第142話 不可解な担任教師

「クマァァァァァ――……」


 ビックベアの絶叫。

 菫青色アオハライトの『魔核石コア』だけを残し、奴の巨漢は消滅した。

 なんだか凶悪そうな見た目とは裏腹に、鳴き声だけは最後まで可愛かったな。


 美夜琵は呼吸を整え、刀剣を鞘に納める。

 同時に身に纏う装備が解除され、元の指定ジャージ姿に戻った。


 俺とガンさんは彼女の下へと駆けつける。


「レベル42相手にワンキルとは凄いな……いったいどんな攻撃力ATKなんだ? その刀に秘密があるのかい?」


 俺の問いに、美夜琵は回収した『魔核石コア』を拾い、自分の《アイテムボックス》に収納して振り返る。


「……少し違う。正確には、ワタシのユニークスキルだ」


「ユニークスキル?」


「ああ、間合いにいる敵に対し必ずクリティカルヒットを与える能力だ。だから多少のレベル差があろうと、ワンキル可能なモンスターもいる。今のビックベアも《鏡映》で隙を見せてくれたから、その分よりダメージへと反映されたという感じだ」


 なんだかヤバそうなスキル能力だ。

 ひょっとして相手の防御力VIT関係なくダメージ与えられる系か?

 だったら俺でも危ねぇってことじゃん。


「……凄ぇな。そんな強力なユニークスキルを持っていのに、どうして異世界で活躍できなかったんだ?」


「全て母上のせいだ」


「あっ、ごめん……そうだったな、うん」


 育ての親である母上勇者の過保護ぶりのせいで、ろくに戦うことなく災厄周期シーズンを終えたんだっけな。

 んで、こっそりソロで腕を磨いてたんだっけ。

 しかし、それだけでここまで強くなれるとは大した才能だ。

 明らかに宝の持ち腐れ感が半端ない。


 しかし、【聖刻の盾】にとっては朗報だ。

 今後、彼女をパーティに加えれば即戦力は間違いない。

 最初はポンコツ疑惑があったけど、この戦いで見事に払拭されたな。

 

「だがユッキ……今のビックベアはなんだったんだ? 明らかに隠しダンジョンから出現するモンスターじゃないぞ」


 ガンさんの問いに、俺も同調して頷く。

 確かに心霊スポットや廃墟のダンジョンで出現するモンスターは低級ばかりだ。

 あんなの「下界層」レベルの奴だぞ。


 まさか、また『渡瀬 玲矢』か?

 以前のように奴が『奈落アビスダンジョン』からモンスターをさらって放ったのか?


 しかし、どうやって?

 あのビックベアは不意に現れた感じがした。

 悪魔調教師デビルテイマーの奴ならモンスターを飼いならし操ることはできるが、任意の場所で出現させることは不可能な筈だ。

 渡瀬の仲間で瞬間移動のスキルを持つ奴がいるのか?


「……考えられるとしたら、召喚術士サモナーの仕業かもしれん」


 美夜琵が形の良い眉を顰め呟いた。


召喚術士サモナーって……確かモンスターを召喚する職業だよな?」


「そうだ、真乙殿。ワタシの記憶だと、精霊術士エレメンタラーのように契約したモンスターを魔導書に封じて好きな時に呼び出せる行使する能力を持つ。召喚術士サモナーなら、自在にモンスターを出現させ操ることができるだろう」


「だとしたら、そいつが近くにいるってことだよな? 最低でも数百メートル範囲……まさか、灘田が?」


「灘田? まさか、真乙殿のクラスの担任教師か!?」


「ああ、そうか……美夜琵にはそこまで詳しく説明してなかったよな。実は――」


 俺は美夜琵にこれまでの経緯と今回の作戦について説明した。

 彼女は聞き入り、拳を握りしめ力強く首肯する。


「……そうか。野咲殿が邪神メネーラの生贄に……許せんな、そのレイヤという男。加担する連中も含めてな」


「美夜琵なら正義感強そうだし、そう言ってくれると信じていたよ。てか、ディアリンドさんから聞いてないのか?」


「いや、姉上とは帰還してからあまり口を聞いてない。あのような性格だからな……事あるごとにワタシを無理矢理【氷帝の国】へ入れようとしたが、その度に激しく拒み喧嘩へと発展してしまった。互いに一歩も譲らない性格故、仕方ないことだ」


「けどディアリンドさんは凄く心配はしてたぞ。だから俺に相談してくれたんだ」


「うむ、だがワタシにも人付き合いがある……母上はあんなだが見捨てることはできぬ。大切に育ててくれたことには変わらぬからな。だから嬉しかった」


「嬉しい?」


「ああ、真乙殿が一緒に説得してくれると言ってくれた時だ。それまで誰もワタシの気持など考えてくれなかったからな……」


 そう言う美夜琵は頬を染めて照れ臭そうに微笑む。

 いつも毅然とした凛々しく大人びた美人顔と異なる、年頃で可愛らしく思えた。

 

「……そうだったのか。俺としてはキミとこうして出会えてラッキーだけどな。話を戻すけど灘田の件、改めてキミにも協力してほしいんだ」


「ああ。今晩、『零課』の宮脇先生と共に尋問する件だな。相分かった、妙な真似をしたら速攻で斬り捨ててやる」


「……灘田がガチの協力者だったらね。潔白でそれやったら、『零課』に粛正されるからな」


 やっぱり、腕は立つけどちょっとポンコツだ。

 そういや姉のディアリンドもズレたところあったな。

 この子が暴走しないように気をつけよっと……。


 それからしばらく、《索敵》スキルを展開するがモンスターが現れる気配はない。

 結局あのビックベアはなんだったのかわからずじまいだ。


 美夜琵の言う、召喚術士サモナーが犯人だとしたら何故あの一匹だけなのか引っ掛かる。

 そいつにとってイレギュラーであろう、美夜琵の強さにびびってしまったのか。

 あるいは他に意図があるのかはわからない。


「よし、次の攻撃もなさそうだし旅館に戻るか――ん?」


 ふとスマホの着信音が鳴る。

 宮脇先生ことインディからだ。すかさず応答に出る。


「はい、真乙です」


『マオトくん。話はヤッスくんから聞いたわ、大丈夫?』


「ええ、問題ないっすよ。美夜琵が一人で片付けちゃいました」


『美夜琵? ああ、話していた【風神乱舞】の子ね。ディアリンドさんの妹さん』


「風神乱舞? 何、その暴走族みたいなの?」


「ワタシが所属するパーティ名だ、真乙殿」


 横から美夜琵が答えている。

 へ~え。結構カッコイイ、パーティ名だな。

 過保護な母上勇者が指揮っているから、もう少しファンシーで可愛いやつかと思ったわ。


『とにかく無事で良かったわ。けど、こっちも不可解なことが起きてね』


「不可解?」


『ええ、いつの間にか灘田先生がいなくなっていたのよ……生徒達が体験実習に行ってから間もなくしてからよ。30分くらいで戻ってきたけど、何をしていたのか聞いてもはぐらかせれるばかりで応えてくれないのよ』


「なんだって……それじゃ今襲ってきた、ビックベアは灘田がけ仕掛けてきた可能性もあるってことか」


 俺達の体験実習時間は道程を合わせて約二時間くらいだけどな。

 普通の人間なら30分程度で戻ってきた灘田が何か仕掛ける時間はないと考えられるだろう。

 けど奴が“帰還者”であれば話は別だ。

 スキルや魔法を使えばどうとでもなる。


『そうね……にしては、真乙くんらの攻撃が中途半端な気がする。何か別の思惑があるのかもしれない。気を抜いちゃ駄目よ』


「うん、わかった。俺も似たような違和感があったし……どの道、夜まで様子を見るしかないね」


『ええ。夜にはゼファーさんともう一人の「作業班」も到着するわ。美桜さん達と合流してこちらに来る手筈よ。それまで普通にしていた方が無難ね。それじゃ、また後で』


 もう一人の作業班か……『死霊魔術師ネクロマンサー』だっけな。

 全員揃えば、たとえ灘田が何か仕掛けようと何も怖くない。

 ガチで渡瀬の協力者なら、フルボッコだ。


 こうして宮脇先生と応答を終え、俺達は旅館へと戻る

 ヤッス達と合流すると、秋月も気分が良くなったと笑っていた。


「真乙くん、大学生の人達どうだった?」


 杏奈がどこか不安そうな表情で訊いてくる。

 ちなみに美夜琵は自分のクラスに戻っていた。


「ああ、みんな大丈夫だったよ。一応、美夜琵は謝っていたけどね」


「……そう。ご飯、食べに行こ」


 杏奈はにっこりと微笑み、俺の手を握り腕を引っ張ってくる。

 うほっ! 今日はやたらと積極的じゃね!?


 クソォ! 灘田の件さえなけりゃ、杏奈と二人っきりになって告白しているってのによぉ!


 肝心の灘田は相変わらず気だるそうな態度でタバコを吹かしている。

 空白の30分から常に宮脇先生の視界内にいるとか。



 そして宴会場で、夕食を食べる俺達。

 古びた旅館の割には豪華な食事内容で舌鼓を打つ。

 食後は入浴してからの就寝となる。


 そう、通常の生徒達はだ。


「――よし、時間だぞ」


 俺とヤッスとガンさんは、こっそり部屋から抜け出し指定場所へと向かう。


 ここからは冒険者の時間だ。

 いよいよだぞ、灘田。


 俺達でお前の正体を暴いてやるからな。

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