第179話 ヒュドラ戦、再び

 中界層のボスであるレベル45のヒュドラを相手に、刀剣術士フェンサーの美夜琵が単独で戦いたいと言い出した。


「ホオちゃん、駄目よ! ママの後ろに隠れてなさい!」

 

 早速、過保護で溺愛ぶりを発揮するポンコツ義理母の涼菜。


「母上は黙っていてください! ワタシは【聖刻の盾】の方々に伺っているのです! それに今回の探索アタックで、ワタシはろくな戦いをしておりません! このままでは腕が鈍るではありませぬか!?」


「ミヤビッチ、ひょっとして戦闘狂スイッチ入っちゃったのぅ?」


 香帆も俺と同じ見解のようだ。

 だって明らかに目が血走っているもん。


「私はいいけど、美夜琵ちゃんレベル43でしょ? 一応、相手は格上よ。せめて、盾役タンクの真乙がフォローに入るべきだわ」


 美桜の提案に、名指しされた俺も躊躇なく頷いた。

 姉も俺を溺愛するが、同時に冒険者として対等に見てくれている。

 この辺が涼菜との明らかな違いで有難い。


 しかし美夜琵は首を横に振るって見せた。


「いえ、美桜殿! 全て招致の上です! 真乙殿もわずかレベル27で、たった一人でヒュドラに挑んだと聞きます! ワタシも臨時とはいえ【聖刻の盾】の一員です! レベル差など関係なく、敵を打ち斃してみせましょう!」


 あくまで単独で戦う意思のようだ。

 確かに彼女はレベル39で、レベル42のビックベアを一人で斃した実績がある。

 けど相手は仮にも階層ボスだぞ。


「ヒュドラを甘く見ない方がいい。以前、俺が挑んだと言っても最初だけで後はみんなで協力してなんとか斃せたんだ。せめて盾役タンクとしての役割は果させてくれよ」


「……わかりました、真乙殿。では防御の方はお願い致します」


 いいけど、美夜琵よ。何故、残念そうな顔をする?

 俺、一応、盾役タンクとして評価貰っている方なんだけど。

 そんなに一人で戦いたかったのか?


 かくして、美夜琵の後方支援する形で俺も参戦することになった。


 相変わらず地面には毒沼が幾つもあり、薄い紫っぽい気体で充満している。

 抵抗力レジストの低い者なら近づくだけで毒状態となってしまうので、足場も悪く敵はモンスターだけとは限らない。


 一応、美夜琵も《毒耐性》を持っているようだ。

 彼女は躊躇することなく、刀剣を鞘から抜く。


「ジャァァァァァァァァ!!!」


 ヒュドラは九つの首をうねらせ、射程内に美夜琵に《咆哮》スキルを放った。

 これも抵抗力レジストの低い者だと錯乱状態にしてしまう効果を持つ。


「効かんな! 今のワタシは闘争心で高揚し漲っているぞ、弐ノ刃――《孤月こげつ》!」


 戦闘狂スイッチの入った彼女には通じなかった。

 カウンターと言わんばかりに、刀剣を振るい剣身から円弧状の真空刃が飛翔しヒュドラを襲う。


 だが大蛇は八つの首を巧みに絡ませ巨大盾の如く前方へと掲げ、そのまま真空刃を受け止めた。

 それでも深手を負わせたことには変わりなく、防御した三つの首が両断され消滅する。

 しかしヒュドラには《自己再生》スキルがある。

 胴体部分から三つの首が生え揃い、瞬く間に頭部まで再生されてしまった。


 このヒュドラ……レベル値こそ前回より低いが、スキル能力は変わっていないぞ。

 だとしたら弱点も変わってない筈。


「美夜琵、真ん中の首と頭部を狙え! そこが奴の弱点だ!」


「わかった、真乙殿!」


 俺の助言に従い、美夜琵は刀剣を構え次の行動に移そうとする。


 ところがヒュドラの行動は巨体にもかかわらず素早かった。

 九つの首を丸め込み、《ボディアタック》で突撃してきたのだ。


「――《無双盾イージス》!」


 俺は美夜琵の眼前に魔法陣の盾を出現させ攻撃を防ぎ切る。


「……真乙殿、すまない。やはりキミとは馬が合う」


 何故か頬を染めて見せる、美夜琵。

 盾役タンクとして防御に徹しているだけなんですけど。


 そうしてヒュドラを足止めしている内に、美夜琵はサイトステップで《無双盾イージス》の防御範囲から外れる。


「このまま懐に入り中央の首を断つ!」


 言い放ち踏み込む美夜琵だが、ヒュドラは簡単に射程範囲には入らせない。

 首の一つがうねり出し、蛇の大口が彼女の方に向けられる。

 口から濃厚な紫色の吐息ブレスが吹かれようとしていた。


 あれは《溶解液攻撃ソリューション》!?

 溶解液で肉体だけでなく武器や装備も溶かすという質の悪さを持つ攻撃だ。


「《鏡映》」


 不意に美夜琵の姿が揺らめき二重となり、蜃気楼のように揺らめく幻の偽物が彼女から離れた。

 向けられていたヒュドラの首は、蜃気楼の方向へと誘われ吐息ブレスと共に溶解液が放たれた。

 無論、空振りだ。攻撃が接触したと同時に幻影はフッと消えた。

 《鏡映》は敵の攻撃を強制的に誘導させるスキルである。


「懐に入ったぞ――奥義、《絶刀一閃ぜっとういっせん》!」


 気づけば、美夜琵はヒュドラの長い首を掻い潜り間近へと迫っていた。

 《鏡映》スキルでミスリードしたことで、ヒュドラの隙を作ったのだ。


 そして刀剣を鞘に納めて低い姿勢で身構えている、美夜琵。

 超神速で解き放たれた居合術の刃が、ヒュドラの弱点である中央の首を完璧に捉えた。


 上空に飛び跳ねる、大蛇の首。

 ヒュドラは仰向けで倒れ、巨体故に地響きが鳴る。

 肉体は消滅し、巨大サイズの菫青色アオハライトに輝く『魔核石コア』だけが残った。


「相変わらず美夜琵のスキルは凄ぇな……レベル差が関係なく必ずクリティカルヒットを与える能力か。射程内に入れば無敵じゃね?」


「うむ、これも真乙殿がヒュドラこやつの隙を作ってくれたこその成果だ。確かに、ワタシの《絶刀一閃ぜっとういっせん》は強力ではあるが無敵と称するには些かそうとも言えぬ諸刃の部分も否めぬ」


「諸刃だって?」


「ああ、真乙殿なら包み隠さず教えて良いだろう」


 美夜琵は《アイテムボックス》で『魔核石コア』を回収した後、自分のステータスを表示した。

 俺に向けて、ユニークスキル欄のみを開示してくれる。


 なになに?



【ユニークスキル】

絶刀一閃ぜっとういっせん


〔能力内容〕

・敵の体に『的』(照準)を定め、必ずその箇所にクリティカルヒットを与えるスキル。

・液体や軟体、幽体だろうと狙いを定めれば、回避不能でヒットした分のダメージを与えることができる。

・能力者の視界内であれば、どのような距離でも『的』を与えて攻撃することができる(ただし攻撃自体は武器が届く範囲に限られる)。


〔弱点〕

・的は一度に一箇所しか定めることはできない。

・能力者のレベルと武器の性能で基本の攻撃力値ATKが左右されるため、脅威的な防御力VITの持つ主には致命傷を与えられない場合もある。

・他の技能スキルと併用は不可。ただし武器自体に何かしらのスキルや魔法付与が施されていた際は併用可能。

・一度、スキルを発動した際、60秒間は使用できない。

・使用後、魔力値MP:-50が消費される。



 なるほど……これが全貌か。

 一度、敵に照準を定めて武器の届く範囲なら、どんな状況下でも必ずクリティカルヒットを与えるスキルのようだ。

 居合術にしているのは、刀剣術士フェンサーとして美夜琵の戦闘スタイルという感じか。


 威力が絶対的である分、制約的な弱点も多い。

 ミスった時のカウンターとか怖いな……そういう意味では諸刃という表現も理解できるか。


 どちらにせよ、一撃必殺のユニークスキルに違いないけどな。


「ありがとう見せてくれて。今後の戦いの参考にさせてもらうよ」


 パーティを組む以上、仲間の能力を知ることは必然だ。

 特に俺の場合、盾役タンクとしてみんなの弱点を補う役割がある。


「うむ、そう思って見せたのだ……それと、そのぅ、真乙殿とは気が合うというか……ワタシと相性が良いと思うのだ」


「まぁね。刀剣術士フェンサー盾役タンクって攻撃と防御に特化した職種だから、攻防一体って感じだよな」


「攻防……『一体』? ワタシと真乙殿が……それ即ち最強のコンビ、または抜群のカップリング、そして理想の夫婦めおと! くぅ~~~たまらんっ!!!」


 美夜琵よ、どういう発想の転換なんだ?

 何故そーなる? ただのパーティとしての相性だろ?


 しかし彼女の暴走は止まらない。

 扇情的な声と共に自分で両肩を抱き悶え始めると、フッと意図が切れたように座り込んだ。


「ど、どうした美夜琵!? 大丈夫か!?」


「いや、真乙殿。興奮しすぎて立ち眩みが……おまけに鼻血まで出ている。すまんが白夜殿を呼んで来てもらえぬか?」


 戦闘じゃノーダメージなのに、自爆で回復役ヒーラーを呼ぶ羽目となるとは。


 やっぱり戦闘以外はポンコツ刀剣術士フェンサーだと改めて思うのだった。

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