第166話 変わり果てたマドンナ

 愕然とする俺に、母上勇者こと久住さんは「クスッ」と上品に微笑む。


「母上勇者か……私ってキミにそんな風に呼ばれているんだね?」


「いや、ごめん。まさか、久住さんとは知らなくて……」


「別にいいよ。大体のことは、ホオちゃんから聞いているわ」


「ホオちゃん?」


「ワタシのことだ、真乙殿。異世界では鬼灯という名だからな」


「私が名付けたんだよ。最初にあった頃、その子はまだ赤ちゃんだったからね」


「そのことは美夜琵から聞いているよ……まさか“帰還者”になっていたなんて……確かこの学園に入学して間もなくだろ?」


「ええ、そうよ。通学中、暴走車から園児を庇ってね……その子は助かったみたいで良かったわ」


 なるほど、それで異世界に。

 あれ? けど可笑しくね?


「だったら転生者じゃないのか?」


「召喚された転移者よ。女神アイリスからステータスやユニークスキルの関係でゼロベースからの転生者よりも転移者の方がSBPを多く獲得できるっていう理由でわざわざ肉体を蘇生してくれたわ」


「――貴女が『気流の勇者エア・ブレイヴスズナ』ね?」


 不意に美桜が威嚇するような口調で訊いてくる。

 久住さんは少しだけ雰囲気を変えた。


「幸城君のお姉さん、いえ『刻の勇者タイム・ブレイヴミオ』……その通りです、初めまして」


「姉ちゃん、気流の勇者エア・ブレイヴって?」


「その子の異名であり称号よ。やっぱりね……あんたも《レベル・リミット》が施されているようね?」


 美桜は凝視しながら密かに《鑑定眼》を発動させていたようだ。

 俺もやってみたが……駄目だ、エラーが表示されている。

 つまり、それだけ久住さんは格上で高レベルだということ。


 マジかよ、あの清楚の塊だった優等生が……。


「伊達に三回の災厄周期シーズンをクリアしていませんから。それに《レベル・リミット》を施しているのは、お互い様では?」


「あなた気に入らないわ、フレイアとゼファーの次にね」


「ミオさん、ゼファーはともかく、どうしてわたくしまで含まれておりますの? それにムカつく度で言うのなら、彼女の方が断然上ではありませんの!? 心外ですわ!」


 フレイアまで参戦してくる始末。


 なんだか雰囲気悪りぃな。

 姉ちゃんも最初から戦うことを想定しているだけに喧嘩腰だ。


 けど久住さんは一切動じることなく挑発的な笑みを浮かべている。

 中学の頃は誰かと争うタイプじゃ決してなかったのに……信じられない。


 このままだとガチで戦闘になるんじゃね?

 最悪、俺が止めに入るしかない。


「――母上、いい加減にしてください! ワタシ達は話し合いに来たのですよ!」


「もう、ホォちゃん! 私のことはママって呼んでと言っているでしょ! 異世界で過ごした頃のように!」


 ママって……同級生じゃん。


「何を申されています! ワタシは転生者ですぞ! 赤子とて転生前の記憶は持っておりました! 母上にそのような呼び方をしたことなど一度たりとありません!」


「だったら今からそう呼んでぇ、ホオちゃん」


「嫌です!」


 うおっ、久住さん。

 美夜琵を溺愛しているって聞いたけどガチかよ。

 けど、このやり取りのおかげで殺伐とした空気が一変したのは確かだ。


「まったく……鬼灯さんの仰る通りですわ。てか、スズさん! いい加減、その席から離れて頂けます!? わたくしの席ですの!」


 フレイアに促され、久住さんは「はーい」と立ち上がる。

 それから各々、ソファで囲む形で座ることになった。

 執事の徳永さんだけ置物と化し、扉に背を向けて佇んでいる。


 俺と美夜琵、美桜とフレイアがスッと腰を下ろした。

 おお、このソファ! 超座り心地がいいぞ! 


 そんな中、


「――よっこいしょ」


 おや?


 久住さんだけが座るのに、妙な合いの手を入れている。

 俺は不思議そうに見つめていると、向かい側の彼女は「クスッ」と微笑んだ。


「最初は驚いたわよ、まさか幸城君もこちら側だったなんて……それだもん、中学三年の頃、激変したんだって理解したわ」


「う、うん……夏休みに帰還した姉ちゃんの《眷属》になったんだよ。それから猛特訓してね。今は【聖刻の盾】のサブリーダーとして頑張っている」


「ええ、噂は耳にしているわ。屈強揃いの【聖刻の盾】を引っ張る防御力VIT四桁超えの盾役タンクってね……ギルド、いえエリュシオンで有名人よ」


「ははは、恥ずかしい……久住さんは随分と変わったね?」


「まぁね……もう若い頃の私じゃないわ。もうすっかりおばさんよ」


 え? 何言っているの?

 今でも立派な高校一年生じゃん。


 俺が首を傾げていると、隣の美夜琵が「んん!」と強くわざとらしい咳払いをしてみせる。


「母上、懐かしむのは後にして頂きたい! 以前から申している通り、ワタシを【聖刻の盾】に臨時加入することをお認めください!」


「えーっ。ホオちゃん、その件は駄目よって、ママ言ったよね?」


 あかん。久住さん、完全に美夜琵を幼女扱いしているぞ。

 美夜琵も主であり育ての親の言葉に「ぐぬぅ」と奥歯を噛みしめている。


「別に《眷属変換コンバージョン》するわけじゃないからいいでしょ? 【風神乱舞そちら】に迷惑は掛けないわ。てか、帰還してから大した活躍してないって聞くわよ?」


 リーダーの美桜が、美夜琵をフォローする。

 けど何気に皮肉を交えてくる性悪姉ちゃんだ。


「……ミオさん、お言葉ですが私達は異世界で40年以上も戦ったんです。もう昔とは違います。もう若い人達にはついていけません……これからは老後を考えて目指せ、スローライフですよ」


「貴女だって十分に若いじゃありませんの? わたくしより年下じゃなくて?」


「いやだわぁ、生徒会長もそのうち分かると思いますよ。あーっ、喋り疲れちゃった。徳永さん、お茶とかないのぅ? 梅昆布茶がいい~、あとお菓子食べたいわ、ホオちゃんと幸城君も食べよ?」


 久住さんは図々しく、他人の執事を顎で使っている。

 でもプロフェッショナルの徳永さんは嫌な顔せず、「かしこまりました」と頭を下げ手際よく用意し始めた。


 なんだ、この違和感……久住さん、キミってまさか。


「イラっとするわ、フレイア……ここで先手打っていい? 《時間軸タイマー》であいつの動き止めから、あとはあんたが凍らせてボコるのよ!」


「ミオさん、ここでの戦闘は厳禁ですわ! わたくしだって我慢しているのですから、貴女もそうなさい! てかリーダーの貴女が真っ先にキレてどうするんですか!?」


「あれ? なんの話してたっけ? あっ、そうかぁ、ホオちゃんの件ね。あれはこれだから、それが理由で駄目だからね。幸城君、こんな私でごめんね~」


 姉ちゃん達がイラつきMAXでブチギレそうな中、久住さんはマイペースに意味不明な独り言で自己完結している。


 この厚かましい態度、その自虐的な言動、そして開き直った感じ、間違いないぞ。

 久住さん、キミはすっかり――


「おばちゃんと化してるぅぅぅぅ!!!」


「やだわぁ、幸城君! 笑いすぎておばちゃん、もう痩せちゃう~、アハハハハ!」


 嘘だろ……あの清楚で可憐だった久住さんが微塵もない。

 見た目は彼女のままなのに、中身はすっかりおばちゃんだ。

 まるで数十年後の同窓会で、変わり果ててしまった片思いの子と再会した気分だ。


 俺は嘗てクラスのマドンナとして羨望を集めていた美少女の変貌ぶりに酷いショックを受けてしまう。


「真乙、彼女は見た目こそあなたの同級生だけど、異世界じゃ三回の災厄周期シーズンを終わらせただけあり、精神年齢は40歳超えているわ。つまり精神年齢も相応のまま、帰還しているってわけ」


 落ち込む俺に、美桜が優しい口調で諭すように教えてくる。


 そうなのか? 

 だからこんなにキャラ変しちまったのか……おのれ、女神アイリスめ!


「仕方ないね。幸城くんもそのうちわかると思うよ」


「そのうちって……その投げ遣りな口振りからしてもうヤバイよ、久住さん」


「まったくスズさんの父親も政財界の重鎮だけあり、下手に圧力を掛けることができませんの、余計タチが悪いですわ!」

 

 フレイアまで憤慨している。

 あのおばちゃんぶりに、彼女ほどの“帰還者”でさえ手を焼いているのか。


 すると美夜琵が突然ソファから立ち上がる。

 何を思ってか、久住さんの前で両膝を床につき土下座を披露して見せた。


「母上、お願いです! どうか【聖刻の盾】への臨時加入をお認めください!!!」

 

「う~ん。ママぁ、どうしようかなぁ……わかんない」


 いくら義理の愛娘が情で訴えようと、おばちゃん化した久住さんは至ってマイペースだ。


「もう、こいつイラつくわ! けどその勿体ぶった口振り、なんか条件があるんでしょ? 試しに言ってみなさい」


 美桜に促され、久住さんは「フフフ」と口端を吊り上げる。


「流石、ミオさん。評判通りのキレ者ですね――だったら、幸城君を【風神乱舞】に頂戴よ」


「はぁ!?」

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