第152話 生贄召喚儀式

 瀕死のジーラナウからのカミングアウト。

 その意外な内容に、その場が騒然となる。


 何故なら闇召喚士ダークサモナージーラナウこと、俺の担当教師の灘田 楠子。

 闇堕ちした協力者だけじゃなく、まさか生徒であった、『渡瀬 玲矢』と男女の関係でもあったとは……。


 にしても渡瀬の野郎め。


 さも幼馴染の杏奈にこだわるサイコパスぶっていた癖に、テメェは陰で嘗て教師とイチイャコラしていやがったなんてよぉ。

 しかも灘田とは一回り以上も歳が離れてるじゃん。


 まぁ、精神年齢30歳の俺ならギリいけるけどな。

 それにヤッスじゃないが、灘田は熟女にしては性格さえアレじゃなければ見た目はそこそこだ。


「灘田先生……いくらなんでも、それは不味いわ」


 現実世界の同職者であるアゼイリアは顔を顰め、もろにドン引いている。


「あたし的には恋愛に壁はないと思うけどさぁ。法を犯してまではねん」


「……そうね、香帆。私だって姉として、いつも法の壁は超えないよう配慮しているんだからね」


 姉よ、言いながら何故に俺の方ばかりをチラ見する?


「う~ん、渡瀬め。あんな糞爽やかなツラで、実はこっち側だったとはな……見どころはあると言いたいが流石にエロ漫画じゃあるまいし、リアルでやっちゃ駄目だよなぁ」


 ヤッスの奴、こいつは絶対に『おっぱいソムリエ』としてしか言ってないぞ。

 ブレない姿勢は流石だけど、引くとこそこじゃないよね?


「……ユッキ。もし、もしもだぞ。今の俺とサッちゃんが……そういう関係になったら、やっぱ児童生徒性暴力防止法とやらで捕まってしまうのかなぁ?」


 いや、ガンさんは関係なくね?

 ただ9年間ダブった高校生ってだけで、実年齢は26歳の成人じゃん。

 てかなんで俺に聞くの?


「先程から皆はどうしたのだ? 何をそんなにざわついているんだ? ジーラナウが闇勇者レイヤに捧げたって何をだ? ワタシにはさっぱりわからんのだが……」


 美夜琵だけ首を傾げ、状況を把握できず周囲から浮きまくっている。

 清廉潔白な彼女では理解に及ばない、複雑な男女間の情事だ。

 まぁ世の中、知らない方が幸せだという事もあるだろう。


『マジかよぉ、引くわ~。わーっ、そういうのドラマだけにしてくれよ~。やべぇな、こいつら。もう逮捕だわぁ!』


 そして何故かゼファーさんが一番ドン引きし動揺しまくっている。

 普段は冷静沈着のデキる男なのに、言動からしてチャラくやたらとポンコツに見えるぞ。


「……ゼファーさんって下ネタが苦手なのよ。そこが数少ない、彼の弱点でもあるわ」


 彼の部下であるインディが、俺に耳打ちしてくる。

 そうなのか? 下ネタが弱点な公安警察ってなんなのよ?

 どちらにせよ変な弱点だ。


「は、話……話を続けていいかしら? ぐふっ、砕かれた骨が肺に達して……く、苦しんだけど」


 ジーラナウがか細く弱々しい声で訊いてくる。

 あまりにも衝撃的な事態に、すっかり話が脱線してしまった。


『す、すまない……それで何故裏切れないんだ? そんなに若い男がいいなら、俺が紹介してやる……ヤッス君なんてどうだ?』


「し、師匠ッ! 冗談は、そやつの乳だけにしてくだされ~~~!」


 ゼファーも酷いが、ヤッスのツッコミも最悪だ。

 いつの間に築かれた師弟関係だが、こいつら案外似た者同士かもしれない。


「結構よ……確かに私とレイヤはそういう関係よ。互いの寂しさを埋めるためにね……男女が一緒に暮らしていればそうなるのは必然だわ……ぐふっ」


『……ほう、興味深い。続きを話せ』


 ゼファーの口調が変わる。

 ポンコツキャラから普段通りのキレ者となった。

 

 俺も彼の意図がわかるぞ。


 瀕死状態で意識が朦朧としているのか、ジーラナウは何気にボロを出している。

 こいつは今、「男女が一緒に暮らしていれば」と言った。

 それは、渡瀬の潜伏場所を示していることだ。


 つまり闇勇者レイヤは現在、「灘田楠子の自宅」で匿われ潜伏している――!

 これはかなり重要な情報だ。


「ゼ、ゼファー……貴方、考えているでしょ? 瀕死の私が意識を朦朧として、レイヤにとって不利益な情報を話しているって……ね」


『……まぁな。そこまでわかっているなら、今は無理に話す必要はない。取引きに応じれば、すぐさま怪我を治癒してやるし異世界に送還することを約束しよう。貴様も“帰還者”なら、『零課』のやり方は熟知している筈だ』


「え、ええ……とても魅力的な話。けど遅いわ……私はもうレイヤのモノなのよ。別に男女の話だからじゃないわ……そういう体になっているのよ。だから、私がレイヤを裏切るような言動をした時――それは起動する」


『起動するだと? ひょっとして貴様、レイヤに何かされているのか!?』


「ち、違うわ……自分で術を施したのよ。彼の意志じゃないわ……幸城君、貴方も野咲さんのこと以外で、重要な何かを背負っているみたいね……彼も、レイヤも孤独で寂しい子なのよ。けど貴方の……生徒としての優しさは嬉しかったわ……だから先生ね、レイヤを裏切ったの。幸城君に彼の不利益になる情報を与えてあげる代わりに、命を懸けてレイヤを守るって……そのための、最後の《生贄召喚儀式サクリファイス》よ!」


『《生贄召喚儀式サクリファイス》だと!? まさかこいつ――』


 ゼファーが言いかけた、その時だ。

 突如、ジーラナウが寝そべる地面が眩く発光した。

 奴を中心にした幾何学模様の巨大魔法陣が出現し構築されていく。

 

 魔法陣はダイヤルのように回転し、カチッカチッと何かが組み合わせるように音を立てている。

 まるで封じられたロックを解除しているかのように見えた。


『マズイい!』


 ゼファーは叫び、素早くジーラナウから離れ魔法陣から脱出する。


【――我が命の代償を持って顕現せよ! 偉大なる空の君主にて最凶の悪魔デーモン、その名はメリリム!】


 ジーラナウが精霊語で詠唱した瞬間、魔法陣から眩い光の柱が浮上し天昇する。

 光の中に包まれた、ジーラナウの肉体は崩れ去り粒子状の塵と化し消滅した。


「なんだ!? いったい何が起こっている!?」


「ジーラナウの悪足掻きよ! あの女、最後に自分の肉体を生贄に悪魔デーモンを召喚したんだわ!」


「生贄だって!?」


 美桜の考察に、俺は顔を顰める。


 姉の説明によると《生贄召喚儀式サクリファイス》とは、その名の通りで生物を犠牲にすることで、より巨大で強力なモンスターを召喚させる禁忌魔法に類する秘術の儀式だとか。

 

「おそらくだけど、ジーラナウは自分の体に、例の『密閉水晶玉エアタイトオーブ』を取り込んでいた可能性があるわ……この事態を想定してね」


「この事態って?」


「自分が追い詰められ、手も足も出せなくなった最後の時よ。レイヤの情報をあえて喋ったのは、自害することで引き換えに体内で封じていた悪魔デーモンの封印を解くためだったんだわ」


 美桜が言う『密閉水晶玉エアタイトオーブ』とは、ティムしたモンスターを封じ込める収納用の魔道具だ。

 俺達が使用する便利スキル《アイテムボックス》とは違い、生物を直接封じて携帯して呼び出せるという利点がある。

 ただし封じたモンスター呼び出すのに、いちいち水晶玉オーブを破壊する必要があるという欠点もあった。


 頭の切れるジーラナウは万一の場面を想定し、何かしらの魔法で予め悪魔デーモンが封じられた『密閉水晶玉エアタイトオーブ』を自分の体内に取り込んでいたようだ。

 そして、レイヤの情報を漏らすという「裏切り行為」によって水晶玉オーブが割れて壊されるよう設定されていたと思われる。


 さらに《生贄召喚儀式サクリファイス》によって、召喚されたモンスターにはある特殊効果が宿ると言う――。



 やがて上空に昇っていた光の柱は細い筋状となり消えていく。

 地面に伏していたジーラナウの体も魔法陣と共に消失した。


「……死んじまったのか、ジーラ、いや灘田は?」


『肉体こそ消滅したが死んだとは異なる――マオト君、上空を見ろ!』


 ゼファーに促され、俺は夜空を見上げた。


 すると満月を覆うかのように、とても大きな物体が浮遊している。


 巨大な矛の形をしたサーフボートのような板の上に乗り、騎馬槍ランスを掲げている巨人の姿。


 長い巻髪が宙を漂わせながら頭部全体を覆尽くし素顔がわからない。

 身に纏う鎧は歪な形をした鱗のように見え、その胸部の中心に煌々と紅い光を宿す水晶玉オーブが埋め込まれている。

 水晶玉オーブは縦割れの瞳孔のような何で構成されており、まるで不気味な単眼のようだ。


 まるで見たことのない禍々しい存在。

 なんて恐々しい威圧感プレッシャーだろう。

 見ているだけで発狂しそうになる。


「な、なんだ……アレ? さっきの闇の翼竜ダーク・スカイドラゴンよりデカく、禍々しいぞ?」


『魔王を凌駕する最上位の悪魔デーモン、メリリムだ……ジーラナウめ、現実世界でなんて奴を召喚しやがったんだ』


 あのゼファーでさえ戦慄している。


 魔王を凌駕するだと?

 それほどまでヤバイすぎる悪魔デーモンだって言うのか……。

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