第157話 おませな死霊魔術師

 夜陰の中、誰かが近づいてくる。


 闇色の不気味な魔道服ローブを纏う人物だ。

 フードによって顔を隠しているも、全体像から女性のようなシルエット。

 だが随分と可笑しな歩き方をしている。

 やたら左右に体を揺らし、長い丈で辛うじて見える両足は殆ど動いていない。

 寧ろ若干、宙に浮いているような錯覚を抱いてしまう。


 一瞬、その身形から新手の敵かと思い身構えた。


『――『零課』のシェルローズだ。例の死霊魔術師ネクロマンサーだ』


 ゼファーの説明で味方だと知り、俺達は溜息を漏らして安堵する。


 にしても、このシェルローズという女性。

 フード越しで僅かに覗かせる顔立ちは整っており、なかなかの美貌を秘めている。

 だが皮膚に血の気がなく能面のように表情がない。

 おまけに瞬きもせず、なんだか不気味な印象だ。

 職種がそっち系だから、そう見えてしまうのだろうか?


『……主任チーフ。インディより、避難民の誘導は終了したとの報告じゃ。他の鋼鉄蜂スティール・ビーも他の作業班で駆除している最中じゃぞ』


 シェルローズは口籠ったような奇妙な喋り方で状況報告してくる。

 そうか、学校のみんなは無事に避難してくれたのか……果たしてどんな理由で誘導したのか謎だけどな。

 とにかく良かったと思うべきだろう。


『わかった。引き続き警戒態勢を続けるよう伝えろ。それとシェル、お前の《死霊魔法》で、この「魔核石コア」に宿る魂を取り出し捕獲することは可能か?』


『さて……』


 シェルローズは呟くと、いきなりその場に座り込む。

 何故かしおれたように首を傾け項垂れて、全身の力を抜いたような可笑しな体勢だ。

 どこか具合でも悪いのかと勘繰ってしまう。

 

 束の間、シェルローズの背中から小さな人影が現れた。


 ――園児服を着用した幼女だ。


 頭には黄色の通学帽子を被り、長い黒髪を真っすぐ背中まで伸ばしている。

 前髪は綺麗にぱっつんと揃えており、小顔のなんとも愛らしい容姿。

 その前髪の奥にある、大きな瞳がじっと『魔核石コア』を見つめている。

 あどけなく可愛い幼女の筈だが、どこか妖しいオーラを宿しているように思えた。


「な、なんだ……この女の子は?」


 ただならぬ異様な光景に、俺は言葉を詰まらせながら訊いた。


『その幼女が、シェルローズの本体……いや正真正銘の本人だ』


「え!? ほ、本人だって!? じゃあ、あの魔道服ローブの女性は……」


 ゼファーからの衝撃的な説明に、俺は座り込んで微動だにしない女性を凝視する。

 そして何かに気づき始める。


 あれ? これってもしかして……。


「――に、人形だ。間違いないぞ」


「異世界で転生した時の姿だよ、カッコイイおニィちゃん」


 幼女はこちらに視線を向けてくる。

 可愛らしい笑みを浮かべ、年相応の甲高い声ではっきりとそう答えた。


「転生時の姿? シェルローズちゃん? いや、さん? キミ、歳はいくつなんだ?」


「シェルでいいわ。ちゃん呼びはやめてね……5才だよ。わたしのお兄ちゃんとバスに乗っている時に、大きな事故に見舞われてね。異世界むこうでは数えたことないけど、200歳は越えてたかな……」


「200歳!? 超大先輩じゃないっすか!?」


『こいつも俺と同様、魔王軍の重鎮ポジを務めていた“帰還者”だ。幼いながらも事故を起こした人物に憎悪を宿したまま転生条件をクリアしたことで闇堕ち認定されてしまったらしい。だが純粋な心で転生したこともあって転生前の記憶が蘇り、そこからは勇者側に加担して災厄周期シーズンを終わらせたそうだ。現実世界に帰還したことで、転生前の姿に戻されたというわけだ』


「当然、異世界で生きてきた記憶もあるし、レベルや獲得した能力もそのままよ。それからゼファー主任チーフにスカウトされ『零課』に配属されたの」


 少しおませな口調で補足の説明をしてくれる、幼女シェル。

 約200歳以上も俺より長く生きているなら仕方ない

 改めて“帰還者”の大半が複雑な事情を抱えていると理解した。


「じゃあ、この人形は何?」


「言ったでしょ? 異世界で転生した時の姿だって。この姿で『死霊魔導師ネクロマンサーです』と言っても他所からナメられるじゃない。だから異世界当時の姿を模した人形を作ってもらって、『零課』で活動する際はそれっぽく見せているのよ――」


 シェルは再び人形の背後に回り、そのまま抱え始める。


『――したがって本体は「黒子」に撤しておる。「零課」モード時は、こちらのワシに目線を向けて欲しいのじゃ。わかったかの、おニィちゃん?』


 うわっ、面倒くせぇ……急に声色が変わったぞ。

 なんちゃって腹話術ってやつだな。


 俺がドン引く背後で、美桜が「この手の“帰還者”はゴネ始めるとウザいわ。今は茶番に付き合うのよ」と囁いてくる。

 要するに本人のこだわり、あるいはアイデンティティってやつなのか。


『余談はこれまでとしよう。それでシェル、どうなんだ?』


『うむ、主任チーフよ。若干、残留思念は削られておるが、この程度なら復元可能じゃ。それから「魂」に変換し取り出してみせよう』


『そうか、ならいい。後はお前に任せる――これでクエスト達成だ。ジーラナウの魂を捕縛後、キミら【聖刻の盾】に「魔核石コア」を引き渡そう。それでいいな、アゼイリア?』


「どうしてリーダーの美桜ちゃんじゃなく、私に聞くのよ?」


『どうせお前が言い出しっぺだろ? バフォメットとモロクの件は忘れてないぞ』


 ゼファー曰く、両悪魔デーモンの『魔核石コア』と素材を『零課』で回収するとなった際、アゼイリアから催促とカスハラ行為が凄くて酷かったらしい。


 もう先生ってば何してんのよ?

 彼女、紗月先生の時は温厚で優しいのに、鍛冶師スミススィッチが入ると人が変わるところがあるからな……。

 そのゼファーから名指しされたアゼイリアは、「フン!」と鼻を鳴らしてそっぽを向いている。


「じゃ、あとは『零課』に任せても良さそうね。私達は撤収しましょう」


「りょーかい。うぃ~っ、つかれたぁ。また温泉に入りたいよぉ……」


 美桜の呼び掛けに、香帆は両腕を掲げて体を伸ばしている。

 いいなぁ温泉……結局、姉ちゃん達が一番満喫しているじゃないのか?


 などと思っていると、不意に誰かが俺の手を握り引っ張ってきた。

 とても小さな温もり、それは本体こと幼女のシェルローズだ。


「ねぇ、おニィちゃん」


「なんだい、シェル?」


 俺はしゃがみ込み、彼女と目線を合わせる。


「わたしね、頑張って『魂』抜くからご褒美に今度デートしない?」


「は?」


 あまりにも唐突な条件に、俺は大口を開け聞き返してしまう。

 何故、『零課』任務でご褒美を提示され、しかも部外者の俺が幼女とデートしなきゃいけないんだ?


「どうして俺なんだ? そういうの、上司のゼファーさんに頼めばいいんじゃないか? 俺なんかより遥かにイケメン兄さんだぞ?」


「……うん、確かに主任チーフも好みだけど性格がアレでしょ?」


 僅か5才児に「アレ」とか言われてしまう、ゼファー。


「そこはなんとも言えないけど……別に俺でなくても良くね?」


「マオトおニィちゃんだからいいのよ。わたしね、遠くでずっと見てたよ。勇猛果敢でパーティを支える大黒柱。これぞ盾役タンクの鏡だってね。その姿がとてもカッコ良くて……わたし好きになっちゃった」


「え!?」


 初対面でいきなり告られたぞ、俺ッ!

 つい条件反射で、美桜に視線を向けると姉は頬を引くつかせている。

 香帆も平和そうに微笑んでいるも、目が一切笑っていなかった。

 けどなまじ相手は幼稚園児だけに、普段の大人げない逆ギレ的な醜態を晒せないでいる。


「おニィちゃん、だめぇ?」


 シェルローズは大きな瞳を潤ませ懇願してくる。

 クソッ、可愛い……反則じゃねーか。


 まぁ別にこの子となら、どうこうなることはあり得ないだろう。

 俺にも「清花」っていう妹がいることだしな。 

 逆にここで断って駄々こねられても困るというものだ。


「……わかった、いいよ。うん」


「やったーっ、ありがとう!」


 飛び跳ねるくらい、めちゃ喜んでくれる。

 これで良かったのだろうか? 

 少し複雑な気分だが、そう思うことにした。

 それより、俺にロリ疑惑が浮上してしまわないかの方が心配だ。


 シェルローズは嬉しそうに、再び例の人形を抱えて俺の前に翳してくる。


『ではマオト殿、約束は守るのじゃぞ。破ったら《死霊魔法》で呪ってやるぞい』


 やっぱ面倒くせぇ……そのノリ、なんとかなんねーの?

 

 俺は「わかったよ……約束は守るからね」と返答する。


 こうしてクエスト達成し、俺達【聖刻の盾】は解散することになった。

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