第135話 告白と乙女たちの聖戦

 俺は杏奈と手を繋ぎ誘導する。

 そこは花火会場ではなく、少し離れた小高い丘であった。

 ずばり隠れスポットだ。


 なんでそんな場所を知っているんだよって?

 決まっているだろ、事前に下見しておいたからさ。

 雨降りの中、ヤッスを無理矢理に付き合わせてね。


 俺はやるからには徹底する性分だからな。

 今のところは計画通り……。



 しばらく移動して、隠れスポットに到着する。

 案の定、人気のない見晴らしの良い場所。


 ここからなら、花火の音もうるさくなく互いの会話が聞こえるだろう。

 まさに花火を観るには絶好のポジション。


 そして、告白するに場所としてムード満点の最適な場所とも言える。


 やべぇ……急に緊張してきた。



「――凄くいい場所だね。真乙くん、こういう場所、前から知っていたの?」


 何も知らない杏奈は、丘から見える光景を眺めながら笑みを浮かべる。

 その横顔が凄く綺麗だと思った。


「ま、まぁね……俺、人混みが苦手だから、いいかなって」


「うん、素敵……あっ、もうじき始まるよ」


 杏奈が言った瞬間、ドンと最初の花火が鳴った。

 まるで俺を後押しするかのように、色鮮やかな火花が夜空一面を覆っている。


(来た! 残り時間、5分くらいか……その間に決めてやる!)


 心の中で意気込み、ごくりと生唾を飲む。

 だが何か言わなければと思うが、中々喉から声が発せられない。


 やば……完全に緊張しちまっている。


 何、戸惑っているの、俺ッ!

 自信を持てよ! そのために頑張ってきたんじゃないか!


 俺は最強の盾役タンクだ。

 杏奈を守るために、過去へとタイムリープしてきたんだぞ。

 


 ――勇気を持て、幸城 真乙!



「……あ、あのさ、杏奈」


「なぁに?」


「お、俺さ……ま、ま、前から、ずっとキミのことが」


「――あら。そこにいらっしゃるのは、真乙様ではありませんか?」


 突然割り込むように、女子の声が聞こえた。

 一瞬、姉ちゃん達かと思い「嘘だろ!?」と凝視してしまう。


 だが、そこにいたのは――。


「フ、フレイアさん!?」


 亜麻色の髪を結った浴衣姿のフレイアだった。

 彼女の後には、燕尾服を着た大男の執事こと徳永さんが立っている。


 なんで彼女がここに!?


 思わす人物の出現に、俺は狼狽してしまう。

 その様子を杏奈は不思議そうな表情を浮かべ見つめている。


「真乙くん、知り合い?」


「あ、ああ……姉ちゃんの知り合いの先輩だよ」


「不和 由利亜と申します。貴女が野咲さん?」


「は、はい。どうしてわたしのことを?」


「メルから聞いておりますの。あの子、わたくしの後輩ですから」


 フレイアは穏やかな口調で柔らかい笑みを浮かべながら説明している。

 けど目が笑っていない気がする。

 

 特に俺と杏奈が繋いでいる手を凍るような眼差しで凝視しているように思えた。

 その異様な圧力の影響からだろうか、俺達の手は自然と離れてしまう。


 なんだろう、凄ぇ気まずい雰囲気……まるで浮気現場を目撃された気分だ。

 確かにフレイアさんから「マオたん」とか推してもらっているけど、別に付き合っているわけじゃないのに。

 てか、彼女も俺が杏奈のこと好きなこと知っているよね?


 手が離れたのを見て、フレイアの異様なオーラが消失した。


「よ、よろしくお願いします、不和さん」


「ええ、よろしくですわ。まぁ、なんて綺麗な花火なんでしょう。真乙様もそう思いません?」


 平和そうな口調とは裏腹に、フレイアは俺達に近づいて来る。

 何気に、俺と杏奈の間に割り込む形で花火を眺め始めた。


 クソォ、なんだんだよ!?

 すっかり水を差されちまったんだけど!


 けど、ここでキレるわけにはいかない。

 フレイアさんを含む【氷帝の国】の皆さんには凄く良くしてもらっているんだ。

 共に戦って命を助けてもらったこともある。

 大きな借りだって沢山あるんだ。


 俺は呼吸を整え平静になる。


「フ、フレ、いや由利亜さんはどうしてここに?」


「フレイアで構いませんわ。ここの山一帯は不和財閥の所有地ですの。ここからさらに上に登れると、わたくしの別荘がありますわ。毎年はそこで花火を眺めているのですよ」


「え? そうだったの!? ごめんなさい……勝手に入っちゃって」


「いえ、敷地自体は特に規制しておりませんし、普段は一般開放しておりますので問題ありませんわ」


 だったらその別荘だかで花火見てりゃ良かったんじゃね?

 まさか、その別荘から俺と杏奈を見つけてわざわざ下りて来たってのか?


 俺の思考を他所に、フレイアは横目で杏奈を見つめる。


「噂通りのお綺麗な方……なるほどですわ」


「……不和さんこそ、とてもお綺麗です」


「フレイアで結構ですわ。気に入った方には愛称として、そう呼んで頂けるようお願いしておりますの」


「ではフレイアさん……真乙くんとはどのような関係ですか?」


 思わぬ杏奈からの問い。

 この子が他人を詮索するなんて珍しいことだ。


 フレイアは上品そうな微笑を浮かべる。

 けど目が笑っていない。


「わたくしにとって、真乙様は『推し』の方ですわ。貴女こそ、どういったご関係で?」


「友達です……そして、わたしの大切な人」


 え? 杏奈……今、なんて?

 大切って、俺のこと? 嘘、ガチで!?


 一方でフレイアは表情を崩さず、「そうですか」と頷いている。

 でもやっぱり目が笑っていない。


「しかし大切と思う方であれば、ずっと守られっぱなしとは如何なものでしょう?」


「どういう意味ですか?」


「わたくしなら、大切な方を守って差し上げることもできますわ。たとえ全てを投げうってでも、わたくしにはその覚悟がありますの……愛とは想い想われること。そしてお互いに支え合うことだと信じていますわ」


 フレイアは決して間違ったことは言っていない。

 至極真っ当な恋愛観だと思う。

 けど、それは彼女が色々と強いから胸を張って言えることだ。


 か弱い杏奈には酷な部分もあるんじゃないか?

 俺としては、そういった繊細で可憐な部分も大好きだったりするわけで。


「……お互いに支え合う。確かに、わたしはいつも真乙くんに守られてばかり」


「杏奈、俺は別に」


「ずっと考えていた。私は変わりたい……少しずつでも、今の自分を変えたい。フレイアさんの言う通り、真乙くんを支えられようになりたいの。わたしなりのやり方で……どうすればいいか、まだわからないけど」


「杏奈……」


 やばい。

 胸がぎゅっと絞られてしまう。

 俺は杏奈を抱きしめたくなる衝動をぐっと抑える。

 まさかそんな風に考えてくれていたなんて……最高に嬉しい。


 杏奈の純粋な反応に、フレイアの微笑が消失する。


「……天使ですわ」


 素の表情でそう呟いた。



「――真乙。貴方達、こんなところにいたのね……てか、なんでフレイヤと徳永タイガがいるのよ!?」


 姉ちゃん達だ。

 時間を稼いで誘導してくれた、ヤッスと秋月が俺に向けて「どうだった?」と期待を込めた眼差しを向けている。


 俺は首を横に振るい、謝罪ポーズをした。


「ええ!? 僕らであんなに頑張ったのにマジか、ユッキ!?」


「幸城ッ、あんた意外とチキンなのね! 男ならバッチリ決めなさいよね!」


 愕然とするヤッスと、ブチギレてしまう秋月。


 すまん、二人とも。

 でもしゃーないじゃん。

 フレイヤと遭遇しなければ……俺だって今頃は。


 まぁしかし、とっと告白しなかった俺も悪い。

 なんだかんだ、まだ自分に自信を持てないんだ。


 他の時代じゃ、姉ちゃんの手引きで上手くいったかもしれないけど、今の俺は今この時代で生きている。

 前周の豚と呼ばれた社畜の記憶がトラウマとして刻まれたままなんだ。

 

 だからもっと鍛えてレベルアップしなければ駄目だ。

 忌まわしき記憶を払拭するほど強くなってやる。


 ――杏奈を守る最強の盾役タンクとして。



 それからは全員で打ち上げられていく花火を眺めた。

 

 杏奈はどこか儚げな表情で、弾け散る夜空を眺めている。

 その横顔を見つめているだけで時間が過ぎていく。


 間もなくして花火大会が終わりを告げた。

 同時に俺達の夏休みが終わる。


 切なさの余韻を残し、俺達は撤収することになった。


「それでは真乙様、また今度……『白雪学園』の文化祭、お待ちしておりますわ」


「わかったよ、フレイアさん。敷地貸してくれてありがとう」


「いえ、いつでも喜んで……それと野咲さ、いえ杏奈さん」


「はい?」


「……わたくし負けませんわ」


「……わたしもです」


 フレイアの言葉に、杏奈も強い口調で応えた。

 一瞬、妙な緊迫感が走っているように感じてしまう。


 俺は二人の間に挟まれて成す術がない。


 なんだこれ? どういう状況なんだ?

 でもバチバチのわりには殺気とは違う、潔さというか互いの決意を感じる。


 そう、まるで『乙女たちの聖戦』が始まったかのような錯覚――。


 困惑する俺を他所に、フレイアはニコっと微笑み「では皆さん、ごきげんよう」と告げて執事の徳永さんと共に去って行った

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