第189話 臆病な重戦士

 白熊族ホワイトベア重戦士ファランクスサンブー。

 俺達に追い詰められ、まるでゴキブリのように地面を這い逃げ出そうとしている。


「なんだ、あいつ? ガチでレベル55なのか? なんか弱くないか?」


 あまりにもしょぼい姿に、俺は呆れて感想を漏らした。

 しかし、美夜琵とガンさんの二人は揃って首を横に振るって見せる。


「いいや、真乙殿。あやつは、ああ見えて中々の曲者だぞ」


「曲者? あいつのどこが?」


「美夜琵さんの言う通りだ、ユッキ。あのサンブーって重戦士ファランクス、物理的攻撃じゃほとんどダメージが与えられない。いちいちスキル技と魔法攻撃を駆使しなけれ決定打を与えられないんだ」


「ガンさん、それって重戦士ファランクスだから強固な肉体だってことか?」


「いや真乙殿、寧ろ逆だ。柔らかすぎるのだ……ゴムボールのようにな。従って鎧は砕くことはできても、肝心の肉体を傷つけるのが困難なのだ。大抵の攻撃は吸収されてしまう」


 美夜琵の説明に、俺は眉を顰める。

 そういやサンブーの野郎、彼女から背後へと飛び蹴りを食らわされ思いっきり吹き飛ばされたわりには元気だ。


「つまりゴム人間、いやゴム白熊ってことですな? ユニークスキルかあるいは何かしらの実を食したか……」


 やめろ、ヤッス。それ以上は危ないラインだから言うな!


「いや、そうじゃない。それが獣人である白熊ホワイトベア族の補正であり特性なんだ」


 ガンさんの説明によると、白熊ホワイトベア族の体毛には物理的攻撃を吸収する効果があり、また自分からあえて吹き飛ぶことでダメージを軽減させる習性みたいな能力があるらしい。


「それに真乙殿、サンブーはレベル55だけあり攻撃力ATKが高く、妙な技能スキルばかりを持っている……だが不思議なことに攻撃力ATK系のスキルは習得してないのか、大抵は回避系のスキルや魔法ばかりだ」


 美夜琵の補足に、俺は奇妙な違和感を覚えつつ首を傾げる。


「つまり回避専門の重戦士ファランクスってのか? あんなデカい図体で……確かにガンさんより無駄筋肉だな」


「ユッキ、俺のことそんな風に思っていたのか? ガンさん超ショックなんですけど……」


「じょ、冗談だよ、ガンさん……俺がそんなこと思うわけないだろ?」


 俺の言い訳に、ガンさんは「そうだよな、ユッキに限ってだよな」と信じてくれた。

 あ、危ねぇ……ついうっかり口を滑らせてしまったぞ。

 これも日頃サブリーダーとしてフォローしてきた信頼の賜物だな。


「う~む。二人の話を聞く限り、サンブーの体毛が厄介だとすれば、それ以外の箇所を攻めれば良いのではありませんか? ほらそこ。唯一、体毛の無い箇所があるんじゃないか?」


 ヤッスは魔杖で、サンブーの晒されている頭頂部ことスキンヘッド部分を指し示している。


「ああ、ヤッス殿。ワタシとガンさん殿も同じことを考え、奴の攻撃を躱しつつ頭頂部を狙い攻め込んでいたのだ」


「けどそれは、サンブーにとっても自分の頭だけ防御すればいい理屈にもなるからな。始めの頃は巨大な戦斧バトルアックスで、悉く俺達の攻撃が防がれたものさ」


「しかし雨の雫とていずれは岩をも穿つもの――奴の武器破壊に成功し、ようやく追い詰めることに成功したのだ」


「あと、俺は《穿通》スキルを持っているからな。そこそこの深手を奴に負わせ、あとは美夜琵さんの必殺スキルの一撃ってところまで持ち込んだ良かったんだが……サンブーの奴、いきなり戦いを放棄してここまで逃げて来たってわけさ」


「こやつめ、巨漢の癖にやたらと足が速い……おそらく《瞬足》スキルの進化系、《神速》スキルを習得しているに違いない」


 《神速》って……香帆のような暗殺者アサシンとか身軽で軽装な職種が習得する上級スキルだぞ。

 重装を売りにして高い攻撃力と防御力に特化した重戦士ファランクスが……って嘘だろ?


 そうか、この白熊野郎も【覇道のキメラ】のメンバーだ。

 ある意味でレアな“帰還者”であると同時に、マニアックなスキルばかり持って臆病な性格なだけに周囲から弾かれ、柔軟に受け入れてくれる【覇道のキメラ】に入ったってところか。


 尚も逃げようとするサンブー。

 巨体が災いしてか、せっかくの《神速》の移動距離と使用回数が限られている様子だ。


 だがレベル55の上級冒険者であることには変わりない。

 俺達は警戒しながら、サンブーを四方から包囲していく。


「もう逃げられねぇぞ、白熊オッさん!」


「か、勘弁してくれなんだぁ……」


「大人しくしてりゃキルしねぇよ。ただし手足を折って行動不能にする……どうせ何か企んでいるんだろ?」


 一見して巨体を縮こませ小動物のように震えているも、つぶらな瞳の奥がドス黒く濁っている。

 まだ心が折れてない証拠だ。

 きっと何かを隠しているに違いない。


 その時だ。


「マオッチぃ~、みんなぁ、無事ぃ~!?」


 香帆と時雨が遠くから走って来る。


 どうやら彼女達も敵を斃して駆けつけてくれたようだ。

 にしても怪鳥ロック3羽と冒険者20人をそれぞれ単独で倒してしまうとは……。


「ああ、見ての通りさ。んで最後にこいつを追い詰めているって感じ」


「ん? サブリーダーのサンブーだねん。にしてもマオッチ、勇者カズヤに勝つなんてやっぱ凄いねん!」


「香帆さんと時雨さんが俺を信じてくれたからだよ。時雨さんはあんな大人数を相手に怪我はないんですか?」


「ああ問題ない。《反転跋扈はんてんばっこ》で全員返り討ちにしてやったからな。ただ、20人を拘束するのに時間が掛かってしまった。すまない」


 時雨のユニークスキル《反転跋扈はんてんばっこ》は、敵から受けた攻撃分を自分の能力値アビリティに上乗せして強化し、あるいはそのまま弾き返したりする能力だ。

 敵が強力かつ数が多いほど有効に働くというエグイ特性を持つ。


 そして香帆も『地獄の死神大鎌デス・ヘルサイズ』に備わったスキル、《呪殺の弦月刃カース・クレセント》を使用し、怪鳥ロック達の体力値HPを減らしながら確実に勝利したと言う。


 やっぱ強ぇ……仲間であることが誇らしく思えてくる。


 とにかく香帆と時雨が加わったことで、包囲網はより強固となった。

 サンブーはますます追い詰められ、半ベソをかき始める。


「赦してくれなんだなぁ……オデはカズヤに無理矢理モンスターの密猟をさせられていただけなんだなぁ~」


 挙句の果てに主である勇者を売る始末。

 こいつ、救いようがねぇ。


「この面子を前にして、んな言い訳が通じるかよ? ついさっきまであんだけイキってやがった癖に信憑性がゼロなんだよ!」


「けど、ユッキ。俺はサンブーの気持ちもわかるな……嫌々な事をやらされるのに、自分で鼓舞して開き直るってしまうことはあると思う。俺も異世界で最初の頃は、もろそういうタイプだったからな」


 ガンさんだけ何故か同調していた。

 さっきまで死闘を繰り広げていた相手だってのに、優しさを通り越して愚かだと思う。


「やっぱり蛮族戦士バーバリアンもそうなのか? パワハラ勇者に強要され、戦わされたクチか?」


「ああ、俺の災厄周期シーズンの勇者も同じだった。眷属になってしまったばかりに強制で戦わされてな……あれはガチで呪いたくなったよ」


「わかるんだなぁ……オメェ、強面だがいい奴なんだなぁ」


「サンブー、あんたも頭の天辺がアレだけど、落ち武者みたいで俺は最新のオシャレだと思うぞ」


「おい、ガンさん! そいつは敵だぞ! 何、認め合ってんだよ!? まだ早ぇっての! どうせなら、そいつをボコって『零課』に突き出してからにしろよ!」


 もう! 無駄筋肉同士で共感し合ってんじゃねーよ! 落ち武者って最新のオシャレなのかよ!

 バカなの!? ガチで!

 俺のド正論にガンさんは「そうだった、すまん」と謝罪してくる。


「チッ、なんだなぁ」


「あっ! こいつ今、舌打ちしたぞ! 絶対に何か目論んでいるに違いない! みんな気をつけてろ!」


 ヤッスが《看破》スキルで、サンブーの思惑を見破る。


「……【聖刻の盾】めぇ、無駄な正義マンの集まりだと思っていたけど、頭のキレる奴ばかりなんだなぁ。どいつもムカつくんだな……けど一番ムカつくのはカズヤなんだなぁ。基本、名前の最後に『ヤ』がつく勇者にろくな奴がいないんだなぁ」


 サンブーはブツブツと何かヘイトじみた言動を呟き始めた。

 つぶらな瞳が座っており、全身から負のオーラを漂わせている。


 なんだ、こいつ? 何か様子が変だぞ?

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