第140話 ポンコツ刀剣術士《フェンサー》

「――ジーラナウさん、確か明日から林間学校でしたね?」


 前日に遡り、闇勇者レイヤが潜伏する古びたアパート。

 声を掛けられた熟女ことジーラナウは面倒くさそうに頷いて見せた。


「ええ……気が乗らないけどね。しばらくは教師を演じるしかないわ。『来るべき日』に向けてね」


「気をつけた方がいい――『零課』が動くみたいですよ」


 レイヤは言いながら、スマホの画面を見せてきた。

 メールの内容に、ジーラナウは眉を顰める。


「……宮脇 藍紗。やっぱり、あの女がネズミね。ゼファーまで紛れていたとは、クソッ!」


「差出人から『先生をハメるなら林間学校の可能性が高い』、そう書かれています。幸城君も同行していますし、きっと姉の美桜達も学校を休んで近くで潜伏している筈です」


「……この情報提供してくれている差出人って、例の新しい『眷属』の子?」


「ええ、まだレベリング中ですが真っ先にユニークスキルを覚醒させた優秀な子です」


「確か『占星術士アストロジスト』だっけ? 太陽と月、星々といった天文学の知識であらゆる未来を知る能力があり、それらを応用し奇跡を起こす『占星魔法』を行使する異世界でもレアな職業……アンジェリカ、よく見つけたわ」


「アンジェリカは優秀ですよ。だからボクの眷属にしたんだ。けどジーラナウさんも大切な人です。ヒモ・ ・として何かあったら目も当てられない」


「フフフ、ありがと。そう言ってくれるのはこの世で貴方だけよ、レイヤ。けどちゃんと手は打ってあるわ……必ず奴らに地獄を見せてやるんだから」


 不敵に笑みを零すジーラナウに、レイヤは双眸を細め嬉しそうに見入っている。


「まぁ吾田さんとドックスさん違い、ジーラナウさんは聡明ですからね。大丈夫だと思いますが、念のため僕が育てた『あの子』を譲ります……貴女が召喚してくれた悪魔デーモンですが、些か凶暴に育てすぎてしまいました。なので操れるよう、《想起破滅リコールベイン》を施しておきます」


「ありがとう、感謝するわ」


「それじゃ気をつけて行ってください――ボクの灘田先生・ ・ ・ ・



◇◇◇



「灘田先生、灘田先生ってば!」


 いつまでも上の空である担任教師の灘田を宮脇先生が呼んでいる。

 物思いに耽ていたのか、ようやく気づいた灘田は「え?」という表情を見せた。


「何んですか、宮脇先生?」


「何ですかじゃないですよ! こうして生徒達が集まったんだから、担任として実習内容を説明してください! 既に班ごとに分かれていますからね!」


「わかりました……(面倒くさ)」


 灘田は気だるそうに俺達の前に立つ。


「あーっ、それではこれから体験実習に入ります。班を決める際、予め何を体験するか決めていますね。選択した実習にそって各班は現地に赴いてください。地元の方々も待機していますので、彼らの指示にしたがってください。夕方には戻ること。はい、解散」


 伝えることだけ言い、灘田は手を叩いて「早く散って」と促してくる。

 こいつ俺達生徒をなんだと思ってんだ?

 

 そんな適当な糞教師を他所に、俺はちらりと宮脇先生に視線を向ける。

 宮脇先生ことインディは力強い眼差しで頷く。


 ――作戦の決行は、夜の就寝前。

 指定場所に灘田を誘い、“帰還者”であるか尋問すること。


 今のところ《鑑定眼》で調査リサーチした限り、灘田は一般人であるが高レベルの“帰還者”であれば《偽装》スキルを施し偽っている可能性もある。


 なので、まずは《看破》スキルを持つヤッスに奴の嘘を見破らせる算段だ。

 ただし何かしらの制御系プロテクトスキルにより困難な場合、ゼファーが連れて来る『零課』の作業班が対応する手順となる。


 その『作業班』も“帰還者”で、死霊魔術師ネクロマンサーだとか。

 死霊魔術師ネクロマンサーは、死者の肉体や霊を用いた「口寄せ」など交信させる「死者降霊術ネクロマンシー」を得意とする職業だ。

 なんでも、前回の『奈落アビスダンジョン』の探索で始末された「ドックス」の魂を呼び寄せ、灘田が渡瀬と繋がりがあるか直接聞き出すことができるらしい。


 その時に灘田が「黒」であればその場で拘束し、「吾田 無道」のように頭を解体して脳だけ取り出して新たな情報を引き出させるようだ。

 また「白」であれば、その場で謝罪してゼファーのスキルで記憶を消去させると言う。


 どちらにせよ、人道を無視した超エグイことに変わりない。

 一応、『零課』って正義の味方でいいんだよな?


 ちなみに灘田の尋問を夜にしたかっと言うと、それまで姉ちゃん達が温泉や旅館の施設内を満喫しているからだ。

 学校休んでいる癖にいいご身分じゃね? まぁ文句言えないけど。



 それから俺達は選択した体験実習を行うため、現地へと向かった。

 川沿いに、三艘の大型の手漕ぎボートが設置されている。

 

 端艇ことカッターボートだ。

 全長9mほどあり最大定員は45名であり、基本は漕ぎ手12名と艇指揮1名、船長1名と計14名で運用する手漕ぎ船である。


 ボートの近くには、褐色肌で両腕が逞しい現地の大学生達が待っていた。

 彼らはカッター部で、素人の俺達を安全にサポート兼ナビゲーターしてくれる人達だ。


 大学生達は俺達に向かって、爽やかに手を振っていた。

 全員が色黒なだけに、やたら前歯が白くキラリと光っている。


「きゃ、杏奈! 全員カッコよくない!?」


 ミーハーな秋月は真っ先に声を上げる。


「そうかな? 話してみないと人の内面までわかんないよ」


 決して流されず自分の価値観を貫く、杏奈。

 彼女のこういう部分がガチで大好きだ。


「チッ。ギリCめ、まったく成長してないんじゃないか?」


「何よ、安永! あんたにだけは死んでも言われたくないんだけど! あとギリC言うな!」


 第三者の俺としてはどっちもどっちだな。


「おおっ、真乙殿ではないか?」


 先に着いていた、美夜琵が声を掛けてくる。

 どうやら彼女も同じ科目を選択したようだ。


「随分と奇遇だね。それに同じボートに乗るみたいだな」


「うむ。後の科目は、農場体験にハイキングだからな。ここなら鍛錬にもなると思って選択したのだ。どうかよろしく、頼む」


「ああ、こちらこそ」


 俺がそう言った直後、美夜琵は近づきそっと耳打ちしてくる。


「……あと、メールの件は了解した。まさか、このような時にクエストとは……些か緊張するが、キミ達の足を引っ張らないよう尽力しよう」


 美夜琵が言う「メールの件」とは、例の灘田を尋問する件だ。

 まだ詳細こそ伝えてないが、これから【聖刻の盾】として臨時加入する上で実力を見定めるために、クエストとして協力を呼びかけた。


 俺は頷くと、美夜琵は「では、また」と囁き離れていく。

 親密に見えたのか、若干妙な空気が周囲に流れている。

 あのぅ、変な誤解しないでほしんですけど。


 その時、ぎゅっと誰かが俺の手を握ってくる。

 なんと杏奈だった。


「……真乙くん、一緒にボートに乗ろ?」


「うん、いいよ」


 不意だったのでつい驚いてしまったが、他の生徒達がいる前で杏奈から手を握ってくれるなんてなんだか嬉しい。

 まるで「彼女アピール」されているみたいじゃないか。


 てか握る手が強い気が……まさか焼き餅焼いてくれてる?

 いや、それこそまさかだ。


 それから俺達は指導員の指示に従い、カッターボートに乗り込む。


 簡単な説明を受け、長く重いオールを三人一組で漕ぐことになる。

 俺は杏奈と秋月の三人で漕いでいた。

 後ろにはガンさんとヤッス、他の班の生徒が担っている。


「おい! 左舷、船体が流れているぞ! 学生さんが乗っているんだから、しっかり呼吸を合わせろ!」


 艇首の艇指揮が叫ぶ。

 左舷とは船体から左側のことを言い、俺達は右舷こと右側で漕いでいる。

 つまり逆側を意味した。


「合わせていますよ! 誰だ、めっちゃくちゃ力入れ漕いでいるのは!?」


 やたら左舷側が騒がしい。

 気づけば俺達が乗るボートだけ、ひたすら左側へと向かい船体が回転していた。


「このオールって結構な重量だよな? ガンさんみたいなマッチョキャラが左側にいるってのか?」


 俺が何気に呟いていると、後ろでヤッスが「ああ!?」と叫んだ。


「どうした、ヤッス? また下ネタか?」


「違う、ユッキ! 隣を見ろ……美夜琵殿が」


 そう言われ、俺は視線を向ける。

 すると、


「うぉぉぉぉおお、根性ぉぉぉぉぉぉ!!!」


 美夜琵が叫び、一人でオールを漕いでいた。

 しかも、やたらブンブンと高速回転させている。

 一緒に組んでいた生徒は、その勢いについていけず両手を上げて唖然としていた。

 

 そのせいで、ボートは一向に前に進まず、ひたすらグルグルと回転し続けている。

 やべぇ……とんでもないハイパワーだ。

 流石はレベル39の刀剣術士フェンサー、恐るべしだな。


 ――って、そうじゃねーよ!

 

「美夜琵、落ち着け! みんなに合わせろよ!」


 俺が大声で注意を呼び掛けると、美夜琵は「ん? ああ、そうか」と落ち着き漕ぐ手を休めた。


 な、何この子……実はポンコツ!?

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