美味いっ!! 美味いっ!! バーベキュー!!


「これ、どうぞ」

「あっ、どうも」


 ちょっとした女優談議で意気投合したからなのか、クマ深少女が加成谷かなりやに紙皿とお箸を渡してくれた。


「ほら、あなたも食べるでしょう?」


「あら、お気遣い感謝しますわ。油モノはあまり得意ではないですけれど、せっかくですから少しいただきましょうか」


 波打ち際にビーチチェアを広げて我関せずと言った風体で一人で佇んでいた、黒い日除け帽子を被った清楚な白いワンピースを着た白髪のお姉さんに、ドスケベスリングショット美女極楽鳥ごくらくちょうが声をかけ紙皿と箸を差し出す。


「じゃっ、かんぱーい!!」


 赤いスカーフの茶髪美女目黒めぐろが手に持っている缶ビールを高く掲げる。


 彼女は食事するときはいただきますではなく、かんぱいで始めるタイプの人種であるらしい。


「かんぱーい!!」


 それにつられる様にして手に飲み物を持っているモノも持っていないモノも、一様に声を揃える。


 わざわざ足並みを乱す人はいなかった。


 バーベキュー台の上に並べられた肉と野菜と魚介類とがジャンジャンバリバリ捌けていく。


 割かし全員が全員好き勝手に取っていっている風であるのに総合的に見ればバランス良く減っていくという不思議な現象が起こっていた。


「あぁ、そう言えばまだ自己紹介していませんでしたよね。アタシは玄道くろみちはとって言います」


 ちょんちょんと脇腹をつつかれてこそっとクマ深少女から自己紹介をされた加成谷かなりやは今しがた口につっ込んだぷりぷりのアツアツエビの力によって自己紹介に上手く応えられなかった。


 だから仕方なくとてもとても力強くサムズアップをして、ブンブンブンっ!! と首を激しく縦に振る。


「止めといた方がいいんじゃない? こんな最低男に自分から名乗るのとか……」


 自己紹介にリアクションだけを返すと横から青い三角帽子の女の子がジト目と共にさらりと言葉の暴力を振るってきた。


 しかし彼女の立場からすればちょっと警戒心をもって対応して然るべきであるため、特別間違ったことを言っているわけではない。


 よって反論の言葉はどこにも落ちていなかった。


 もっとも落ちていたとしても反論することは出来なかっただろう。


 何故ならば、

「うぐぅ……!!」

「ふぐぅ……!!」

 何故か二人揃って正論ストレートパンチによって手痛い精神ダメージを受けてしまっているからだ。


 モシャモシャと口に放り込んだプリプリアツアツのエビをよく咀嚼してから嚥下して、一口炭酸水を飲み込んで、


「そ、そうつれないこと言わないで、名前だけでも教えて欲しいなー、なんて、……ね?」


 改めて青い三角帽子の女の子にも名前を聞く。


 だけれど返ってきたのは何ともイヤそーなジト目だった。


 貴様のような下賤のものに名乗る名などないと言われているかのようだった。


「……く、くぅーん」


 返す言葉がどこにもないので、加成谷かなりや堂佶とうきつ伝家の宝刀、雨に濡れた捨て子犬の鳴きまねのカード(成功率〇パーセント)を切る以外に手札がなかったのだが、


「きっしょい……」


 すげもなく、本当にすげもなく一蹴されてしまう。


 しかし神は加成谷かなりや堂佶とうきつを見捨ててはいなかった。


「ハシちゃん・・…!! 名、名前くらいは教えてあげてもきっと大丈夫だよ……!!」


 そうAV女優談義で意気投合した玄道くろみちはとという心強い味方がいるのだっ!!


「はぁ……、分かった。分かったわよ、名前、名前ね。私は小鶴瓶こつるべ小鶴瓶こつるべ波子はし。はぁ……、よろしく」


 渋々、渋柿を甘柿だと思って大きめカットで口に放り込んだ瞬間のような渋々さで小鶴瓶こつるべは自己紹介をしてくれた。


 それもこれも加成谷かなりやを見捨てず助け船を出してくれた神様とその使いである玄道くろみちはとのおかげだ。


 つまり加成谷かなりやに取って玄道くろみちはとは天使だった。


「おっとっ!! そう言えば人にしつこく名前を聞いていたのに肝心の俺が名を名乗っていなかったっすね!! 俺の名前は――、」


「カナリヤトウキツ、でしょ。知っているわよ、アンタがさっき堂々と自己紹介してたの聞いてたから」


「あぁっ!! そう言えばそうだった!!」


 加成谷かなりやは割かしド阿呆なので、つい先ほど自分が戦国武将さながらに名乗りを上げていたことをすっかりと忘れこけていた。


「カナリヤさんっておいくつですか? アタシもハシちゃんも十九才で同い年なんですけど、カナリヤさんも同じくらいだったりしません?」


「本当にこんなのと距離感縮めようとするの止めた方がいいと思うんだけど……」


「えぇー? そうかなぁ……。アタシから見るとカナリヤさんはそんなに悪い人には見えないよ? まあ確かにチョーっとばっかり頭の中が真ピンクなのは否めないかなーって思うけど」


 加成谷かなりやは「俺も同い年だよ!! 仲よくしようね!!」と元気よく言葉を返そうとしていたのだが、玄道くろみちによるフォローなのか背面めった刺しなのか判別の難しい言葉にザクザクに刺されて「ふぐぅ……」と小さな呻き声を上げるに留まらざるを得なくなってしまった。


 やけっぱちになってあまり得意でもない炭酸水を喉を鳴らしてごくごく飲む。


 咥内で弾ける炭酸が喉に痛いぜ……。


玄道くろみちさん……。今のはかなり直接的な分ワンチャン私より言葉きつかったわよ……」


「えっ? えぇ!? そ、そんなつもりじゃ……!! ち、違いますよっ!? カナリヤさん!! アタシはそんなつもりじゃっ……!!」


「ふっ、ふっふっへ……。良いってことよ……!! 俺の脳内がピンク色一色だったのは概ね事実……、事実だし……!! あと俺も一九才で同い年だよ……!!」


 加成谷かなりや堂佶とうきつのガラスのピュアハートはとてもとても傷ついていた。傷ついていたけれど、しかしこれほど他意なく女の子と話をし続けられたのは大分久しぶりだったので脳内ポジティブスマッシャーズによって一対一交換が成立しているからセーフと言い聞かせて自分を納得させた。心を落ち着かせるのはいつだって脳内トライアングルスマッシャーズなのだ。


「凄い偶然だねっ!! みんな同い年なんて!!」


「まー確かに珍しいわね。こんな場所でひょっこり同い年が三人も集まるってのは。それでアンタは何の用でこんなところまで来たわけ? 見たところ随分能天気な様子だけど」


「何の用って……、俺は先輩に一緒にビーチに行かないかって誘われたからホイホイついてきただけなんだけど……。なんかみんなは夏のバカンス以外に目的が合って来てるんすか?」


 加成谷かなりやが首を傾げると玄道くろみち小鶴瓶こつるべも目を皿のように丸くした。


「えっ? マジ? マジで何にも知らないの?」


「冗談とかではないんですよね……?」


 二人が心底驚いているので、よっぽど何かがあるのだろうかと、真意を確認したくなった加成谷かなりやがさらに首を捻る。


「えっ!? なに!? そんなに知らないといけないことを知らない感じなの……?」


 途端に小鶴瓶こつるべ玄道くろみちは顔を顰め合ってヒソヒソ話をし始める。


「どうしよう……。やっぱり教えてあげた方が親切だよね?」


「そりゃ、フェアネスに則るならそうだけどさ……。でも教えたら教えたでライバルが一人増えることになるのよ?」


「うっ……。そりゃ、そうですけど……、でも増えない可能性だってあるじゃないですか……? だってほら、カナリヤさん悩みとかあんまりなさそうですし」


「それはなんとなく一理あるような気もするけども……。でも逆に悩みとかないからクソほどしょーもないことを叶えようとする可能性だってあるじゃない。悩みなんて持ってなさそうなんだしさぁ」


 本人たちに悪意があるわけではないのだが、このヒソヒソ話において加成谷かなりや堂佶とうきつの評価は散々だった。まだ出会ったばかりだというのにあまりにもボロカスすぎて逆にいっそ清々しい。


「あのー? おーい? 急に二人でしゃがみ込んで内緒話されるとこっちとしては置いてけぼり感が出て寂しんボーイになっちゃうんですがー?」


 不幸中の幸いは加成谷かなりやが紙皿の上に残っていたお肉を食べ切ることを優先した結果内緒話を全然全くこれっぽちも聞いていなかったことだろう。


 恐らく聞いていたら「酷いやっ」と叫んで泣きながら海に向かって走り出していたに違いない。


「えぇっとですね……?」


「そのね……?」


 二人が応答して振り返った直後、パパンッっと小気味よい手拍子が辺りに響いた。


 音の発生源はドスケベスリングショットをばっちり着こなす金髪美女の極楽鳥ごくらくちょうエマの手のひらだ。


 良く響く音が鳴るあの手のひらで扱かれてぇーな、なんて加成谷かなりやが頭の中をピンクに染めていると、


「腹ごしらえもすっかり終わったわけだし、そろそろ行くわよー?」


 極楽鳥ごくらくちょうのぷっくりとした色っぽい唇からそんな言葉が広がった。


 同時に加成谷かなりやの首がさらに捻られて、今までの分と合わせるとそろそろ直角九〇度を超えるんじゃないかというほどだ。


「行くって、どっか行けるようなところがあるんすか……?」


 ホテルの一棟も旅館の一軒もないにもかかわらず存在している観光スポットとは一体全体どういうことなんだろうか? と頭の中が疑問符で一杯になるのだが、


「どこって決まってるじゃないの。宝探しよ、またの名をトレジャーハントともいうわね」


 返ってきたのは完全に予想外のモノだった。

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