第162話 出発前の打ち合わせ

 週末となり『白雪学園』の学園祭の当日。


 早朝から俺の家では、【聖刻の盾】メンバー全員が学園祭に参加するため合流していた。

 招待してくれたフレイアから、学生服着用するよう言われており相応の格好をしている。

 教師の紗月先生も学校と同様にスーツ姿だった。

 

 そして彼女も同じだ。


「――霧島 美夜琵と申します。どうか改めてよろしくお願いします」


 みんなの前で丁寧に自己紹介してくる、美夜琵。

 林間学校で既に顔を合わせていたが戦闘中だったこともあり、みんなとろくな挨拶をしてなかったことをずっと気にしていた。


「よろしくね、美夜琵ちゃん。いえ、『鬼灯』ちゃんと呼んだ方がいい?」


「いえ、美桜殿。美夜琵で結構です。姉と違い異世界ではそのぅ……あまり未練はありませんので」


「んじゃよろしくねん、ミヤビッチ。そういやディアリンドは異世界に残留したかったって言ってたねぇ……主のフレイアに付き添うため仕方なくって感じ」


「はい、香帆殿。姉も長官として数国を束ねる知事をしていたらしく、民と兵のことが気になっていたとか。それでも武人である以上、生涯を懸けて主に忠誠を尽くすため帰還してきたと聞いております」


 以前、美桜から聞いた異世界話によると、【氷帝の国】の幹部達は占領した各国を収め統治していたとか。

 その範囲は大陸規模の領土を誇り、超大国として栄えさせていたらしい。

 また君主制ではなく共和制を重んじているため、国王ではなく民により選ばれた者が国をまとめていたそうだ。

 けど姉ちゃん曰く「あんなの所詮デキレースよ。実際はフレイアの独壇場でいいようにしていたわ」と語っていた。


「美夜琵ちゃんって、【風神乱舞】に所属しているんだって? 異世界じゃ三連続の災厄周期シーズンをクリアした伝説のパーティよね? 私が過ごした異世界でも語られている伝承サーガとして有名だわ」


「はい、紗月先生殿。ワタシは最後の災厄周期シーズンの最終決戦のみ戦闘に参加しています、が……」


「真乙からある程度聞いているわ。育ての親である勇者の過保護ぶりで、ろくなレベリングができなかったとか。溺愛したい気持ちはわかるけど、同じ勇者として転生者の使命を妨げたら駄目よね」


 姉も俺のこと溺愛してくれるけど、冒険者としては極めてストイックだからな。

 おかげでこうして皆に一目置かれるほど強くなれたし、そこだけは感謝だ。


「はい、美桜殿……まさしくその通りです。ですから本日はどうかよろしくお願いします!」


「わかったわ。私からもガッツンと言ってあげる。万一、戦闘になってもいいように予めゼファーから情報を貰っているわ」


 戦闘になってもいいようにって……俺ら説得しに行くんだぜ?

 喧嘩する気ならついて来るなよな。

 けど気になるワードも出てきたぞ。


「……姉ちゃん、ゼファーさんから何を聞いたの?」


「【風神乱舞】の勇者についてよ。はっきり言ってヤバイ相手ね……その気になればエリュシオンでもトップクラスの冒険者よ。衰退しているって噂は嘘ね」


「え? 美夜琵、そうなのか?」


 俺が訊くと、美夜琵は「うむ、まぁ……」と歯切れの悪い返答をする。


「……確かに母上は強い。その点に関しては今でも健在だろう……いや、若さを取り戻したことで全盛期以上の力かもしれん。だが異世界で頑張った分、現実世界ここでは燃え尽きてしまった部分もある。特に大義のない『奈落アビスダンジョン』の探索に関しては消極的で、常にやる気のない姿勢……眷属達も同様で自分の小遣い稼ぎ程度でしか探索はしようとしない。私に関してはこの有様だ」


「けど、そういう目的で現実世界を謳歌する“帰還者”もいるぞ。【熟練の果実】のコンパチさんなんてオヤジバンドのノリで同世代のパーティを結成しているくらいだ」


「確かに真乙殿の言う通り、そういう生き方もある。そこを否定するつもりはない。だがワタシは上を目指したい……異世界で花を咲かせなかった分尚更だ。だから臨時でもいい【聖刻の盾】に加入したいのだ!」


「……ああ、わかっている。そのために今日、こうしてメンバーのみんなが集まったんだ。必ず俺が説得してみせるよ。あと姉ちゃん、戦闘禁止な」


「わかっているわ……けど、あの勇者相手だとおねえちゃんでも先手を打たないと勝てないわね。だから変な素振りをしたら速攻で仕掛けるから。きっと同席するフレイアも同じように考えているわ」


 え? 姉ちゃんでもそんなこと言うの?

 母上勇者、そんなに強いわけ?

 てか次第に危険人物に思えてきたぞ……。


「ヤ、ヤッスはどう思う?」


「うむ、僕とて実際に目の当たりにしないとテイスティングが不可能だぞ、ユッキ」


 ちげーよ。『おっぱいソムリエ』として聞いたんじゃねぇっーの。

 《看破》スキルに長けた魔法士ソーサラーとして聞いたんじゃねぇか。

 やべぇよ、こいつ。


「……ガンさんはどう思う?」


「ああ、俺も『キカンシャ・フォーラム』でぐぐって調べていたら、その勇者のこと色々と書かれていたのを目にしている。普段は無害な人だが、一度ナンパ目的で絡んできた“帰還者”達を再起不能にして危なく殺めそうになったとか……下手に怒らせると手がつけられないタイプかもしれん」


「うむ、ガンさん殿の言う通りだ。母上は普段は温厚だが豹変すると誰も手がつけられなくなる……娘のワタシが唯一のストッパーと言えるだろう」


「ガチで? は、話し合いは通じるの?」


 なんか今更びびってしまう。

 てか寸前でなんて情報を教えてくるんだよぉ、ガンさん!


 その余計なフラグを立てた、ガンさんは「だが安心しろ!」と珍しくイキリ顔で自分のカバンから何かを取り出して見せてきた。


「こんなこともあろうかと応援幕を作った! これを見ればお母さん勇者も暴走せず、冷静に話し合いを応じてくれるだろう!」


 自信満々に言いながら、大きな布に書かれた文字を見せてくる。


 なになに? 『ラブ&ピース』だって?

 何よ、これ?


 この平和ボケした蛮族戦士バーバリアンめ。

 普段は怯えたチキン野郎の癖に、自分のことじゃないと随分楽観的じゃねぇか?

 んなんで暴走が止められたら、おたくの狂戦士化バーサークだって問題なくなるっつーの。


 しかし仲間内からは好評価だった。


 ヤッスは「マザー勇者に伝わるといいな、ガンさん」と優しくフォローし、香帆から「イワッチはピュアでいいね~」と笑顔を浮かべてきる。

 紗月先生も「王聡くんったら、こういうところが昔から変わってないのよ」と満更でもなさそうで、「真乙の幼稚園児の頃を思い出すわ……」感慨深く浸っていた。


 見た目は筋肉質の大男だが、なまじ少年の心を持っているだけに周囲からの好感度が高い。

 つい邪念を抱いてしまった、俺が恥ずかしくなってきた。

 良かった、ブチギレて口に出さなくて……。


「……サンキュ、ガンさん。俺、頑張るよ、うん」


「ああ、これをユッキに渡そう。腹に巻いて身に着けてくれ」


 え? 掲げるんじゃないの?

 応援幕の意味ねーじゃん!

 ただの傍迷惑な腹巻じゃないか!?


 けどここで拒んだら、俺が冷たい奴だとか思われそうだ。

 仕方ないから受け取ることにする。


「うむ。【聖刻の盾】は団結力も素晴らしい! 是非に加入を望むぞ!」


 いえ、美夜琵さん。

 これは団結力とは言いません。

 サブリーダーとしての気遣いでございます。


 そんな時だ。

 ピンポーンと呼び鈴が鳴る。


 杏奈と秋月だ。

 美夜琵との打ち合わせのため、予め彼女達には少し遅めに来てもらうようお願いしていた。


 俺は玄関に向かい、二人を出迎える。

 杏奈と秋月も黄昏高校の制服姿だ。


「おはよう、二人とも。わざわざ来てくれてありがとう」


「おはよう、真乙くん。お礼を言うのはわたし達の方だと思うけど?」


「え? ああ、そうだね、杏奈……なんか二人を見たらホッとしちゃってね」


 何せ家の中じゃシュールでカオスな展開が繰り広げられていたからな。

 まともな二人を見ていると安心するわ。


「幸城の家に来るの初めてで緊張するわ……ここに生徒会長も住んでいるんだよね?」


「ああ、秋月。俺の姉ちゃんだからな。みんな集まっている。紗月先生のワゴンに乗って行こう」


 こうして俺達【聖刻の盾】+二名の女子は『白雪学園』の学園祭へと赴く。

 そこでもまた、ひと波乱が巻き起こることを知らずに――。

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