第164話 意外とリア充な先輩達

「ここが白雪学園か……黄昏校とはまるで違うな」


 いや比べるだけ、ウチの高校が可哀想だ。

 姉ちゃんじゃないけど、ガチで漫画に出てきそうな豪華さだ。


 中学から大学まで同じ敷地内に建造されているだけあって相当広い。

 しかも高等部に限っては男女別々の学校なので尚更だ。

 大学も区別するため、かなり離れた場所に建てられている。


 さらにどの建物も風情と赴きを感じつつ最新設備の教育システムと安全のセキュリティを誇っているとか。


 そして肝心の学園祭というと物凄く華やかで、しかし貴族社会っぽくエレガントな社交界という趣で開催されていた。

 品性と品格を重んじているからか、常にクラシックが流れ目立った賑わいもなく、物凄く慎ましい雰囲気だ。


 招かれた家族全員がスーツ姿やドレス、着物などの正装姿が見られている。

 おいおい……俺ら学生服姿だけどいいのか?


 その光景に美桜は「スカしてるわ……フレイアの悪趣味ね」と怪訝の眼差しで見入っている。

 香帆も「ドン引きだねぇ、異世界とやっていること変わらんねぇじゃん」と小声で皮肉っていた


 またそんな中、俺達と同年代風の男子学生がプラカードを掲げながら足並み揃えて広大な敷地内をひたすら行進している。

 その数は30人ほどであり、一つのグループが通りすぎると、また別のグループが同じように前方から歩いてきて通り過ぎて行く。

 それが何パターンも見られ、より奇妙な光景と化していた。


「……なんだ、ありゃ? みんな何を掲げているんだ? デモ行進のように見えるけど……」


「違う、マオト殿。あれは高等部の男子共による己が戒めのため、ああしているのだ」


「戒めって何?」


「あっ!? なんてことだ!」


 突然、ヤッスが声を張り上げる。


「どうした?」


「見ろ、ユッキ……あのプラカードに書かれた内容を」


 ヤッスに言われるがまま、奴の震える指の方向を目で追う。

 先頭を歩くプラカードの内容を見据えた。


 なになに? 『僕は欲情に負けて女子更衣室を覗きました。よってこれは連帯責任です』って書かれているぞ!

 他のプラカードも『男子寮にエロ漫画を隠し持っていた』とか『エッチな動画を観ていました』って内容だ。


「なんじゃ、ありゃ? つーか、どうして行進なんてしてんだ?」


「これも男子生徒達に対する教育の一環だよ、マオト殿」


 驚愕する俺を他所に、ディアリンドがしれっと説明している。


「教育? なんの? てか、あの人達全員が欲情に負けたって言うんですか?」


「いや、あくまで1名だ。その1名の過ちで、クラス全員が学園祭にもかかわらず、ああして行進しているのだよ。連帯責任として、己を戒めるためにな」


「どゆこと?」


「高等部の進学は義務教育を終え、成人とも呼べぬ微妙な時期だ。皆、大人へと成長するため肉体は勿論、精神的にも色々と変化が生じるだろう。特に男子高等部は不埒な考えが起きないよう、ああして教育が徹底されている。個人の罪はクラス全員の罪、ああして皆で一致団結し連帯性を持たせ断罪しているのだ」


 ちなみに発案者はディアリンドだとか。

 とんでもなく傍迷惑な連帯性だと思う。


「いいね、安永ならとっくの前に死刑だね」


「バカかギリCめ! 僕は大抵の女子達をリスペクトしている! 他人に迷惑を掛ける行動など行ったことはないぞ……っといいたいが、エロ漫画とか動画は微妙だ。そこで罰せられるなのなら……ユッキ、ガンさん、ガチですまん」


 何、謝ってんのヤッス?

 お前、そもそも別の高校じゃん。


 どの道、偏差値75のエリート達がやることじゃねぇ。

 まぁこれから厳しい社会への適応するための度胸と柔軟性は身に着くだろうけど。


「――マオト殿、どうだ? 白雪学園は素晴らしいだろ?」


「いや、全然。てか某他国並みの圧政だと思いました、ハイ」


 自分が勤める学園を持ち上げるのは勝手だけど、下手すりゃ問題だと思う。

 どうりで来場者を制限させると思ったら……そりゃ金属探知機で検査されたり、スマホも取り上げられるわな。


 などと考えていると。


「よぉ、マオたん!」


 親し気に誰かが呼んでくる。

 視線を向けると、すらっとしたジャージ姿の男性が歩いてきた。

 片手には竹刀を持っており、ホイッスルを吹きながら男子生徒を誘導している。


 あれ? この人、見たことあるぞ。


「まさか、ギロデウス先輩っすか?」


 そう、盾役タンクの上位職である至高騎士クルセイダーだ。

 互いの職業柄、気づけば先輩と後輩の関係になっていた。


「ああ、そうだ。ここでは『臼谷うすや銀仁ぎんじ』という、男子高等部の体育教師だ。オラァ、スケベ思春期共ォ! 道を外すんじゃねぇ! 足並み揃えろ、コラァ!!!」


 ギロデウスこと臼谷先生は、表情をころっと変えて竹刀を振り回して男子生徒達に怒鳴り散らしている。

 マジかよ……この人。

 冒険者だと気さくで優しい先輩なのに、めちゃ鬼教師と化してるやん。

 てかスケベって……あんたもダンジョンでエロ本拾って罠にハマったり、浴場を覗こうとして逆さ吊りの刑でボコられたクチだよね?


「んなことじゃ、少年から大人に変われねぇぞ! 社会に出たらなぁ……出たらよぉ、理不尽でつれーことばっかでよぉ……いいか、先生のようなパワハラ上司に屈するような大人になるんじゃねーぞ!」


 熱く語りながら涙声になる、臼谷先生。

 なるほど、【氷帝の国】で雑な扱いを受けているだけに、生徒達に同じ轍を踏まないよう教育しているようだ。

 けどそのパワハラ上司こと、フレイアの怒りの原因は全てあんたらのしょーもない行動にあるけどね。


「じゃあな、マオたん。また一緒に探索しよーぜ。後さ……」


「はい?」


「――白雪学園は素晴らしいぞ!」


「……そ、そっすか?」


 なんだ、ギロデウス先輩まで……やたら推してきて。

 どんだけ白雪学園が好きなんだ?

 

 間もなくして、ギロデウス先輩は男子生徒と共に去って行った。


「真乙くん、白雪学園の先生と仲が良いの?」


 杏奈が不思議そうな表情で俺を見つめてくる。

 無理もないか。

 まだディアリンドは妹の美夜琵との繋がりがあるだけ良しとして、ギロデウスとの接点はエリュシオンの冒険者繋がりだけだからな。

 しかも名門高校の教師と、他校の俺なんて通常なら知り合いになる筈がない。


「……まぁね。ちょっとしたサークルでたまたま一緒だったんだ。俺もあの人がここの教師だって今日初めて知って驚いているくらいさ」


「そうなんだ。人の縁ってやつだね」


 杏奈は勘繰ることなく素直に受け止めてくれる。

 純粋な彼女だからこの程度の説明で済んでいるんだろうなぁ。

 けどこんな感じで“帰還者”達と接していくことで、いずれバレるような気がしてくる……。



 しばらく歩いていくと、女子高等部の建物へと入って行く。

 おお、ますます華やかな雰囲気に包まれてきたぞ。

 周囲の女子高生達を眺めながら期待感に胸を膨らませてしまう。


 だけど風土を乱さないためか飲食店はなく、唯一茶道部でお茶と和菓子が貰える程度だ。

 学園際のゲストも芸能人とかロックバンドとかじゃなく、海外から呼び寄せた一流のオーケストラだとか。


 そして通り過ぎる女子生徒達も品格と礼節が備わっており、全員が「ごきげんよう」と挨拶してきて、聞こえる会話もどれも折り目正しい話し方ばかりだ。


 もう少しハイテンションなお祭り騒ぎをイメージしていただけに、招かれたにもかかわらず拍子抜けてしまう。


「……思っていたのと違う」


 つい、そう呟いてしまった。



「やぁ、マオたんじゃないですか?」


「よぉ、マオたん、久しぶりやで」


 廊下を歩いていると、二人の男性に声を掛けられた。


 一人はドクターコートを纏う、坊ちゃん狩りの髪型に眼鏡を掛けた頭の良さそうな大人だ。


 もう一人はすらりと背が高い、品の良さそうな私服姿の兄ちゃんだ。

 褐色肌で彫りが深い顔立ち、ハーフだろうか。


 二人とも見覚えがあり、胸にはフレイアから招待されたカードをカードホルダーに入れて首からぶら下げている。


 ディアリンドから耳元で「あの二人は、ストライザとジェイクだ」と教えられる。

 フレイアの眷属にして【氷帝の国】の幹部である回復術士ヒーラー槍術士ランサーだ。


 なんでもストライザの本名は「須永 来希らいき」といい、伊能市にある大病院の医師で医院長の息子だとか。

 同時に白雪学園の校医として出入りしているらしい。


 ジェイクはみたままのハーフ青年で、本名は「黒澤 ジェイク」と言う。

 母親がパキスタン人で父親が関西出身だけに、その影響で関西弁となったようだ。

 現在は21歳の学生で、白雪学園の大学院生として在籍している。

 なんでも時折フレイアの命令で特別講師として招かれているとか。


 ギロデウス先輩といい……三バカ兄さん達、意外とリア充だったんだな。

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