子を魅了する響き。


 男のロマンであり、夢あるいは憧れと呼ぶに相応しい。


 特にこうしてふらりと立ち寄った旅先で冒険を経てお宝を手に入れるなぞ、垂涎モノの体験に相違ない。


 故に加成谷かなりや堂佶とうきつはウキウキだった。


 どのくらいウキウキなのかと言えば、テンションが上がって一人で小躍りしながら最近お気に入りの曲を周りを気にせず歌いだしてしまうくらいにウキウキだ。


「春風に乗ってぇ~、夏が散るのぉ~」


「歌うなとは言わないけどさ、あまりにも盛大に音を外し過ぎなのよ、バカ。音痴」


 女性陣の身支度を待ちながら浜辺で一人ミュージカルごっこに興じていると、もっとも早くに支度を済ませた青い三角帽子の小鶴瓶こつるべ波子はしに尻を軽く蹴とばされた。


「音痴っ!! いうに事欠いて俺のことを音痴っつったかぁ!? ……、正解っ!! 先輩にもよく言われるっ!!」


 一瞬ブチ切れられるのかと小鶴瓶こつるべは身構えたけれど、そこに続いたのは単なる肯定の言葉だった。あまりにも思わせぶりなことをされて思わず顔が引きつる。


「何よ、今の反応に困るリアクションは……。言い過ぎたごめんなさいって言えばいいのか、びっくりして泣いたらいいのか分からないじゃないの……」


「俺が音痴なのは別に事実だし、それを気にしたことも特にないから謝られるいわれはないし、泣かれるいわれはもっとないっ!! というか脅かすつもりもなかったのに泣かれたらすごーく困るっ!!」


 ずびしぃっ!! と加成谷かなりやは大いに胸を張った。


 しかし何故彼がこんなにも威勢よく胸を張っているのかを理解できる人類はさっぱりと存在していなかった。


「あぁ、そう……。アンタ本当に何にも知らないみたいだから、私からちょろっとだけ教えておくわね。アンタ以外のこの場にいる全員が全員、さざ波の秘宝っていうお宝を探しにこの島にやってきたのよ」


「なるほど、みんなで協力してそのさざ波の秘宝とやらを探すわけか!!」


「違うわよ。全員ライバルなの。協力関係とかでは全然ないの。一時的に手を組んで行動を共にしていたとしても、どこかで必ず出し抜いてやろうって全員が全員思っているわ」


「えー? そうなの? ハシちゃんとハトちゃん仲良さそうだったじゃん?」


「ハシちゃんって……、いや、まあ良いけど……。別にそんなに仲良しってわけじゃないわよ。あの子とも今日初めて会ったしね。ただ他の人たちよりは年も近いし話してて楽だから一緒にいるってだけ」


「えぇ!? そうなのぉ!? 俺はてっきり前からの知り合いで一緒に遊びに来たんだとばっかり……」


「そういう事情があるから、アンタはこの宝探しにはあんまり深入りしないようにしなさい」


「……、御忠告感謝の極み」


 少しばかりの茶化しの入った言葉を口にしつつ加成谷かなりやは頷く。


 茶化してはいるが、小鶴瓶こつるべからの忠告自体を無下にするつもりは毛頭なかった。


 こういうときの他人からの忠告にはしっかりと向き合っておいた方が後々のためになると、知っているのだ。


「だから手伝ってって言われたとしてもホイホイ手を貸さないようにしなさいよ? 一人だけを贔屓すると無用な禍根を残す羽目になるんだから」


「うぅ……、肝に銘じておきます」


 複数の美女から恨みを買ってつめ寄られるというのもそれはそれで男冥利に尽きるかもしれないなどと、しょうもないことを考えつつも、そうなったときの恐怖を想像して一人で勝手に顔を青くしながら、頻りに頷いて見せた。



PM 14:23


 支度を終えた女性陣がクルーザーからゾロゾロと降りてきて、グラマラスボディの金髪スリングショット美女極楽鳥ごくらくちょうエマを先頭にして捜索部隊は浜辺を出発していく。


 特定の目的地はない。ただこの常夏島のどこかにあると噂されるさざ波の秘宝を見つけ出すという共通の目的があるだけだ。


 唯一人加成谷かなりや堂佶とうきつだけがさざ波の秘宝を探していない。


 ただその加成谷かなりやにしても探しているモノがないわけではない。


 彼の敬愛する先輩でこの島に連れてきた張本人瑠璃斑るりまだら遊馬ゆうまの姿が島についてから忽然と消えてしまったのだ。


 一体全体どういう訳なのか、加成谷かなりやにはまったりさっぱり分からない。しかし放っておけるはずもない。


 だから尊敬する先輩を探しだすためにも我関せずでクルーザーに残ってなどいられないのだ。



 一行は浜辺から抜け出して島の中央側へと向かって北上していく。


 目立って変わったところは今のところ特になかった。


 精々がちょっと木々が生い茂り、けもの道以外の通路が全くぱたりとないそんな程度。


 短く端的に言ってしまうと浜辺の先は未開の原生林だった。


 本当に完全に未開なので、人にとって有益なものがあるのか、それとも不利益なものが隠れているのか、それさえ全くよく分からない。ただなんとなく空間全体の雰囲気からこの場所においては人という存在そのものがあまり歓迎されていないのではないかという推測を立てたくなってしまうが、それはそれでひいき目のある錯覚や気の迷いに似たモノだろう。


 未開の地だからといって生態系そのものが排他的であると決め付けられる根拠は一切ないのだから。


 とにもかくにも一行は生い茂る原生林の淡い霧の中を進んでいく。

「ここまで森森したところに踏み入るならちゃんと長ズボンを穿いてくるべきだったァ――!!」


 加成谷かなりやのぼやきにその場にいる全員が全員口には出さずとも同意を込めて小さく頷く。


 今この場にいるモノはみんながみんな水着の上から羽織りモノを来て足もとはややしっかりとした作りのビーチサンダルといういで立ちでいるので、葉の鋭い低木や吸血性の衛生害虫等々によって乙女の柔肌に傷がつく可能性を考慮すると、後悔を持ってしまうのはむべなからぬことである。


 傷がつくよりもそこから発生しかねない感染症の類にかかる方がよっぽど怖いか。


「まー大丈夫、何とかなるわ。この自称正義の味方のお姉さんに任せておきなさい?」


 集団の先頭を歩くドスケベセクシーお姉さん極楽鳥ごくらくちょうがショルダーバッグを軽く叩きながらふぅっと息を吐きだした。


 もちろん大丈夫と言える根拠なんてどこにもない。であるにもかかわらず彼女の言葉にはみょうちきりんな安心感があった。


「何すか、自称正義の味方って……。マンガやアニメじゃあるまいに……」


「別に良いじゃない。私が自分で勝手に名乗るだけならタダなんだしね」


 ぽってり唇のドスケベスリングショット水着お姉さんがいたずらっぽく笑う。


「良いわね、正義の味方。私も助けてほしいモノだわ」


 すると赤スカーフの茶髪お姉さん目黒めぐろが肩を竦めた。


「お金の相談とお宝の総取り以外の話ならいつでも受け付けるわよ?」


「じゃあ無理ね。自称正義の味方さんは所詮正義の味方ってだけで弱者に厳しいわ」


「……、正義の味方も万能じゃないから、ごめんなさいね。出来ないことも沢山あるのよ」


 フフフと含み笑いで今度は金髪ドスケベお姉さんの方が肩を竦める番だった。


「もしかしてあの二人って、折り合い悪いのかな?」


「まー相性良さそうには見えないでしょ」


 新たにオレンジのベレー帽を被った玄道くろみちと相変わらず大きな青い三角帽子を被った小鶴瓶こつるべが後ろの方でこそこそと言葉を交わし、


「もー冴ちゃんったらそんな突っかからなくったっていいじゃない」


 緑スカーフの美女目代めじろが赤いスカーフの茶髪美女を軽く宥める。


 集団のど真ん中を歩く加成谷かなりやは、「これが、女同士の戦いかー!! うおぉー、間近で見るのは初めてだけど、結構迫力あるぅー!!」などと考えながら割と呑気な気分だった。しかし女の戦いは話が急にどう転ぶのか全く予想が付かないので、突然加成谷かなりやへと飛び火してくる可能性はそこそこにあるのだ。つまり何が言いたいかと言えば、危機感が足りていなかった。


「自称正義の味方さまはあんまり当てにならなさそうだし、私は別行動させて貰おうかなー?」


「えぇっ?」


 完全に呑気な気でいたから、赤スカーフの茶髪お姉さんの突然の言葉に思わず声を出して驚いた。


「お姉さんには咎める資格も、止める権利もないけどね。でも急に単独行動するっていうのは割と危険だと思うわよ?」


「単独行動じゃないわよ。依乃よりのも一緒に来るモノ。そうでしょ?」


「まあ、有亜ゆあちゃんがそうするっていうなら……、そりゃ私はついていくけども」


「けどって何よ、けどって」


「えぇ!? そこに他意はないんだけどなぉ……」


 やべえ空気になってきたぜぇ!? と加成谷かなりやが一人で勝手にアワアワしていると、

「それなら二手に別れたらいいんじゃないかしらね?」


 沈黙を守っていた深窓の令嬢っぽさのすごい白髪のお姉さんがゆったりとした声色でそう提案する。


「そうね。それが良いかもしれないわね」


 ちょっと困ったような表情を浮かべた極楽鳥ごくらくちょうは、だけれどそれを即座に受け入れる。


 提案自体に異存はない様子の目黒めぐろは、だけれど極楽鳥ごくらくちょうのその判断の速さが気に入らないのか小さく舌打ちをする。


「じゃあどうしようかしら……、私はそうねえ、アナタたちについていこうかな。よろしくね」


 聞こえていたであろう舌打ちを完全に黙殺して、黒い日除け帽子を被った白髪の御令嬢が赤スカーフと緑スカーフの美女の肩をポンっと叩いてニッコリとほほ笑む。その笑みには妙に妖しい色気が宿っている気がしてならなかった。


「となると、バランス的には私たち三人がそのまま極楽鳥ごくらくちょうさんのご厄介になるで、いいのよね?」


 それを受けて小鶴瓶こつるべ玄道くろみち加成谷かなりやへ向けてちらりとアイコンタクトを取る。


「異存無しっす」


「アタシもそれでいいかと思います」


 そうして七人一集団が四人と三人の二集団に分かれ、それぞれ別々の方向へと進んでいくことになる。


「じゃっ、決まりね。何があるか分からないし、そっちも十分に気を付けるのよ?」


「お節介」


 別れ際に極楽鳥ごくらくちょうが声をかけると、目黒めぐろは苛立ちを隠しもしない声色で短く一言だけ答え、二人を従えるようにして大股で草木をかき分けるようにして行ってしまった。


「なんだか変な巻き込み方をしちゃったみたいで、ごめんなさいね」


「別にいいわよ。元々仲間ってわけでもないんだし……、もちろんあなたも含めて、だけどね」


「ふふ、そうね。じゃっ、行きましょうか」


 わざとらしく口をとがらせる小鶴瓶こつるべに対して極楽鳥ごくらくちょうは息を抜くように小さく笑った。


「あの、一個聞きたいことあるんですけど……、良いですか?」


「なにかしら? お姉さんが答えられることならなんでも答えちゃうわよ?」

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