第195話 前途多難の追跡

 レイヤの《想起破滅リコールベイン》によって、始末された勇者カズヤ。

 その断末魔と末路に、裏切ったサンブーでさえ青ざめ嘔吐を催しながら、ついに失禁までしてしまっている。


 レイヤは平然とした様子で、動かなくなったカズヤに近づき観察していた。


「――ふむ、ようやく死んだか。やはり勇者はしぶといな……始末して正解だったよ」


「本当に良かったのですか、レイヤ様。この者をスキルで操り利用することもできたのでは?」


 アンジェリカの問いに、レイヤは首を横に振るう。


「いや、さっきも言った通り、ボクは勇者を信用しない。それにこの男は闇堕ち宣言したにもかかわらず、女神アイリスの恩寵ギフトを失ってなかった。つまり本気でボクと組む気がなかったというわけさ。邪神メネーラ様とて、そんな覚悟のない勇者を受け入れたりしないだろう」


 どの道、使えない奴だとレイヤは主張する。

 主に盲目的に忠誠を誓うアンジェリカは異論なく、「そうですね」とあっさりと納得した。


「それじゃ、ここから出よう。サンブーさんもついて来てください。ズボンを取り換えてから眷属契約を結びましょう。その前に傷の手当かな?」


「レイヤ様、ありがとうございますなんだなぁ。糞カズヤと違って優しくて好感が持てるんだなぁ」


「……まあそれなりに。さっきも言った通り、ボクが期待しているのは貴方の回避能力に長けた生への執着と図太さにある。だけど眷属になる以上裏切りは許さない……もし裏切ったら、カズヤより凄惨な末路を迎えると忠告しておくよ」


「わ、わかったんだなぁ(やっぱ名前に「ヤ」が付く勇者に、ろくな奴はいないんだなぁ)」


 思惑はどうあれサンブーは頷き忠誠を誓う。

 それからレイヤと共に、アンジェリカのスキル《異次元の輪ディメンション・リング》の中へと入り姿を消した。



◇◇◇



 あれから上層へと目指す俺達。

 時折、モンスターが出現するも難なく撃退した。

 

 本当なら残り回復薬ポーションもわずかで、無駄な戦闘は避けたいところもある。

 だが拘束した小人妖精リトルフ族の魔法士ソーサラーチョリスと20名の捕虜がいるので逃げるわけにはいかなかった。

 美桜からいざとなったら見捨てる判断もするって話だけど、流石に良心を咎めてしまう。

 幸い低レベルのモンスターばかりだったから良かったけど。



 そうして、29階層の安全階層セーフポイントである「分岐点」に到着する。


『よぉ、マオト君。久しぶりだな』


『おニィちゃん、いやマオト殿。相変わらずカッコイイのう』


 着いた早々、出迎えたのは意外な人物だった。

 

 黒騎士ゼファーと死霊魔術師ネクロマンサーのシェルローズ。

 『零課』に所属する二人だ。


 ゼファーはオリハルコン製の漆黒鎧を全身に装着した普段通りの戦闘スタイル。


 シェルローズは異世界の姿だったという不気味な闇色の魔道服ローブを纏い、綺麗な顔立ちをした女性の人形を抱えた、長い黒髪の可愛らしい幼女だ。

 現実世界では5才で現役の幼稚園児である。

 相変わらず黄色い学生帽と園児服を着用しており、特にダンジョンだと違和感しかない。

 ちなみに、彼女ことシェルは何故か俺のことをやたら気に入っている。



「こんにちは、ゼファーさん。久しぶりだね、シェル。まさか『零課』の二人がわざわざ出迎えてくれるなんて……」


『ああ、ミオから【覇道のキメラ】の件で連絡を受けてな。それに、「分岐点」にも連中と裏で手引きする奴がいるようなので、ゴザックを交えてガザ入れしていたところだ』


 説明するゼファーの後ろで、ちっさいオッさんこと『露店商業ギルド』ギルドマスターのゴザックが正座して縮こまっている。

 何せ、ゴザックにとってゼファーはもろ雇い主なので頭が上がらないようだ。

 しかしどうして正座しているかは不明だ。

別にあんたは悪いことしてないだろ?


「そうですか。ゼファーさん、モンスターを密猟していた連中を捕らえたので引き取ってもらえます?」


『わかった。後で部下に回収させよう、全員ここに置いてくれ』


「ありがとうございます。それと肝心のカズヤとサブリーダーのサンブーには、そのぅ……まんまと逃げられてしまいまして、すみません」


『ああ知っている。マオト君は気にしなくていい、寧ろよくやってくれた……だがミオにだけ一言いわせてもらうぞ』


 ゼファーは俺を労いつつフルフェイスの鉄仮面越しで、美桜の方に視線を向ける。


「何よ?」


『お前がいたにもかかわらずダッセーな。探索アタックの許可した意味ねーだろ』


「はぁ!? こっちだって色々と大変だったんだからね! 全部こいつに振り回されたせいよ!」


 美桜はブチギレ、しれっとしている涼菜の方に指を差した。

 ちなみに彼女はジャンケンがやたら強く、高確率で今でも俺の背中におぶさっている。


『ほう、お前が極東最強と称された「気流の勇者エア・ブレイヴ」か? 何故、マオト君の背中に背負われている? 怪我でもしたのか?』


「初めまして黒騎士さん。貴方の噂は色々と聞いているわ……私は今、元カレの温もりで充電中よ」


「ゼファーさん、嘘です! 俺、彼女とは中学時代の同級生ってだけで一度も付き合ったことないので! おばちゃん勇者の質の悪いシャレです!」


 ゼファーは俺が杏奈に気があることを知っている。

 だから変な風に広められたくないので全否定した。


『……相変わらずだな、マオト君は。どうでもいいが、腐れ魔女フレイアが見たら間違いなく戦争が勃発するから控えてほしい。俺からはそれだけだ』


 酷ぇ……あんまりだ。

 てか、ゼファーの中で俺ってそういう目で見られているのか?


「おニィちゃん、わたしも抱っこしてぇ。てかデートの件はどうしたのぅ?」


 シェルが素のまま訊いてくる。

 やばい、下手に機嫌を損ねたら俺は彼女に呪われてしまう。


「ああいいよ。ということで、涼菜はいい加減降りてくれ。ちっちゃい子優先だからね……あとシェル、ちゃんと約束は覚えているからね」


 涼菜は精神がおばちゃんだけに、渋々ながらも幼女に譲った。

 途中で舌打ちしたのが気になるけど、基本おばちゃんは子供に優しい。


 そしてシェルは人形を置いて「わーい!」とはしゃぎながら、俺の背中に飛びついてきた。


「おニィちゃ~ん、わたしねぇ動物園か遊園地のハッピーランドに行きた~い」


「わかったよ。今度、予定を開けておくからね」


「真乙ッ! そいつを幼女扱いしているけど、精神年齢は200歳越えした糞ババァってこと忘れちゃ駄目だからね!」


「え? ミオさん、そうなの!? 嘘、やだぁ! おばちゃん譲って損したぁ! てか真乙君の背中はシニアシートじゃないんですからねぇ! どいてくれますか!?」


 美桜の不満が爆発し毒舌を吐き、涼菜が妙ないちゃもんもつけている。

 けど、シェルは一切動じずに二人の勇者に向けて「あっかんべー!」と舌を出していた。


 香帆と美夜琵はジト目で幼女を凝視し、アゼイリアも呆れた眼差しを向けている。

 また女子同士の妙な揉め事に発展する前に、あの事・ ・ ・をゼファーに伝えるべきだ。


「ゼファーさん、今回【覇道のキメラ】に密猟を依頼した人物について思い当たる節があるので、まだ確証がなく憶測範囲ですけど話してもいいですか?」


『ああ、どんな些細な情報でも重要だ。マオト君の見解を聞かせてくれ』


「はい。勇者カズヤの情報によると、依頼者クライアントは密猟したモンスターを人知れず地上に上げるユニークスキルを持っているようです。俺としては以前インディさんが教えてくれた《異次元の輪ディメンション・リング》という、レイヤの協力者という支援役サポーターではないかと思っています。実際カズヤから、依頼者クライアントについて『勇者に仕える眷属の小娘』と漏らしていたので」


『なるほど……可能性はあるな。後々に捕らえた【覇道のキメラ】のメンバーから、実際に密猟したモンスターの詳細は聞き出すとして、既にその『小娘』が地上に持ち込んでしまったかもしれん。奴からの(ジーラナウ)情報だと、《異次元の輪ディメンション・リング》はただの転移能力でなく、収納できる特殊な空間を作りその中でしばらく過ごすこともできるとか。今のレイヤにとって隠れ蓑として最適のユニークスキルとも言えるだろう』


 なんだって!? 

 そんな能力まで備わってんのかよ……戦闘向きじゃないけど、ガチで万能じゃないか。

 だとしたら渡瀬もその特殊空間で身を隠しているのかもしれない。


 ぶちゃけ追跡不可能じゃね?

 クソォ、やっぱ前途多難なんですけど……。

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