第163話 謎多き白雪学園

 ――白雪学園。


 それは巨大財閥『不破グループ』が運営する、伊能市の街を一望する小高い丘に広々と建造された、まるで要塞のような学園だ。

 国内屈指の教育機関であり、学問、スポーツ、芸術などあらゆる分野において優れ、何より品性と品格を重んじている。


 また明治時代から設立された由緒ある歴史を誇る名門校で、幼等部から大学までの一貫校であり、特に高等部は偏差値75を誇る伊能市きってのエリート校として知られていた。

 生徒達も将来有望な人材や政財界の大物たちの子息など、富裕層が数多く就学していることで有名だ。



「一生縁のない所だと思っていただけになんか緊張するなぁ……」


 紗月先生が運転するワゴン車に揺られ、俺は何気に口にする。


「お姉ちゃん、一度見学に行ったことがあるけど胡散臭い所よ。まぁ漫画みたいな世界だと思っていいわ」


 美桜がきっぱりと断言する。

 そういや姉ちゃん、中学の三者面談で白雪学園への推薦される話が浮上していたんだ。

 んで実際に見学に行ったら、風土が合わなかったようで「やっぱやーめた」って言って今の黄昏高を選択したという経緯がある。


 にしても漫画みたいな名門校ってどんなのよ?


 美桜はああ言ったものの、他のみんなも俺と同じ感じで「どんなところかな?」と話題となっている。


「まさか、ガチ超名門校の学園祭に行けるなんてね……あそこって誰でも行けるわけじゃないでしょ? そう思うと幸城って凄いね」


 前列のシートで杏奈の隣に座る秋月がひょっこりと顔を覗かせてくる。


「別に俺は……フレイアさんが配慮してくれたからだよ」


 控えめに言ってみる。

 俺がフレイアの名前を出すと、杏奈の雰囲気が一変するからだ。

 

「真乙くん、ありがとう」


 ぱっと見は可愛らしく微笑を浮かべる、杏奈。

 しかし目が笑ってないように思える。

 あの花火大会以来、何かしらの確執が発生してしまっただけに。


 俺は「う、うん……」と頷き、これ以上はフレイアの話題を口にしないよう配慮した。


「マオッチは気に入られているからね~。けど気をつけなよぉ、特に女子高は本来なら男子禁制らしいからねん」


 香帆も後部座席から身を乗り出して忠告してくる。


 そう。

 これから俺達が向かう学園祭は、白雪学園の敷地内にある中等部、高等部、大学が一度に開催する特大イベントだ。

 日頃は厳重に警備されたキャンパスでも、この日だけは一般開放されており地域住民が来訪できるという貴重な催し物である。


 とはいえ誰でも入校できるわけではなく、生徒の親族や学園関係者及び学識経験者、あるいは社会的地位にある者達に限られている。


 特に男子と区別された女子高等部は「秘密の花園」とされ、親族でも父親と祖父以外の男性は立ち入り禁止という超徹底された厳戒態勢らしい。

 当然ながらナンパ目的とした不埒なチャラ男では学園の敷地に入ることは不可能であり、同じ学園の男子生徒ですら難しいとされている。


 唯一可能な手段は、学園全ての実権を握るとされる生徒会長であり実行委員長の「不破 由莉亜」ことフレイアからの招待を受けるのみだ。


 俺は確認のため、制服のポケットから招待状のカードを取り出してみる。

 なんでもこれがないと、すぐ警備員に追い返されてしまうとか。


「ヤッスにガンさん、カードもっているか?」


「勿論だよ、ユッキ。ここで忘れたら人生詰んでしまう並みに貴重な代物だ」


「俺もサッちゃんに直前まで言われたからな……流石に持っているよ」


 事前にフレイアに頼み、二人の分も用意してもらった。

 にしても俺達、他校とはいえ学園祭に行くだけだよね?

 なんだか秘密結社のアジトに赴くみたいなノリなんですけど……。


 俺達男三人は各々が用意したホルダーに招待状カードを入れ、首からぶら下げる。

 そうこうしているうちに、ワゴン車は白雪学園の敷地内へと入った。


「黄昏高の天堂 紗月よ。フレイアに招かれたって言えばわかるかしら?」


「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」


 警備員は丁寧な口調で駐車場まで誘導してくれる。

 総勢200人以上の警備員達は不和グループに関連に属する者で、全員が自衛隊やSPに属していた者が大半だと言う。

 どっかに他国の大統領が演説でもするのかと思えてしまう規模だ。


 ワゴンから降りた俺達は複数の警備員達から金属探知機など当てられ、スマホを没収させられた。

 なんでも一般人による内部の撮影はNGらしい。


「昨今、SNSなどで意図も容易く情報が漏洩されてしまう時代なので我慢してくださいませ」


 やたら慎重な体制だな。

 実はどっかから狙われているのか?


「フレイアが仕切る【氷帝の国】は情報戦が得意とするだけに、そういう面ではストイックなのよ」


「けど『キカンシャ・フォーラム』じゃ、毎度店長ゼファーに侵入されているのが鉄板ネタだけどね~ん」


 そう美桜と香帆が教えてくれる。

 よくわからん話だが一度『掲示板』に参加したガンさんによると、ゼファーはフレイアが悔しがる様子が楽しくて、わざわざ作業班のハッカーに指示して侵入しているらしい。

 だから余計に険悪なのだろう。

 

 警備員から入場許可を貰った俺達は、そのまま正門に案内された。

 五メートル以上の高さはあるであろう、煉瓦調で作られた正門。

 なんだか刑務所のような門構えだ。

 やべぇな、ここ。


「――おっ、皆、待っていたぞ!」


 正門からスーツ姿の女性が駆けつけて来る。

 長い黒髪をハーフアップに結び、褐色肌で大人の女性だ。

 凛として綺麗に整った美人顔、やたらスタイルが良く特に両胸が凄いことになっている。

 もう走る度にバルンバルンと揺れていた。

 随分と親し気に手を振ってくるが、俺は会ったことのない知らない女性だ。


「おっ、ディアリンド殿ではありませんか?」


 ヤッスがいち早く気づく。


「ディアリンドさん? けど銀髪じゃねーし、眼帯もしてねーし、それに狐耳と尻尾もねーじゃん」


「いや、間違いないぞ。ユッキ見ろ、あの見事までに実り揺さぶられた見事なHカップを――この『おっぱいソムリエ』の目に狂いなどある筈がない!」


 何。力説してんの?

 お前こそ見ろよ、女子達がドン引きして、何も知らない筈の秋月でさえ「安永の変態!」ガチギレしてんじゃねーか。


 けど言われてみれば、どこか面影がある女性だ。


「そうか、真乙殿は現実世界こちらの姉上を知らぬのだな?」


 美夜琵が言ってくる。

 妹の彼女が言うのだから間違いないようだ。

 しかし、おっぱいで見破れるヤッスっていったい……。


「お、おはようございます……ここではなんと呼べばいいんですか?」


「うむ、考えてみればこの姿で会うのは初めてだな。現実世界ここでの名は『霧島 伊織いおり』と言う。気軽に伊織先生と呼んでくれ」


「先生? え? ひょっとしてディア、いや伊織さんって、この学園の教師なんですか?」


「ああ、高等部の社会科の教師だ。男女の高等部を兼務で担当している。捕捉として弓道部の顧問だ」


 げっ、マジかよ……眷属達から脳筋とか揶揄されているのに。

 しかも社会科教員って結構難しいと聞いたことあるぞ。


「おはよう、伊織先生(言いづら……)。先生が私達の案内をしてくれるのかしら?」


「ああ、ミオ殿。その通りだ。学園内の見学を交え、あの方・ ・ ・のところまで案内するのが我が役目だ」


「あの方って誰? フレイアのこと?」


「そうだ、リエン殿。この度のマオト殿の礼を兼ねて、ワタシ自ら買って出だのだ。良かったな、美夜琵。姉として応援するからな」


 ディアリンドは言いながら、チラっと美夜琵に視線を向ける。


「姉上……かたじけない」


 どこか他人行儀だが、互いの想いが通じ合っている姉妹。

 以前、聞いた話だと二人は現実世界に帰還してからというもの、まともに会話をしたことがなかったとか。


 理由は、美夜琵が異世界でろくな活躍をしなかったまま災厄周期シーズンを終わらせてしまったことにあり、原因は育ての親である母上勇者による過保護ぶりにある。


 対して姉のディアリンドは【氷帝の国】の副団長として活躍しており、数々の戦いに貢献した武人として名が刻まれた英雄だ。


 それらの差に加えて現実世界でも妹と母上勇者との変わらぬ関係ぶりに、ディアリンドが業を煮やし色々と苦言を呈しているうちに険悪となり疎遠となったとか。

 

 こうして相談を受けた俺達【聖刻の盾】が表立って、美夜琵を臨時加入するよう動いたことで、確執のあった二人の関係は修復されたようだ。


「では案内しょう。皆、どうか学園祭を楽しんでくれ。それと、マオト殿」


「はい、なんっすか?」


「えっと……ああ、そうだそうだ――白雪学園は素晴らしいところだぞ!」


「はい?」


「まぁ、そういうことだ」


 なんだ今の?

 わざわざ俺を名指して言う台詞か?


 ディアリンドの意図がわからないまま、俺達は彼女の案内で正門を潜り学園内へと入って行く。

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