第193話 二人の勇者の邂逅

 狂乱の勇者フレンジー・ブレイヴカズヤ。


 彼が異世界に召喚された頃は、20歳の頃だ。

 当時は大学生であり特に将来の目標もなく、ただそこそこの会社に就職しサラリーマンにでもなるのだろうと漠然と考えていた。

 

 唯一の趣味はアニメ鑑賞であり、よく推しの女性声優のイベントがあれば講義をさぼって都内に訪れていたものだ。

 そして異世界に召喚された時も、イベントに参加するため電車を待っていた時であった。

 通勤ラッシュ時間であったのか、カズヤは見知らぬサラリーマンに背中を押され、偶然に駅のホームへと落ちてしまう。


 同時に電車が近づいており、このまま轢かれてしまうのではないかと突き飛ばしたサラリーマンを呪った。

 だが気がつけば見知らぬ場所におり、女神アイリスに勇者候補として異世界に召喚されたことを知る。


 元々アニメやラノベの知識があったカズヤは、特に抵抗もなく柔軟に状と「勇者の使命」を受け入れた。


「……確かよぉ、異世界転移者の主人公はしれっと『オレ強ぇ』って感じでイキった奴ばっかだったな。なら俺もそういうペラペラなノリでいいだろ。どうせ住人共も何も考えてねぇペラペラな連中ばっかだろうし」


 多少捻じ曲がった解釈であったが、「ろくに使命も果たさずにいきなりスローライフとか目指すとか、やる気のない駄目糞勇者より遥かにマシでしょ」という感じで、女神アイリスから勇者認定された。


 しかし、カズヤは決して素行が良い勇者ではなかった。

 人殺しこそしなかったが盗みは平気で行い、魔王軍を斃す目的のために村を襲撃させて壊滅させ、敵の数を減らすため騎士や民達に火薬を持たせて神風特攻させるなど平然とやってのけた。


 またカズヤの眷属達も似たような気性ばかりの連中で、彼の要望に応える形で自由奔放に武勇を振るい貢献している。

 こうしてカズヤは『狂乱の勇者フレンジー・ブレイヴ』と呼ばれ、魔王軍だけでなく人間側にも畏怖される存在へと成り上がったわけだ。


 通常これほどまでの外道であれば神々から「闇堕ち認定」を受け、勇者として与えられた恩寵ギフトを剥奪されてしまうだろう。


 しかしカズヤは眷属達のみで魔王軍に戦いを挑む少人数戦闘を好み、その犠牲ありきで容赦のない徹底した戦闘ぶりも功を奏し、大局的に見れば犠牲が最小限に抑えられているという功績もあった。

 また本人もレベリングに余念がなく、魔王討伐という最重要任務には極めて真面目に取り組み達成している。


 したがって「闇堕ち認定」に至らないまま、魔王を討伐し災厄周期シーズンクリアに貢献したことで現実世界へと戻った。



 それからカズヤはどうでも良かった異世界とは素行が逆転しており、『零課』のブラックリストに登録されず、普通に“帰還者”としてセカンドライフを歩んでいた。


 やがて帰還した眷属達と合流し【覇道のキメラ】を結成し、多少ワケありだろうと柔軟に受け入れる姿勢で規模を拡大していく。


「異世界じゃ功績上げりゃ、ある程度は不問で済むがよぉ。現実世界はそうはいかないだろ? 『零課』に目を付けられないためにも冒険者として素行良くエンジョイさせてもらうぜ……だが他の“帰還者”にナメられるのだけはNGだ。そんな連中はどんな手段を用いようと徹底的にやってやるぜ」


 カズヤは眷属とパーティの仲間達に口癖のように言い聞かせている。

 そういった姿勢は主にダンジョンで発揮され、時に目障りで邪魔な冒険者達に向けて人為的な「モンスター行軍マーチ」を引き起こさせ罠にはめて陥れていた。


 当時のカズヤには目標がある。

 

 ――奈落アビスダンジョンの制覇。


 これまで誰も成し遂げなかった偉業を自分達が攻略しようと本気で目指していた。



 そして10年後――。


 集団クラン規模まで力をつけたカズヤは遠征に赴き、ついに下界層の60階層まで到達した。

 そこは「不可避の者アトロポス」と呼ばれるエリアであり、到達した冒険者は数えるほどしかいないとされている未踏の地だ。


 だがそこは、今まで順風満帆だったカズヤの人生を大きく狂わす階層でもあった。


 当時のカズヤの証言では、そこはまさしく「終焉」と呼ばれるに相応しい暗黒の世界だったと言う。

 さらに異世界でも見たことのない、強力すぎるモンスターが蠢く混沌とした階層だったとか。


 結局、多くの仲間と眷属達は全滅した。

 唯一、カズヤだけが瀕死の重傷を負いながらも、なんとか生き残ることができる。


 その時、カズヤは理解した。


「……みんな死んじまって俺は悟ったよ。最初から『奈落アビスダンジョン』の制覇なんて不可能だったんだ。俺達“帰還者”は力を持て余さないよう、あえて無理ゲーを強要され『零課』に監視され、そして利用されている……だったらよぉ! こっちも冒険者であることを利用し好き勝手にやってやんよぉぉぉぉ!!!」


 再び勇者カズヤは歪んだ思考に囚われるようになり、モンスター密猟に手を染めることになる。


 ちなみにサンブーとチョリスは、その後に眷属となったメンバーだ。

 そして現在の【覇道のキメラ】では、60階層の探索は不可能のため、51階層の「運命の図柄を描く者ラケシス」エリアで留まり密猟していた経緯があった。



◇◇◇



「――嫌ですね、カズヤさん。探索アタックする前に教えてあげたじゃないですか? 【聖刻の盾】が来てますよって」


 突如、60階層まで逃走する勇者カズヤとサンブーの前に出現した支援役サポーターの少女、アンジェリカは場にそぐわない優しい微笑を浮かべている。


 その態度がますますカズヤの勘に触り苛立たせた。


「【風神乱舞】は!? それに『刻の勇者タイム・ブレイヴ』と『気流の勇者エア・ブレイヴ』のことは聞いてねぇ! いや、それよりもマオトっていう盾役タンクのことだ! あんなのレベル35の強さじゃねぇ! まさか最初から俺ら【覇道のキメラ】をハメるつもりだったんじゃねぇのか、ああ!?」


「まさか。そんなことして私達になんのメリットがあるのでしょう? ともあれ、カズヤさんも仕事はしっかりなさったではありませんか。貴方達が捕獲したモンスターは全て私が回収いたしましたのでご安心ください」


「――けど、依頼したノルマより若干少ないようだったけどね」


 今の声はアンジェリカではない。

 若い男の声だ。


 アンジェリカが出現したと思われる群青色ナイトブルーに発光する円環から聞こえた。

 その輪から一人の男が這い上がるように出現する。


 男が近づくと、アンジェリカは深々と頭を下げて一歩ばかり後退した。

 明らかに若い容姿、高校生くらいの青年。

 黒髪で爽やかそうな容貌、荒すさりとした高身長の優男。


 青年はダンジョンにはそぐわない、現実世界の私服姿だった。

 カズヤはその青年を鋭い眼光で凝視する。


「誰だ、テメェ? ただモンじゃねぇな?」


「流石は『狂乱の勇者フレイジー・ブレイヴ』、ボクも貴方と同じ転移された勇者ですよ。『闇の勇者ダーク・ブレイヴ』と言えばお分かりですか?」


「『闇の勇者ダーク・ブレイヴ』……聞いたことがある! 魔王討伐後、パーティに裏切られ闇堕ちした調教師テイマーがいると……お前、いやあんたが『レイヤ』か!?」


「ええ、その通りです。始めまして」


 レイヤは軽く会釈をして見せた。


 別時代で起きた災厄周期シーズンとはいえ、エリュシオンの冒険者ギルドに所属している以上、他の“帰還者”達からその時代で起こった異世界の話を聞く機会は多い。

 特にあらゆる“帰還者”を受け入れてきた【覇道のキメラ】のリーダーであれば尚更だ。


「……しかし、闇堕ちしておいてどうして現実世界にいる? 女神アイリスの恩寵ギフトは解消されているんじゃないのか?」


「ええ勿論。今のボクにとって女神は邪神メネーラ様です」


「じゃ、邪神メネーラ!? 女神アイリスの片割れか……マジかよ! まさか、そんな勇者の依頼を受けていたとは……そこのアンジェリカは、あんたと同じ災厄周期シーズンなのか?」


「いえ、彼女は別の災厄周期シーズンです。現実世界で意気投合し眷属になってくれました。それよりモンスターの件ありがとうございます。さっきお伝えした通り、些か数は少ないようですが事情も事情だ。依頼料はきちんと振り込みますのでご安心ください」


 レイヤの言葉に、カズヤはある思惑が過る。


「金はいらない! だが頼みがある!」


「はい、なんでしょうか?」


「俺を……この俺をあんたの仲間にしてくれねぇか!?」


 カズヤの意外な要求に、レイヤは「はい?」と双眸を細めた。

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