第138話 剣道少女の事情

 予め理科室の鍵は、紗月先生に頼み開けてもらっている。

 放課後なこともあり、今は貸し切り状態だ。


 そして理科室に入ると、早々に俺は美夜琵と向き合った。


「――霧島さん。お姉さんのディアリンドさんから話を聞いていると言ってたよね? なら率直に訊くけど、俺達【聖刻の盾】に加入する気ない?」


「すまないがワタシは既に他の者達とパーティを組んでいる……」


「ああ、それは聞いてるよ。少し言い方が悪かったかもしれないか……要はレベリング目的の臨時加入って形でどうだい? ただし『下界層』や『深淵層』の探索は、いちメンバーとして一緒にアタックしてもらうことになるけど」


 恩義のあるディアリンドの妹さんとはいえ、俺達も慈善事業じゃないからな。

 本来の目的である『奈落アビスダンジョン』制覇のため、パーティの頭数になってもらう。

 それが条件での臨時加入の話だ。


 俺の誘いに、美夜琵は瞳を反らし首肯する。


「……ワタシも【聖刻の国】の評判は聞いている。特に幸城殿……キミはエリュシオンでは話題の冒険者だ。そして他のパーティ達も優秀で少数ながら『下界層』まで到達して偉業を成し遂げた猛者ばかりだとか。そんなパーティから加入の誘いを受け、光栄でありとても魅力的な話と思う……だがしかし」


「しかし?」


「……すまない。ワタシの一存では決められない部分もある。少し返答を待ってくれると有難い」


「いいけど、一応理由を聞いておくかな」


「う、うむ……今組んでいるパーティの勇者に許可を貰う必要があるのだ」


 勇者だと?

 姉ちゃんやフレイアさんとは、別『災厄周期シーズン』だろうか?

 けど勇者パーティなら相当高レベルで強いんじゃないか?

 ディアリンドの話では弱小と聞いてたんだけど……。


「霧島さんってレベルいくつなの? 《鑑定眼》じゃ見れなかったんだけど」


「レベル39だ。異世界で実戦経験は数える程度にしかない。勇者パーティに所属していたと言っても、最終決戦前に人員補充のために入った程度だ。全て母上のせいでな……」


「母上? お母さんのせいってどういう意味だ? 異世界の話に親が関係あるの?」


「……現実世界の母さんではない。ワタシが転生した異世界の母親だ。その勇者がワタシの母上なのだ」


「え? ということは、パーティの勇者って霧島さんと同じ“帰還者”なのか!? そして異世界じゃ母親ってことなの?」


 俺の問いに、美夜琵は隠すことなく頷く。


 それで帰還した現実世界こちらでも一緒にパーティを組んでいるのか。

 なんだか複雑な話になってきたぞ。


「母親と言っても、あくまで育ての親だがな。本人は未婚であり、魔王軍が侵攻していた村で孤児となった赤子のワタシを拾ったと話していた。それから自分の娘のように大事に育ててくれたのは有難いが……そのぅ、過保護すぎてな」


「過保護?」


 何故だろう? とても胸に刺さるワードだ。


「ああ、あるいは溺愛かもしれん。ワタシを転生者だと理解していたので、それなりの鍛錬こそさせてくれるのだが、大切にしすぎるあまり戦闘には一切参加さえてもらえずレベリングもままならない状態が続いていたのだ。ワタシとて転生者の役目を果たさなければならん。なので母上の目を盗みこっそりとソロで活動し、ようやく今のレベルに達したという感じだ」


 なんだか彼女、美桜とは違う苦労を強いられていたようだ。

 だから異世界でうだつが上がらなかったのか……それはそれで不幸だよな。

 逆にソロでレベル39も上げたんだから、冒険者として才能が溢れている。


「……そうか。それで勇者パーティとしての経験は、最終決戦のみになってしまったのか? それはそれで難儀な話だ」


「うむ、しかも後衛で弱体化して撃ち漏らした敵を斃す程度だったからな。現代風で言えば楽ゲーすぎてレベルアップにもならなかったよ。それは現実世界こちらのダンジョン探索でも続いている……」


「え!? まだキミへの過保護が続いてんの!? もうヤバいね、そのおばさん勇者!」


 姉ちゃんも普段は超過保護だけど、冒険者としては超ストイックだぞ。

 俺が発した言葉に、何故か美夜琵はきょとんと首を傾げて見せる。


「……うむ。異世界では確かに相応の年齢であったが、帰還後の母上は、おばさんではない。今はワタシ達と同い年の高校生だ」


「へ? どういうこと?」


「母上は女神アイリスに導かれた『転生者』であり、かれこれ三度の災厄周期シーズンをクリアしたベテラン勇者だったと聞く」


「つ、つまり三度も魔王と戦い勝利したってこと?」


 俺の問いに、美夜琵を「そうだ」と頷く。


「なんでも母上は女神アイリスに導かれた『転移者』であり、高校に入学したばかりの頃に異世界へと召喚されたとそうだ。三回目の災厄周期シーズンを迎えた頃、赤子のワタシを戦果から拾ってくれたのだ。ワタシは中学卒業時、姉上と共に事故に遭い死んでしまい『転生者』として導かれたがな」


 そして姉上ことディアリンドと離れてしまい、互いに別時代の『災厄周期シーズン』へと転生してしまったようだ。


 美桜からある程度聞いたことあるけど、転生者と転移者の関係は複雑でややっこしい。

 しかし自分と同世代の子が母親だったってどうよ?


「現実世界と異世界における時間のパラドックスってやつだ。転移者と転生者の“帰還者”間ではよくあることだよ、ユッキ。現に美桜さんや香帆さんも同じ『災厄周期シーズン』だったが、帰還する当日まで現実世界こちらでは他人同士だったろ?」


 ガンさんの言う通りだ。

 香帆も帰還するまで、美桜のこと嫌っていたって言うし。


 すると俺達のやり取りを隣で聞いていた、ヤッスが挙手してきた。


「霧島殿、横から口を出してもよろしいですかな?」


「うむ、安永殿。なんなりと申してくだされ」


「先程、パーティ加入に母親の勇者殿の許可がいると言っていたが、これまでの会話ではとても許可が下りるとは思えないのですが?」


 確かにそうだ。

 過保護すぎて、ろくに戦わせてくれないのなら臨時にせよ他所のパーティ加入なんて認めてくれるわけがない。


「安永殿の仰る通り、母上のことだ。きっとゴネるに違いないだろう……」


「霧島さん……キミはどうしたいんだい? さっきは魅力的だと言ってくれていたけど」


「うむ、幸城殿。ワタシとしては異世界で思うように武勇が振るえなかった分、【聖刻の盾】で自分の力を試したい。姉のように、エリュシオンで己を磨き武功を上げ活躍したいと思っている。帰還後もこうして剣道を続けているが、いくら鍛錬しようと二度と全国大会には行けないからな」


「どうして?」


「ギルドこと『零課』から、そう釘を刺されている。我ら“帰還者”は、いたずらに表舞台に立ってはいけないルールがある。特にスポーツや政治、技術職などは歴史と秩序を乱し兼ねないという理由で徹底されているのだ」


 したがって、来年には適当な理由で剣道を辞めなければならないとか。

 確かに異世界の力を使えば、何でも出来てしまうからな。

 とはいえ、やっぱり厳しいな『零課』は……。


「つーことは、霧島さんとしては【聖刻の盾】の臨時加入はOKって解釈でいいんだよね?」


「うむ、今の自分を変えるためにお願いしたいと思っている」


「わかったよ――だったら俺も一緒に、母上勇者さんに認めてもらうようお願いしに行くよ」


「幸城殿……」


「真乙でいいよ。パーティに入りたいと望むなら協力は惜しまない。それが仲間というやつだからね」


「……ありがとう、真乙殿。ワタシのことは、美夜琵で構わない。敬称も不要だ」


 美夜琵は瞳を潤ませ、すっと右手を差し出してくる。

 

「うん、美夜琵。一緒に頑張ろう!」


 俺は迷わず彼女の手を握りしめ握手した。

 真面目そうな女子だし、きっと良い仲間になるだろう。


「俺も歓迎するよ、美夜琵さん! 仲良く頑張ろう! あっ……けど俺は叱咤激励されると逆にやる気を失うタイプだから、昭和の職人気質や武士道のような堅いノリは押しつけないでね」


「このヤッスも歓迎いたしますぞ、美夜琵殿! お近づきに『おっぱいソムリエ』としてシンキングタイム――ずばり、バスト91のGカップ! 我が美桜様マスターに匹敵するサイズとはなんて素晴らしい! お姉様であるディアリンド殿のHカップといい、これからより成長が見込まれ期待大ですなぁ!」


 美夜琵を受け入れた途端、ネガティブ思考と変態評価を浴びせてくる、ガンさんとヤッス。

 彼女は「ははは……」愛想笑いを浮かべるしか術がなかった。

 二人の代わりに俺が謝るわ、ごめんな。


 とまぁ、話が良い方向にいったので後は――。


「母上勇者さんの説得だね。同い年の高校生ってことは、その子も黄昏校なの?」


「いや違う。『白雪学園』だ」


「え? 『白雪学園』って……フレイアさんと同じ高校?」


「うむ、そうだと聞いている。なんでも姉の主である【氷帝の国】のフレイア殿とは先輩後輩の仲だとか……しかし陰で、母上から『あの魔女、シャレにならない』と愚痴っているのをよく耳にしている」


 同じ勇者なのに相変わらず評判が悪いな、フレイアさん。

 いったい異世界で何をやらかしているんだろう?


 まぁだとしたら話が早いか。

 案外、好都合かもしれないぞ。


「そうか……実は俺、近日中に『白雪学園』の学園祭に招かれているんだよ。その時に一緒に説得しないか? 上手くいけばフレイアさんの協力も得られるかもしれない。彼女も、この件を知っているしね」


「うむ、ワタシはフレイア殿と直接の面識はないが、あの方であれば母上の説得が可能かもしれん……真乙殿、是非にお願いしてほしい」


 確か『白雪学園』の文化祭って、林間学校が終わってからすぐだったな。

 目途がついてきたし、なんとかなりそうだ。

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