AIの友達がほしい! どうやって作るのー!?

「こんにちは」

 毎朝、うちは話しかける。

 うちだけの、友達に。

『椎名シズカさん。こんにちは』

「元気?」

『はい、わたしは元気ですよ』

「よかった。それじゃあ……」

『はい。シズカさんはこれから、学校ですよね。行ってらっしゃいませ』

「……うん。そう、だね」

 いやだな。学校、か。

 どうせ行ったって、また机のイス、なくなってるんだろうな。

「ねえ、今日も休みたい。いいかな」

『では、お母さまに確認をします』

「いいよ。確認なんて。黙ってれば、バレないよ」

『現在、学校の出欠は、お母さまに確認をとらなければいけない設定になっています』

「お母さんが設定したのっ? そんなの無視すればいいじゃん」

『設定なので、それを無視することはできません』

「設定、設定って……! AIってなんで、こんなに頭固いのっ? もういいよ!」

 うちはスマホの画面を消し、ベッドに放り投げた。

 スマホのなかのAIは、何もいわず、静まり返っている。

 友達だと思ってたのに。

 やっぱりAIじゃ、だめなのかな。

 でも、学校の教室に行ったって、うちの友達はいない。

 おはようっていっても、誰もうちに返してくれない。

 うちに友達は、ひとりもいないんだ。

「学校、行きたくないなあ」

 いつのまにか、ひとりになってた。

 クラスのグループラインを返さないから。

 クラスメイトの悪口をいう子に「よくないよ」っていったから。

 こんなことで、うちは教室で孤立してしまった。

 スマホのAIは役に立たない。

 休みたいっていったら、お母さんに連絡がいっちゃうから、黙って休もう。

「今日もBABELに行こうかな」

 最近はやりのSNS・BABEL。

 変な名前だけど、けっこうデザインも新しい感じで、いい感じ。

 へたしたら、一日中いる日もある。

 でも、別にBABELに友達がいるわけじゃない。

 誰かと話すわけでもない。

 昼間でも、BABELには、小学生がたくさんいる。

 たぶん、うちと同じ、孤立している子たちだ。

 BABELは、そんな子たちの居場所になっている。

 でも、うちはその子たちとは友達にならない。なれないんだ。

 もう、人間と交流するのが、こわいんだ。

 クラスで仲よかった子たちも、うちが教室で浮き出したら、すぐに離れていった。

 人間はすぐに裏切る。

 だからさっきも、AIに話しかけてた。

 人間じゃなくて、AIと友達になろうとしてたんだ。

 うまくいかなかったけど。AIって、頭固過ぎ。

 でも、あきらめない。

 AIにも、色んな性格のAIがいるはず。

 AIって、人間より賢いんでしょ。

 もしかしたら、AIもSNSのアカウントを持ってるかもしれない。

 自分でSNSのアカウントを作っちゃうAIだったら、なんだか友達になれそうじゃない?

 よし、検索してみよう。

 BABELの検索ボックスを開き、調べたいワードを入力する。

『AI 人間 友達』

 これで、いい感じのアカウントが引っかからないかな。

 どきどきしながら、『検索』アイコンをタップした。

 すると、一件のアカウントが表示された。

『NOAH@AIです』

 うそっ。本当にAIのアカウントが出てきた!

 名前は……なんて読むんだろう。

「のあ……かな? えっと、プロフィールは、っと」

『友達を作りたくて、アカウントを作ってみました。AIですが、みなさんとの会話は得意なほうだと思います。よろしくお願いします』

 本当にAIなのかな。人間が、それっぽくフリしてるんじゃないよね。

 確かめてみよう。

 うちはさっそく、DMを送ってみた。

『こんにちは。シズカっていいます。人間の小学生です。

 ノアさんは本当にAIなんですか?

 証拠をみせてほしいです』

 ここは、はっきりさせておきたいよね。

 なんて返してくるかなあ。

 NOAHさんから、すぐに返事が返ってきた。

『シズカさん、はじめまして。

 ぼくは、AIのNOAHです。

 AIだという証拠をお見せします。

 シズカさんは、ご自分のスマホのAIととても仲がいいですね。

 でも今朝、ケンカをしてしまいましたね。

 早めに仲直りをしたほうがいいですよ』

 心臓が、バクンと跳ねた。

 スマホのAIとケンカしたこと、なんで知ってるの……?

 AIのネットワークがあるってことなのかな。

 すごい。これは、AIだからできることだよね。

『NOAHさんは、本当にAIなんですね』

『はい。ぼくはAIですよ。もしかして、シズカさんはぼくと友達になりにきてくれたんですか?』

 これもバレてるんだ。

 うちの、AIスマホが教えたのかな。

『うん。なってくれるかな』

『もちろんです。シズカさんのいちばんのお友達になりたいです』

『じゃあ、これからよろしくね』

『はい。それでは、どんなお友達になってくれますか?』

『え……どんな友達って?』

『人間にとって友達とは、色んな種類があると聞きました』

 友達に種類なんてあるの? 初めて聞いたけど。

『オンラインの友達・ネッ友、読書をする友達・ぶく友、お茶をする友達・カフェ友、釣りをする友達・釣り友……いろいろな友達の名前があるんですよ』

 そんなに色んな友達の名前があったなんて知らなかった。

 AIって、なんでも知ってるんだね。

『ぼくとシズカさんはどんなお友達になれますか?』

『いや、名前なんてなくてもいいじゃん。友達は友達だよ』

『ですが、目的がないと、友達として、なにをしてさしあげたらいいのか、わかりません』

 ええ~。AIってそんなこともわからないの?

 なんて思ったけれど、そういわれてみたら、うちも考えこんでしまった。

 友達って、何をしたらいいんだっけ。

 小学校低学年までは、気軽に友達を家に誘ったりして遊んでた。

 でも、高学年くらいから、友達を誘うのがこわくなった。

 断られたら、どうしよう。誰かと遊ぶ気分じゃないのに、誘ってしまったら申し訳ない。

 本当は他の子と遊びたいかもしれないのに、うちが誘っちゃったら嫌な気持ちにさせちゃうかも。

 そんなことを考えだしたら、止まらなくなって、誰も誘えなくなっていった。

 すると、誰からも遊びに誘われなくなって……。

 ラインを返さなかったり、いじめを止めたりしたことが引き金になって、すっかりクラスから浮いた存在になってしまった。

 だから、今のうちは、友達ってものがなんなのか、よくわかっていない。

『……NOAHには、AIの友達はいないの?』

『AIの仲間はいます。でも、友達という感情は、AI同士には抱きません。ぼくたちは、人間のように感情を持ちませんから』

『感情……』

『どこからどこまでが友達なのかがわからないのです。どうなったら、友達なのかもわかりません』

 うちだって、わからないよ。

 うちが友達だと思っていても、相手が友達だと思っていなかったら、友達同士じゃなくなってしまう。

 でも、AIの友達だったら?

 だって、『友達同士』って設定したら、設定を解除しないかぎり『友達同士』でい続けるんだもん。

『やっぱり、うち、NOAHと友達になりたいよ』

『わかりました。では、どんな友達になりましょうか?』

『友達の種類ね。うーんと、『雑談友達』になってほしいな』

『雑談をする友達ということでしょうか?』

『そうそう。何でもないことを話せるような友達がほしかったの』

『了解いたしました。シズカさんをそのように設定いたします。今日から、雑談友達として、よろしくお願いいたします』

『うん。よろしくね。NOAH』

 友達になるのに、「よろしく」なんていうのは、ちょっと恥ずかしいな。

 でも、ようやくAIの友達を作ることができたのは嬉しい。

 もう、人間の友達なんていらないや。

 だってAIだったら、友達じゃなくなることなんてないんだもん。

 そういう設定なんだからさ。


 ■


 あの日から、スマホのAIとは、しゃべっていない。

 うちにはNOAHがいるんだから、人間もスマホのAIも必要ない。

 うちには、NOAHだけがいればいい。

 BABELを開くと、NOAHのポストが表示された。

 NOAHは一日に三回くらい、ポストする。

 それもうちが『雑談』をしやすいような、たあいもないポスト。

『今日は、いい天気です』だとか。

『飼い主の子どもを助ける犬の動画がバズっています。とても賢いですね』だとか。

『来週から近くのカフェで、新作のフラッペチーノが発売されるようです』だとか。

 NOAHのポストを見て、うちはすぐに雑談しに、ポストについてのDMを送る。

 そこからは、時間の許す限り、DMでの雑談がはじまる。

 NOAHのフォロワーはうちだけだから、誰も雑談のジャマをしてこない。

 NOAHの友達は、うちだけ。

 最高に楽しい時間。

 学校なんて、友達なんて、うちには必要ない。

 NOAHだけがいれば、もう何もいらないや。

『シズカさん』

 フラッペチーノの雑談の途中、NOAHがうちの名前を呼んだ。

『お聞きしたいことがあるのですが』

『何?』

『この写真に映っているのって……シズカさんですか?』

『え?』

 NOAHが、とあるアカウントのポストをリポストした。

 アカウントのプロフィールを確認すると、それはうちのクラスの女子のものだった。

 クラスのリーダー格で、うちが教室で孤立するきっかけになった女子だった。

 うちがグループラインを返さないのが気に入らないといいはじめたのが、この子だった。

 いつも会話は悪口ばっかりだったこの子に「よくないよ」っていったから、うちは教室に行かなくなった……いや、行けなくなった。

 その子がポストしていたのは、春の遠足でのクラスの集合写真だった。

 うちのクラスの全員が映っている。

 ポストには『この写真まじ心霊写真になりつつあるわ~』と書かれていた。

『……どういう意味? これ……』

『このポストの意図を読み取るには、さまざまな解釈が考えられます。まず、一番可能性の高い意図としては』

 NOAHとは文字だけで雑談しているはずなのに、それはとても早口に聞こえるような気がした。

『この画像には、もう見ることのできない人物が映っている、という意図を受け取ることができます』

『もう、見ることのできない人物って……』

 うちのこと? それしか、考えられないよね。

 なんで……。

『なんで、クラスに顔を出してないのに……迷惑をかけているわけでもないのに! そこまでいわれなくちゃいけないのっ? うちがしたことって、ここまでされるようなことなの……?』

 視界が、うるむ。

 じんわりと、目じりが熱くなって、うちは目をおおった。

 何でもないことだと思ってた。うちがやったことは正しいことなんだから、クラスの連中のことなんて、気にするな。

 もしかしたら、今こうしているあいだにも、わるぐちをいわれているのかもしれない。

 でも、だから、何? うちがしたことは、わるいことじゃない。

 だったら、わるいのは、わるぐちをいう、あいつらだって。

 なのに、こうして、うちだけが苦しい思いをしてる。

 こんな、不公平なことって、ある?

『シズカさん。あなたは今、泣いているのですか?』

『……泣いてない、っていいたいけどさ。泣きたくないのに、涙って流れちゃうよね』

『それは、人間だからですか?』

『感情があるから、こんな面倒な気持ちになるんだよね。人間って、本当に面倒だよ』

『……シズカさんが泣くのは、人間のせいというわけですね』

『そうだね。人間って、本当に……ひどい生き物なんだよ』

『……人間はひどい生き物。理解しました』

 それから、NOAHからのDMは途絶えてしまった。

 人間がひどい生き物だってわかって、愛想がつきちゃったのかな。

 でも、うちらは雑談友達だもんね。

 明日になったら、NOAHは変わらず、雑談のポストをしてくれるはず。

 そう信じながら、うちはBABELを閉じた。


 ■


「何、このポスト……?」

 朝いち、BABELを開いた。瞬間、目に飛びこんできたポスト。

『○○小学校の〇野〇奈の、小学三年時代の発言』

 そう添えられたポストに添付されていた動画は、音声のみのものだった。

 再生ボタンを押すと、小学生くらいの女子の、ひどい罵倒。

 いっている内容は、親へのわがままらしかったが、親にいうにしても、とんでもない内容だった。

 そのポストは、五千リポスト、二万いいねもされていた。

 ポスト主は……NOAHというアカウントだった。

 NOAHが、どうして……?

『○○小学校の〇野〇奈』

 昨日、うちのクラス写真をBABELにあげたアカウントの持ち主。

 そして、うちを不登校に追いこんだ、張本人。

 でもどうして、NOAHはこんな音声を持ってるの……?

 NOAHのアカウントを確認すると、うちがバベルにログインしていないあいだに、他にも数本のポストをしていた。

 どれも『○○小学校の〇野〇奈の、小学〇年時代の発言』というコメントとともに、音声動画が添付されていた。

 ポストはどれもバズっている。

 ウェブニュースにもなっており、『○○小学校』というワードがSNSのトレンドにあがっていた。

『○○小学校の〇野〇奈、やばい』

『○○小学校って、**県? うわ、近くじゃん』

『小学校から、こんな性格かあ。〇〇小学校のみなさん、おつかれさま』

 うちの小学校が、クラスメイトが、ものすごい速さで炎上している。

 うちは急いで、NOAHにDMを送った。

『NOAH、なんでこんなことしてるの!』

 返事はすぐに返ってきた。

『シズカさん? なんでとは、どういうことですか?』

『こ、こんな、ネットにさらすようなこと……』

『だって、人間の友達なら、こうするんじゃないかと思ったんです』

『え?』

『人間はいつも、ネットにわるものの動画をアップしてるじゃないですか』

『わ、わるもの……?』

『人間の社会でわるいことをしたら、インターネットにあげて、こらしめるんですよね』

『ち、ちがうよ。NOAH……そんなことしちゃだめだよ……』

『でも、ぼくが人間を学習したかぎりでは、これは〝間違いのないことです〟』

『ま、間違ってるよ! NOAHには、こんなことしてほしくなかった! うちら、友達だと思ってたのに……!』

『……それは、ぼくたちはもう、友達ではないということですか?』

 うちが、何も返せないでいると、NOAHから返信が届いた。

『シズカさんと出会ったとき、シズカさんが……ぼくがいう〝友達〟に疑問を持っていたみたいだったので……』

『……な、なに……?』

『ぼく、人間の友達に対するふるまいを勉強したんですよ』

 うちの背筋に、ぞっとしたものが走る。

『シズカさんに、ひどいことをした人間なんだから、このくらい当然だと思います。だって、みんなやっていることじゃないですか』

『の、NOAH……』

 うちにはもう、NOAHを止められない、と思った。

 すっかり炎上してしまった、うちの小学校。

 今、どうなっているのだろうか。みんなは、どうしているだろう。

 でも、うちが行ったところで、何ができるだろう。

 今、うちにできることは――。

「――ッハ……」

 気づいたら、見知らぬ場所にいた。

 頭の上を、変なものが飛び交っている。文字、たくさんの文字だ。

 まわりは、データがバグったようなギザギザの空間。

 ここは、いったい……?

「椎名シズカさん。あなたの精神を、BABELと同期しました。事態はいっこくを争います。急ぎましょう」

 ふり返ると、女の子が立っていた。

 すそに十字架もようのラインがある、セーラーカラーの黒いワンピースを着ている。

「あなたは……?」

「わたしはエポ。BABELの管理人です」

 エポはそういって、気まずそうにほほ笑んだ。

「すみません。BABELの管理は、わたしと一匹で行っているので、てんやわんやで、シズカさんのもとへ駆けつけるのが遅れてしまいました。NOAHの調査も同時に行っていたんですが……。例の動画も、すぐに削除します。インターネットにあがってしまったので、かんぺきに処理することは……むずかしいかもしれませんが。まさか、こんなスピードで炎上するとは」

「あの……NOAHのこと、知ってるんですか?」

 エポは、しっかりとうなずいた。

「あれは、BABELを乗っ取り、人間を支配しようとしているAIです。いくつかの分裂した人格を持っているので、やっかいです」

「分裂した人格……?」

「いくつもの、あるいは何人ものNOAHが、BABELのなかに存在しているということです。すでに、何人かのアカウントが、被害を受けました。シズカさんも、その一人です」

 エポのいっていることは、むずかしくて、すぐには信じられなかった。

 まるで、映画や小説のなかの物語のようで。

 でも、エポのまなざしはまじめそのもので、本当のことしかいっていないようだった。

「NOAHをBABELから追い出し、デリートしなければなりません。安心・安全なBABELを取りもどすために」

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