第172話 コテコテのダンジョン探索

 夏休み以来の『奈落アビスダンジョン』。

 なんやかんやで、俺が冒険者として実感できるホームグラウンドのような気がしてならない。


 そして今回は【聖刻の盾】だけじゃなく、【風神乱舞】との合同探索だ。

 人員も11名と普段の倍以上であり、おまけに美桜と涼菜という二大勇者も同行している。

 したがって戦力としては申し分ない。


 筈なのだが……。



「うそぉー! そーだよねー!」


「ちょっと! いきなり大声出さないでよ! ダンジョンの中でしょ! 声が反響して、いたずらにモンスターを誘き寄せるだけよ!」


 涼菜のおばちゃんトークに、オブザーバーの美桜がブチギレる。


「いやだわー、ミオさん! 貴女だって十分に声大きいじゃなーい!? ようこそおばちゃんの世界へ、アハハハハ!」


「ムカァ! あんたのこと注意しているからでしょ! まだ私はそっちの世界に行く歳じゃないわ! ちょっとぉ、眷属ゥ! 特に時雨とか言ったわね!? あんたのとこの勇者、なんとかしなさいよ! サブリーダーでしょ!?」


「……誠にすまない、勇者ミオ殿。俺如きでどうこうできるなら【風神乱舞】はここまで落ちぶれていない……」


 そりゃそーだ。

 異世界じゃ『極東最強』と伝説化していたようだけど、現実世界ではすっかり体たらくぶりの弱体化だからな。

 あの独特の自己中というかマイペースぶりに眷属達は翻弄しっぱなしのようだ。

 特に時雨さん……俺と同じ苦労人の臭いがする。


 だからこそ、俺が臨時加入したわけで……やっぱここは注意しなきゃ駄目だ。


「涼菜、姉ちゃんの言う通りだぞ。まだ初界層とはいえ、緊張感は持たなきゃいけない。みんなの命に関わることだからね」


「……わかったよ、真乙君。キミがいう言葉ならおばちゃん聞き入れるからね。だけど今時の若い人達は慎重で憶病ね。昔は威勢がよく大らかで骨のある若者ばかりだったわ……友情、努力、勝利の三原則って知らない? 主人公は多少頭が悪くても諦めなくて元気なら結果がでなくても、何かと周囲が過大評価してもらえるの。それが個性と言われていた素晴らしき黄金時代よ」


「なんの話? 衰退した王道冒険バトルとか熱血スポーツ的なアレ? 今は『俺、超余裕』とか割と努力しないで無双する方が流行っているよ。オチなしヤマなし展開とか……あと女子キャラ達が何もしなくても、ただ主人公大好きでちょろければウケるぞ的な?」


「ちょっと、真乙まで! 何、オタクトークでそいつと花咲かせてんのよ!? そんなジェネレーションギャップの話なんて誰も興味がないわ! てかダンジョン探索アタックしなさいよ!」


「ご、ごめん姉ちゃん……つい。久しぶりにオタク心に火がついてしまって」


 やっちまった。

 けど、まさか涼菜とこんなトークで盛り上がるとは思わなかった。

 中学じゃ、オタク文化とか興味なさそうな女子に見えていたから、つい嬉しくなりテンションが上がってしまったようだ。



 てな感じで、その後は順調に20階層に到達する。


 途中、何度か低モンスターが出現するも、俺達の姿を見るや向こうから逃げ出した。

 もう俺達も初級冒険者じゃないのでモンスター達に怯えられる存在となったようだ。

 どうせ斃しても大した経験値にならない連中だし時間短縮には丁度いいけどな。


 初界層のボスモンスター、鬼猿ことモノスと遭遇しても同様だった。


「キャィィィィン!!!」


 まだ何もしてないのに、大型猿獣モノスは負け犬のような悲鳴を上げて逃げて行った。


「流石、勇者が二人もいるとモンスターもビビっちゃうみたいだねん」


 香帆が「あちゃ~」と言いながら、美桜と涼菜を見比べている。


「やめて、香帆! こんなのと一緒にしないで!」


「あらやだ奥さん! 髪型変えた?」


「ごめん美桜、あたしが悪かったよん。あとスズッチ、あたし奥さんじゃないし、今はエルフ族の姿だけど髪型は変わってねぇっつーの!」


 あの香帆でさえ翻弄され気味の無敵自由おばちゃんこと、同級生の涼菜。


「――よぉ、マオトじゃねぇか? 久しぶりだな~」


 後方から他のパーティ達が手を振って近づいて来る。

 見覚えがある中肉中背のおっさん冒険者。

 ご近所付き合いのある『近田こんだ 釟郎はちろう』こと、コンパチさんだ。

 後ろにいる集団はおっさんがリーダーしている【熟練果実】である。


 あれ? 前は5人ほどだったのに今じゃ10人と倍に増えている。

 しかも若い男女と層が厚いように見えた。


「コンパチさん、こんにちは。しばらく見ない内に随分と賑やかになったね?」


「まぁな。より下層を目指そうと思ってな……その方が強いモンスターも大勢いて、金になるだろ? 俺の場合、生活もかかっているからよぉ」


 それで人員を増やしたってわけか。

 以前は気ままなオヤジバンドみたいなノリでやっていたけど、エリュシオンの金銭感覚だと装備代とかすぐ借金塗れになるし、少しでも下層を目指したくなるのは当然だ。


「なるほどね……そうそう、ギルドでおっさん達の評判聞いたよ。初級冒険者に面倒見のいい穏健パーティだって」


「んなのたまたまだ。てか、それを言うなら【聖刻の盾】の方がやべぇだろ? そんな少数で下界層に到達したんだからな……ヤッス坊主なんて、もう俺と同じレベル25だろ? 俺なんて未だに『停滞期』を突破してねーんだぜ」


 そうなの?

 俺も結構苦労したけど、一月も掛からなかったぞ。

 やっぱ普通じゃ考えられないスピードだったのか……。


 俺が「へ~え」と頷いていると、コンパチさんの視線はふと姉ちゃんに向けられる。


「こ、こりゃ……ミオ様。ごきげんよう」


「ええ、こんにちはコンパチさん」


「へへへ……まさか貴女様ほどの方が探索されているとは。ついに深淵層を目指されるんですか?」


 コンパチさんは明らかに年下の美桜に謙遜した態度を見せている。

 なんでも同じ異世界の災厄周期シーズンで一緒だったとか。

 ちなみに鍛冶師スミスのアゼイリアからも借金をしており頭が上がらない。


「違うわ。こいつを見張りに来たのよ」


 美桜はぶっきらぼうな物言いで、涼菜の方に向けて指を差している。


「ああ、スズちゃんか? え? おたく、まさか【聖刻の盾】と統合したのか?」


「やですよぉ、コンパチさん! 色々あって共同しているだけですよぉ。お茶持ってる?」


 コンパチさんは嫌な顔せず、「ほらよ」と《アイテムボックス》からペットボトルのお茶を取り出し彼女に渡した。

 ちなみに遠征目的で、少数パーティ同士が統合したり連合や同盟を結んでダンジョン探索アタックに挑むことはよくある話らしい。


「そっか……それだけの面子なら下界層も余裕かもな。スズちゃんも勇者なんだから、少しギルド等級ランクを上げた方がいいぜ」


「……本当は興味ないんだけどね。けど眷属達はまだ燃え尽きてないから、私も腰痛いの我慢して頑張ろうと思っているんだぁ。あーっ、しんど」


「いや、スズちゃん、まだ女子高校生だろ? 相変わらず時差ボケ治ってねーのかよ? まぁ若いのに俺達と話しが合うから別にいいけどよぉ」


 そうか、涼菜はおばちゃん化しているから、やたらコンパチさんとフレンドリーなのか。

 美夜琵の補足では案の定、涼菜は【熟練果実】と仲が良くお茶飲み仲間だとか。


「コンパチさん達はどこまで探索するつもりなの?」


 アゼイリアは顔馴染みとして訊いている。


「へえ、BJ……じゃなかった、アゼイリアさん。そうっすねぇ、最終的には29階層の『安全階層セーフポイント』に到達することが今日の目標です」


「分岐点ね。だったら武器いる? 丁度、いいの仕入れたんだけど」


「いえいえ、まだこの装備で十分です! とりあえず人員を増やした分、軌道に乗せないと新たに借金は……すんません」


 コンパチさんの控えめな返答に、アゼイリアは「そぉ残念ね。いつでも店にいらっしゃい」と進めている。当然、おっさんは「へぇ……」と顔を引き攣っていたことは言うまでもない。


 蛇足として【熟練果実】は初界層のボスであるモノスと戦う気満々だったとか。

 しかしモノスは逃げてしまったので、俺が去って行った方向を教えると、その後を追うと言い出した。


「――じゃあマオト、ミオ様、俺達はこれで失礼します! 景気づけにモノスを斃しにいくっす!」


「気をつけてね、コンパチさん」


「ええ、頑張ってね」


「へい、ありがとうございます。それとミオ様、これは噂なんですがね……【覇道のキメラ】が下界層で何やら妙な動きを見せているようですから気を付けてください」


 覇道のキメラ?

 なんだ、それ?

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