第181話 濃霧エリアでの遭遇

 視界約10メートル範囲が真っ白な濃霧の中、人間の男らしき人物がこちらへと近づいて来る。

 その足跡からして複数人だと判明した。


「《索敵》スキルが反応し、尚且つ言葉を話しているところをみるとモンスターじゃないわ。間違いなく【覇道のキメラ】の連中ね」


 美桜はネタバレの如く瞬時に見破る。


「だったらミオさんのスキルで連中の時間を奪ったらどうです?」


 涼菜が軽い口調で推してきた。

 確かにそうした方が手っ取り早いけど、それはそれでどうなのよって思う。

 ただでさえ、姉ちゃんのおかげで楽ゲーのノリでここまで来たってのに、それこそオチなしヤマなしのつまんねぇラノベ展開じゃね?

 

 しかし美桜は意外にも「できない」と首を横に振るう。


「この状態で《時間軸タイマー》を発動しても連動性は働かないわ……この霧の中じゃ直接触れるしかないわね」


 美桜が言うのは、相手の姿を直視しないと時間停止の連動性が機能しないらしい。

 なんでも初期の頃は問題なく軍隊ごと時間停止したことも可能だったが、《時間反逆タイムリベリオン》に進化してから制限がついてしまったとか。


 ちなみに涼菜の《空宙演舞エア・ダンサー》も命中精度に難があるだけに似たような部分があり、その上、空気が薄い場所では本来の威力が半減するらしい。


 どうやら二人の勇者にとって、この下界層の「運命の図柄を描く者ラケシス」は相性があまりよくないフィールドのようだ。

 別名「雲路」と呼ばれるだけのことはあるか……。


 だが男達はこちらの事情は察していない。

 一人の男が仲間達を引き連れ、「答えるんだなぁ、コラァ!」と大声で近づいて来る。

 少しずつシルエットらしきモノが見えてきた。


 バカめ。このまま姿を晒し出せば、こちらから先手が打てるぞ。


 だが、


「――おい、糞ブー! 迂闊に近づくんじゃねぇ! 《索敵》スキルが反応しているし、おまけに複数の女の匂いがする! 『刻の勇者タイム・ブレイヴ』と『気流の勇者エア・ブレイヴ』の可能性が高いぞ!」


 別の男の声が制止を呼びかけてきた。

 聞こえた範囲から結構、遠く離れた位置であることがわかる


「えーっ、カズヤさん、マジっすかぁ? 危ないんだなぁ! お前ら近づいちゃ駄目なんだなぁ!」


 糞ブーと呼ばれた男は動きを止め、仲間達に停止を指示した。

 全員がピタっと足を止めている。


「どこかにリーダーの勇者カズヤがいるのは間違いないわ。姿はわからないけど、前方にいる変な喋り方をしている奴は例のサブリーダーかしら?」


「おそらく白熊獣人族ホワイトベア重戦士ファランクスサンブーね。情報だと、語尾に『~だなぁ』って喋るのが口癖らしいわ」


 涼菜の情婦は事前に『おばちゃんズ』から入手した内容で、酔っぱらった勢いでモンスターの密猟を漏らした間抜け野郎のことだ。


「テメェら勇者なのかぁ!? 答えるんだなぁ!」


「頭悪いわね。51階層まで到達できる冒険者といったら限られるでしょ?」


「何だとぉ! オ、オデ、頭悪くねぇんだなぁ! 毒舌女ぁ、テメェはどっちの勇者だぁ、ああ!?」


 サンブーは勘に触ったようで激昂してきた。

 ちなみに「頭悪い」と言ったのは美桜である。


「――『気流の勇者エア・ブレイヴ』の方よ!」


「嘘です! 毒舌女の正体は『刻の勇者タイム・ブレイヴ』です! 騙されないでぇ!」


 挙句の果てに互いをなすりつけ合う始末。


「やっぱり来てやがったな!? 糞ブー、撤退だ! そいつらに構うな、引けぇッ!」


 カズヤは遠くで指示を送る。

 その的確な判断力から、割と頭のキレる奴であるが垣間見えた。

 

「わかったんだなぁ、カズヤさん! お前ら撤退すんぞぉ!」


「見す見す逃がすワケないじゃない! 近づいて時間を奪うわ!」


 美桜が駆け出そうとした、その時だ。


 突如、上空からも《索敵》スキルが反応した。

 しかも複数だ。


「なんだ!?」


 俺は見上げるも、濃霧により何も見えない。

 だが何かがいる。それだけは断言できた。



 ブワッ



 一瞬だが、俺達の頭上を鋭い何かが横切る。

 それは巨大な鉤爪に、猛禽類に酷似した鳥の足に見えた。


「あっ、危ねぇ! なんだ!? 何かが上にいるぞ!?」


「モンスターだ! 飛行する鳥型じゃないのか!?」


 俺の疑問に、ヤッスが《看破》スキルで見抜く。

 

 この濃霧の中で飛行して襲ってきたってのか!?

 しかもサンブー達が逃げると同時なんて、タイミングが良すぎないか!?


「本来なら商売用に捉えた奴らだがしゃーねぇ! 大怪鳥ロック共ォ、『刻の勇者タイム・ブレイヴ』と『気流の勇者エア・ブレイヴ』及び眷属共をブッ殺せぇ!!!」


 勇者カズヤが叫び指示する。

 名誉職である筈の勇者職ブレイヴとは思えないドスを利かせた声だ。


「大怪鳥ロック? あの巨大な鷲モドキか……厄介だわ」


「ロックなら視界が必要ないねん。確か蝙蝠みたいに超音波で獲物を探知するんでしょ?」


「ええ、香帆……大きさは飛竜スカイドラゴンに匹敵し、大型モンスターでさえも余裕で摘まみ上げ捕食する獰猛なモンスターよ。人間なんてひとたまりもないわ」


 美桜の説明で、俺はぞっと青ざめてしまう。


「……そ、それが上空で何羽も飛び交っているってのか? 勇者カズヤってまさか、渡瀬と同じ調教師ティマーなのか?」


「違うわ、真乙君。勇者カズヤは槍とか鞭の高速戦闘が得意だと聞いているよ。ただ彼のユニークスキルは敵を錯乱させたり従わせる効果があるみたいね――白夜ちゃん、とりあえず私達の周りに結界を張って」


 涼菜が俺に伝えつつ的確に仲間へと指示を送る。


 そういや「狂乱の勇者」とかって呼ばれているんだっけな。

 勇者の癖に勝つために非道な手段を平気で実行するだけじゃなく、自身も独特の戦闘スタイルを持つと聞くが……。


 白夜のユニークスキル《封陣結界》が展開される。

 俺達はドーム型の結界に包まれた。

 途端、霧の影響は消えそこの領域だけ視界が良好となる。


 また怪鳥ロックの爪攻撃が連続して襲ってくるも、絶対的な結界陣により完璧に防がれていた。


「とりあえず、ここに居る間は大丈夫そうだ。んで、姉ちゃんどうする? このままタイミングを見計らって逃げるか? 俺の《無双盾イージス》なら逃げながら攻撃を防ぐことはできるけど?」


「まさか。ここで逃げたらゼファーに何を言われるかわかったもんじゃないわ。確かにフィールド的に不利ってだけで、ロック鳥如きにお姉ちゃんが負けることはないわ。ただ戦闘と追跡との同時進行が無理って話よ」


「でしたらパーティを分担するしかないですね……ロックを引き付けて戦うチームと勇者カズヤ達を追うチームの二組ってことで」


「そうね、スズナ。あんた達【風神乱舞】が残りなさいよ。私達はカズヤを追うわ」


「えーっ、それって可笑しくないですか? ここはミオさんも含む【聖刻の盾】の誰かに残ってもらわないと、おばちゃん困るんですけどぉ! なんか不公平っていうか、采配が雑すぎて信じられなーい! やーだ、もう!」


「雑ってどういう意味よ! あんたが面倒くさいだけじゃない!」


 急にゴネ始める涼菜に、ブチギレ寸前の美桜。

 おいおい、また勇者同士で揉め出したぞ。


「確かに面倒くさいですけど、理由はそこだけじゃなく根拠もありまーす。まずこの空気の薄い階層だと、私の《空宙演舞エア・ダンサー》の威力が激減するだろうということでーす。また霧の影響でロックの数も把握できていません。なので、【聖刻の盾そちら】で遠距離攻撃が可能な人員を残してプリーズってお願いしているんでーす」


「あんたの言い方は相変わらずムカつくけど意図は伝わったわ……そうね、私とアゼイリア先生が残るわ。真乙に香帆、ヤッスくんとガンさんは【覇道のキメラ】を追うのよ。美夜琵ちゃんもね」


「ああ、わかったけど……姉ちゃんが残るのか? 遠距離攻撃なら魔法士ソーサラーのヤッスだって得意だろ?」


「そうだけど、レベル25のヤッスくんで怪鳥ロックと戦うには危険すぎるわ。《鑑定眼》によると、レベル55はあるモンスターだもの。残る条件として高レベルのメンバーに限られるってわけよ」


 なるほど、アゼイリアはレベル60以上だし、姉ちゃんも勇者だから魔法での遠距離が可能ってことか。

 あえて香帆を残したのは《探索》スキルに特化していることと、後はレベルの低い俺達に対する保険ってわけだな。


「わかったよ、姉ちゃん」


「それじゃ【風神乱舞うち】からも……時雨君、真乙君達と一緒に連中を追ってね」


「わかった、スズ。体を張って皆を守ろう」


 おおっ、サブリーダーの時雨も来てくれるのか!?

 この鬼人族の兄さん、敵の攻撃を無効化し受けた分を自身の力に変えという強力なスキルを持つ、対勇者戦として頼もしい限りだ。


 かくして作戦が決定され、実行に移されることになる――。

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