第136話 二学期開始と新たな展開

「――フレイア、ガチモードでヤバかったねぇ。あたしドン引いて何も言えなかったよぉ」


「そうね……私ですら間に入る隙がなかったわ。杏奈ちゃんも、よく物怖じせず大したものよ」


 花火大会後の帰り道にて。

 何気に香帆と美桜の会話が耳に入ってくる。


 百戦錬磨の二人が真面目な顔でそんなこと言うなんて……そんなにヤバイ状況だったのか!?


「不和さんって白雪学園の先輩だっけ? 幸城のお姉さんとは違うタイプの超美人な女子だけど……杏奈への圧が半端なかったね。私でもわかるわ~」


 冒険者でもない秋月にさえ、フレイアの凄みを感じていたらしい。


「そぉ? 話せばわかる、聡明で綺麗な人だと思うよ。色々と勉強になったし……」


 当事者の杏奈はフレイアのことをそう評価している。

 忘れてた。この子、偏見を持たず自分の価値観で見極める気持ちの強い子だった。

 

「俺も杏奈と同じかな……フレイアさんは、いい女子ひとだと思うよ。少し過剰なところはあるけど……」


 俺の感想に、美桜と香帆、そして紗月先生が溜息を漏らした。


「……真乙、何度も騙されちゃ駄目だって言っているでしょ? お姉ちゃん情けないわ」


「マオッチって女の子の見た目に騙されやすいよね? そんなんじゃアンナッチを守れないぞぉ!」


「私も工房のお得意様を悪く言いたくないけど……フレイアちゃん、ガチの子だからね。異世界向こう側の悪評は伊達じゃないんだから……そうよね、王聡くん?」


「え? あ、ああ……確かにな。きっと『零課』がいなければ、魔王を名乗っても可笑しくないかもな」


 ガンさんまで……みんな酷い言い様だ。

 流石にそんなわけないだろ? 

 てか【聖刻の盾】メンバーは彼女をなんだと思っているんだ?


「ユッキ、僕としては――」


「いいよ、ヤッスは。どうせおっぱいネタだろ?」


「流石、幸城だね。安永の変態思考をちゃんと読んでるぅ!」


 何故か嬉しそうな、秋月。

 

 もうみんな、すっかりフレイアに振り回されたカオス状況だ。


 とは言え、杏奈への告白も失敗したしガチでヘコむわ。

 まさか最後の夏休みが、こんな終わり方になるなんて……。


 その時、


 ぎゅっ


 杏奈が俺の手を握ってきた。

 彼女から触れてくるなんて、初めてじゃないだろうか?

 しかも、これだけ人がいる中で……。


「あ、杏奈?」


「真乙くん、わたしがフレイアさんに言ったこと。全部、本当だから……だから、もう少しだけ待ってほしいの」


「え?」


 待つて何を?

 ひょっとして、杏奈が俺に……こ、告白?

 嘘だろ? いやまさか……。

 

「わたし変わってみせるよ……真乙くんに守ってもらってばかりじゃ、やっぱり違うと思うから」


「杏奈……凄く嬉しいよ。けど無理はしなくていいと思う。ただこうして一緒にいてくれるだけで、俺は頑張れるんだ」


 あれ? これって半分くらい告白になってないか?

 まぁいいや、それよりも杏奈の気持ちが嬉しい。

 今回は失敗したけど、また機会を見て告白しよう。


 俺は杏奈が好きだ。

 たとえ天地がひっくり返っても、この気持ちに変わりない。


 俺の言葉に、杏奈の黒瞳が潤んだように見えた。

 そして、ニコっと微笑を浮かべる。


「……ありがとう、けど変われるよう頑張ってみる。フレイアさんには負けたくないから」


 なんて、いじらしい子だろう……ガチで惚れてしまう! いやもう惚れてメロメロなんだ。


「よく言ったわ、杏奈ちゃん! お姉ちゃん、応援するからね! けど、私の前で大切な弟とのイチャコラは禁止よ! そこだけは守ってね!」


 美桜が余計なことを言ってきた。

 ほんの少しでいいから姉ちゃんには弟離れをしてほしいものだ。


 けど俺達って結局どういう関係なんだろう?


 友達以上、恋人未満的な感じ?

 まぁ進展したことに変わりないかな……。


 こうして多少の収穫もあり、俺の夏は終わった。

 そして秋がやってくる。


 いよいよ明日から二学期だ。



◇◇◇



「マオトくん、久しぶり。元気してた?」


 二学期が始まり、久しぶりの黄昏高校だ。

 俺達【聖刻の盾】メンバーは、副担任の『宮脇 藍紗あいしゃ』ことインディに声を掛けられ、いつもの理科室に集まっていた。


「はい、宮脇先生。そういや、あれからギルドで見かけなかったっすね?」


「ええ……ゼファーさんに指示でね。例の『闇勇者レイヤと協力者を炙り出す』作戦について色々と的を絞っていたのよ」


「的って? 仲間の目星ってこと?」


「ええ。マオトくん達やギルドに登録している者以外で、まだ『零課』が把握していない“帰還者”を探すためにね。生徒から教師、親族や関係者まで対象になったわ。生い立ちから生活歴、血縁や交友関係に至るまで……ほぼ夏休みずっとそればっかりよ。まったく、あの男」


 愚痴を交えながら説明してくる、宮脇先生。

 生徒や教師以外だけじゃなく、親まで対象となると千人近いんじゃね?

 おまけに調べる内容も細かそうだし、はっきり言って鬼だなゼファーさん。


「それでなんかわかったわけ?」


「ええ、美桜さん。大分、絞れたわ。どうやら黄昏校ここの協力者は一人だけじゃなさそうね」


「なんだって!? ってことは渡瀬の協力者は複数人いるってのか!?」


 俺の問いに、宮脇先生は頷いた。


「そういうことになるわね。けど具体的な人数は不明よ……少なくても一人以上はいるって話」


「だったらその的を絞った“帰還者”達を全員捕えて尋問しちゃえばいいんじゃないのぅ?」


香帆リエンさん、それは最終的手段ですね。迂闊な行動は控える必要があります。誤認逮捕している隙に本命に逃げられるパターンも危惧しているのですよ」


「可能な限り隠密に、渡瀬に気づかれないようピンポイントで攻める必要がありますな?」


「流石、ヤッスくんね。そういうことよ……『零課』がピックアップした中で、最もそれらしい『対象者』が浮上したわ。まず、そいつから突っついてみるつもりよ。そのためには、マオトくん達の協力が不可欠なのよ」


「わかったよ、宮脇先生……いや、インディさん。俺達は協力を惜しまないよ。それで、その『対象者』って誰?」


「それはね……」


 宮脇先生は一度間を置き、《索敵》スキルで周囲を確認した。

 勿論、理科室には俺達しかいない。

 教室の責任者である紗月先生も、「大丈夫よ、ここなら安全だわ」と太鼓判を押してくれる。


 宮脇先生は頷き、艶やかな朱唇を動かした。


「――灘田なんだ 楠子くすこ先生よ」


 な、なんだって!?

 そいつって俺達の担任教師じゃねぇのか!?


 宮脇先生の言葉に、顔見知りである俺達全員が絶句する。


「な、灘田って……あの灘田先生か? いつも投げやりでやる気のないクズ教師の?」


「そうよ、マオトくん達の担任よ。彼女、中学の頃に異世界に転生していた可能性が高いわ。それまで成績優秀な女子だったけど、クラスから酷い苛めを受けていたみたいね。けどある日、ピタッとそれが収まった。マオトくん、何故だと思う?」


「よくわからないけど、魔法かスキルで苛めていた連中を黙らせたとか?」


「半分正解。黙らせたことには違いないけどね……全員、死亡したからよ。苛めの首謀者から関わった全ての生徒達から、見て見ぬ振りした教師に至るまでね。全員、不慮の事故や病気で死んだってことになっているわ」


 死亡……つまり殺したってのか?

 異世界の力で、自分を苛めていた連中を全員。

 あの灘田が……。


「そんなに人が亡くなっているなら、相当目立つってことじゃない? よく当時の『零課』は動かなかったわね? ゼファーと違って当時の主任チーフは無能だったのかしら?」


 美桜の皮肉たっぷりな言動に、宮脇先生は「ははは……」と笑う。


「ゼファーのキレ者具合と人使いの荒さは異常ですけどね。だけど違います。当時の『零課』が動かなかったのは、死亡した方達に不自然さがなかったからです」


 宮脇先生の話では、まず首謀者の生徒はトラック運転手が居眠りしていたことが原因で轢かれてしまった交通事故で亡くなったとか。

 他の生徒達も似たような原因であったり、他校の生徒とのトラブルで刺殺されたり、いきなり不登校になって自ら命を絶った者もいると言う。

 さらに教師に関しては癌が発見され、末期だったため亡くなったらしい。


「どのケースも科学的かつ医学的に説明がつく事案ばかりです。ただ、こうして客観的に調べてみると実際の死亡件数といい……数字化で異常さが際立ったというわけです」


「ましてや証拠がないのなら尚更ってわけね。今の『零課』なら証拠なんて関係ないって感じよね?」


「はい、天堂先生。ゼファーさんはそういう気性ですから……だから多くの“帰還者”から恐れられている理由でもあります」


 やべぇよ、ゼファーさん。そりゃ悪評が広まるわ。

 もう昭和の刑事以上に強引じゃん。

 たとえ誤認逮捕でも、白でも黒とか言っちゃいそうだ。

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