第134話 天使の浴衣と夏祭り

「……ごめんね、遅れちゃって。音羽とわに手伝ってもらったんだけど、浴衣の着付けに手間取っちゃって」


「杏奈ったら凄く悩んでね。幸城に浴衣姿を見られると思って気合入れまくりよ」


「ちょっ、音羽ったら! 余計なこと言わないで!」


 え? そ、そうなの!?

 俺のために……うわっ、超嬉しんだけど!


 そう気持ちが舞い上がり、つい杏奈の浴衣姿をガン見してしまった。

 ピンク色の花柄がとてもよく似合っている正真正銘の大和撫子。

 普段は下ろしている黒髪を丁寧に編み込み、後頭部で結っている普段と異なった大人っぽい雰囲気を醸し出している。

 背筋を伸ばした佇まいといい、実に繊細で美しく、そして可愛らしい。

 

「う、うん……す、凄く似合っている」


 夢にまで見た艶姿、超感動して言葉を詰まらせてしまっている。

 杏奈は頬を染め、上目遣いで俺の姿を見据えていた。


「あ、ありがとう嬉しい。真乙くんも浴衣姿……とても似合っているよ」


「ちょっと、杏奈ばっかり褒めてないで、私の浴衣はどう? 初披露なんだけど……や、安永は?」


 秋月は言いながら、くるりと周りながら自分の浴衣姿を披露して見せてきた。

 チャームポイントのポニーテルはそのままだが、学校ではまず見られない姿だけに新鮮さを感じる。

 勿論、可愛らしくよく似合っていると思う。


「あっ、ああ……秋月も普段と違っていい感じだぞ」


「馬子にも衣装」


「ありがとう幸城。安永、殺す!」


「……冗談だ。僕はいいと思うぞ、ギリC」


「ふ、ふん! 安永の癖に……ギリCじゃないっつーの!」


 変態紳士なりの誉め言葉に、秋月は悪態をつきながらも満更じゃなさそうだ。


「あーっ、あーっ、美桜ネェさん。一部で甘酸っぱそうなピンク色オーラが漂っているよん」


「まだ早わね。紗月先生、教師として生徒の不純異性交遊はどう思いますか?」


「卒業するまで駄目だからね」


「……サッちゃん、別にいいじゃないか? 俺は微笑ましくていいと思うぞ」


 やっぱりな。何をやっかんでいるのか、他の女子達がうっせーっ。

 唯一味方してくれるのは、邪念なく純粋な心を持つガンさんだけだ。


 特に姉ちゃんと香帆さんは俺と杏奈の恋路を応援してくれている筈なのに、目の前で仲良くすると不機嫌になるから超質が悪い。


 地味に大人の紗月先生も似たような気質だ。

 まぁ、ガンさんが引き籠っていたせいでろくに恋愛したことなさそうだからな。

 

 けど、それも想定内。


 事前に告知はしているけど、こんな調子なら隙見て抜け出してやる。

 幸い秋月とヤッスは俺の味方だからな。

 ガンさんも味方になってくれるだろうけど、あの女子達の前だとびびって無理強いはできなさそうだ。


 そんな感じでメンバーも揃ったので、俺達は祭り会場へと向かった。



 しかし会場に近づく度に、ギャラリーが多くなる。

 それは当然のことなのだけど、同時に周囲から注目を浴びている気がしてならない。


「ねぇ、あの人達……全員ヤバくない?」


「キャッ、カッコイイ~! 何、芸能人!?」


「ガチ可愛いし、美人ばっかじゃん」


「色気ヤバすぎじゃない!?」


 男女問わず色々な人達から感嘆の声と羨望の眼差しで見られている気がしてならない。


 なんだ? まさか俺達、目立っているのか?


「……可笑しいわね。《隠密》スキルは発動している筈よ」


 美桜が鬱陶しそうに呟く。


「俺とサッちゃんは異世界向こうでカンストしている。目立つのはあり得ない」


「特に王聡くんは最初にカンストしていたわね……職種違うってのに」


 ガンさんってば蛮族戦士バーバリアンの癖に、暗殺者アサシン盗賊シーフ並みに極めているのか?

 どうせチキンハートぶりだからだろうけど、ある意味凄ぇぜ。


「あたしはもろ専門職だからねぇ。気づかれるなんて絶対にあり得ないよん。アンナッチとトワッチにも、トラブル回避で闇の精霊シェードつけておいたんだけどなぁ。マオッチはあたしが教えたから問題ないし……あっ、ヤッスじゃね?」


「香帆様、僕でありますか? た、確かに……そのようなスキルは習得していませんが」


 ヤッスは魔法士ソーサラーだから仕方ない。

 戦闘中であれば魔法で姿を消すとかだし、普段も周囲の目を気にしない男だから覚える機会もないだろう。

 ちなみに一人目立ってしまうと、芋づる式で《隠密》スキル効果が薄れてしまう現象があるらしく、ダンジョンではパーティを組む上でのデメリット効果だと言われている。

 だから冒険者達は自分に必要な技能スキル習得するのに躍起になるわけだ。


「んじゃ、今度あたしが教えてあげるから、ヤッスよろ~」


「はい、是非にお願いいたしますぞ」


「ねぇ、安永……センパイと何話しているの? スキルとかって……なんだかアニメやラノベみたいなワードだけど」


 ヤッスの隣を歩く、秋月はきょとんと首を傾げて訊いてくる。


「いや、別にだ……僕もまだまだ未熟者という意味だ」


「ふ~ん。ちゃっかり体を鍛えているようだけど、私としてはまず性癖をなんとかしろって感じだけどぉ」


 ぶちゃけその通りだな、秋月。

 ヤッス本人は「おっぱいソムリエ」に矜持を持ち、アイデンティティにしちゃっているから止められないけどね。


「……音羽ちゃんだっけ? そういえば、貴女もアニメとか好きなんだってね?」


 不意に美桜が話を振ってくる。

 秋月は少し表情を強張らせて頷いた。


「え、ええ……はい、生徒会長(やばい! 幸城のお姉さん、美人すぎてめちゃ緊張するぅ!)」


「ふ~ん、香帆も気に入っている子だしいいかもね」


 ん? 姉ちゃんてば気になること言い出したぞ。


「……姉ちゃん、何考えてんだ? まさか」


「ええ。真乙。この子もアレ・ ・でしょ? だから自分の身は自分で守ることに越したことはないわ……それとオタク文化に精通しているなら、こちら側・ ・ ・ ・と波長はあるかもって話よ。実際に引き込むかは様子見よ」


 どうやら美桜の中で、隠れオタク女子である秋月を俺達と同じ「眷属」にするプランが過っているようだ。

 ちなみに「アレでしょ」っていうのは、秋月も杏奈と同様に渡瀬に狙われている可能性を意味している。


 だから異世界の力を身に着けさせることで、自分の身は自分で守れるように考えているに違いない。


 あれ、待てよ?

 だったら杏奈だって……いや、だけどこの子はオタ女子じゃない。

 それに俺ですら何度か死にかけている危険な世界だからな。

 ずっと一緒にいられるメリットはあるけど……流石に大切な子を巻き込ませていい所じゃない。



 それから祭り会場である神社に辿り着いた。

 時季相応の雰囲気に包まれている。

 大勢の人々で賑わっており、カップルらしき人もいれば、家族や友人、小さな子供達まで様々だ


 赤と白の提灯ちょうちんが幾つもぶら下がり、何列も出店が並んでいる。

 見ているだけで、ついテンションが上がってしまう。

 特に大好きな女子と一緒なら尚更だ。


「よぉぉぉし、燃えてきたぁぁぁ! まずは露店の制覇だよん!」


 香帆が美桜の腕を揺さぶりながら、一番はしゃいでいる。

 普段からふわふわした金髪ギャルでだけど、内面は冷静クールな姉さんだけに珍しい。

 やっぱりお祭りとなると血が疼くタイプようだ。


 こうして祭りを楽しむことにした。

 みんなで金魚すくいしたり、射的や輪投げをしたり、水風船ヨーヨーを釣ったり。

 綿菓子を買い、タコ焼きやお好み焼など定番な物を買っては食べ歩きしたり。


 信頼できる仲間達と、好きな子との楽しい時間。

 俺にとって前周ではあり得ないくらい、幸せで充実したひと時だ。


 などと満喫しながらも、


(……そろそろだな)


 俺は密かにスマホ画面に表示された時刻を確認する。

 チラっとヤッスに視線を送った。


 ヤッスは頷き、秋月に合図して彼女は「わかったわ」と頷く。

 唯一の味方達である二人を死角になってもらい、俺は隣で歩く杏奈の手を握り引き寄せた。

 そのまま人混みへと紛れて行く。


「真乙くん?」


「もう少しで花火が始まるから、見晴らしの良いところに行こ」


「いいけけど、お姉さん達は?」


「ああ、あとでヤッスと秋月が連れて来るよ。まずは俺達で場所取りってところかな」


「うん、わかったよ」


 杏奈は素直に頷いてくれた。


 よし! 二人っきりになるチャンスを作ったぞ!


 しかし姉ちゃん達は恐ろしいくらい勘がいいからな。

 きっと俺達がいなくなったことに気づき、《探索》スキルで探そうとするに決まっている。

 だから予め、ヤッスと秋月にメールで、10分くらい時間を稼ぐようにお願いしていたのだ。

 

 ずばりタイムリミットは、花火が始まってからの10分間。

 

 その間に、俺は杏奈に告白してみせるぞ!

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