第131話 様々な思惑と新たな装備

 陽翔に「アンジェリカ」と呼ばれた少女は微笑んで見せた。


「好きに呼んでくれていいよ。このまましばらく行方不明になってもらうけどいい?」


「ああ、レイヤくんだっけ? 彼の眷属になって修行するんだろ? 来るべき日のクリスマス・イブに向けて……ガチで異世界に連れて行ってくれるんだろうな、アンジェリカちゃん?」


「ええ、そうよ。ただし陽翔くんにその価値があればって話。レイヤ様はそう言っているわ。あの方は約束事に嘘はないから安心してね」


「うぃす。この糞みてぇな世界から抜けだせればなんでもありだわ。キミの協力で標的の二人・・も確認できたしな……にしても、『幸城 真乙』だっけ? とんでもねぇバケモノだな。まるで歯が立たなかったわ」


「あれでも冒険者の中じゃ中堅クラスだよ。まぁ彼の場合、防御力VITがバケモノだからね……物理攻撃でダメージを負わせるのは不可能ね」


「マジかよ……いいね、燃えるわ。異世界に行きゃ、あんなのがゴロゴロしていると思うとわくわくしてくるぜ」


「……戦闘狂ってやつ? チャラそうな見た目なのに……まっ、だから勧誘したんだけど」


 アンジェリカに言われ、陽翔はフッと口端を吊り上げる。


「この恰好は事務所の社長に命令されて作らされたキャラだ。イキった生意気キャラの方が周りから注目を浴びやすいんだとよ……くだらねーっ。食っていくためとはいえ、とっとと辞めたかったぜ」


「だからレイヤ様に惹かれたんでしょ? あの方と同じ境遇だから……」


「関係ねーよ。たまたま同じ事務所のアンジェリカちゃんから誘いを受けて利害が一致したってだけだ。こんな世界なんぞ、とっとと邪神に滅ぼされちまえばいい。俺は異世界で好きなように生きてやるぜ……ただ、あの杏奈ちゃんは可哀想だけどな」


「……どこの世界でも大義を成し遂げるには犠牲はつきもってことだね。私としては消えてくれた方が都合いいかな。いちいちレイヤ様の心が揺さぶられなくて済むもの」


「フン、大体の事情は聞いるっけどよぉ。どちらにせよ、まずは『幸城 真乙』をどうにかしねーと駄目だな」


「そうだね。そのために私がこうして動いているんだよ……『来るべき日』に向けてね。だから私、もう少しモデル活動続けるから」


「他の仲間をスカウトするためにか……うぃす、了解した。んじゃとっとと連れていってくれ。その『レイヤ様』のところによぉ」


「いいよ――《異次元の輪ディメンション・リング》」


 アンジェリカは頷き、利き腕を翳した。

 そのまま人差し指で何もない場所に向けて大きな円を描く。

 すると淡い群青色ナイトブルーの光が円形になぞられ、輪の内側から異空間が発生した。

 

 奇怪な現象に、陽翔は「ヒューッ」と口笛を鳴らし見入っている。


「ユニークスキルってやつだっけ? 凄げぇな……俺も修行したら身に着けられるのか?」


「さぁどうかな……技能スキルとは違って、ユニークスキルは固有の素質だからね。特訓やレベリングして獲得できる能力じゃないよぉ。けど陽翔くんには素質があるって、レイヤ様も言っているから……さぁ、早くおいでよ」


「あいよぉ。しばらく世話になるわ~」


 陽翔は空中に発生された「光の輪」に近づき、躊躇なく手を触れると吸いこまれる形で輪の中に消えた。

 同時に「光の輪」がフッと消失する。


 そして、その場にはアンジェリカこと、『増田ますだ 若葉わかば』という少女しか存在していない。


「まずは一人……あと二人くらい必要かな? 私と同じレイヤ様に忠実な闇眷属が――」


 アンジェリカは呟き、非常階段を下りてマネージャーと合流した。



◇◇◇



 俺と杏奈はショッピングモールから出た後。

 既に日も暮れたので、彼女を自宅マンションまで送るため帰路を歩いていた。


「……色々と大変だったけど楽しかったな」


 最後に陽翔とかいう糞チャラモデル野郎が絡んでこなければより楽しかったかもな。

 しかしあの野郎……何か引っかかる。

 あんな雑魚に、俺の《索敵》スキルが反応したのか?

 

 いや、あるいは近くに“帰還者”がいたのかもしれない。

 俺に敵意を持つ奴が――。


「うん、予想外のことばかり。けど楽しかったね」


 隣で歩く杏奈が嬉しそうに微笑む。

 その手にはキャサリンさんからもらった浴衣と服が入った紙袋が握られている。


 得に気になるのは浴衣だよな。

 いったいどんなガラなのかな……花火大会当日までのお楽しみってやつだ。


「うん、けどモデルって大変だな。俺的には二度はないかな……ああ、そういや雑誌に掲載される時、連絡してくれるって」


「本当? どんな風に撮れているのか楽しみ……あと、わたしもモデルの仕事はいいかな。真乙くんと一緒じゃなければ、まず引き受けなかったし」


「……家庭の事情もあるんだっけ? キャサリンさんに誘われた時、そう断ってたよね?」


「うん……春乃おばさんにも言われているの。わたし、あまり表に出てはいけないみたいで」


「え?」


 それってどういう意味だ?

 まるで杏奈が表に出ると都合悪いみたいなように聞こえる。

 

 やっぱりお父さんと関係しているのか?

 以前、春乃さんからの話だと娘は杏奈しかいなくて、彼女が卒業する頃にはどうなるのかわからないって……。


 杏奈も父親と会話どころか、姿すら見たことがないらしい。

 謎めいた親子関係だとか。

 どちらにせよ、俺なんかが立ち入ることはできない。


 それでも、


「俺がいつでも傍にいるよ。そういうのもひっくるめて一緒に受け止めて支えてみせるから――」


 流石に複雑な親子関係じゃ、盾役タンクの力はなんの役にも立たないけど。

 けど俺が傍にいることで、彼女の不安が少しでも解消できるのなら是非そうしたい。

 ただ心からそう思った。


「……真乙くん、ありがとう。いつも勇気をくれて感謝しているよ」


 杏奈は大きな瞳を潤ませ、優しく微笑んでくれる。

 俺が最高に守ってあげたい笑顔だ。

 こんな間近で見られる日が来るなんて……タイムリープして良かった。


「俺の方こそ……杏奈が傍にいてくれるから頑張れるっていうか」


「え?」


「い、いや、なんでもない……花火大会楽しみだね」


「そうだね。どんな浴衣が入っているのかなぁ」


 危ない……なんとか話を逸らしたぞ。

 あまりにもいい雰囲気すぎて、つい告白してしまいそうだった。


 今は我慢だ。

 決行日は花火大会。

 そこで決めてやるぞ!


 俺は確固たる意志を秘めて、杏奈をマンションまで送り届けた。



◇◇◇



 数日後、花火大会の前日。


 俺とヤッスは姉の美桜に連れられ、エリュシオンの『アゼイリア工房』に向かった。

 なんでも前の探索でズタボロに破損した、俺の鎧を修復してくれたらしい。

 ついでに、ヤッスとガンさんの装備もカスタマイズしたとか。


 ちなみに、香帆はメイド喫茶リターニーのバイトで忙しく来られない。



「いらっしゃい、みんな。工房に王聡くんもいるわ。早速、行きましょう」


 出迎えてくれたアゼイリアの案内で、俺達は工房へと向かった。


 あれからガンさんは、ずっとアゼイリアの手伝いで工房に引き籠っていようだ。

 夏休みなのにと思ったが、元々引き籠りなのでガンさん的には問題ないとか。


 まぁ、想いを寄せるアゼイリアが傍にいれば、ガンさんにとってご褒美だよな。

 俺もショッピングモール以降も、ちょくちょく杏奈に会っていたから気持ちわかるわ。


「よぉ、ユッキ。なんか久しぶりだな……全然連絡してくれないから、ついにハブられたかと思ったぞ」


 工房に入った途端、ガンさんは俺にヘイトをぶつけてきた。

 確かに杏奈に夢中で連絡するのを忘れていたな。

 ヤッスは神出鬼没なので、奴の行動を把握する目的でこまめにメールしていたけど。


「ごめんよ、ガンさん。俺も色々と忙しくてね(狡猾スキル発動中)。先生、俺の鎧なおった?」


 俺はさらりと誤魔化し、本題を進めた。

 アゼイリアは「ええ」と愛想よく頷いてくれる。


「勿論よ。以前言った通り修復だけじゃなく、前回の探索で手に入れた素材を《融合素材フュージョンレシピ》して、大幅なバージョンアップとカスタマイズに成功したわ!」


「なんだって? 手に入れた素材って……まさか?」


「そっ! 魔王級の悪魔デーモンことモロクが装備していた『青銅の鎧ブロンズアーマー』、これが真乙くんの新しい鎧よ!」


 マッド博士のようにテンションを上げる、アゼイリア先生。

 彼女はそう言いながら、テーブルの上に被せていた大きな白布を取って見せる。


 そこに新たに生まれ変わった漆黒の鎧一式が並べられていた。

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