第158話 凱旋後の言い訳
戦いを終えた俺とヤッスの二人は、学校のみんなと合流するため避難所へと向かっていた。
そんな中、ヤッスが何気に口を開く。
「……シェルローズ殿か。流石に評価の対象外だな」
「また『おっぱいソムリエ』のテイスティングか? あんな幼い子の目の前でそれをやったらガチで『零課』に捕まるからやめろよ」
とはいえ、やたら俺のこと気に入り「好きになっちゃった」と告白され、しかもデートの約束までしてしまった。
つい可愛らしく懇願されたとはいえ……ヤッスのこと言えないのかなって自責の念に駆られてしまう。
まぁ精神年齢は200歳を越えているとはいえ、見た目は5才児の幼女だ。
どこまで本気で言っていのか怪しい部分もある。
案外インディやゼファーから俺の評判を聞いて揶揄っているだけかもしれないし、いちいち真に受けても振り回されるだけだろう。
ぶっちゃけその手のキャラは、フレイアだけで十分なわけで……。
「おおっ、ユッキとヤッス。無事だったか」
旅館から離れた避難場所で、ガンさんと合流する。
美夜琵は自分のクラスに戻り、他の生徒と待機しているとか。
避難場所は複数のパトカーと警察官が囲んでおり、中心に生徒と教師達、旅館の従業員たちが一箇所で固まっている。
「あの最強メンバーだからね。インディ、いや宮脇先生は?」
「他の先生達と、ジーラナウ……じゃなかった、灘田の行方について相談している。あくまで建前上だけどな」
「どうやって、みんなを誘導したんだ?」
「宮脇先生から『外出中、一緒にいた灘田が突然遭遇した熊に襲われて重傷だ』と触れ回ったんだ。その熊が旅館内に侵入したことにして、こうして皆が避難を強いられたって感じだ。ちなみに俺、先生(インディ)の魔法で変装させられ熊役だったからね……ガチ、演技が大変だったわ」
なるほど、ガンさんなら見た目からして、さぞリアルな大熊だったことだろうぜ。
灘田も熊に襲われ重傷ってことにし、そのまま永久リタイヤ扱いにするって魂胆だな。
流石、『零課』だな……用意周到と言うべきか。
現在、旅館内では地元の猟友会のハンターと警察官が中に入っているとか。
けど、それも『零課』で流したフェイクだ。
各作業班がそれっぽく荒らして、頃合いを見て「熊を退治した」って筋書にするらしい。
その熊の死体役として、またガンさんが呼ばれるそうだ。
「――真乙くん、大丈夫だった!?」
「もう、心配したんだからね!」
杏奈と秋月が駆けつけて来る。
とても心配そうな表情を浮かべながら。
彼女が無事で、俺はホッと胸を撫で下ろした。
「ああ、見ての通りだよ。ごめんね、心配かけて」
「ううん、いいの。ガンさんから逃げ遅れているって聞いたから……わたし、凄く心配で。良かった、無事で」
そっか。それは心配かけて悪かったな。
けど、正直に凶悪なモンスターと
「ガチだよぉ……って、安永が足引っ張ったんでしょ!? 全女子のバスとサイズを記録した、大切な『おっぱい手帳』を紛失したっとか叫んで! 探すのに付き合わされた幸城も大変だったね……ありがとね」
「はぁ!? 何それ! 僕が悪いみたいになってんの!? それになんだ、そのいかがわしい手帳は!? この安永、『おっぱいソムリエ』として、これまでテイスティングした全女子達の記録は全て頭の中に入っているぞ! 見くびるな!!!」
無駄な記憶力と矜持を見せる、ヤッス。
てかブチギレるところ、そこじゃなくね?
「俺はいいよ……どうして、秋月が礼を言うんだ?」
「え? いや、それりゃ同じグループだし、そんな変態でも一応は友達だからね」
俺に問われ、秋月は頬を染めてデレ始める。
少し野暮な質問だったか……所謂、乙女心ってやつだ。
秋月もかなり可愛いし、ヤッスが変態紳士じゃなければ今頃付き合っているんだろうな。
話の元凶である、ガンさんはヤッスに向けて「すまない、ヤッス。他に思いつかなかったんだ」と謝罪している。
「真乙殿にヤッス殿、無事で何よりだ」
美夜琵が柔らかく優しい微笑を浮かべて近づいて来た。
普段は凛として毅然とした、どちらかといえば仏頂面の剣道美少女だけに、クラスの周囲が妙にざわついている。
「……おかげさまでね。後で詳しく話よ」
「うむ、いい経験ができた。今度の週末、楽しみにしている」
「ああ、わかったよ」
週末か……美夜琵を【聖刻の盾】に臨時加入させるため、『白雪学園』で彼女の母上勇者を説得することになっているんだ。
その際、フレイアさんも協力してくれるみたいだしなんとかなるだろう。
美夜琵は「では……これで」と言葉を残し立ち去って行く。
再び周囲、特に憧れている女子達から深い溜息が漏れていた。
「……真乙くん。週末、霧島さんと何か予定があるの?」
杏奈は不安そうな眼差しで訊いてくる。
彼女から詮索する態度を見せるなんて初めてだ。
まさか、俺と美夜琵の関係を疑っているのか?
ここは誤解を生まないよう正直に言うべきだ。
「ああ、一緒に『白雪学園』の文化祭に行く約束をしているんだ。彼女のお姉さんも関係者らしくてね」
実際、姉のディアリンドが現実世界でどんな立場なのか不明だけど、きっと何かしらの形で関与してくるだろうと見込んで言ってみた。
杏奈は「そ、そうなんだ……」と理解を示しつつ、何やら体をもじもじさせている。
何か言いたくても言い出せない様子に見えるのだが?
「――ねぇ、幸城。私と杏奈も一緒に行っていい?」
不意に秋月が訊いてきた。
控えめな杏奈は「音羽、真乙くんに悪いよぉ!」と注意を呼び掛けるが、秋月は「いいじゃん」と開き直り笑っている。
「俺はいいよ。けど、美夜琵と用事もあるから途中で抜けしてしまうけど、それでもいい?」
「オーケー、いいよぉ。ねっ、杏奈」
「う、うん……ありがと、真乙くん」
「ギリCの思惑もわらなくもない。当日は僕も行こう、ユッキのことが心配だからな」
「ヤッスもか? 俺はいいけど、お前は何を心配しているんだ?」
俺の問いに、ヤッスは耳元に顔を近づけて来た。
「――フレイア殿もいるのだろ? 花火大会の件もある……また妙なことにならないよう、僕達でフォローするよ。ガンさんもいいだろ?」
「ああ、勿論だ。しかし、なんか悪の巣窟に飛び込むようでドキドキする……なぁ、美桜さん達も呼んだ方が良くないか?」
何をびびっているのやら。相変わらず無駄な強面のマッチョマンだ。
けどガンさんの言う事も一理ある、
美夜琵の加入は【聖刻の盾】全体に関係することだからな。
案外、パーティ全員で押し掛けた方が、頑固な母上勇者も嫌だとは言えないかもしれない。
それに人数が多い方が、やましいことはないと杏奈も安心してくれるだろう。
「わかった。姉ちゃん達には俺から声を掛けるようにするよ」
「なら、安心だ。おっと、宮脇先生に呼ばれている……すまないが、少し失礼するよ」
ガンさんは自分のスマホ画面をチェックすると足早に去って行った。
これから例の「熊の死体役」を演じなければならないようだ。
心の中で「頑張れ、ガンさん」と応援しておこう。
かくして事態は終息を迎えた。
ジーラナウこと「灘田 楠子」は行方不明として処理される。
失踪期間7年後に死亡扱いとなるだろうと、後に宮脇先生が教えてくれた。
問題の大熊はガンさんが死体役を演じ、猟友会によって輸送されて行く。
遠くから眺めていた俺とヤッスは、正体がガンさんだと知っているだけに合掌し見送った。
ちなみに猟友会メンバーは変装した『零課』の作業班ばかりで構成されていたとか。
担任教師が失踪したという重大な事件もあって、本来ならもう一日あった筈の「林間学校」は中止となり、俺達生徒は明け方に帰宅する羽目となってしまった。
楽しめていただけに、こればかりは仕方ない。
今回は特に疲れたので家で静養しようと思った。
けど新しい装備の性能も試せたし、カンストした敵でも俺達【聖刻の盾】が結束すれば十分に届き勝てると自信になり成果は十分だ。
これから美夜琵が加われることで、より戦力がアップするだろう。
だからなんとしてでも『白雪学園』の文化祭で、母上勇者を説得してみせる。
そして何より、杏奈との仲も変化が生まれたと実感できた。
なんて言うか……もう片足くらい「俺ら付き合ってんじゃね?」って感じ、うふ。
「……よし、まだまだ頑張るぞ! って、そういや結構レベル上がったかな?」
帰りのバスで、うとうとしながらそう思った。
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