第190話 閃光の天照頭

 呪文のように独り言を呟く、サンブー。

 そのヘイトぶりに、俺は違和感を覚えていた。


「オデは強くねぇ……けど誰にも負けたことないんだなぁ。生き延びれば負けじゃない……逃げ切ればオデの勝ちなんだなぁ。異世界の災厄周期シーズンでも、従えていた勇者を騙してそうやって生き残って来たんだなぁ」


「おい、サンブー! 独りで何を呟いてやがる!? 今すぐ行動不能にしてやるから、そこを動くなよ!」


 何か嫌な予感がする。

 こいつ、ヘイトと同時に何かを溜め込んでいると直感が走った。


 そんな俺の勘が当たったのか?


 サンブーは懐から白い布を取り出し、「うぉぉぉぉぉ!」と叫びながら、体毛のないスキンヘッド部分を摩擦力で磨きだした。


 束の間、ピタっと手を止める。


「くらうんだなぁ――《閃光の天照頭フラッシュ・ヘッド》!!!」


 カッとスキンヘッドから強烈な光が放たれ、俺達の視界を眩ませた。


「うぉっ!? ま、眩しい!」


 最早、凄烈すぎて視認できるレベルではなかった。

 まるで閃光手榴弾スタングレネードを直撃されたかのように視力が奪われてしまう。

 それは俺だけじゃなく、香帆や時雨などの高レベル冒険者を含む、その場に居合わせる者全てが同じ現象に襲われた。

 


 数秒後、ようやく視界が戻っていく。


 が、


「――サンブーがいないよぉ!」


 香帆が逸早く気づき叫んだ。


 俺も目を擦り確認するも、そこに縮こまっていたサンブーの姿がなかった。


「に、逃げたのか!?」


 つい疑問形で言ったが間違いないと思った。

 独り言でも「逃げ切れば勝ち」と呟いていやがったからな。


 けど、あんな巨漢の白熊族ホワイトベアが、どうやって包囲した俺達の間を掻い潜って逃げ切れたんだ?


「サンブーは重戦士ファランクスの癖に盗賊スカウト暗殺者アサシンのような回避能力に特化したスキルばかりを習得していた……おそらく我らの視界を奪い、それらを駆使してすり抜けたに違いないぞ」


 実際に奴と戦った、美夜琵が憶測を立てる。

 あの様子から、俺もそうなのだろうと思った。


「まさか、あたしまでハメられちゃうとはねん。やるじゃん、あの白熊ぁ。まんまと逃げられちゃったねん」


 香帆は言いながら、スマホを取り出して誰かに連絡している。

 会話の内容からして、美桜のようだ。

 姉達も怪鳥ロックの集団を討伐したようで、あと5分くらいまで着く距離にいるらしい。


 香帆はサンブーが逃げたことを伝え、美桜達に遭遇する可能性を示唆した。

 仮に逆の方向に逃げるとすれば、下層に降りることになる。

 この階層よりも危険な下界層、とてもサンブーが単独で行ける場所じゃない。


 しかし、サンブーめ。

 俺とヤッス、ガンさんと美夜琵ならまだしも、香帆と時雨まで一時的とはいえ《状態異常》に陥りさせるとは……。


 レベル差が関係なく影響を与える能力。

 魔法ではない、やはりスキルか?


「俺としたことが……《鑑定眼》で奴の能力は粗方承知していたにもかかわらず、皆すまん!」


 何故か時雨が申し訳なさそうに深々と頭を下げている。


「ん? 時雨さん、ってことはサンブーが逃げた方法とかわかるんですか?」


「方法まではわからん。おそらく鬼灯ほおずきが言った通りだろう……だが、奴のユニークスキルは判明している。見てくれ――」


 時雨は指先を翳し、自分の記憶を投影させたステータスウィンドウを出現させた。

 それは彼が《鑑定眼》で確認したサンブーの情報だ。


 特に俺達はユニークスキル項目に注目する。



〇ユニークスキル

閃光の天照頭フラッシュ・ヘッド


〔能力内容〕

・頭頂部から眩い光を放ち相手の目を30秒間ほど強制的にくらませる。

・有効範囲が広く見た者全てを対象とする。


〔弱点〕

・自分以外の見た者全てが対象となるため、味方にも反映される。

・盲目の者、目隠し、魔道具などでは効力が発揮されない。



 そういうことだったのか……。

 サンブーの頭頂部はストレスによりスキンヘッドになったと聞くが、実は逃走用にあえて晒していたというのか?


 そういや、勇者カズヤは常に頭にサングラスを掛けていた。

 俺との戦闘では一度も使わなかったのに……まさかサンブーのユニークスキルを想定して対策していたってのか?

 何しろ周囲にいる仲間ですら影響を及ぼすらしいからな。


 確かに時雨さん、やらかしたな。

 事前に教えてくれれば、対策しようのあるスキルじゃね?


 けどこの鬼人族の兄さん、俺と同じサブリーダーだけあり相当な苦労人だ。

 しかも勇者はあの変わり果てた高嶺の花こと、おばちゃん勇者の涼菜だから尚更だと思う。


「ドンマイっす、時雨さん。【氷帝の国】の三バカ兄さん達なんて、現実世界じゃリア充の癖してエロ本に釣られ、隠しダンジョンにパーティごとハマっちまう醜態ぶりっすよ。それに俺ら【聖刻の盾】も、よく色々とやらかすよな? ヤッス、ガンさん?」


「ユッキよ、どうして僕を名指しする? 僕は特にやらかした覚えがないぞ」


 お前は日頃の言動からして既にアウトなんだよ、ヤッス。


「確かに俺は皆に迷惑ばかりかけている。歩く迷惑な無駄駄目筋肉といっても過言じゃないだろう……いつもすまない、ユッキ」


「いや、そこまで言ってねーよ、ガンさん。調子に乗った俺が悪かったよ、マジで」


 年上の26歳なのに、なまじ繊細なガラスの心を持っているから質が悪い。

 あまりイジると、俺が酷い奴って風に周囲から見られてしまうからな。

 いっそ、ヤッスのように神経が図太ければシャレも通じるんだが……てか扱いが面倒くせぇ。


「余談はそこまでだねん……ん? ありゃ?」


 じっと地面を見ていた、香帆が首を捻っている。

 どうやら《探索》スキルでサンブーの足取りを見ているようだ。


「どうしたの?」


「……意外だねぇ。サンブーは上の方に逃げて行ったよぉ。つまり、登り切って下層に向かったってことだよぉ」


「単独でか? そこそこダメージを追っていたんだ。仮に『HP回復薬エリクサー』で回復したとしても、一人で下層は自殺行為だろ?」


「……いや、手はあるんじゃないか、ユッキ? 上に行けば僕が倒したチョリスが吊るされているし、さらに進めば勇者カズヤが倒れ伏せているんだろ?」


 ヤッスの言葉に、俺はハッとサンブーの思惑に気づく。


「野郎! あの二人を回復させてさらに下層に降りるつもりか!?」


「ああ、その可能性はあると思うぞ。特にカズヤは嘗て61階層まで到達した勇者……僕達が知らない未開拓の逃走ルートを知っているかもしれない。それに他にも気になること幾つかある」


「気になることって?」


「一つは密猟したモンスターの行方だ。僕には捕えたモンスターは怪鳥ロックだけとは思えないのだが?」


「ああ、ヤッスも言う通りだ。カズヤの話じゃ、他のモンスターも捕縛していて、依頼主クライアントに引き渡す手筈になっているらしいからな」


「そう、もう一つはその依頼者クライアントだよ。この階層で捕えたモンスターを引き渡すというのに、まるで姿を見せていない。きっと取引場所は、もっと下層じゃないのか?」


 ヤッスの考察どおりかもしれない。

 もし依頼主クライアントの小娘とやらが、俺の想像通りの奴なら危険な下層だろうと一人で行き来できる筈だ。


 そして回復したカズヤ達と合流して一緒に逃げるか……。


「クソッ、させるか! 急いで跡を追おう!」


「――真乙、無事ぃ!?」


 おっ、ついに姉ちゃん達がやって来たぞ!

 みんなも無事のようだ。まぁあの面子なら問題ないと思うけどね。


 あれ? 何故かアゼイリアが涼菜をおんぶしているぞ。

 なんでも彼女は空気が薄い場所ばかりで、酸欠になりかけているとか。

 やっぱ『気流の勇者エア・ブレイヴ』だけあり、そういった弱点を持っているようだ。


「ま、真乙君……無事で良かった。おんぶしてぇ」


「ごめん、涼菜。その暇はないんだ。姉ちゃん、このまま上に登るぞ。説明は移動しながらするから――」


 ようやく全員と合流を果たした俺は、逃走したサンブーを追跡することになった。

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