第176話 驚異の風神乱舞

 仙郷は動じることなく、懐から漆黒の扇子と一枚の真っ白な紙を取り出した。

 折り紙くらいのサイズだろうか。

 指先で摘まんだ紙を仙郷は前方へと放り投げる。


 すると折り紙は細切れ状の紙吹雪となり宙に舞った。

 一枚の紙から千切れたにしてはやたらと量が多い気がする。

 そう思った瞬間。


「――《式海戦術しきかいせんじゅつ》」


 仙郷の声と共に細切れとなった紙が大きく肥大化する。

 それら全てが人型の形となり、カプロスの侵攻を立ち塞ぐように着地した。


 全身が真っ白な薄い紙で構成された兵士達。

 数は50頭のカプロスを上回り圧倒している。

 各々の手には剣と槍、そして盾を持ち隊列を組み臨戦態勢で構えていた。


「行け」


 仙郷が扇子を振るい指示を送る。

 兵士達は一斉に突撃を開始した。


 目には目を歯には歯を。

 それは形成逆転された数の暴力だ。


 兵士達は紙とは思えない強靭ぶりを見せ、押し寄せるカプロスの攻撃を防ぎ逆襲していく。

 数の多さを活かし、カプロスを斬撃し一頭ずつ数を減らしている。

 その作業を繰り返すことで1分も経たず全滅へと追いやった。


 凄ぇ……まるで蝗害じゃないか。


「あの紙の兵隊……あれが仙郷さんのユニークスキルなのか?」


 結界の中で俺は唖然としながら、美夜琵に訊いてみる。


「うむ、左様だ。仙郷殿は《式海戦術しきかいせんじゅつ》で作り上げた、あの兵士達を『式紙しきがみ兵』と呼んでいる。強さは均等であり、レベル50に相当するとか」


「レベル50!? あの数で……」


 マジかよ、それって魔王軍並みの戦力になるんじゃね?


「さらにスキルで構成された式紙兵は鉄板甲冑プレートメイル並みの強度となる。武器や防具も相応だ。しかし兵士の数が多くなるほど使用時間が限られてしまうらしい。指示も単純な動作しか送ることができないとか」


 なるほど、それが弱点でもあるのか。

 あと紙だから炎系攻撃とかはどうなんだろう? 水系でもふやけたりするのか?

 

「流石、異世界で三災厄周期シーズンをクリアしたパーティは伊達じゃないわね……眷属達は全員有能だわ。けど、何人か入れ替わりもあったんでしょ?」


 美桜の問いに、美夜琵は「はい」と素直な返答を見せる。


「初期のメンバーは時雨殿だけと聞いています。仙郷殿と白夜殿は二災厄周期シーズン目から、ワタシは最後の災厄周期シーズンとなります」


 そりゃ数十年も戦っていればメンバーの入れ替わりはあるよな。

 涼菜はそんな過酷な異世界でずっと戦ってきたってわけか……そりゃ燃え尽きてしまうのも無理はない。

 けど、おばちゃん化しちゃうのはどうかと思うけど。


 モンスターの消滅と共に結界が解かれた。

 戦いを終えた、涼菜と仙郷が合流してくる。


「あ~しんど、疲れたーっ。真乙君、私達の戦いはどうだった?」


「ああ、見せてもらったよ! 凄かったよ、やっぱ涼菜は勇者だったんだね! 見直したよ、ガチで!」


「フフフ、嬉しい……まだ脈ありでいいのかな?」


「え? いや、それは……」


「冗談だよぉ。おばちゃん流のね、フフフ」


 そ、そうなのか? そう聞こえなかった気もするけど……今はそう思っておこ。

 俺には杏奈がいるし、こればっかりは……。

 などと惚気ていると、背後から「チッ」と美桜の舌打ちが聞こえる。

 姉ちゃん、わざわざ俺に聞こえるようにするのやめてくれる?


「スズナさん達、こんなに強いパーティなのにE級なんて信じらえないわ」


「クィーンの言う通りですなぁ。特に仙郷殿のガードが堅い、この僕でさえあの方の性別が見定められませんぞ。白夜殿はバスト78のBカップ、まだ伸びしろがありますぞ!」


 感心するアゼイリアの隣で、ヤッスが関係ない変態ソムリエぶりを発揮している。

 てかヤッスの《看破》を持ってしても、仙郷の性別は不明のようだ。


 その後、大量の『魔核石コア』を回収する。

 100頭はいたので、その数は半端なかった。

 確実に億は超えるだろう。


 基本、共同である以上は戦闘に参加するしないにかかわらず山分けが基本らしい。

 そこには不満がないのだけど、何故か回収作業が俺と時雨のサブリーダーがメインって感じにイラっとした。


「……お互い勇者リーダーには苦労しているようだな、マオト殿」


「マオトでいいですよ。時雨さんとは気が合うっす」


 それからガンさんとヤッスと美夜琵が手伝ってくれて、なんとか作業を終わらせた。


 不満を募らせながら美桜達の方を凝視すると、彼女はスマホで誰かと話している。

 涼菜と仙郷は白夜の回復魔法で消費した魔力値MPを補っていた。

 みんな満更サボッていたわけじゃないようだ。


「――わかったわ。今すぐ行くからそこで待機して頂戴」


 美桜が着信を切り、回復中の涼菜の方に視線を向ける。


「香帆からの連絡よ。逃げた三人を捕えたって。『分岐点』まで逃げていたそうよ」


「29階層ですね。それで連中の正体は?」


「――【覇道のキメラ】」


 瞬間、涼菜の雰囲気が一変する。

 先程の戦闘に匹敵するほど空気が歪み始めた。


「ふ~ん、へーっ、あっそう……して、ミオさん。どういう意図でしょうか?」


「詳しくはまだわからないわ。これから直接聞いてみるしかないわね。行くわよ」


 こうして不穏な空気を残し、俺達は29階層へと向かった。



「これはミオ様と【聖刻の盾】の皆様に、スズナ様と【風神乱舞】の皆様も……ようこそおいでくださいました(やべぇ、マオトとかまたレベル上がってヤバイことになってるぅ!? てゆーか、どうしてスズナ達が一緒にいるんだ!? 弱体化したって噂で、ここまで来ねぇだろうと安心してたのに、質悪いなぁ! コンチクショウォォォ!!!)」


 セーフポイント『分岐点』にて。

ちっさい猿顔の眼帯オッさんこと『露天商業ギルド』のギルドマスターであるゴザックが仲間を引き連れて出迎えてきた。

 前回やらかした件もあるので、会うたびに低姿勢で畏まっている。


「あんたに用はないわ。香帆いる?」


 美桜は身も蓋もなく唾棄する言い方で訊いた。

 だがゴザックは一切嫌な顔を見せず媚び諂う。


「へい、ファロスリエン様ですね。あっしの事務所におります。例の三人もそこにおりますぜ、へへへ」


 美桜は「じゃあ案内して」と告げると、ゴザックは「へい、只今!」と忠犬ならぬ忠猿と成り果てて案内してくれた。



 久しぶりに訪れたギルド事務所。


 応接間のソファで、香帆はくつろいでいた。

 目の前には猿ぐつわをされ、全身をロープでぐるぐる巻きにされた男達が寝そべり並んでいる。


 間違いない、こいつらだ。

 作為的に『モンスター行軍マーチ』を誘発させ、俺達に押し付けた奴らは――!


「香帆、よくやってくれたわ。流石ね」


「あんがとん。けど、こいつらレベル20の下っ端みたいだから超余裕だったよぉ。【覇道のキメラ】に所属しているのは間違いないみたいだけどねん」


 香帆の説明に、美桜は「そう」と呟き頷くとゴザックに向けて猿ぐつわを外すよう指示する。

 一応、ギルドマスターなのに顎でこき使われているが、ゴザックは不快な表情は一切みせず「わかりました! オラァ!」とノリノリで三人の男達の口枷を外した。


「……くっ、クソォ! こんな真似してただで済むと思ってんのかぁ!?」


「そうだ! とっととロープを外しやがれぇぇぇ!」


「お前らなんぞ、カズヤさんが必ず、ぶっ――」


 男の一人が突如言葉を詰まらせる。

 顔色が蒼白となり、口をパクパクと開けながら悶絶し何やら苦しそうだ。


「――《空宙演舞エア・ダンサー》よ。そいつ周りの空気だけを奪ったわ。真空状態までにはしてないけど、3分くらいには窒息で死んじゃうかな? それでカズヤがなんですって?」


 涼菜のスキルだ。

 男が吸う空気を奪い、吸うことができない状態にしたらしい。


 何気にしれっと言っているけど超やべぇ。

 拷問向きでもある末恐ろしいスキルだ。


 空気を奪われた男は痙攣し、やがて白目を向き意識を失った。

 その様を目の当たりにした二人の男の表情が一気に青ざめる。


「3分も耐えられなかったか……まぁいいわ、あと二人もいるし次はどれにしようかな?」


「ま、待ってくれ! 話す! 知っていることは全て話すからやめてくれ!」


「くれ?」


「いえ、やめてください! お願いします!」


「た、助けてください! 命だけはどうかぁぁぁ!!!」


「いい心掛けね。若い子は素直が一番よ。白夜ちゃん、まだ生きているから窒息した人の回復をお願いね」


 明らかに自分より年上の男達に向けて不敵に微笑みを浮かべて見せる、涼菜。

 中学時代の可憐な高嶺の花とは思えない、凄みのある脅迫と駆け引きぶりだ。


「へ~え、ただの時差ボケ勇者と思っていたけど案外やるじゃない。少し見直したわ」


 あの美桜でさえ認め感心していた。

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