第156話 断罪の執行者

 アゼイリアが仕掛けた『魔力装置の拘束針金マナユニット・ワイヤー』で地上に引きずり下ろされ、美桜のユニークスキル《時間反逆タイムリベリオン》で時間を奪われ拘束された、悪魔デーモンメリリム。


 いくら屈強の奴とて、この状況では成す術がない。

 完全に詰んだ状態のチェックメイトだ。


「ここまでお膳立てしたんだから、ゼファーがトドメを刺してよね」


 美桜がぶっきら棒な口調で指示している。


「いっそ、姉ちゃんがやりゃいいんじゃないか?」


「……真乙。《計時器タイマー》発動中は、お姉ちゃん攻撃できないっていう縛りがあるのよ。最初の頃は色々とやりたい放題にできたんだけどね……《時間反逆タイムリベリオン》にスキルが進化したことでそうなっちゃったのよ」


 なるほど、邪神を葬れるほどの力を手に入れたと同時にマイナス部分も生じてしまったというわけか。

 冒険者の職種と同様、なんでも進化させればいいわけじゃないということだ。


『確かに、現状でメリリムを瞬殺できる者は俺しかいないか……いいだろう、少し本気を出す。お前ら離れていろ』


 ゼファーが言うと、美桜は「危ないから離れなさい!」と俺達に指示してくる。

 言われるがまま、その場にいる全員が彼から離れた。


「そういやゼファーさんの戦いってまともに見たことないや」


「はっきり言って魔王より危険よ。現実世界ここじゃ、【氷帝の国】の徳永タイガが最強とか言われているけど、実際はあの男が自分を目立たせないために触れ回っているだけだからね……まぁタイガが強いのは事実だけど」


「ってことは実際のところゼファーさんが最強だと?」


「……さぁ、どうかしら? フレイアもいるからね。お姉ちゃんだってタイマンじゃ負けないわ。とにかく今後の参考のため、見ていて損はない筈よ」


 今の俺にとって雲の上みたいな話に聞こえる。

 でも一流の冒険者を目指す上で知る必要があるのは確かだ。


 俺達が見守る中、ゼファーはメリリムと対峙する。

 残り停止時間は60秒を切っていた。


『――魔剣ダーインスレイヴ』


 ゼファーが右腕を翳すと、掌から生えるように全体を漆黒色に染められた剣が出現する。

 随分と奇妙な形をした大型の剣だ。

 湾刀のように刃が反り曲がっており、なたを彷彿させるほど広く分厚い刀身は血液を模した深紅色の呪文語が刻まれている。そこから模様のように妖しい光輝が放たれていた。

 魔剣と称したことだけあり、不気味で禍々しい邪気を感じる。


 ゼファーは魔剣を両手で握り、姿勢を低くして身構えた。

 臨戦態勢と共に、鎧全身から漆黒色の魔力が放出されていく。

 

 それは大地を揺るがすほどの魔力量だった。

 彼を中心に砂埃と砂塵が舞い、複数の小石が浮き乱れ円を描くように回転している。

 その威圧感プレッシャーは、離れて傍観している俺にさえ届く程だ。


「うおっ、やべぇ……魔力量が凄すぎて空気が歪んで見えるぞ!」


「一時的にレベルのリミッターを解除したのよ。つまりレベル70以上ね……あのオリハルコンの鎧がブーストの役割を果たし、最早MAX越えしている筈よ」


 ていうことは異世界での最高上限であるレベル100を超えているってのか?

 嘘だろ……おい。


 そして滾り練られた魔力は、ゼファーが持つ『魔剣ダーインスレイヴ』の刀身に集中していく。魔力はさらに漲り、ついに臨界点まで達した。


『――《終獄業火の真闇破壊者インフェルノ・ダークネス・スマッシャー》!!!』


 それは前人未到の一撃だった。


 重装甲の鎧を感じさせず、ゼファーは上空に向けて高々と跳躍した。

 メリリムの頭上に超えるほどに飛翔すると、魔剣を掲げて最強の一閃を放つ。

 分厚い刀身から放出された「闇の魔力」は黒炎と化し、身動きが取れないメリリムの巨体を深々と頭部から下腹部へと流れるように刻みつけた。


 さらに斬り裂いた箇所から黒炎が噴出し、瞬く間に全身を包み覆っていく。

 激流のように襲う黒炎により肉体が溶解され、崩壊と爆破を繰り返して塵と化し、メリリムは跡形もなく消滅する。

 最後に巨大な黒曜石に似た『魔核石コア』だけが、唯一の痕跡として地面に突き刺さった。


 とても個人で成しえたとは思えない超オーバーキル。

 その凄まじさ故、メリリムも時間を停止されたとはいえ、己の死すら自覚してなかったのではないか。

 刮目した俺はそう思えてしまった。


「やべぇ……なんて桁外れの破壊力だ。ひょっとして、俺の防御力VITでも簡単に通ってしまうんじゃないか?」


 ついそう思わせるほどの圧倒する破壊力、まさに「地獄の業火」であり「断罪の執行者」だ。


「……伊達に異世界じゃ邪神メネーラに惚れられたお気に入りポジじゃないってところよ」


「え? ゼファーさんが?」


 俺の問いに、美桜は顔を顰めながら頷く。


「まぁ、あいつがイケメンってこともあったけど魔王を凌ぐ強さもあって、魔王の右腕ポジでありながら監視役でもあったそうよ」


 なるほど。

 アニメとかでよくある、「実は魔王でなく黒幕に仕えていましたが、何か?」的なポジか。

 魔王に従ったフリして、裏で黒幕に報告するスパイってやつだろう。


 よくそんな危険人物が、後に正義の心に目覚め勇者側へと寝返り共に戦ったもんだ。

 しかも現実世界じゃ、公安警察の『零課』トップだから余計に複雑だよな。


『……やりすぎたか。まぁ「魔核石コア」が残っていればなんとかなるだろう』


 着地したゼファーは、メリリムが残した唯一の残骸を見つめている。

 そんな黒騎士に、俺と美桜、アゼイリアとヤッスが近づく。


「《計時器タイマー》で停止した状態だからね。クリティカルヒットも発生しやすくなっていた筈よ。逆によく『魔核石コア』が破壊されなかったものだわ」


「噂には聞いていたけど、エグイ強さね……王聡くんがこの場にいたら慄くあまり、間違いなく失禁して気を失っているわ。貴方、味方でいいのよね?」


「……いやもう、我が師匠と思わなければ、SUN値:0で発狂死もんですぞ」


 平然としている美桜とは違い、アゼイリアとヤッスは脅威のあまり身を震わせている。

 ちなみに冒険者のステータスにSUN値は存在しない。


「ゼファーさんてレベルいくつなんですか?」


「それはマオト君でも教えられん。キミの姉さんと腐れ魔女フレイアと然程変わらないとだけ言っておこう。特に俺達三人は現実世界の均衡を崩さないよう、帰還した際にレベルのリミッターを強いられていた……おそらく、女神アイリスと日本政府の仕業だろう。そして別災厄周期シーズンの“帰還者”でもそういった類が何人かいる」


 げぇ、マジかよ……。

 ラノベのように「俺だけ最強」ってノリになるのは程遠いってことか。

 まぁいいや、俺が目指す最強はそこじゃないからな。


 ――俺達【聖刻の盾】が最強になること。


 そのために、ますは『奈落アビスダンジョン』を全制覇してやる。



「おーい、やったねん、ゼファー!」


 真上の夜空から香帆の声が聞こえる。

 俺達は見上げると、彼女はマントを両腕で掴み、風の勢いに乗ってパラグライダーのように滑空して降りてきていた。


 う、嘘やん。

 いったいなんちゅうスキルを持ってんだ、あの先輩。

 彼女も密かになんでもありキャラだよな。

 

 香帆は「よっと」とか言いながら、綺麗に地面へと着地する。

 可愛らしい仕草だけど、何かとツッコミどころが多い。


『俺はトドメを刺しただけだ。全てお前達【聖刻の盾】の偉業があってだろう、協力に感謝する』


「そう思ってくれるなら、メリリムの『魔核石コア』は私達が頂くわ。今、ウチのメンバーの半数以上が金欠なのよ」


 何せ姉ちゃんとアゼイリア以外のメンバーは、みんな億単位の借金をしているからな。

 それでも謎の「パーティ割」で安くしてもらっているし、各装備も超一級品ばかりで文句言えないけどね。


 美桜に頼まれ、ゼファーは鉄仮面越しで『チッ』と軽く舌打ちをした。


『わかった依頼料として、それは提供しよう……だがしばらく「零課」に預けてくれ。その「魔核石コア」には、まだ利用価値がある」


「利用価値って?」


「――闇勇者レイヤの情報だ。ジーラナウは奴の潜伏場所を話してくれたが、あの口振りから、もっと重要な何かを隠しているに違いない。それを聞き出す必要がある」


 え? ゼファーさん、何言ってんの?

 そう思った俺は、姉の隣で身を乗り出した。


「聞き出すって、そのメリリムの『魔核石コア』にですか? それって物質ですよね?まさか人の言葉が話せるとでも?」


『いや、「魔核石コア」はそんなに重要じゃない。重要なのは、まだこいつに宿っているであろう「残留思念」、つまり「魂」だ――そろそろが来る頃だ』


 ゼファーが振り向いた方角に、俺達全員が視線を向ける。


 すると遠くから何者かが徒歩で近づいてきた。

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