第175話 気流の勇者

「なんか知らないけど、ウチら連中にハメられたっぽいねぇ! しかもモンスターは『カプロス』だよぉ!」


 香帆が《アイテムボックス》から『地獄の死神大鎌デス・ヘルサイズ』を取り出し臨戦態勢を取る。


 彼女が言う、カプロスとは象に匹敵する巨漢で猪の姿に酷似した野獣型のモンスターだ。

 その牙はマンモスを彷彿させるように長々と鋭く反り返っており、背骨に沿った鬣の左右に似たような両角が生えている。

 知能は低いらしく、敵に対しひたすら突撃を仕掛ける凶暴な習性を持っている。


 カプロスは通常、下界層の『紡ぐ者クロートー』で出現する強力なモンスターで、中界層で現れることはまずあり得ないらしい。


 《鑑定眼》によると、どいつもレベル47か……。

 しかも、やたらと数が多い。

 ぱっと見でも100頭近くはいるんじゃないのか?

 これぞまさしく『モンスター行軍マーチ』だ。


「要するに、わざわざ下界層から集めて誘導してきたんでしょ? あの『誘導煙リードスモーク』を使って……嫌がらせじゃすまないわね」


「ミオちゃん、そんな呑気なこと言っている場合じゃないわ……あと1分弱で接触するわよ。逃げるかどうするか考えないと」


「今から逃げても遅いわ、アゼイリア先生。大丈夫よ、私なら1万頭でも問題ないわ」


 美桜は腰元に携えている聖剣を抜き前に出ようとする。

 まぁ姉ちゃんのユニークスキル《時間反逆タイムリベリオン》は敵の数が多いほど優位に働くチート能力だからな。


「――待ってください、ミオさん。ここは私達【風神乱舞】が奴らの相手を致しましょう。いいですね、仙郷さん?」


「わかりました、お館様」


 不意に口調を変えた涼菜と仙郷の二人が、美桜よりも先に前に出てきた。


「スズナ、あんたが戦うっていうの? 珍しい……どういう風の吹き回しよ?」


「ただの気まぐれです……私、ああいう卑怯な連中が大っ嫌いなので」


 刹那、涼菜の空気が変貌する。

 それは比喩ではない。

 なんと言うべきか、彼女を取り巻く景色が歪んで見えた。


 これが『気流の勇者エア・ブレイヴ』のガチモードなのか?

 美桜でさえ、涼菜の迫力に身を引いて後退りしている。


「……わかったわ。以前からあんたのガチを見てみたかったからね。けど【聖刻の盾こちら】も手を打つわよ――香帆」


「はいよん」


「カプロスを掻い潜って、逃げた連中の後を追って捕まえるのよ。《隠密》に特化した、香帆なら余裕でしょ?」


「オーケー、久しぶりに『疾風の死神ゲイルリーパー』らしく行ってくるよ~ん!」


 瞬間、香帆はフッと姿を消した。

 彼女が得意とする《超隠密ステルス》スキルと《神速》スキルである。

 ふわふわ口調のエルフギャルだけど、まるで底が見えない暗殺者アサシン姉さんだ。


「それじゃ、私達も行ってきます――真乙君、見ていてね」


「うん、涼菜、気をつけてくれ。ヤバかったら俺も参戦するからね」


「ありがとう、やっぱり優しいね……再熱しちゃいそう。あと、時雨君とホオちゃんは待機だよ。白夜ちゃんは【聖刻の盾】のみんなを護ること」


「わかった、スズ」


「わかりました、母上」


「……了解――《封陣結界》」


 白夜が錫杖を掲げると、待機する俺達の周囲を透明色の六角形が組み合わさり構成された膜がドームのように覆い始める。

 

「なんだ、これ? 俺の《無双盾イージス》に似ているぞ?」


 俺は透明な壁を軽く叩き、強度を確かめる。

 ガチで殴ったら拳が怪我しそうだ。


「……《封陣結界》。私のユニークスキルよ。外部からのあらゆる攻撃を防ぐことができる……精神支配や幻術系も同じ。ドーム内にいれば全て無効化されるわ……だからね、マオトくん、私をイジメないでね」


 んなことしたことねーよ。

 てか、ほぼあんたと会話したことすらねぇし。


 白夜か……被害妄想の塊で病んだ子だけど、とても強力なスキルを持っている。

 なんでも1時間は結界をキープできるらしい。また敵を閉じ込めるたり動きを封じるなど汎用性が高いスキルだ。

 弱点はドーム内では身動きが取れないのと、動いている相手には結界を施すのが難しい点などが挙げられるのだとか。


 そして、もうじきカプロスの大群が迫って来る。

 巨体同士を密着させ、ほぼ通路を塞ぐ雪崩と化した襲撃だ。

 見た目が猪なだけに正真正銘の猪突猛進と言える。


 その距離が約20メートルに達した時、前線に立つ涼菜は腰の鞘から二刀の刀剣を抜いた。


「いい感じね――《空宙演舞エア・ダンサー》!」


 涼菜は敵前で剣を振るい華麗に舞い踊る。

 その姿は巫女が躍る神楽の舞を彷彿させ、可憐かつ神秘的でつい魅入られてしまう。


 だが直後、最前列で突進するカプロス達の様子に変化が生じる。

 猪に模した野太い首が一斉にへし折られ、さらに頭部が反対側の方に向いた。

 途端、前列のカプロス達の前足がもつれ次々と転倒していく。


 致命傷だが息絶えてはおらず巨体同士が重なり土嚢のような防壁となり、涼菜の前で塞がれた。

 その影響で後方から突進してきた、カプロス達が次々と衝突する。

 あまりにも猛烈な勢いも相俟って、猪の巨体が宙へと浮き上がった。


 涼菜は再び二刀を振るい、先程とは異なる円舞を見せる。

 すると宙に浮いたカプロスの群れが真っ二つに斬り裂かれ、巨体は儚く散った。


「なんだ、いったい何が起こっている!?」


 俺は結界の中で不可解な現象を前に戦慄する。


「真乙殿、あれが母上のユニークスキル、《空宙演舞エア・ダンサー》だ。能力は空気を操るスキル。あの舞のような剣を振るう様は、術式のイメージと対象に狙いを定めるために行うルーティンのようなものだ」


 美夜琵の説明に、俺は首を傾げた。


「空気を操るスキルだって? 風属性の魔法のようなものか?」


「うむ、近いかもしれん。ただし威力はご覧の通り……エグイとしか言えんが」


 確かに凄まじい、てか瞬殺だった。

 魔法であれば、あれだけの威力を発揮するのに数分の詠唱が必要となる。

 涼菜は剣を振るうだけで成立させてしまうのだから、相当ヤバく強力なスキルだ。


 しかし驚異はそれだけじゃなかった。


 前列の凄惨な状況に、正気を取り戻した残りのカプロスは失速し停止しようと試みる。

 まだ事情を把握できない者達に後尾から追突されるも、その頑丈な巨漢はびくともせず群れの動きは完全に停止した。

 

 カプロスにとって、そこまでは良かったかもしれない。

 しかし涼菜が別の舞を披露した途端だ。

 数体のカプロスが上を向き、大口を開けて藻掻き始めた。

 何やら必死で声を発しているようにも見えるが一切聞こえない。


 約十数秒後、その場で次々と倒れ痙攣しやがて沈黙した。

 

「今度は何が起こったんだ!?」


「射程距離にいるカプロスの周囲を真空状態にして窒息させたのだ。母上は20メートル圏内の空気をああして自在に操作することができる」


「――あれが『気流の勇者エア・ブレイヴ』の本領ね。なるほど、フレイアやゼファーがビビるわけだわ。弱点は風属性魔法と同様、水中とか無重力空間じゃ発揮できないってところかしら? あとやっぱり先手を打たなきゃ駄目ね」


 美桜が考察しながら憶測を立てる。

 何故か戦うことを想定しながら……涼菜は仲間の筈だよね、姉ちゃん?


「ええ、美桜殿。それと白夜の結界の中なら影響は一切受けません。母上のスキルは命中率が悪い部分も欠点で、時折傍にいる仲間に誤爆することもあります故」


 やべぇじゃん、それ。

 だから白夜に結界を張らせたのか?

 俺達を巻き込ませないために……危ねぇ。


 亡骸となったカプロスの肉体は次々と消滅し、大きめな『魔核石コア』と成り果てている。

 涼菜はさらに前進し、射程内に入ったモンスターを同じ方法で延々と始末し葬った。


 その未知なる攻撃で、先程まで威勢が良かったカプロス達も明らかに翳りを見せている。

 本能で危機を察知したのか、後退りして怯え出した。


 このまま全て斃してしまうのかと思ったが、ふと涼菜の足がぴたりと止まる。


「ん~、かれこれ50頭はやっつけたかな……仙郷さん、疲れちゃったから後は任せてもいい? おばちゃんだから体力なくて駄目ねぇ」


「わかりました、お館様――《挑発》」


 涼菜が後退すると、代わりに仙郷が前に出てくる。

 全身が白装束に覆われ男女不明の人物だが、確か陰陽師という職種だ。


 する先程まで怯えていた筈のカプロス達が、再び唸り声を上げ始め威嚇してきた。

 相貌が紅く染まり攻撃色に染まる。鼻息が荒く闘争本能を剥き出してきた。

 これらは仙郷が施した《挑発》スキルの効果だ。

 あえて敵を挑発することで攻撃を誘導させるという技能スキルである。


「ブギュウホォォォォォ!!!」


 カプロス達が一斉に咆哮を上げる。

 後ろ脚を蹴り上げ、仙郷に向けて突撃を開始した。

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