第192話 クライアントの正体

 51階層の別名「雲路」を脱出した俺達。


 あの後、【覇道のキメラ】20人の捕虜を回収し、拘束したまま歩ける程度まで回復させ上層を目指し歩いている。

 

 とはいえ捕虜だけでも俺達の倍以上の人数だ。

 いちいち監視するのも面倒なので、ヤッスの《屍鬼名匠アンデッドマスター》でもう二体ほどレベル50のデュラハン君を召喚してもらい、捕虜の護衛兼監視役としてついて来てもらっていた。


 おかげでヤッスはまだ魔力MPこそ余裕があるも、体力HPの方がギリギリとなり、ガンさんにおんぶして移動してもらっている。

 何しろレベル50のモンスターを召喚する度に、魔力MP値:-150と体力HP値:-60が消費されるので、魔法士ソーサラーのヤッスとしては体力HPが減る部分が致命的だった。

 おまけに捕虜を回復させるのに回復薬ポーションを使ってしまい、すっかり底をついているので、頼みの綱は回復役ヒーラーで僧侶の白夜だけとなっている。


「とりあえず中界層の『分岐点』を目指すわよ。いざとなったら捕虜を見捨てるわ。デュラハン君達もそこまで体を張らなくていいからね」


 美桜が指示すると、三体のデュラハン君ズは生首の頭部を掲げ頷いて見せていた。

 チョリスを含む【覇道のキメラ】の捕虜達は「酷ぇ女勇者だ。カズヤさんより悪魔だ……」とボヤいている。


「真乙君、そういえば勇者カズヤと取引したモンスター密猟の依頼者クライアントについて何か知っているんだって?」


「ああ、涼菜。俺には思い当たる節があるんだ。前にインディさんから聞いて……って、おい。そろそろ降りてくれない? もう51階層の「運命の図柄を描く者ラケシス」じゃないから大丈夫だろ?」


 涼菜は未だ俺におんぶされている状態だ。

 酸欠状態も治まって元気が戻った筈なのだが……。


「あらやだ、ごめんねーっ。けど、怪鳥ロックとの戦いで……おばちゃん実は足を挫いちゃって」


「嘘よ、真乙! その女、ただ突っ立って霧を払っていただけよ! 戦闘はもっぱらお姉ちゃんとアゼイリア先生と仙郷さんがやったんだかね! しがたって挫きようがないわ!」


「それは違います、ミオさん……私の人生なんて挫きっぱなしよ。中学の卒業式に、ずっと好きだった男子に勇気を出して告白してフラれてしまってからよ。異世界に召喚されてからも、それが尾を引いて独身のまま……そう何十年も。それでこうして、おばちゃん勇者となってようやく現実世界に帰還してきたんだからね」


「わかった。足が良くなるまで、俺でよければおぶっていくよ。うん、俺に任せておけぇい!」


 超心が痛むんですけど。

ぶっちゃけ俺にフラれたことで、人生とキャラが変わったと言っているようなもんじゃね?


 確かにタイムリープ前の時代じゃ、涼菜は清純な優等生のまま高嶺の花として人生を謳歌していたと記憶している。

 ひょっとして前周でも異世界に召喚されていたかもしれないけど、少なくても今のようなキャラ変したおばちゃんじゃなかったと思う。


「ありたとぉ、真乙君。キミってやっぱり優しいね……しばらくこのネタ使えそう、フフフ」


 独り言かもしれないけど、小声で企みをバラすのやめてくれる?

 わかっていても拒否しづれーわ。


「真乙殿は些かお人好しすぎるのでは!? 母上は人の弱味につけこむ、ふてぶてしい図太さがありますぞ! 気をつけてくだされ!」


「ミャビッチの言う通りだぞぉ! マオッチ、あたしもおんぶしてぇ~」


「駄目よ、香帆! 弟のおんぶはお姉ちゃんが先だからね!」


 なんなのもう!

 どうして女子達みんな俺におんぶされたがっているの!?

 てか話進まねーんだけど!


「わかったから、階層に着く度にジャンケンでもなんでもいいから勝手に決めてくれよ! それよりも依頼主クライアントの思い当たる件について話すけどいいか!?」


 俺は半ギレで説明する。

 姉ちゃんと女子達は「はい……すみません」と縮こまって傾聴した。


 それはあの激戦だった林間学校が終わって、すぐにインディから聞いた内容だ。

 さらにもう一人、水晶球オーブに封じ込められた魂の状態で意志体となったジーラナウからの情報であった。


 そいつは渡瀬玲矢こと闇勇者レイヤにとって最後の協力者であり、支援役サポーター職の“帰還者”だ。

 なんでも《異次元の輪ディメンション・リング》という特殊空間を作り、あらゆるモノを収納させ好きな場所から自在に引き出すことができる転移系のユニークスキルを持つと言う。


 おそらくそいつこそが「依頼者クライアントの小娘」に違いない。

 でなければ、カズヤ達にただモンスターの捕獲だけを注文するなんて可笑しな要求をしてくるわけがないからだ。


 生物さえも収納できる、その小娘の転移スキルなら誰にも知られず地上に持ち込むことも可能だろう。

 さらにカズヤからの話では、小娘は眷属であり従える勇者も関与しているらしい。

 

 俺の予想が正しければ、その勇者こそ――「渡瀬玲矢」だ。

 悪魔調教師デーモンテイマーの奴なら、捕獲したモンスター達をティムして育て従わせることができる。

 仲間を失いすぎて人員補充として強力なモンスターを集めているのか……そこまではわからないが。

 おそらく邪神メネーラの復活を目指し何かを企んでいるのは確かだ。


 俺はジーラナウの件は伏せた上で、それ以外の内容を美桜達に伝えてみた。



「なるほどね。これで辻褄があったわけね……真乙、お姉ちゃんもそうだと思うわ。あっ、次は私の番だからね! スズナ、早く降りなさいよ! 私の弟よ!」


 姉ちゃん、真面目に聞いてる?

 俺、結構シリアスモードで喋ったんだけど……大丈夫かよ、ガチで。



◇◇◇



 52階層の「運命の図柄を描く者ラケシス」にて。

 深い霧が立ち込める中をズタボロ状態である重戦士ファランクスこと、白熊族ホワイトベアサンブーが彷徨っていた。

 その肩には深いダメージと火傷が癒えぬ『狂乱の勇者フレンジー・ブレイヴ』カズヤが抱えられている。

 

「……糞ブー、テメェ使えねぇなーっ。どうして『HP回復薬エリクサー』を余分に持ってねーんだよぉ」


「カズヤさん、すまないんだな……けど虫の息状態だったのに歩けるまで回復させた点は褒めて欲しいんだなぁ」


「うっせーっ。褒めてもらいてぇなら、せめて全回復させろよ。全身の激痛のせいで、テメェの肩を借りなきゃ歩くことすらままならねぇ……火傷だって酷ぇ。きっと、まだどこか骨が折れたままの状態だ。糞ブーが、このままマオト共に追いつかれたらどうすんだ、ボケェ!」


「ごめんなんだなぁ……(こいつウゼぇ。オデ、なまじ眷属だから見捨てられず助けちまったが、文句ばっかタレるんなら、もういらねぇんだなぁ)」


 サンブーは詫びをいれる一方で、カズヤと仲間達に対して既に見切りをつけていた。

 あっさりとチョリスを見捨てたのもそれが理由だ。


 しかし眷属として契約を交わしている以上、主であるカズヤの指示だけは従うしかない。

 そのストレスに、サンブーの体毛が抜け落ち、特に頭部辺りがますます凄いことになっている。

 スキンヘッドだけだった部分が、既に眉毛の位置まで達していた。


「まさか低レベル共に、ここまでボコられるとは……どいつもこいつも使えねぇ! 10年前まではそれなりに良かった。俺が過ごした異世界の災厄周期シーズン、その頃の眷属達とつるんでいた時が一番良かった……」


 何気に不満を漏らしている、カズヤ。

 嘗て60階層の下界層『不可避の者アトロポス』まで到達した数少ないレコードを持つ、B級ランクのパーティが51階層で留まっていた理由がここある。


 サンブーはそのことを知っているだけに、心の中で「チッ、なんだなぁ」と舌打ちしていた。


「――相当、手痛くやられたようね。勇者カズヤさん」


 不意に聞こえてきた甲高く若い女子の声。

 視界を覆う濃霧で周囲は真っ白の筈が、声が聞こえた位置だけ群青色ナイトブルーに発光している大きな円環が出現する。


 その位置から、一人の少女らしきシルエットがゆっくりと歩き近づいて来た。

 次第に少女の姿がくっきりと浮かび上がり全貌が露わになる。


 ピンク色で緩いウェーヴのかかったセミロングのおさげ髪。

 大きなレンズの丸眼鏡をかけており、小顔で可愛らしい容貌の美少女。

 冒険風のフード付きマントを羽織っているも、佇まいからすらりとしたモデル体形であることが伺えている。


 言葉をかけられた、カズヤは軽く舌打ちし顔を顰めて見せた。


「こんなヤバイ仕事だったとは聞いてねぇぞ……依頼者クライアントのアンジェリカさんよぉ!」


 責め立てるように、勇者カズヤは少女の名を呼んだ。

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