第169話 憧れていた高嶺の花

 週末の早朝、久しぶりにエリュシオンに訪れギルドに向かった

 考えてみれば夏休み以来だ。


 特に俺は学生なので週末しか来られない。

 それに二学期に入ってから色々と忙しく、特に週末が集中してごたごたしていた事情もあった。

 


「――幸城君、おはよう! 若いから朝早いねぇ!」


 ギルドに入った途端、久住さんが手を振りながら呼んでくれた。

 初めて見る私服姿。

 この場では違和感満載だが、綺麗な花柄のワンピースが良く似合っている。


 まさかエリュシオンで中学時代の同級生と待ち合わせするとは……しかも高嶺の花と嘗て憧れていた美少女と。

 

 にしても久住さんってば出会い頭からおばちゃん発言だ。

 てか俺より早く来てんじゃん。


「おはよう、久住さん。キミも十分朝が早いと思うよ」


「あらやだ、だっておばちゃんだもん。おばちゃんはね、やたらと朝が早いのよ、その分寝るのも早いけどねぇ、アハハハハハ!」


 久住さんは大声で笑い始める。

 見た目はどうみても高校一年生なのに、テンションからしておばちゃんだ。

 もう既にやべぇ……。


「……それにしても幸城君」


「なんだい?」


「後ろの人達誰? 凄く見覚えがあるんだけど……」


「フン、『気流の勇者エア・ブレイヴ』さん。どうか気になさらないで。私達【聖刻の盾】はたまたま・ ・ ・ ・来ただけよ。ダンジョン探索目的でね!」


 そうなのだ。

 俺の後ろには姉の美桜を含む【聖刻の盾】パーティが全員揃っている。

 つまりついて来てしまったわけだ。

 あからさまにバレバレの偶然を装って。


 これも、美桜が考えた策略というか悪知恵というか。

 【風神乱舞】に臨時加入した俺の動向を見守る……いや、正確には久住さんを見張る目的なのだろう。

 あの後、鬼電した理由がここにあった。

 それともう一つ――。


「今回はお姉ちゃんも探索アタックするからね、真乙」


「ああ、昨日から聞いているよ。わざわざここで言わなくても……」


「一応、目の前にいる【風神乱舞】のリーダーさんにお断りしようと思ってね。弟が世話になるわ」


「やーだわぁ、奥さん! そんなのお互い様ですよぉ!」


「誰が奥さんよ! まだ高校生の独身よ! つーか、あんたもでしょ!?」


「細かいことはわかんないわ……ひとつ教えてもらっていいですか?」


「何よ?」


「確か『刻の勇者タイム・ブレイヴ』の貴女って『零課』から私用の探索アタックを禁じられていると噂で聞きましたけど?」


「フッ、そう言うと思ったわ。安心して、『零課』のゼファーから許可を貰った上よ。何も違反はしてないわ」


 美桜は胸を張り堂々とスマホ画面を見せてくる。

 そこにはゼファーの署名で、姉ちゃんが『奈落アビスダンジョン』の探索を許可しても良いという文言が書き記されていた。

 しかも最後の方には連帯保証人として、フレイアの名前が表記されている。


 つまり何か問題が生じた際は【氷帝の国】も責任を取る姿勢を意味していた。

 なんでも先日、『キカンシャ・フォーラム』で美桜とフレイアの話し合いで決まったとか。


「と言っても、私は戦闘には参加しないことが条件よ。【聖刻の盾】のオブザーバー的なポジね。まぁピンチだったらその限りじゃないわ」


「……なるほど。ミオさんの権限と生徒会長の後ろ盾なら『零課』とて嫌とは言えず譲歩したというわけですか……『魔王戦争』の三極悪勇者は、とても険悪な間柄と聞きましたけど、案外仲が良いみたいですね?」


「巨悪を斃すためなら手を組むわ……私とフレイアはね。ゼファーだってそうよ」


「ふ~ん……あっ、トイレ行きたい。ごめんね、幸城君! 年取ると近くて……ちょっと待っててね!」


 いきなり久住さんは大声を張り上げると、物凄い速足で人混みの中へと消えた。

 駄目だ、完全に女子を捨ててるよ~!


「……食えないわねぇ。ガチで厄介……まったく心理が読めないわ。香帆、どう思う?」


「ふへ? あたし超眠いんだけどぉ! 昨日の深夜までリターニーでバイトしてたんだけどぉ! こんな朝早くからって聞いてないんだけどぉ! てぇか、もうマオッチに任せればいいじゃね?」


 ここにも自由奔放のギャルがいる。

 最高の相棒でさえ、どうでも良さそうに愚痴を漏らす始末だ。


「……そういうワケにはいかないわ、昨日説明したでしょ? ヤッスくんは? 《看破》スキルでどう見極めた?」


「イエス、我がマスター! あの久住 涼菜殿……推定バスト86のDカップ! 野咲さんとほぼ互角と思っていいでしょう、ハイ!」


 ハイじゃねーよ、ヤッス!

 お前、《看破》スキルで何を見極めてんだよ!

 でもそうか、久住さんも杏奈と同じ……って違うだろ!


「……ごめんなさい、聞く相手を間違えたわ。アゼイリア先生は?」


「そうね、ミオちゃん。悪い子じゃないと思うけど……言動と行動からして私より年上ね。異世界の時差ボケとは聞いていたけど、あそこまで重症な子は初めてよ」


 先生の言う通りだ。

 久住さん、完全におばちゃん化しているからな。

 あの悪気のない独特なマイペースぶりは読めそうで読めない。


「ミオさん、俺には聞いてくれないのか?」


「……ガンさんはいいわ。人を悪くいうのとかって苦手でしょ?」


「まぁね(俺だけハブられたかと思って心配した)」


 ガンさん、安心している場面じゃないぞ。

 姉ちゃん、遠回しに戦力外だと言っているんだぜ。


 間もなくして久住さんが戻って来る。


「ごめんね、待たせちゃって。あれ、あれ、忘れたわ。あれよ、あれ」


「ん? 久住さん、あれって何を忘れたの? てか両手が濡れているよ」


「そっ、それよそれ! 手を洗って拭くのわすれたの! 幸城君、スカートのポケットからハンカチ出してくれない?」


「わ、わかったよ」


 俺は久住さんに近づき、スカートのポケットに手を入れる。

 彼女の体温がもろに伝わり、指先が軽く柔らかい太もも触れてしまう。


 あっ、やばぁ、何これ?

 凄ぇドキドキしてくる自分がなんか嫌。

 こんなしょーもない理由だってのに俺って男は……。


「はい、久住さん、ハンカチ」


「ありがと、幸城君。今度は背中かゆっ!」


「ちょっと話が進まないわ! さっさと受付に行くわよ! てか、そちらの仲間の姿が見えないんだけど!」


「みんな受付場で待機していますよ。ホオちゃんもね……ねぇ、そこの金髪のお姉さん、背中掻いてくんない?」


「え? あたし? 面倒くさ! 一回、100円だからね!」


「えーっ、おばちゃんお金なーい。10円でいいでしょ? ね?」


 年上の香帆に頼む久住さんもヤバイけど、乗ってくる香帆もどうかと思う。


 そういや香帆も異世界じゃエルフ族で100歳を超えていたと聞いたことがある。

 だけど彼女は異世界の時差ボケを感じられない。

 いつもふわふわ口調のギャルだし。


「……香帆は年を取らないエルフ族だから何百年経とうと、ずっとあのままよ。ダークエルフのジーラナウだってそうだったでしょ?」


 姉ちゃんが俺の疑問を察したかのように説明してくる。

 なるほど、つまり種族の差というわけか。


 背中を掻いてもらった、久住さんは「うぃ~すっきりした」とか妙な声を出し満足気な笑みを浮かべている。


「ありがとお姉さん――じゃあ幸城君、【風神乱舞】のメンバーに会わせるわ。【聖刻の盾】の皆さんも是非ご紹介いたします」


「久住さん、姉ちゃん達も一緒にいいのかい?」


「いいよ。駄目だと言ってもどうせ無理矢理についてくる気満々でしょ? それに話題の皆さんに同行してもらった方がこちらの刺激になるし、下層も目指せるわ」


「……なるほど。そういえば、【風神乱舞そちら】は中界層に到達したかしなかった程度だったわね? 下界層まで潜った【聖刻の盾うち】を利用して記録を伸ばす算段ってわけ?」


「ええ、ミオさん。そのために幸城君に臨時加入してもらったのです。彼ならきっと燃え尽きた【風神乱舞】を再熱させる新たな火種となってくれるでしょう」


 そう言いながら、久住さんは雰囲気を変えていく。

 おちゃらけ様子は消え、凛として先々を見据えた活力が漲る瞳。

 これが【気流の勇者エア・ブレイヴ】なのか?


 面白れぇ……つい彼女の戦いが見てみたくなってきた。


「わかったよ。俺も関わった限りは全力でパーティに貢献するよ、久住さん!」


「ありがと、幸城君。私のことは『涼菜』って呼んでほしいな……もう仲間なんだしいいでしょ?」


「あっ、うん……そうだね。じゃあ、涼菜。俺のことも真乙でいいからね」


「うん、真乙君、よろしくね。さぁ行きましょう――あぁ、お腹空いた! ねぇヤッスくんだっけ? キミなんか御菓子とか持ってない!?」


 かくして超マイペースな久住さんを先頭に、俺達は受付場へと向かった。


「……チッ、やっぱり侮れない女。躍らせるつもりが逆にこちらが踊らされたようね」


 何気に背後から、美桜の舌打ちと愚痴が聞かれていた。

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