第165話 母上勇者の正体

「ちわっす、お久しぶりです」


 二人の正体がわかったので、俺も気さくに挨拶する。


「ええ、現実世界こちらの姿で会うのは初めてですね……なんだか恥ずかしいです」


「せやな。特にワイなんて種族からして違うから違和感満載やろ?」


 確かジェイクは獣人の黒豹族だっけ?

 と言っても猫耳と尻尾がないぐらいだけどな。


 俺は適当に「そっすね~」と相槌を打っていると、ヤッスが身を乗り出してくる。


「あのぅ、チッパイ殿はおられないのですか?」


「メルですか? 彼女は中等部の生徒ですからね」


「あんなちんちくりんでも一応は生徒会長や。どうしても向こうが優先されるからなぁ。堪忍してや~」


 ストライザとジェイクの説明に、ヤッスは「そうですか」と頷いている。

 どうせ会っても喧嘩になるだけじゃないのか?


「あとですね、マオたん……」


「なんっすか?」


 てか、杏奈の前で「マオたん」を連呼しないでほしいと思った。


「「せーの――雪学園は素晴らしいぞ!」」


 何故か声をハモらせて学園を推してくる二人。

 なんだろう……さっきから眷属達の言わされている感。


 さっきはドン引きしたけど、今はどうでもいいので「そうっすね」と首肯する。

 それからストライザとジェイクは「私達は生徒達の手伝いがあるので」と言い、俺達の前から去って行った。


「……ディア、いえ伊織先生。ひょっとしてウチの弟に対して何か企んでいる?」


 美桜が眼鏡のレンズを光らせ、ズバリと問い質してきた。

 特に俺のことに関すると直感が働く姉ちゃんだ。


「い、いや……決してそういうわけでは(不味い、ミオ殿は我が主並みに頭がキレる方だ……ワタシでは誤魔化せん)、すまん。こればかりは言えぬ」


 もう半分ネタをバラしている、ディアリンド。

 教師の姿でも脳筋ぶりは変わらないらしい。


「そっ、まぁいいわ。こうして私が目を光らせているわけだし……それに今回はフレイアと共闘しなければならないようだしね」


 どうやら美桜はこれから会う、【風神乱舞】の母上勇者を警戒しているようだ。

 話を聞く限り、戦闘力に関しては超ヤバイらしいからな。


「それはそうと姉上、母上はどこにおられるのだ?」


「ああ、美夜琵……彼女か? 彼女なら生徒会室にいる。一応は風紀委員だからな。まだ生徒会長の言うことには従うところはある」


 ディアリンドはどこか歯切れが悪く答えている。

 それから「では案内しよう」と言い、俺達は生徒会室まで案内されて誘導されて行く。



 最上階の長い廊下を渡ったところに生徒会室があった。

 やたら立派な開閉式の扉だ。

 まるで国会議事堂を彷彿させる赴きがある。


 扉の前に一人の男性が佇んでいた。

 綺麗に背筋を伸ばした執事風の厳つい大男。

 【氷帝の国】団長のタイガこと徳永さんだ。


「お待ちしておりました。マオト様」


「久しぶりです、徳永さん。フレイアさんは?」


「お嬢様なら中におられます。少々お待ちを」

 

 徳永さんは見かけによらず丁寧な口調で応じてくれる。

 三バカ兄さん曰く「敵なら末恐ろしいが、味方ならもっと最悪な団長だ」言わしめているが、俺的には日頃の素行次第だと思う。


 徳永さんは扉を開き「お嬢様、マオト様が来られております」と告げると、部屋から「いいですか! 貴女は大人しくそこにおられるのですよ!」と、やたら念を押しているフレイアの声が響き渡る。

 なんだか嫌な予感がしてきたぞ……。


 間もなくして扉から、純白の学生服姿のフレイアが出てきた。

 入れ替わる形で徳永さんが部屋へと入って行く。


「お待たせしました、マオト様。お会いできて嬉しいですわ」


 顔を合わせた途端、フレイアは満面の笑みを見せてくる。

 年上だけど相変わらず綺麗で可愛らしい、素直にそう思える美少女だ。


「こんにちは、フレイアさん。今日はよろしく頼むよ」


「ええ、勿論。ちょうど今、言い聞かせていたところですわ……あら野咲さん、ようこそ我が白雪学園にお越し頂きました」


「……フレイアさん、お久しぶりです。お邪魔しています」


「いいえ、こちらこそ。少しの間、マオト様をお借りいたしますね」


「どうしてわたしに断わるのですか?」


 杏奈に問われ、フレイアは瞳を細めて微笑を浮かべる。


「……フフフ貴女だからですよ、野咲さん。ミオさんは一緒に同行してください。他の皆さんは、どうか学園祭を満喫してくださいませ。特に大学の方は高等部と異なりフランクで、屋台や模擬店なども開かれております。退屈しのぎにはなるでしょう」


 マジで!?

 俺、そっちの方が断然いいんだけど!

 っとは口が裂けても言えない。


「では皆、行こう。マオト殿、頼むぞ」


「はい、頑張ります」


 ディアリンドに頼まれ、俺は力強く頷いて見せる。

 【聖刻の盾】にとっても、美夜琵の臨時加入は大きな戦力だからな。

 そこに関しては俺も譲るつもりはない。


「真乙くん、じゃあね」


「うん、杏奈。とっとと用事を終わらせて行くからね」


「……うん、信じているよ」


 うひょ、可愛い……やっぱ彼女は最高だ。

 と俺が惚気ていると、フレイアと美桜から「チッ」と舌打ちが聞こえる。

 いや、フレイアはわかるとして姉ちゃんまで舌打ちは可笑しいだろ?

 俺達のこと応援してくれるんじゃなかったのか!?


 こうして俺と美桜と美夜琵の三人を残して、杏奈と仲間達は行ってしまった。

 去り際に、香帆から「ウチら楽しんで来るから頑張ってね~、マオッチ!」と応援してくれる。


 クソォッ、これまでろくな光景しか見せられてなかっただけに、仲間達の背中が恨めしく思えてしまう。



「マオト様、我が白雪学園は如何でしたか?」


 ふとフレイアが訊いてきた。

 まさか「某国並みの圧政にドン引きっすわ」とは言えない。


「うん、フレイアさんの思想が詰まった、素敵な学園だね」


「真乙! あんた本当、フレイアにはチョロいわね! お姉ちゃん、ガッカリだわ!」


 悪かったな、姉ちゃん。

 これも前周の社畜時代で培った処世術だよ。

 てか、何気に皮肉が含まれていることに気づけよ。


「それは良かったですわぁ。もし当学園に転入希望があれば、是非にお声掛けください。マオト様なら無条件で受け入れますし、学費等は全額免除いたします。宜しければわたくしが毎日送迎に伺いますわ」


「読めたわ、フレイア! 弟を手中に収めるつもりね! そうはいかないんだからぁ!」


「姉ちゃん、落ち着けよ。フレイアさん流の社交辞令っていうか、ただのジョークだろ? いちいち間に受けんなよ……ごめんね、フレイアさん」


「いえ、わたくしもミオさんを揶揄った上なので……けどマオト様のお気持ちがあれば、いつでも受け入れますわ。そこは本気ですの」


 やべぇ……フレイアさん、結構ガチだわ。

 けど無理強いじゃないし、あくまで俺の意志を尊重してくれているのが幸いだ。


「あっ、ははは……今は流石にね」


 物凄く恩のある子だし無下に断れないので、俺は笑って誤魔化してみる。

 その様子に美桜は「はぁ……」と深い溜息を吐いていた。

 仕方ないだろ、姉ちゃん。


「フレイア殿、母上は中にいらっしゃるのですか?」


「あら、貴女が鬼灯さんですね。初めましてですわ。なるほど、ディアリンドにそっくり……ええ、勿論ですわ。本人、相当ゴネてましたけど、マオト様の名前を出した途端、大人しくなりましたわ」


「え? 俺の……どうして?」


「……会えばわかりますわ」


 意味深に言い、フレイアは扉を開いた。

 

 室内は相当広く、超高級ホテルのスイートルームを彷彿させる生徒会室。

 豪華なソファがコの字を描き設置され、高級そうな調度品が幾つも並んでいた。


 奥の窓際には生徒会長のデスクと椅子が置かれており、アンティーク風で如何にも高価な代物だと伺える。

 その椅子には一人の女子高性が座っており、入室した俺達から背を向ける形で窓辺の方を向いていた。

 

「ちょっと、貴女! そこは生徒会長であるわたくしの席ですの! 安易に座らないでくれますぅ!?」


 フレイアが怒鳴りつけると、女子高生は「失礼」と一言告げ、くるりと椅子の座面を反転させた。


「キ、キミは!?」


 目の当たりにした素顔に、俺は驚愕する。


 腰元まで届くほどの長く艶やかな黒髪と黒瞳。すっと通った鼻梁と形のよい桃色の唇。杏奈とフレイアに引けを取らないほどの清楚な美貌。そして大人びた抜群のスタイル。


 俺は彼女に見覚えがあった。いや忘れる筈がない。

 何せ中学の卒業式の日、勇気を出して俺に告白してくれた健気な少女。


 そう。彼女は嘗て俺と同じ中学のクラスメイト。

 三大女神と称えられ誰もが憧れていた、正真正銘の高値の花。

 

「――久住 涼菜さん」


「久しぶりね、幸城君。また雰囲気変わったね?」


 ああ、その台詞……間違いなく久住さんだ。

 そうだ、思い出したぞ。彼女の進学先も白雪学園だった。

 

 でも、


「どうして久住さんがここに?」


「……真乙殿、知り合いだったのか? なら話が早い――彼女がワタシの育ての親、母上だ」


 美夜琵の言葉に、俺は自分の耳を疑う。


「な、なんだって? てことは【風神乱舞】のリーダーで母上勇者って……久住さんだったのか!?」

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