第191話 白熊重戦士の行方

「――へえーっ。時雨君、やらかしちゃったねぇ。日頃からカッコつけの寡黙キャラぶっているから、そういうしょぼいヘマしちゃうんだよぉ。おばちゃんみたいに、普段から包み隠さずタベっていれば嫌でも情報が伝わるって知るべきだねぇ。けど、私のスリーサイズは秘密だよぉ、真乙君。アーハハハハ!」


 涼菜は酸欠の癖に上機嫌で笑い、時雨のミスを指摘しディスっている。

 何故に上機嫌かというと、あの後……。



「え~っ! おばちゃん、真乙君がい~い! 若いエキス吸いた~い!」


「失礼ね! 私だってまだ若いわよ! てか貴女も十分若いからね!」


 アゼイリアの背中でおぶさっていた、涼菜がぐずり始めた。


「先生、だから言ったのよ。そんな女、放置しとけって」


 美桜は虫けらを見るような侮蔑の眼差しで、涼菜を凝視している。


「けどミオちゃん。他校の生徒とはいえ、教師として放っておけないわ。眷属の仙郷さんと白夜ちゃんじゃ小柄だから、山を登るまでは無理だったでしょ?」


 なんでも途中まで眷属の二人が頑張って背負っていたが、濃霧のあまり視界不良と体力的な理由でアゼイリアが背負う羽目になったとか。

 先生もすらっと背が高い方だけど華奢でスタイル抜群の女性だけどね。

 そういや鍛冶師スミスって、重い武器とか生成するだけあって腕力と体力が必要とされる職種だっけ。


 普段からアゼイリアは、お金には「ぼったくりじゃじゃ馬BJ」と畏怖されるほど超シビアだけど、本来の「紗月先生」としては人柄よく優しい人気の教師でもある。

 そんな彼女の善意を、涼菜は俺と合流した途端にチェンジを要求してきたのだから、美桜がキレ気味で毒を吐くのも当然だと思う。

 とはいえ、このままおばちゃん勇者に駄々こねられてもウザいだけなので、俺は「わかったよ。時間がないから早くしてくれよ」と了承し、涼菜は喜んで移動してきた経過がある。


 今ではすっかりご満悦のおばちゃん勇者ってわけだ。



「……面目ない。本当に……詫びようがない」


 あれから時雨はすっかり落ち込んでいる。

 ただサンブーのスキルを教え忘れただけなのに、えらく責められてなんだか可哀想だ。

 まぁ、涼菜は勇者だからな。

 自分の眷属、しかもサブリーダーの失敗を指摘し諭す役割があるのも仕方ない。


「もういいですよ、時雨さん。涼菜も少し言い過ぎじゃね? こうしてみんな無事だったわけだし、もういいだろ?」


「真乙君、やーさーしーい! それに背中の温もり最高ッ! 元カレに免じて時雨君のヘマは不問にしてあげるわ」


「わかった、スズ。ありがとう、マオト殿」


「え? 俺は何もしてないよ……ただおんぶしているだけじゃん。てか元カレじゃねーし」


 涼菜もいちいち俺を引き合いに出すのやめてくれる?

 一度も付き合ったことねーだろ?

 そう言う度に妙な空気になるんだわ。


「……母上、酸欠のフリして、真乙殿におんぶされたかっただけなのでは? 異世界からそういう強かでセコイところありますよね?」


「そもそも既に異世界から脳ミソがイッちゃってんじゃね? 若オバちゃん、わざとらし~ぃ」


「香帆の言う通りね……だからあのまま放置しとけば良かったんだわ」


 美夜琵、香帆、美桜の三人はブツブツと不満を漏らしている。

 みんなサンブーのこと探す気ねーだろ?



 そうして移動する中、待機していたデュラハン君と合流する。

 ヤッスが《屍鬼名匠アンデッドマスター》スキルで召喚したモンスターだ。

 彼は分離されている首を宙に放りながら鳥瞰力を活かし、指示通りに一帯の警護を忠実に行っていた。


 デュラハン君は主とするヤッスを見るや、ひょうきんな動きで駆け出し接近してくる。

 モンスターなので言葉は話せず、微妙なゼスチャーで状況を伝えてきた。


「ふむふむなるほど……最近の水着ブラはそういうハッタリ系が出没しているのか? 空気で盛りカップを偽るなど実にけしからん! ソムリエとして誤認しないよう気をつけねば……」


 なんの報告してんだよ!

 ぜってぇ嘘だろ、それ!


「おい、ヤッス! いい加減にしねぇと《フレイムモード》で突撃すんぞ!」


「……すまんユッキ、場を和ませようとした冗談だ」


 いや、ここに来るまで女子達のおかげで十分に和みすぎて緊張感すらないけどな。

 そんなヤッスは話を続けてくる。


「我が同士、デュラハン君の報告によると、サンブーはここに来ていたそうだ」


「なんだって!? やっぱりそうか! それで、チョリスは奪われちまったのか!?」


「いや、崖に吊るされたチョリスに気付かなかったのか、そのままスルーして上に登って行ったようだ。したがって戦闘になることはなかったとか」


「そうなのか?」


 ヤッスの話で、俺は何やら腑に落ちない感覚に見舞われる。


 チョリスは猿ぐつわをされているから自分から助けを呼ぶことはできない。

 しかし俺はサンブーの目の前でチョリスが吊るされていることを喋っている。

知っていながら、そのまま仲間を見捨てたってのか?


 にしても、あのデュラハン君の至らないジェスチャーでそこまで詳細がわかるヤッスの《看破》スキルも凄いけど。


 それから俺達は崖に行き、逆さで吊るされているチョリスを引き上げた。

 猿ぐつわは外さない。魔法士ソーサラーだけに逃げようと呪文語を唱えられても厄介だ。


 そんなチョリスはロープで拘束されたまま、力自慢の時雨によって片腕で担がれている。

 もう一人の力自慢であるガンさんだと優しさを見せてしまい、ちょろい手口で逃げられ兼ねない。

 

 時雨はサンブー戦の失敗もあり、「逃げようなんて思うなよ。下手な素振りをしただけでも首をへし折る」と脅し徹底していた。

 当然、チョリスは恐怖のあまり従順に頷き大人しくしている。



 そして、先程まで俺が戦っていた最頂上にやって来た。

 

「――勇者カズヤがいない。主である奴だけ助けて逃走したってわけか」


 もぬけの殻となった岩場を凝視して、俺は瞬時に確信する。


「仕方ないわ、真乙。このまま引き上げるわよ」


「引き上げる? 姉ちゃん、まさか連中を放置するってのか!?」


 俺の問いに、美桜は冷静に頷いて見せる。


「そうよ。お姉ちゃん達の仕事はここまで。後は『零課』に任せましょ」


「……ここまで関わっておいてか? なんだか釈然としないな。チェックメイト寸前で勝負を投げ捨てる気分だ。それに、もしカズヤが復活したら、いずれ俺達に復讐しに来るんじゃないのか?」


「その時は返り討ちにするまでよ。真乙だって奴の能力を見極めたわけでしょ? それに今回のことで【覇道のキメラ】は間違いなく強制解散よ。カズヤとサンブーだって『零課』ブラックリスト入りされ、お尋ね者として粛正対象になるわ。もう二度と表立って活動はできないでしょうね」


「これも俺達が追い詰めた功績だってか? 姉ちゃんの言いたいことはわかるけど……」


「それに回復薬ポーションだって残りわずかでしょ? あと、こいつらをどうする気?」


 美桜は言いながら、チョリスに視線を向ける。

 確かにこのまま下層には連れていけないか……それに、時雨が拘束した20人の雑魚達もいるんだっけ。


 おまけに勇者の涼菜は、より空気の薄い最頂上に来たことで酸欠が悪化し、あれだけ無駄にハイテンションがついに喋らなくなってしまった。

 姉ちゃんの言う通り、ここが『奈落アビスダンジョン』の下界層である以上、敵はカズヤだけとは限らない。


 リーダー、サブリーダーとして仲間の安全を最優先するべきだ。


「――わかったよ、撤退しよう。みんなもそれでいい?」


 一応、全員に確認を取ってみる。

 【聖刻の盾】メンバーは全員が了承して頷き、美夜琵を含む【風神乱舞】のメンバー承諾した。

 特に時雨は最後まで責任を感じており、「すまん、俺が情報を伝え忘れがばかりに」と謝罪している。


 けどよくよく考えてみれば、香帆も時雨と同じ高レベルの暗殺者アサシンなので、きっと彼女もサンブーのステータスを見抜いておいて俺達に知らせ忘れていたと思う。

 にもかかわらず、「もうよくね、シグレッチ~」とかしれっと慰めていた。

 俺も「みんな~、実はこのエルフ姉さんも戦犯でっせ」とはチクれないので黙っておくことにする。


「それじゃ撤退しましょう」


 美桜が呼び掛け、全員が頷いた。


「……ま、まひょとくん。みょうしばらくおんぶしてもらってひい? お、おばひゃん、もう無理ぃ」


「わかったよ、涼菜。この階層だけだからね」


 酸欠のあまり完全に言語能力が低下してしまった、『気流の勇者エア・ブレイヴ』涼菜。

 ガチで「運命の図柄を描く者ラケシス」の階層は相性が悪い様子だ。


 こうして若干、不完全燃焼な部分を残し、俺達は51階層を後にして地上に戻ることになった。

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