第171話 風神乱舞の組織事情

 ギルドに登録されたパーティには7つの等級ランクが付けられ、上位からS、A、B、C、D、E、Fと別れている。

 等級が高くなるほどギルドから優遇され、特別任務など依頼されるようになっていた。

 その依頼料は優に数億円を超えるらしい。


 現在は最高位のS級パーティは存在せず、トップ派閥の代表格としてフレイアの【氷帝の国】がA級として知られている。


 他、コンパチさんの【熟練果実】はE級らしく、初心者のF級パーティから面倒見が良いことで知られており、貴重な良心的な派閥として頼りにされていた。


 そして今回、俺が臨時加入した【風神乱舞】もE級だが、勇者が統率するパーティではまずあり得ない体たらくの派閥だそうだ。


「姉ちゃん、【聖刻の盾】はどうなの?」


「C級よ。結成されてからの期間と少人数では驚異と言われているわ。しかもリーダーのお姉ちゃんが、ほぼ参加しないことも相俟ってね」


 なるほど、パーティ自体も結構な高評価を貰っているってことだな。

 だから何かと注目を浴びやすいのだろう。

 けど、これまでの苦労が実っていて良かったわ、ガチで。


 今回の探索でさらに記録を伸ばせば等級ランクが上がるかもしれないぞ。


「――あ~あ、しんど。今時の難しい話はわかんないわ」


 インディの説明に、涼菜は飽きてしまい好きなことを言っている。

 後ろにいる六人の『おばちゃんズ』も「ちょっと聞いた~、こないだ隣の“帰還者”の子が……」とか、まったく関係のない話で盛り上がっている。


 やべーよ。

 俺、こんな人達とダンジョン探索しなきゃいけないわけ?

 無害っつたって、足を引っ張るのが目に見えているぞ。


 唯一まともなのは、美夜琵を含む眷属達だ。

 特に美夜琵とサブリーダーの時雨は顔を真っ赤にして縮こまっている。

 可哀想に……皆、【聖刻の盾ウチ】に来ればいいのに……。

 

「――まぁいいわ。そういうことで、貴女達六人はお留守番ね。温泉の割引券あげるからゆっくりしていってね」


 涼菜は言いながら『おばちゃんズ』にチケットを配っている。

 彼女達は大変喜び、「温泉の後はマッサージして、ハナトくんトークで盛り上がるわよ!」とか大声で笑いながら去って行った。


 眷属達が揃って溜息を吐く中、涼菜だけが「えーっ! 私も温泉とマッサージで、ハナト君トークで盛り上がりたーい!」と好き放題にゴネている。

 謎の若手演歌歌手の花岡ハナト……どんな人物か気になってきたぞ。


「……やっぱりイラッとするわ。ほら、あんた達、とっとと装備チェックして『奈落アビス』に行くわよ!」


 最終的に美桜が仕切り出す始末だ。

 けど美夜琵と眷属達から、「はい!」と忠実な返答が聞かれている。

 姉ちゃんのカリスマ性も流石だけど、【風神乱舞】は大丈夫だろうか?


 それから探索の手続きを終え、俺達はインディさんと別れた。

 冒険者の姿となり、装備をチェックしてからギルドを出る。

 ダンジョン用のトロッコに乗車した。



「真乙君、どう? 私が異世界で過ごしてきた、この姿は?」


「うん、似合っているよ。けどなんか不思議な気分だね」


 隣に座る涼菜の勇者姿を見て、俺は素直な感想を述べる。


 涼菜は美夜琵と同様、袴を模した和装に必要箇所に鎧が装着された姿だ。

 異なる部分といえば、着物部分が赤色の柄であることぐらいか?

 考えてみれば、美夜琵の育ての母で師匠にあたるわけだから似たような装備は当然かもしれない。

 

 ただし刀剣術士フェンサーの美夜琵は腰元に長い刃を持つ刀剣を携えていることに対し、涼菜はそれより短めの小太刀に似た刀剣二刀を装備していた。


「ひょっとして、涼菜って二刀流?」


「まぁね。私ね、異世界のメジャリーガーを目指しているのよ。恋は何十年経っても一途だけどね、アハハハハ!」


 そういう意味で訊いているんじゃないんだけど……おばちゃん流のギャグか?

 でもまだ俺に未練あるみたいだから、まるっきり笑えねーっ。


「なんだろぉ、あの子……明らかにマオッチに大好きアピールしているけど、不思議と頭に来ないねぇ。なんでぇ?」


「気をつけて、香帆。それが『気流の勇者エア・ブレイヴ』の手口よ。現に真乙の顔を見なさい……ドン引きしているようで鼻の下が伸びているわ」


 姉ちゃんこの際、俺の顔なんてどうでもいいじゃん。

 何を基準に考察しているんだ、まったく。


「いよいよダンジョン探索か……しかも、この屈強メンバーで、駄目だ、マズイ!」


 逆の隣で、美夜琵が妙なテンションと共に震えている。


「どうした、美夜琵? 緊張しているのか?」


「ああ、真乙殿。まさしくその通りだ……だが勘違いしないでほしい! これは武者震いだ! いつもは20階層くらいで、母上とあの六人のせいで思う存分に戦えずイモ引いてばかりだったからな……このメンバーではそれはあり得ない! 私にとって未知領域である中界層と下界層への探索アタックに、つい興奮して今にも鼻血が出そうだ!」


「……そっか、ほどほどにな」


 忘れてた。この子はポンコツ気味の戦闘狂だったんだ。

 あまりにも涼菜のマイペースぶりに、美夜琵のそういう部分がすっかり抜けていたぞ。


 けど既にヤバくね、【風神乱舞】。

 探索する前から、こんな調子じゃ……。

 いやまだ見限るのは早いか。


 特に眷属の三人は未知数だ。

 さっきから何気に《鑑定眼》でステータスを見るが、三人とも何かしらのブロックをしている。

 つまり俺より高レベルで熟練された冒険者だということだ。

 おまけに三人とも極東ならではの職種で、どんなスキルを持っているのかわからない。

 美桜のお墨付きもあるからな、彼らだけは期待できると思う。


「……やだ、マオトくん。じっとこっち見てる。ひょっとして私のことイジメる気?」


「白夜、違いますよ。彼は《鑑定眼》で私達のステータスを覗き見ようとしているのです」


 やたら怯えている白夜に、仙郷が説明している。


「すみません、そんなつもりはなかったんですけど」


 いや、もろそんなつもりなんだけど、そこまでズバっと言われて「そうです」とは言えない。


「気にするな、マオト殿。仲間を知ろうとするのは当然のことだ……とはいえ、サブリーダーの俺でさえ、現パーティ全体のことを把握しておらん」


 時雨が淡々とした口調で語っている。

 厳つそうな鬼人族の割には温厚そうな兄さん。彼とは気が合いそうだ。


「そうなんですか?」


「ああ、特にあの六人はようわからん……」


 あの六人? きっと『おばちゃんズ』のことだな。

 確かにモブっぽいのにやたら浮いていたっけ。

 俺がそう理解する中、時雨が話を続けてくる。


「彼女らは気がつけばスズが勝手に連れてきて加入したメンバーだ。なんでもエリュシオンのバーゲンセールで争った挙句、馬が合った者達だとか?」


 何よ、それ?

 エリュシオンにバーゲンセールとかあんの?

 てかなんのセールだよ、それ?


「昨日の敵は今じゃ最大の味方ってね。ああいう人達は傍に置いて損はないわ」


「涼菜、それってあの六人は実は凄いスキルを持っているとか?」


 俺の問いに、彼女は真剣な表情で頷いてみせる。


「……ええ。ぶっちゃけ恐ろしい人達よ、バーゲンセールの情報は勿論、花岡ハナト君の新曲からライブやコンサートに至るまで、あらゆるお得情報に精通しているわ!」


 どうでもいい情報ばかりじゃねーか!

 もう演歌歌手の花岡ハナトはいいわ!


 俺が冷めた眼差しで呆れ返る中、涼菜は「あははは、嘘嘘」と優しそうな微笑を浮かべている。

 その表情は中学の頃、誰もが憧れた高嶺の花そのものだった。


「ごめんね、揶揄って。あの人達はね、ある意味で『零課』の作業班より優れているのよ……特に情報収集に関してはね」


「『零課』の作業班って……もろ公安警察のエリート部隊じゃないか? 流石にそれはないだろ?」


「本当よ。警察や顔バレした私じゃ入り込めない場所や聞き出せない有益な情報を彼女達は意図も容易く入手する抜群の収集能力を持つ、いわば遊撃隊のような立ち位置なの。現に、真乙君を始めとする【聖刻の盾】の情報も彼女達から事前に得たことだからね」


「あっ、だからね! 私達がこうして乗り込んでも大してビビらなかったのは……あの連中から、予め聞いていたってわけね!」


 美桜が立ち上がり激しい口調で指摘してくる。

 涼菜は動じず微笑みを崩さないまま軽く首肯した。


「ええ、ミオさんその通りです。特に他のパーティとの兼ね合い上、不要なトラブルを避けるため情報収集は基本ですからね。情報戦を得意とするのは【氷帝の国】だけじゃないのですよ?」


「食えない女……やっぱムカつくわ」


 あの美桜を手玉の取るなんて……やっぱり涼菜の優等生ぶりは健在だった。

 だけど、ボリボリとお腹を掻く仕草は明らかにおばちゃんだ。


 こうして間もなくして、トロッコは『奈落アビスダンジョン』に到着した。

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