第161話 憤る闇勇者の思惑

「その話マジなのか!? インディさん、それで!?」


『ええ、最後の協力者とされるそいつの職種ジョブは、支援役サポーター


支援役サポーター? 確か探索者シーカーと同じように斥候したり、あとは雑用とか担当しながらパーティを支える案内人ナビゲーターみたいな職種だったよな?」


 俺の問いの、スマホ越しでインディは『そうよ』と相槌を打つ。


『そして、その支援役サポーターのスキルは《異次元の輪ディメンション・リング》という特殊空間を作り、あらゆるモノを収納させ好きな場所で引き出すことができる能力よ』


「要は《アイテムボックス》のユニークスキル版ってこと?」


『簡単に言えばね……けど恐ろしいのは物質だけでなく生物も収納できる。つまり人間やモンスターも対象となるわ』


「なんだって!? それじゃ、これまで『奈落アビス』で起こった不可解な現象は……」


『マオトくんの想像通りね。これまで悪魔デーモンやドックスが不意に出現したのは、このスキル能力によるものと判断しているわ……そして今回のガサ入れも含めレイヤが逃亡できたのも、この支援役サポーターの手助けによると踏んでいるのよ』


 なんでも収納可能な特殊空間を作るユニークスキルか。

 そんな奴が渡瀬の仲間として一緒に暗躍していた、そういうことらしい……どうりで、連中はどいつも神出鬼没だったわけだ。

 

 しかし曖昧な部分があるとはいえ、ジーラナウを取り入れたことで、謎だった部分が解明され全貌も見えてきたぞ。

 上手くいけば、邪神メネーラの復活期限前に、渡瀬と協力者達を一網打尽にできるかもしれない。

 それだけでも意味のある司法取引ってやつだ。


「……わかったよ。教えてくれてありがとう、インディさん。また何かわかったら知らせてくれる? 俺も全面協力するから」


『ええ、勿論よ。レイヤ絡みの件に関しては、ゼファーさんからも「マオト君には包み隠さず報告しろ」って指示されているからね』


「ゼファーさんが?」


 そんなに俺のこと買ってくれているのか……なんだか照れちゃうな。


『ええ、【聖刻の盾】は実質、マオトくんを中心で機能しているパーティだからね。弟想いの美桜さんもマオトくんが絡んだ件に関しては首を突っ込まずにはいられないでしょ? ゼファーさんもそれを期待して情報を開示しているのよ』


 まったく酷い言いようだ。

 てか俺を巻き込ませ、姉ちゃんから協力得るよう仕向ける気満々じゃねーか。

 けどお互い利害は一致しているからな……なまじ否定はできない。


 俺は「……わかったよ。それじゃまた」と告げ、インディとのやり取りを終わらせた。



◇◇◇



 時は一日前に遡る。


「――そう、ジーラナウさんが死んだか」


 灘田が住むアパートで身を潜める、闇勇者レイヤこと渡瀬玲矢は落ち着いた口調で理解を示した。

 彼の目の前には、黄昏高校指定ジャージを着用している少女が正座している。


 緩いウェーヴのかかったセミロングの茶髪を二つ結びのおさげにし、小顔には大きめで分厚いレンズの丸眼鏡を掛けていた。

 ぱっと見は地味な身形だが、顔立ちは可愛らしく整った美貌を持つ少女だ。


「……はい、レイヤ様。常に『零課』の行動を先読みし、周到な罠を張っていたのですが……奮闘空しくと言いましょうか。相手が悪すぎたとも言えますが……」


「ミオとゼファー……女神アイリスと親しい間柄だっただけに《限界突破》スキルを持っているからね。現実世界ではレベル70が限界だけど、彼女達は一時的に異世界の限界値であるレベル100まで引き上げることができる。メリリムでも勝てなかったわけさ」


鋼鉄蜂スティール・ビーの《無窮の営巣地インフィニティ・コロニー》が破られたのも痛手でした……いえ、それよりも」


「――幸城 真乙だろ、アンジェリカ?」


 アンジェリカと呼ばれた、丸眼鏡の美少女は首肯する。


「ジーラナウさんは、あの男に斃されたようなものです。実際は『鬼灯ほおずき』によるところですが、あの男さえいなければ用意周到なジーラナウさんが格下相手に負ける筈がありません」


「鬼灯? 確か【風神乱舞】の刀剣術士フェンサーか……そいつのことは、よく知らないけど、勇者と眷属達は極東最強として“帰還者”の間でも有名だね。今はそう称えられてないようだけど」


「はい、その鬼灯を支援しジーラナウさんを追いつめたのは紛れもなく、幸城 真乙と【聖刻の盾】メンバーによるものでしょう」


「……だろうね。幸城君は規格外すぎる」


 レイヤは壁を背に座り込んだまま、フッと微笑む。

 仮にも右腕ポジの仲間で、男女の間にまで発展した闇召喚士ダークサモナーを失ったにもかかわらず何一つ動じていない冷静な態度。


 いや、逆にこの状況を楽しんでいるかのように見える。


「それよりアンジェリカ、ボクの眷属・ ・達はどうしている?」


「はい、陽翔くんも含めて三人・ ・とも頑張ってレベリングに励んでいます。特に陽翔くんは既にユニークスキルに覚醒しています」


「へ~え、木下 陽翔さんだっけ? キミと同じモデル仲間だった……出会った時から、彼は見どころがあったね。他の二人も素質は十分だ……探してくれた、アンジェリカには感謝しているよ」


 レイヤの言葉に、アンジェリカは俯き顔中から耳元まで真っ赤に染めている。

 今にも湯気が沸き上がりそうだ。

 明らかにドックスや他の協力者達とは異なり、彼に服従しつつ好意を寄せている乙女の反応だ。


「い、いえ、レイヤ様のためですから……残り1枠ありますが如何いたしましょう?」


「もう探さなくていいよ。四人いれば十分だろう。悪魔デーモンだって三体もいるわけだし。けど『奈落アビス』でモンスターの捕獲だけは続けてくれ。手駒は多い方がいい……『来るべき日』に向けてのね」


「わかりました。それとレイヤ様……そろそろここから出られた方が良いかと思います。ジーラナウさん、《生贄召喚儀式サクリファイス》の条件を満たすのに、レイヤ様の潜伏場所をゼファーに話したようなので……間もなく『零課』の作業班が、ここに押し掛けて来るかと」


「だろうね。まぁ仕方ないさ。彼女が灘田 楠子とバレてしまった時点で、『零課』にボクの居場所を知られるのは時間の問題だった。寧ろこうして時間を稼いでくれたのは、流石としか言えない……でも」


「でも?」


 真っすぐ瞳を合わせてくるアンジェリカの視線に、レイヤは流すように目を反らした。


「なんでもない。おそらく、ジーラナウさんが知り得る情報はゼファーに漏れるだろう。どのような形かわからないが、吾田さんの例もある……したがって、『来るべき日』までに新たに練り直す必要がある……それまでアンジェリカの協力が必要だ。お願いできるかい?」


「勿論です。もう当初のメンバーは私だけになってしまいました……これからも眷属・ ・として貴方様のために尽力いたしましょう……そう、身も心も」


「……ありがとう。けど、ジーラナウさんとのことを気にしているなら、彼女とは似たような境遇でたまたまそうなっただけだ。それに大人の女性として色々と割り切ってくれたしね」


 アンジェリカも魅力的な女子だが清廉潔白すぎる。

 したがって面倒なことになるだけだと、レイヤは思った。


 そのアンジェリカはお預けをくった子犬のように上目遣いで悲しそうに見つめてくる。

 主に対し従順で健気な様子に、レイヤは深い溜息を吐いた。


「……そうだな。事を成し遂げ異世界に戻ったら時に考えよう。それまでキミにはモデルの『増田ますだ 若葉わかば』として、黄昏高校の学生を同時に続けてほしい」


「わかりました、レイヤ様!」


 主の言葉に、アンジェリカの表情が明るくなる。


「当面の役目は、幸城君達の動向を探ること。けど『零課』が潜入している以上は無理をしなくていい。まぁキミなら、たとえ追い詰められても容易に逃げることが可能だろうけどね」


「わかりました。ギリギリまで情報を集めて参りましょう、全てはご主人様であるレイヤ様のために――《異次元の輪ディメンション・リング》」


 アンジェリカは立ち上がり、何もない箇所に向けて人差し指を翳す。

 指先で大きな円を描くと、群青色ナイトブルーの光を宿した円環となった。

その輪の中央から異空間が発生する。


「さぁ、レイヤ様。新しい拠点へと向かいましょう!」


「まったく頼もしいね、キミは。準備するから先に行っててくれ」


 レイヤはそう指示し、アンジェリカは従順に頷き光の輪の中へと入って行く。

 取り残される形となった、レイヤは立ち上がり玄関まで向かうと灯油が入ったポリタンクを取り出し、部屋中に撒き散らした。


「……ジーラナウさんが何かしらの形で捕らわれているなら、『零課』との司法取引で敵になった可能性がある。そういう意味じゃ、目的を果たした彼女の勝ちかもね……まぁいい。ここまでボクに貢献してくれたんだ。ご褒美として割り切るのも大人・ ・の関係か」


 レイヤは手にしていたライターに火をつけ、床に散らばった灯油に引火させた。

 瞬く間に炎が広がり部屋中を燃やし尽くしていく。


「しかしだ――幸城 真乙! どこまでボクの邪魔をする! 奴だけは必ず殺す! 絶対に杏奈は渡さない!!!」


 初めて露わにした、闇勇者レイヤの激昂。

 炎が蔓延していくのを見定め、彼は光の輪へと入りその姿を消した。

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