第183話 密猟勇者との遭遇

 しかし香帆の予想は的中することになる。



 登ること数刻後。

 階層エリアごと覆っていた濃霧と雲海を越えると、一気に視界が良好となる。

 夜になりつつあるのか、多少は薄暗いがこの程度なら問題のない範囲だ。

 たた、より空気が薄くなっている場所であると実感する。


「やっぱり来やがったな……って、なんだテメェら? 何してんだ?」


 山頂にて、奴らこと【覇道のキメラ】が待ち構えていた。

 

 ざっと見て、連中は20人ほどいるだろうか。

 思いの外、数が多い。

 あらゆる“帰還者”を受け入れ、ギルドでもB級認定されているだけあり集団クラン規模のパーティだと聞く。

 無論こいつらはごく一部であり、モンスター密猟に関与している外道共ということだ。


 そして中央の小高い岩の上に立っている、一人の男が俺達を見て首を傾げていた。

 集団の中でひと際目立つ男だ。全身から異様ともいえる闘気を発している。


 そいつは、すらりと背が高く短髪の中年男だ。

 片手に槍を持ち、腰に短剣ダガーと先端に刃が取り付けらえたウィップを携えていた。

 ぱっと見は冒険者風だが、胸に装着された鋼鉄板プレート以外はラフな格好であり、革ジャンにジーパンとなんの職種かわからない装いだ。

 鼻筋が高く精悍な容貌だが、目つきが悪く無精髭が生えている。

 短髪にヘアバンドを付け、その上に何故かサングラスを頭に掛けていた。


「あのオッさんが、勇者カズヤみたいだねぇ……ピーッ! ご乗車、ありがとうございまーす! 終着駅、山頂ぉ~、山頂に到着いたしましたぁ」


「おい、金髪エルフ女! 何してんだって聞いているんだよ!? お前らの中に『刻の勇者タイム・ブレイヴ』と『気流の勇者エア・ブレイヴ』はいるのか?」


「ピピピーッ! ちょい待ってよ、オッさん! ここからが肝心なんだから――各自、お忘れ物がないよう、お降りくさ~い」


「……香帆さん、もうよくね? てか実は電車好きだったのか?」


 俺達はロープを離し、ようやく輪の中から出る。


 まさかダンジョンで電車ごっこする羽目になるとは思わなかった。

 おかげで迷うことなく、こうしてみんなで追跡できたけどね。


「貴様ら、カズヤさんの質問に答えるんだなぁ! その中に勇者はいるのか、ああ!?」


 痺れを切らし、岩の真下にいる巨漢の男が吠えている。

 全身に頑丈そうな鎧を纏う、真っ白な体毛に覆われた獣人族の重戦士ファランクス

 だが何故か頭頂部だけには毛がなくスキンヘッドだった。

 その手には巨大な両刃の戦斧が握られている。


 情報通りの特徴と喋り方といい、こいつがサブリーダーの白熊族ホワイトベア戦士のサンブーで間違いないだろう。


「おたくが勇者カズヤだねん? ウチらの勇者はいないよん。二人とも下で怪鳥ロックと戦っているからねぇ。もうじき駆けつけて来るんじゃね?」


「ほう、てことはテメェら切れ端ってわけか? エルフ小娘と鬼人族の侍以外は雑魚ばかりだな……一応の足止めは成功したってところか」


 岩の上に立つ男、勇者カズヤはじっと俺達を凝視しながら呟いている。

 おそらく《鑑定眼》でこちらのステータスを調べたのか。


 俺もお返しに《鑑定眼》を発動するが、勇者カズヤはレベル65で、サンブーがレベル55ということ以外では職種程度しかわからない。

 具体的な能力値アビリティに関しては閲覧不可能だ。


 にしても、あいつレベル65か……勇者だけのことはあるってか。


 けど俺達は香帆と時雨抜きの四人で、レベル70のジーラナウに勝った実績がある。

 他の雑魚共をなんとかすれば勝てるんじゃね?

 幸いそれ以外の連中は、皆レベル25~30台で目を見張るような奴はいない。


 ってことは、勇者カズヤの眷属はサンブーだけなのか?


「勇者は直に来るって言っているでしょ。その前に、あんたら全員ブッ飛ばすけどねん」


 香帆は《アイテムボックス》を展開させ、『地獄の死神大鎌デス・ヘルサイズ』を取り出して高速に回転して見せる。


「笑えねぇギャグだなぁ、エルフの小娘……いや、ファロスリエンだな? 『刻の勇者タイム・ブレイヴ』の相棒の『疾風の死神ゲイル・リーパー』……噂は聞いているぜ。テメェの勇者が到着するまで、どんなに早くても30分は掛かるだろ? ぶっちゃけ厄介なのはテメェだけだ。10分、いや5分もあれば問題ねぇ。テメェらを始末し、依頼者クライアントにモンスターを引き渡す時間は十分確保できる」


依頼者クライアント? 例の小娘って奴だねぇ? 他の勇者の眷属って言う……」


「チッ、部下を捕えて吐かせたみたいだな……ああ、そうだ。もうじき、そいつがここに来る。その前に逃げるか、戦うかの二択を選ばせてやる――1分以内で決めろ」


 カズヤの提案に、香帆は臨戦態勢を維持したままフッと微笑む。


「へ~え、優しいねぇ? てっきり問答無用かと思ったよん」


「言ったろ、テメェだけは厄介だ。戦闘になれば、おそらく半数以上の部下を失う。そうなったら、こっちも商売に支障が出るんだよ。買い取ってくれる皆が、今回の依頼者クライアントばかり楽できる相手じゃねぇ」


 連中にとって、捕縛したモンスターを誰にも知られず無傷で地上に持ち込むのは、相当な重労働らしい。

 そういった事情も考慮して、無駄な戦闘を避けたい思惑があるようだ。

 密猟している癖に強かで冷静な勇者だ。


「――そもそもだ。俺達がお前らと戦う理由はない。お互い、別に怨みもねぇ間柄だろ? それに俺達がやっているのはモンスターの密猟だ。人間相手にどうこうしたことはねぇ……まぁ邪魔しそうな連中には『モンスター行軍マーチ』をけしかけることもあるが、逃げ切れるか朽ち果てるかはそいつらの運次第。冒険者なんだから、それくらいのリスクを承知でダンジョン探索しているのだろうと割り切っているぜ」


「話になんないねぇ。ルールを破っていること自体、駄目だって話じゃん。地上にモンスターを持ち込んで、一般人にパニックが生じたらどうするつもり?」


「そいつは買った奴らの責任だ。俺達が関与する範疇じゃねぇ。それに大抵、売っているのは低級モンスターだ。常人でもナイフ1本で殺せる雑魚だし、躾けりゃ犬より言うことを聞く。まぁ今回の依頼者クライアントは別の思惑で上級モンスターばかりご所望してきたがな……それこそ俺の知ったこっちゃない」


「別の思惑? なぁにそれぇ? その依頼者クライアントの小娘って誰なのよぉ?」


「言うわけねーだろ、個人情報だ。ファロスリエン、そろそろ1分だぜ。どっちにするか決めろ!」


「きゃは、逃げるわけねぇじゃん! わざわざ勝てる相手に逃げちゃ、美桜に会わす顔ねぇっつーの! そっちこそ降参するなら痛い思いしなくて済むよん!」


 香帆は全否定し戦う姿勢を見せる。

 勿論、俺達も同じ意志だ。全員が同調し首肯する。


 その光景をカズヤは「フン!」と鼻で笑い一蹴した。


「もう少し頭のいいエルフだと思っていたが、機会を与えるだけ無駄だったか……まぁいい――なら死ね! ただしテメェは一番最後だ、ファロスリエン!」


 カズヤは手にしている槍を掲げ、何かに合図を送った。

 すると上空から巨大な何かが迫ってくる。


「――怪鳥ロックだ! まだ捕獲していたのか!?」


 ガンさんが叫ぶ。


 高々と翼を広げ迫ってくる鷲に酷似したモンスター。

 真っ白な羽毛に覆われ飛竜並みの体躯を持つ、大怪鳥ロック。

 おまけに猛禽類ならではの鋭い鉤爪と、蝙蝠並みに超音波を発することで、視界の悪い階層でも自在に飛行する能力を持つ。


 その怪鳥ロックが三羽もいる。

 まるでジェット機のように、俺達に向かって加速し突撃してきたのだ。


「やべぇ――《無双盾イージス》!」


 俺はすぐさま頭上に向け魔法陣盾を大きく展開させ、完璧に攻撃を防ぎ切った。

 

「……ほう、あのユニークスキル。そうか、奴が『刻の勇者タイム・ブレイヴ』の弟、『鋼鉄の盾役フルメタル・タンク』か」


 何やら呟くカズヤに、俺は鋭い眼光を向ける。


「テメェ、他にもロックを捕獲していたのか!? 調教師テイマーでもないのに、モンスターを従わせるなんてどうなっているんだ!?」


「知りたきゃ俺のところまで来てみろよ、弟……いや、名前はマオトだっけ? ギルドでも有名人だから名前くらいは知ってるぜ」


 不敵にニヤッと口端を吊り上げて見せてくる、勇者カズヤ。

 奴は岩から降りて、わざとらしく手招きしてさらに上へと昇って消えて行く。


 あの野郎、俺を挑発しているのか!?

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