第145話 闇堕ちした教師

 担任教師である灘田は、自らを「ジーラナウ」と名乗り姿を変えた。


 ぱっと見は全身を覆う黒衣を纏う魔法士ソーサラーのように思える。

 ただし、その腰元には分厚い魔導書を携えており、利き手に指揮棒タクトのような魔杖が握られていた。


 これが『闇召喚士ダークサモナー』なのか?

 

 いや、驚くのはそこだけじゃない。

 灘田は人間ではない、別の種族に変貌していた。


 髪の毛が灰色に染まり、全身の皮膚が褐色になっている。

 そして切れ長の瞳は黄金色に染まり、両耳が鋭利な刃物のように尖っていた。

 まるで、香帆の冒険者姿であるエルフ族に似ているが何か違う。


「――ダークエルフか?」


「正解よ、幸城君。けど、現実世界じゃオバちゃんのままだけどね」


 灘田、いやジーラナウの言う通りだった。

 姿形こそダークエルフだが、顔や肌の質感は熟女の『灘田 楠子』のままだ。

 オタクな俺としてはエルフ族って歳を取らず永遠に若々しいイメージだけに、何か無理矢理感は否めない。


「……先生の姿、滑稽でしょ?」


 唖然とする中、ジーラナウが問いかけてきた。

 一瞬自虐ネタかと思ったが、敵とはいえ下手に同調して良いのか迷ってしまうデリケートな部分でもある。

 ここは乗っかって良いか悩みどころだ。


「え? いや……なんっつーか。ヤッス、フォロー頼むわ」


「わかった。先生殿よ、僕的にはその姿も一定数の需要はあると思いますぞ。また『おっぱいソムリエ』として、そのバスト89のEカップは形も崩れず、中々の張り具合。そこは心から敬意を抱いております」


「……よくわからないわ。けどディスられてないってことは伝わったかな。一応、ありがとうって言っておくわね――けどね。先生はこの姿が原因で、クソッタレの現実世界を見限り、闇落ちしてレイヤの仲間になったのよ。そして異世界を滅ぼし新たな世界を創るため、邪神メネーラ様に忠誠を誓ったの……」


「どういう意味だ、灘田先生? いや、ジーラナウって呼ばせてもらうぜ。あんた、確か中学の頃に苛めに遭っていたんだろ? それが原因じゃなのか?」


「幸城君、どこでそれを? あの『零課』の女ね……宮脇 藍紗。わざわざ教師に扮するなんて忌々しい。まぁ、今は関係ないわ。あの頃の連中には完膚なきまで復讐してやったしね」


「じゃ、やっぱり死んだ原因は……あんたが手を下したのか? 異世界の力を使って!」


「少し違うわ。私はきっかけを作っただけよ。召喚したあの子達を使ってね」


 ジーラナウは言いながら、指先を上空から迫ってくる10匹の鋼鉄蜂スティール・ビー達に向けて示している。

 やばい……こいつに気を取られ、《索敵》スキルが怠っていたのか。


 俺達が身構える中、ジーラナウはフッと笑みを零す。


「……安心しなさい。まだ攻撃を仕掛ける気はないわ。まずは互いを知るため、世間話をしましょう。それから、どうするか決めるわ」


「世間話? 今更なんのだ?」


「さっき、幸城君が訊いた問いよ。中学の頃、私を苛めていたクズ生徒と教師は、帰還後に全員復讐を終えているわ。知っての通り。最高の苦痛と死をもってね。けど直接手を下してはいない。召喚したモンスターを使って、仲間割れさせ自滅を図ったり事故や病気を誘発させたりとそんなところよ。直接手を下すと『零課』に悟られるから偶然を装ってさりげなく……こうみても先生、吾田やドックスと違って『ブラックリスト』に載ってないからね」


「異世界で闇堕ちしたんじゃないのか? だって闇召喚士ダークサモナーなんだろ?」


「別に闇堕ちしなくても、闇召喚士ダークサモナーになれるわよ。闇属性魔法の適応力と召喚魔導書を手に入ればね。異世界ではダークエルフという種族性を活かし、長い年月を経て貪欲に強さを追求していたわ。その行きついた先が今の先生ってわけ」


 尚、闇召喚士ダークサモナーは闇属性モンスターの召喚に長けた職種であり、契約内容が記された魔導書を使用することでモンスターを召喚し行使することが可能となる。


「じゃ、ドックスのように魔王仕える中ボスってわけじゃないのか?」


「違う違う。ダークエルフだからって必ず邪悪な存在とは限らないわ。たまたま闇属性に優位な種族ってだけよ……少し長話になるけどいいかしら?」


「だったら上空の蜂をなんとかしてくれよ。他の蜂共を集める時間稼ぎじゃないかって勘ぐっちまうぜ」


「この子達は私の護衛役よ。旅館の敷地内に、300匹の鋼鉄の蜂スティール・ビーを召喚しているけど、貴方達が察している通り《無窮の営巣地インフィニティ・コロニー》で結界柱として陣取るのが精一杯ってところね。だから流石にこれ以上、失いわけにはいかないわ。その為に、せっかく欺いていた正体を明かしたのよ……今結界が解かれたら、刻の勇者タイム・ブレイヴとゼファーが来ちゃうでしょ?」


 こいつ、たった一人で300匹も召喚しているだと!?

 いつからだ……あの空白の30分間か!?

 これほどの大仕掛けを短時間でやり遂げたのか!?


 しかしだ。

 ジーラナウの話を察するに、俺達が奴の想定よりあっさりと鋼鉄の蜂スティール・ビーを斃せる実力があると理解し、ああして自ら正体を明かしたようだ。

 結界が破られたら、美桜とゼファー達が侵入してくる。

 おそらくジーラナウにとって、そっちの方がデメリットだと判断したんだろう。


 どちらにせよ、とんでもない実力を秘めてやがる。


「……ダークエルフの女で闇召喚士サモナーか。異世界で幼少期の頃、母上から『おとぎ話』として聞いたことがある」


 ふと、美夜琵が呟いてきた


「おとぎ話?」


「う、うむ……冒険者間で広まった伝承みたいなものかもしれない。『その者、ひたすら強大な力を欲し世界中を放浪する、女ダークエルフにして最強の闇召喚士サモナー。但し国を救う善にもなれば、国を亡ぼす悪にもなる』と……だから極力関わるなという都市伝説めいた言い伝えだ」


「ああ、それ、もろ私のことね。異世界じゃ542歳だったし、かれこれ5回ほど災厄周期シーズンを迎えたからね。基本、魔王軍は無視したけど気に食わなければカチ合うこともあったわ。それは国に対しても同じよ」


 しれっとジーラナウは語ると、異世界での身に上を話してきた。



 中学の頃「灘田 楠子」は電車のホームで誰かに突き飛ばされ死亡し、異世界へと転生する。

 突き飛ばした奴は同級生で苛めていた女子グループのようだが、先の話通り既に復讐を果たし終えていると言う。

 

 異世界ではダークエルフとして転生されるも、魔王戦には極力参加しなかったそうだ。

 だが現実世界の忌まわしき教訓もあり、強さを極めることに貪欲な姿勢であったとか。

 本人が言うようにエルフ族ならではの長寿を活かし、様々な高スキルと魔法を習得しては極め、最終的には禁断の秘術に手を染めたことで闇召喚士ダークサモナーとなった。

 

 その能力は嘗て誰も成しえなかった至高の域に達し、別次元の高位な悪魔デーモンを召喚し行使させるほどまでとなる。



「――やっぱり悪魔デーモンを召喚して、渡瀬にティムさせていたのは、全てテメェの仕業だったのか!? 楠田ぁぁぁ!!!?」


「幸城君ッ! 今、先生が話しているのよ! 話の途中でチャチャ入れるのはよくないでしょ!? おまけに担任教師を呼び捨てにするなんて内申点に書くわよ!」


「す、すんません……つい。話続けてもらえます?」


 あれ? なんで俺が謝ってんの?

 こいつ担任だけど、俺達の敵だよね?

 なまじ先生で知った顔だけに調子が狂っちまう……。


 一方のジーラナウは「もう!」と愚痴り咳払いをして話を続ける。


 そのような姿勢を貫き、ジーラナウは闇堕ちすることなく長き年月を経てひたすらレベリングして強さを追求していた。

 時に冒険者として活動することもあり、依頼内容やきっかけによっては魔王軍から国を救い、偏見や悪政など気に入らなければ滅ぼすこともあったそうだ、


 その善にも悪にもなる姿勢はいつしか伝承となり、やがて異世界の神々からも一目置かれる存在となる。

 特に高位の悪魔デーモンを召喚できる能力から、「次期魔王」扱いとして危惧されつつあった。


 そこで導きの女神アイリスが、五度目の災厄周期シーズンが終えたと同時にジーラナウを現実世界に強制帰還させたようだ。


 当然、ジーラナウは納得していない。

 いや、する筈もないまま現在に至っている――。


「幸城君、先生はね、強制的に現実世界に戻されたことで闇堕ちしたのよ。理由は吾田と変わらないわ。彼は帰還されたことで不死でなくなったように、私はエルフ族として永遠の若さと奪われた……こうして歳を取り続け老け込んでしまう。それがどんなに苦痛と屈辱なのか、若い貴方達にはわからないでしょ?」


 いや、ちょっとだけわかる。

 俺もタイムリープした身だし、精神年齢は30歳で社畜人生だった。

 だから今の時代で悔いを残さないよう一生懸命頑張っているつもりだ。


 灘田……ジーラナウの場合その逆なんだろう。

 だから、教師の癖に物憂げで常に投げやりな態度だったのか。

 

 しかしだ。


「先生よぉ、だからって闇堕ちして何になるんだ!? ましてや自分の生徒を……杏奈を邪神の生贄にするとか正気の沙汰じゃねぇだろ!?」


「……確かに野咲さんには恨みはない。そこは申し訳ない気持ちはあるわ。けど仕方ないのよ――レイヤが、彼が決めたことだからね」

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