第174話 作為的な緊急トラブル

 それから俺達は先へと進むため、中界層に到着した。


「ここが21階層か……我ら【風神乱舞】にとって未知の領域だ」


「感動に浸っているところごめんよ、美夜琵。あまり時間がない。午前中までに29階層の『分岐点』まで行かないと、下界層の探索は夜まで掛かってしまうかもしれない」


「うむ、ワタシは経験者の真乙殿に従うまでだ……しかし些か焦っているように見受けられるようだが?」


「ミヤッチ、マオッチはねぇ、夜のモンスターが苦手なんだよぉ、キャハ!」


 香帆がニマァと悪戯ッ子の笑みを浮かべてわざわざ教えてくる。


「しつけぇ、香帆さん。もう克服したっつーの!」


「あははは、ごめんねマオッチ。けど今回は安心だねん、トラウマを作った元凶のお姉ちゃんが傍にいるからねーっ、美桜ぉ?」


「いいわ。怖くなったらいつでもお姉ちゃんに抱きついていいからね、真乙」


「遠慮しておくわ! てか真顔で言わないでくれる、姉ちゃん!?」


「ホオちゃんも怖くなったら、ママに抱きついていいからね~」


「お断りします、母上!」


 駄目だ、このダブル勇者。

 唯一の共通点が過保護と溺愛なだけに、ぶっちゃけ面倒くせぇ。

 てか先に進みたいだけど!


 そんなことしている間にモンスターが現れた。


 武装したリザードマンが10匹か。

 中界層とはいえ、やたら数多くね?

 そして、この階層のモンスターは怯えて逃げることはないようだ。


 唸り声を上げ、リザードマン達が迫って来る。


「――ここは俺一人で十分だ。【聖刻の盾】の皆さんはどうか休んでほしい。皆も手を出すなよ、一瞬で決める!」


 屈強そうな鬼人族の時雨は先頭で仁王立ちとなり、背中のハルバートを取り出すと敵陣に向かって駆け出した。

 相当、高レベルの“帰還者”みたいだからな。

 まず問題ないだろう。


 しかしだ。


「ギャアァァァァ――ッ!!!」


 時雨は悲鳴を上げながら、リザードマン達からフルボッコにされている。

 10匹に囲まれ、容赦なく大曲刃剣シミターで斬られていた。


「え、ええ!? 時雨さん、弱ッ!」


 嘘だろ!? あの人、めちゃ弱いじゃん!

 逆に一瞬で決められそうなんですけど!?

 口ほどでもねーとはこのことなんですけど!


「時雨さん、やべーよ! 助けに行かないと――」


「いや、真乙殿。心配ない、あれでいいのだ。時雨の場合はな……」


 駆け出しそうになる俺を美夜琵が止めに入る。

 意味深な言葉に、俺は「え?」と首を傾げた。


 刹那、



 ブオォォッ!



 凄まじい突風が吹き荒れ、リザードマン達が吹き飛ばされた。

 しかも10匹全ての肉体が斬り刻まれ、細切れとなり消滅する。


 気づけば、時雨はハルバートを振るい掲げていた。

 彼の周囲にはリザードマン達の亡骸こと菫青色アオハライトの『魔核石コア』、10個が地面に落ちて転がっている。


「まさか一振りで全て斃したのか? けど、どうやって?」


「これが俺のユニークスキル――《反転跋扈はんてんばっこ》だ」


 時雨は何事もなかったかのように歩き戻って来る。

 あれだけ斬られたのに目立った外傷は見られない。

 

「一瞬だけ能力値アビリティが跳ね上がったわね?」


 美桜が両腕を組み、眼鏡のレンズを光らせて時雨のスキルを見定めていた。


「流石はミオ殿。俺の《反転跋扈はんてんばっこ》は敵から受けた攻撃をそのまま跳ね返したり、あるいは一時的に自分の力に変える能力だ。発動中は見ての通りノーダメージ状態となる」


 つまり俺の《パワーゲージ》と似た性質を持つのか……しかも、より洗練されたスキルのようだ。

 ちなみに弱点は魔力値MPを必ず8割消費してしまうことと、幻術系や精神的な攻撃では発動対象にならないことだとか。


 絶対にタイマンじゃ戦いたくない人だわ……。


 時雨は僧侶である白夜から『MP回復薬エーテル』を受け取り瓶の蓋を開けて一気に飲み干した。


「見せ場終わった、時雨君? あそこまでやらなくても、キミのレベルなら普通に勝てた気もするけどね。まぁいいわ、んじゃ『魔核石コア』を回収して先に進みましょう!」


 マイペースの涼菜は身も蓋もない言い方をして先に進もうとする。

 その時雨は「あの【聖刻の盾】の皆さんの前だぞ、はりきらないでどうする?」とボヤいている。

 やっぱりサブリーダーだけに、この兄さんも俺と同様の苦労人タイプのようだ。



 移動してから間もなくして、28階層に到達する。


 すると突如、俺達の《索敵》スキルが反応し何かを察知し始めた。


「なんだ? 何かが起ろうとしている……この感じ、以前経験したことがあるぞ」


「真乙の言う通りね。間違いない――『モンスター行軍マーチ』よ!」


 美桜の言葉に、俺はトラウマが蘇り青ざめてしまう。

 

 ――モンスター行軍マーチ

 それは『奈落アビスダンジョン』でランダムに発生する災害級のイベントであり、大量のモンスターが出現し群れを成して上層に向かって侵攻していく現象だ。

 モンスターは同種であることが多く、その軍隊が行進するような様から『行軍マート』と見立てられ冒険者の間で畏怖されていた。


 俺がレベル10で初めてダンジョン探索していた時、『モンスター行軍マーチ』の影響で5階層にもかかわらず、ミノタウロスと遭遇して戦闘になったんだ。

 まぁ結局は、姉ちゃんが『零課』の依頼で、その後全て一人で片付けたんだけどな。


 ちなみに29階層の『分岐点』は時空を捻じ曲げて人為的に造られた階層なので、『モンスター行軍マーチ』が発生してもスルーされるらしい。


「今回はどんなモンスターが大量発生しているんだ?」


 俺は《アイテムボックス》からスマホを取り出し調べてみる。

 が、しかし。


「……あれ? ギルドのアプリでも載ってないぞ。前は緊急警報で通知が来たってのに」


「目撃者がいないんだわ。つまり発生源はこの階層ってわけよ」


 美桜が。そう推測した時だ。

 突如、地面の岩々から異様な振動が伝わってきた。

 同時に暗闇に包まれた前方の奥から、激しい地鳴りと共に複数の何かが近づき迫って来る。


「モンスターだ! モンスターの大軍が押し寄せてくるぞぉぉぉ!」


 ガンさんが真っ先に叫んだ。

 ビビりの彼が言うように次第に暗闇から、その姿が浮き彫りとなりつつある。

 間違いなくモンスターの大軍だ。


 そんな中、双眼鏡で覗いていたアゼイリアが何かに気づく。


「ちょっと待って! 前方にいるのって、人間じゃないの!?」


「アゼイリア先生、人間だって!? まさか追われているのか!? だったらすぐに助けないと!」


 俺は迅速に行動に移そうと身を乗り出す。


「マオッチ、何か様子が可笑しいよ! 逃げている連中の手元を良く見てみ!」


 《千里眼》スキルを持つ香帆が指摘してきた。

 俺は目を凝らし、逃げて来る連中を凝視する。


 逃げているのは三人で冒険者の装いをした中年風の男だ。

 ぱっと見はモンスターの大軍に追われ必死で逃げているように見えた。


 だが、男達の片手にはそれぞれ発煙筒のような物が握られ掲げている。

 その筒から鮮やかな赤い炎と煙が上げられていた。


「……なんだ? 連中が持っている、あの発煙筒みたいな物は?」


「そういうことね。あれは『誘導煙リードスモーク』よ。モンスターを引き寄せ意図的に誘導する猟具型アイテムよ」


 美桜が言うには、あの筒から発せられる光と煙によってモンスターが誘導されているのではないかと言う。

 本来なら罠を設置した場所にモンスターを誘き寄せるために使用する魔道具アイテムだとか。


 てことはだ。


「あいつらが作為的に『モンスター行軍マーチ』を発生させているってのか!?」


「そう考えて良さそうよ。でも見覚えのない連中ね……意図も不明だわ」


 美桜じゃないが連中の行動が不明だ。

 わざわざ何故、危険な行為をして逃げているのか?


 そう思った直後だ。

 男達は俺達の姿を見るとニヤッと口端を吊り上げる。

 すると突如、こちらに向けて『誘導煙リードスモーク』を投げつけたのだ。

 

 そのまま三人の男達は素早く横に飛び、通路側の端へと入り込む。

 結果、モンスターの大軍は男達を無視し、俺達の方へと雪崩れて来た。


「おい、どうなってんだよ!?」


 いきなりすぎて、ワケがわからないぞ!

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