第167話 おばちゃん勇者の条件
久住さんの提案に、俺達は唖然とした。
「お、俺を【風神乱舞】に? いや、無理だし……」
「駄目よ! どんな取引よ! バッカじゃない!?」
「その通りです! 真乙様はミオさんの眷属なのですよ!」
俺と美桜が拒否し、フレイアまで猛反対している。
「は、母上、いくらなんでもそれは……真乙殿は【聖刻の盾】サブリーダーですぞ!」
義理娘の美夜琵でさえ怪訝な面持ちで異議を唱える。
しかしいくら全員が否定しようと、おばちゃんのメンタルを持つ久住さんは動じることはない。
「大事なホオちゃんと同様の条件だって言っているのよ。臨時加入でいいわ。それが公平でフィフティーな条件でしょ? あらやだ、最近の若い子は交渉も知らないのかしら? 昔は当たり前だったのにね」
久住さんの挑発的な言い分に、美桜とフレイアは苛立ち「あ?」と低いトーンで眉間に皺を寄せ始める。
二人から攻撃的で危険なオーラが全身より漲り溢れてきた。
やばいぞ、これ。姉ちゃん達、今にもブチギレ寸前じゃね?
でも久住さんは自分ルールで一方的な感じだけど、言っていることは案外筋が通っている。
特に他パーティからメンバーを引き抜くんだから、無償ってわけはいかないのも道理だ。
それにしても、どうして俺なんだ?
まさか、久住さん……まだ俺のことが――。
「真乙は駄目よ。他のメンバーなら考えてもいいわ」
美桜が怒りを抑え妥協してきた。
自制して交渉に応じる姿勢を見せている。
「へ~え、どんな人?」
「ヤッスくんなんてどう? ガンさんでもいいわ」
真っ先に俺の友達を売る、【聖刻の盾】リーダーの美桜。
「ヤッス? ああ噂の最速ルーキーね。紳士的で
ギルド内でも変態紳士ぶりが知れ渡っている、ヤッス。
「じゃあ、ガンさんは? 見た目はオーガだけど純粋で少年の心を持った無害な人よ」
見た目はオーガって酷でぇな。
姉ちゃん、普段ガンさんのことそんな目で見ていたのか?
本人が知ったらヘコんで、しばらく寝込んでしまいそうだ。
「ガンさんってガルジェルドでしょ? 『
やっぱり他パーティでは取扱注意の危険人物としてマークされている、ガンさん。
おまけにキル宣言までされてしまうとは。
「……困ったわね。香帆は絶対に嫌だし、アゼイリア先生も有能すぎて他のパーティには臨時でもあげたくないわ」
お気に入りの女性陣には比較的ホワイトな姉ちゃん。
なんだか【氷帝の国】の三バカ兄さん達と扱いが変わらないと思えてきた。
やっぱ俺がいないとバランス的に駄目だな、ウチのパーティって。
その後、美桜と久住さんで微妙なやり取りばかりで話が進まない。
「でしたら、真乙様をわたくしの【氷帝の国】で臨時加入させては如何でしょう?」
挙句の果てには、フレイアが関係ない提案をしてくる始末だ。
「うっさいわね! あんた関係ないでしょ!? てか絶対に弟は渡さないわ!」
「あーしんど。会長のそういうセコイところ直した方がいいと思います。あと徳永さーん、肩が凝ってきたから揉んでくれるぅ?」
当然ながら美桜は激怒し、久住さんに至っては他人の執事に肩を揉ませようとするガチで自由奔放ぶりだ。
どちらにせよ、このままじゃ埒が明かない。
「久住さん、仮に俺が臨時加入するとして……【
率直に訊いてみる。
もしかして、まだ俺に未練があるのかと思えてしまった。
徳永さんから丁寧に肩を揉まれている、久住さんは「う~ん、もういいわ。ありがと」と告げ、大きな瞳を真っすぐに向けてきた。
「――幸城君が思っている通りよ。キミを名指ししたのは、私個人の気持ちがあるわ……異世界でも未練たらたらで、気づけば未婚のままおばちゃんになっていたからね。帰還したのも、それが理由と言っていいわ」
や、やっぱりそうだったのか……。
美夜琵からも誰とも付き合うことなく、ずっと独身だったと聞いている。
そこまでして俺のことを……つい胸の奥が絞られてしまう。
だけど、はっきりと心を鬼にして言わねばならないことがある。
「久住さん……俺、前に言った通り、気持ちは変わってないよ。他に好きな子がいるんだ」
「だよね。うん、わかっている……けどね、それだけじゃないの」
「え? というと?」
「私が束ねるパーティの刺激目的でもあるわ。知っているでしょ? エリュシオンのギルドじゃ落ちぶれた
「ま、まぁね」
異世界じゃ『極東最強』として伝説となった勇者パーティも、現実世界ではろくな活躍をしていないがためポンコツ扱いされているとか。
「私はいいの、それでも……異世界じゃ40年も沢山頑張ってきたからね。せっかく現実世界に帰還できたわけだし、私はこれまでのように学生を満喫しながら適当にダンジョン探索してお小遣い稼ぎしながら、気ままで安泰な老後を送るだけよ。けどメンバー達は違うわ、中にはホウちゃんと同様に燃え尽きてないメンバーもいる。だからね、新しい風を吹かせる意味でもエリュシオンで頑張っている、話題の真乙くんを取り入れたいの」
高校生から老後の心配って……言動がヤバイよ、久住さん。
けど気持ちは伝わる。
俺達が美夜琵を求めるように、今の状況を変えたいという彼女なりの願いだと思う。
唯一、そこだけは通ずるものがある。そう思えた。
「――わかったよ、久住さん。臨時でいいなら入ってもいいよ」
「本当、幸城君! ありがとう――どっこいしょ」
久住さんはソファから立ち上がり、俺の手をぎゅっと握り締めてくる。
初めてだ。彼女に触れられたのは……。
凄く柔らかくて繊細な指先、温かいぬくもり。
嘗て中学時代の高嶺の花……杏奈と出会う前は憧れていた時期さえあった。
そう思うと感慨深く、なんだかドキドキと胸が高鳴る。
けど立ち上がるだけで「どっこいしょ」とか言われると、高まった気持ちが冷めてしまう。
きっと異世界生活の後半じゃ、ずっとこのキャラだったのだろうと垣間見えてしまった。
「だけど、俺は【聖刻の盾】のサブリーダーとして『
俺に振られた美桜は難色した表情を浮かべながら考え込み、溜息と共に首肯して見せた。
「……仕方ないわね、わかったわ。言っておくけど、色恋沙汰は禁止だからね!」
「それとスズさん、とっとと真乙様から手をお離しなさい! まったく図々しい!」
フレイアの指摘で、久住さんは「いやだわー!」とわざとらしく大声を上げる。
「もうおばちゃんだからね! 難しいことわかんないわ、アハハハハ!」
「「はぁ? ナメてんの?」」
「……う、嘘です。どうかご安心ください。そこに私情は入れません、はい」
二大勇者からガチに凄まれ、流石の久住さんもおばちゃん化が解かれた。
真顔で了承し、そっと握っていた手を離していく。
「じ、じゃあ、決まりってことで……ね、美夜琵」
「うむ。本当にありがとう、真乙殿。母上にも感謝する」
「いいよ、ホオちゃん……寂しいけど、子はいつか親から離れるものだと思って割り切るわ。けど、どうか嫁ぎ先でも苛められないよう気をつけてね。特に口うるさい小姑には気をつけるのよ――」
言いながら、久住さんは美桜を凝視している。
「誰が小姑よ! あとあんたと美夜琵ちゃん、同い年でしょ! いい加減、異世界との時差ボケを直しなさいよ!」
「ミオさんもわたくしの気持ちがわかってきたようですわ。この方、とても優秀ではありますが、こんな調子で図々しくイラっとしますの! 本当、ペースが乱されますわ!」
「いやだわー奥さん! 三
中学時代の清楚で可憐な美少女だった頃とは、見る影もない久住さんのおばちゃん化ぶりに、俺は絶句してしまう。
とはいえ、大きな揉め事に発展せず、美夜琵を無事に仲間として迎えることができた。
そこだけは収穫だ……っと信じたい。
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