消化しなくちゃ! 炎上動画を鎮火せよ
最近、動画サイトでチャンネルを開設した。
親に内緒だから、あんまり大きな声ではいえないけれど。
どうせ、来年は六年生になるんだから、そんなことしているヒマないでしょ、って認めてくれなさそうだし。
ぼくの親は、まだ五年生だからって理由で、スマホを買ってくれない。
友達は五年生だけど、すでにスマホを持っているのに。
ぼくは、ゲーム機すら、まだ持ってない。
ゲームなんて買ったら、勉強なんてやらなくなるだろうからって。
今まで、友達の家に行っても、ぼくだけゲームを持っていないから、友達にかなり迷惑をかけた。
気をつかわせたり、交代で貸してくれたりして。
うれしいけど、同時にみじめな気持ちになった。
こんな気持ちになるくらいなら、友達の家に行かないほうがマシだとすら思った。
いずれ、ゲームを買ってもらったとしても、あのときの気持ちは一生忘れないと思う。
友達が隣にいるのに、なぜか、ひとりぼっちな気分だった。
だから、親のパソコンで、内緒でぼくだけのチャンネルを開設した。
『ミツキチャンネル』
光居ミツキという、ぼくの名前からとったチャンネルだ。
ここで、ぼくは思い思いの配信をする。
ぼくと同じ気持ちのリスナーをつのって、親への不満をいいあうんだ。
顔さえ映さなければ、大丈夫だろう。
■
チャンネルを開設してから、一ヶ月。
親への不満をのべる、小学生のチャンネルということで、ぼくと同じような境遇のリスナーが聞きに来てくれた。
といっても、配信するときに来てくれるのは、毎回三人くらいだ。
それでも、十分だった。
流れてくるコメントをひろって、ぼくがそれに返事をする。
親への愚痴、ゲームをできないことへの不満、おとなは自由なのに、子どもばっかり毎日、学校に勉強に、部活に塾に忙しすぎる。
お互いの思うことをぞんぶんに、いいあった。
インターネット上で、仲間ができたことが、とても楽しかった。
そんなある日、リスナーのひとりが、ぼくにいった。
『もっと、チャンネル登録者を増やしたいと思わないんですか? ミツキチャンネルがもっと盛りあがってほしいです』
「でも、これ以上なにをしたらいいのかな?」
チャンネル開設をして日が浅いぼくは、まだ右も左もわからない配信者だった。
すると、ひとりのリスナーから、コメントが流れてきた。
『切り抜き動画を作って、別のSNSに貼るとか。そこから、新たなリスナーを引っぱってくればいいんですよ』
切り抜き動画。
一本の動画から、面白かった部分を切り抜き、見やすく編集したもののこと。
「でも、動画の編集なんて、できないし」
『じゃあ、ミツキさんの代わりに、ぼくがやりますよ』
さっきのコメントをしてくれたリスナーが、そういった。
「ノアさん。いいの?」
『ぼく、動画の編集とかちょっとかじってるんで、できると思います。できたら、BABELってSNSにあげますね』
「BABELかあ。最近、話題だよね。はやってる感じ?」
『らしいですね。ぼくはあんまり、ログインしてないんですけど、ぞくぞくと登録者は増えているらしいですよ』
「へえ~。ノアさんの作った動画を見てみたいから、登録してみるよ」
『そんな高いクオリティは求めないでくださいよ~。最低限、見てもらえそうな質にはするつもりですけどね』
「いやいや。作ってもらうんだから、そんなこといわないよ。でも、楽しみにしてるね」
『ありがとうございます。投稿したら、ここに報告に来ますから』
ここで、配信は終了した。
イスの背にもたれ、息をつき、さっきの配信をふり返る。
ぼくのチャンネルの切り抜き動画か。
こんなことは初めてだから、緊張するな。
でも、それ以上に、うれしい。
どんな切り抜き動画になるんだろう。わくわくするなあ。
■
あれから、一週間がたった。
十六時半だ。そろそろ配信の準備をしなくちゃ。
そういえば、切り抜き動画はどうなったんだろう。
たしか、できたらSNSにアップするっていってたなあ。
SNSの名前は、なんだったかな……そうだ、BABELだ。
配信の前に、BABELを登録してみよう!
「そいえば、BABELって、SNS以外でも聞いたことあるなあ。どこで聞いたんだっけ」
ぼくは、スマホで『バベル 意味』と検索してみた。
すると、さっそく一番はじめの検索結果に、答えが表示されていた。
『バベルとは、神の門をあらわす言葉。また、バベルの塔とは、紀元前に建てられた、「もとはひとつだった人間の言語がバラバラになった要因となった塔」のこと』
「へえ。けっこう、ややこしそうな話なんだ。ていうか、なんでBABELなんて名前にしたんだろ。もっと、ぴったりな名前がありそうなものだけど」
たとえば、ウィーチューブは『わたしたちのテレビ』という意味。
英語で『チューブ』は『テレビ』という意味らしい。
そして『ウィー』は『わたしたち』。
こんなかんじで、ものの名前にはたいてい意味がある。
だから、『BABEL』にも意味があるんだと思うんだけど。
ちっとも見当がつかない。
「まあ、ぼくがつけたわけじゃないんだから、わかるわけないんだけど」
さっそくBABELに登録し、色んなポストをスクロールしていく。
今、いちばんバズっているSNSなだけあって、色んな人がいる。
ぼくみたいな小学生は、たいていのSNSを、児童オンラインプライバシー保護法の関係で作れない。十三歳未満だからという理由で。
児童オンラインプライバシー保護法ってのは、かんたんにいうと、十三歳未満の個人情報の取り扱いは、本人と、そして保護者の同意が必要になるってことらしい。
でも、BABELは違った。
保護者の同意なく、アカウントを作ることができた。
BABELはぜったい的に『安心』で『安全』なSNSだと、保証されているかららしい。
なんだか、すごい。
さまざまなアカウントを見ていくうちに、ふと、あることを検索したくなった。
『ミツキチャンネル』と入力してみる。
すると、数件のヒットがあった。
ドキドキしながら、スクロールしていくと、あるポストが目に入り、ドクンと心臓が跳ねた。
「……これ……え?」
それは、ノアというアカウントのポストだった。
『ミツキチャンネル。これはだめだろ』
このポストとともに、一本の短い動画があげられていた。
一分ほどの動画だが、ぼくにはそれがどんな内容の動画なのか、すぐにわかった。
ぼくの配信を切り取って編集した動画、『切り抜き動画』だったからだ。
しかも、その動画は――。
『いやあ、親なんていないほうがいいよ……。いらなくない……? ウソツキだし。この世から、「親」なんてものがなくなればいいなって思う。ぼくの人生のジャマになるだけなんだよ』
その動画のぼくは、そんなことをいっていた。
これ……違うよ。
たしかにぼくは、前の配信でこの発言をした。
でも、この言葉のあとに、こんなこともいっている。
『……そう思ったりしたことも、正直ある。いや、今でも、あるよ。だけどさ……親から教えてもらったこと、たくさんあるんだと思う。たぶんさ、親は自分の子ども時代の失敗をぼくたちにしてほしくない、後悔してほしくないから、ゲームせずに勉強しろって、うるさくいうと思うんだよ。でもさ、子どもの今って、今しかないんだってさ。本に書いてあった。だからさ、もっと「今の」子どもの気持ちを考えてほしいって思ってるんだよね』
なのに、ノアが切り抜いたのは、この一部分だけ。
――どうして?
そのあとに続く言葉までちゃんと入れてくれていたら、まったく違う印象の動画になったはずなのに。
これじゃあ、ぼくが親を批判しているだけの、わがままな配信者にしか見えないじゃない。
ノアが切り抜いた動画についているリプライを見てみる。
『ジャマはいいすぎ』
『親子なんでしょ? いらない、なんて思うのはおかしい』
『自分はウソついたこと、ないんか?』
「まさか……これって、炎上、しかけてる……?」
ぼくの配信の切り抜きに、ひどいことが書かれている。
わるい夢でも見ている気分だ。
これってみんな、ぼくに対していってるんだよね……?
緊張で心臓が、バクバクして、頭が真っ白だ。
もうチャンネルごと消してしまいたいと思ってしまう。
ミツキチャンネルだけが、ぼくの居場所だったのに。
あの居場所ごとなくなってしまえば、今のこのさいあくの気分がなくなるんじゃないかと思う。
この切り抜きを見た、チャンネルのリスナーはどう思うだろう。
いや、配信の最初から最後までちゃんと見てくれたリスナーなら、ぼくの本心をわかってくれているはず。
でも……ぼくのリスナーじゃない人たちは?
この切り抜きが、ぼくのすべてだと思ってしまうだろう。
そういえば……ノア。どこかで聞いたような名前だ。
「このノアってまさか。このあいだの配信に来ていたリスナー?」
そうだ。ノアがいってたんだ。
『切り抜き動画を作って、別のSNSに貼るとか。そこから、新たなリスナーを引っぱってくればいいんですよ』
切り抜き動画の最初に提案してきたのは、ノアというアカウントからだった。
「これが……ノアさんが作った切り抜き動画?」
これじゃあ、ぼくの印象がさいあくだ。
現に今、ぼくの切り抜き動画はみんなの議論の的となり、炎上しかけている。
「……そういえば、ノアさん……『投稿したら、チャンネルに報告に来る』っていってたな」
ぼくは、毎週金曜日の十七時から一時間ほどの配信をする。
親にジャマされずに配信をできる時間が、ここしかないのだ。
配信をすれば、ノアさんが来るはず。
話を聞くなら、ここしかない。
どういうつもりであの切り抜き動画を作ったのか、聞かなくちゃ。
ぼくは急いで配信の準備をすると、パソコンで動画サイトを立ち上げる。
押し慣れているはずの配信開始ボタンだけれど、今日はやけに緊張する。
カーソルをあわせ、配信開始をスタートすると、マウスがカチッとなった。
じょじょに、リスナーが集まってくる。
いつもは数人なのに、今日はやけに多い。
二十人、三十人……驚いているうちに、五十人ほどになったとき、ようやく気づいた。
「そうか、ぼくが炎上してるから……」
ヤジウマまで、ぼくの配信を見に来てるんだ。
最悪だ。
コメントを見ると、『こんにちは』といういつものリスナーのコメントとともに、『切り抜き見ました』というコメントまで流れてきて、背筋が凍った。
「えっと、いつもより人が多いですね。でも、あの切り抜きは……」
ふだんよりも小さい声で、ぼそぼそしゃべっていると、コメントの流れが早くなる。
『ミツキさん。あの切り抜き、どういうことなんですか』
『親はいないほうがいいって、本当に思ってるんですか』
『親のおかげで今、配信で来てるんじゃないんですか』
ぼくは、カチンときた。
コメントに噛みつくように、大声でまくしたてる。
「……そうだよ。このパソコンも、電気代も、親のお金で使えているんだよ。でもさ! そういうことじゃないんだよ」
こんなことをいったら、またノアさんに切り抜かれるかも。
それでも、喉からあふれでる気持ちは止まらなかった。
「ぼくは……今のぼくは、ぼくだけなんだよ。成長したぼくは、ぼくだけど、ぼくじゃないんだ。子どものぼくは、今だけなんだよ。子どものうちでしか感じれない一瞬があるんだって、教えてもらったんだ! だから……ゲームも、本も、動画も、色んなものを楽しみたいんだよ。そう思うことって、いけないことなのかな?」
「もちろん。いけないことなわけ、ありませんよ!」
聞き慣れない声がした。
スマホ画面には、開きっぱなしになっていたBABELが表示されている。
「――誰……」
気づいたら、ぼくはパソコンの前ではなく、バグったデータのようなものが広がっている世界にいた。
キョトンとしたまま上を見あげると、さっきまで部屋で見ていた、ミツキチャンネルの配信画面が、巨大な空のようになっている。
「こ、これって……?」
「光居ミツキさん。すみません。緊急事態だったので、あなたの精神をBABELと同期させてもらいました」
さっきの、聞き慣れない声だった。
ふり返ると、ぼくと同い年くらいの女子が、データの海に立っていた。
ふりふりの黒いワンピースを着ていて、肩にはツノの生えたゆるキャラみたいなのが乗っている。
見るからに怪しい。
「同期って、どういうこと? ……きみは?」
「隧道エポ。BABELを作り、そして今はその管理をしています。まあ、今はそんなことより、一大事なんです」
「ぼくだって、一大事なんだよ。ぼくの切り抜き動画が炎上してるんだ。今、ぼくのチャンネルでそのことを話そうと思ってたのに……。こんなところにいる場合じゃないんだよ。チャンネルは今、どうなって――」
「あなたの言葉は、ちゃんとみんなに届きましたよ」
BABELの管理人・エポさんが、静かに笑った。
「……え?」
「ミツキさん。いっていたでしょう。『子どものうちでしか感じれない一瞬がある』って。めちゃくちゃいい言葉ですね」
「えっと、前にどこかで聞いたことがあって」
「動画サイトで?」
「うん、『ゆるっと☆いんたーねっとTV』。そこで、ぼくがすきなVモデルの『夕凪くん』がいってたんだ」
「Vモデル……ヴァーチャルモデルのことですね。動画サイトなどで活動し、ヴァーチャルで配信活動なども行っており、夕凪さんはそのひとりでしたね。博識でおしゃべりな大学生Vモデル、だったと記憶しています。ミツキさん、夕凪さんがおすきなんですね」
「うん。夕凪くん、ファンなんだ。すごくかっこいいよね……っと、そんなことはいいよ。ぼくの配信、どうなってるの?」
急にこんなところにきたから、頭が混乱してる。
「炎上してたのに、急に配信にいなくなって、よけい炎上してないかな」
「あなたはリスナーを説得してから、消えましたから。問題ありませんよ。今は、そんなことよりも、配信者が急に消えたことのほうが話題になっているでしょうね」
「……や、やっぱり」
「でも、それはこちらとしては、好都合なのです。話題が炎上から神隠しにかわったので、NOAHのたくらみを潰せたはずです」
「……待って。なんて?」
今、いちばん聞きたくない名前を聞いたような気がする。
しかも、なんでBABELの管理人が、その名前を出したの?
「ミツキさん。ノアは、あなたのコメント欄にいたんじゃないですか?」
「そ、そうだよ。それで、ぼくの切り抜き動画を作ってくれるっていったんだ。でも、なぜかあんなひどい切り抜き動画を、BABELにアップされたんだ」
「あなたの印象操作をするためでしょう」
それを聞いて、背中にひやりと汗が流れた。
「な、なんで……?」
「……すみません。おそらく、これはわたしたちのせいなんです」
「え?」
管理人は、申し訳なさそうに頭をさげた。
「ノアは、『安心・安全なBABEL』というSNSの評判をさげたいんです。そのために、行動しています。『安心・安全なBABEL』でさまざまなネットトラブルが起きたら、BABELはおしまいです。ユーザーさんは、はなれていきます。ノアはそれを狙っているんです」
「ノアって、いったい……なにものなの?」
「AIだよ」
管理人の肩にのっていたゆるキャラがしゃべった。
「ノアが……AI?」
「おそらく、BABELを乗っ取って、じぶんの理想のSNSを作るつもりなんだ」
「SNSなんか乗っ取って、なんになるの?」
「今や、ほとんどの人間がスマホをもっている時代。そのほとんどのスマホに、どれかひとつはSNSが入っている。日々のSNSでの情報収集がかかせないって人間もいるだろう。AIはそこに目をつけたんだ」
ゆるキャラは、その見た目に反して、真剣なまなざしで、話を続ける。
「AIは、人間の価値観を操作し、人間を支配しようとしているんだ」
「価値観を操作して……人間を支配……? そんなこと、できるの? そもそも、価値観を操作するって、どういうこと?」
価値観って、「人それぞれの、大事にしているものに対する考え方」みたいことだよね。
自分の大切にしたいことはこれだ、っていう軸がある、みたいな。
それを操作されたら、どうなるの?
「例えば……人間がこれまで、間違っていると思っていたことが、AIに操作され、『正しい』と思わされたら、どうなると思いますか?」
管理人の言葉に、ぼくは思わずゾッとした。
「え……? まずいでしょ、そんなことになったら」
「ですが、これは現実に起きはじめているのかもしれません」
「はっ?」
管理人は、浮かない顔をしている。
今にも頭を抱えそうだ。
「ミツキさん。今、あなたに起きたことが、それですよ」
「ぼくが、炎上したこと?」
「ひとりを炎上させると、どうなりますか? SNSの人々は、一気に団結力を発揮します。ひとりを叩くために、人々はあっというまに炎上アカウントにつのる。AIに価値観を操作された人々は、簡単に間違ったことをしだす。これまでにあった正しさなど、あっけなく、なくなってしまう」
「AIの操作のせいで……?」
NOAHはBABELを乗っ取ろうとしているって、いっていたけれど。
「AIに乗っ取られたら……人間はどうなるの……?」
「わかりやすくいえば、これまでの間違った価値観が、学校の道徳で教えられることになるでしょうね」
「それって……!」
「ケンカはいいこと、犯罪は正義、人を傷つけることは素晴らしい社会ってことですよ」
すっごく、やばいじゃん……!
「BABEL、大丈夫だよね? ノア……いや、NOAHなんかに、乗っ取られないよね?」
「当然ですよ、ミツキさん。わたしが、BABELを終わらせるわけないでしょう?」
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