第130話 身の程知らずのモデル野郎

 モデルの「木下 陽翔」は声を張り上げたかと思うと、俺の方をキッと睨んでくる。


「しかも、この俺の代役がこんな地味でイモ臭ぇ野郎だなんてよぉ! ありえねぇだろーっ!?」


 予想通りのいちゃもんつけてきた。

 まぁ悪口自体は言われ慣れているから気にしないけどね。

 ただ、こっちは遅刻してきたお前のせいでの代役だと言ってやりたい。


「キーッ! 真乙くんは地味だのイモでもないわよん! アンタなんかよりも光っているダイヤの原石よん!」


 キャサリンさんが自分のことのようにヒステリックな声を上げて否定してくれる。

 プロのカメラマンにそこまで評価してくれるなんて……ちょっとだけ嬉しい。


 一方の陽翔は「フン」と鼻を鳴らすと、視線を俺から杏奈の方に向ける。

 するとニヤっと口端を吊り上げた。


「……まぁ、女子の方はイケてるな、うん。ねぇ、キミ」


 そう言いながら俺を押し退け、いやらしい笑みを浮かべながら杏奈の隣に立ち始める。

 こ、この野郎……。


「若葉も戻って来ないみたいだしさぁ。俺と撮影を取り直さない? 終わったら美味しい物でも食べに行こっか?」


「嫌です。わたし別にモデルじゃありませんので。あと真乙くんを悪く言うのはやめてください」


 杏奈はきっぱりと断り、俺のことまで立ててくれた。

 一見して物静かで大人しそうに見えるけど、自分の意志をしっかり持っている。

 やっぱいい子だよなぁ……。


 しかし陽翔は意に介さず、杏奈の肩に手を回して抱き寄せようとする。


「いいじゃん、別に。んな素人野郎より、俺の方がいいだろ?」


「ちょ、やめてください!」


「おい! いい加減にしろよ、あんた!」


 俺は二人の間に割って入り引き離した。

 そのまま杏奈の前に立つ。

 彼女を護る最強盾役タンクとして――。


 陽翔は舌打ちしながら、俺と対峙する。

 さらに激しく睨みつけてくる。


「ああ? テメェ、何イキってんだ? 誰に向かって言ってんの? この俺を知らねぇのか、コラァ?」


「知ねーよ。おたくらの事情なんて俺達には関係ない。だがこの子に絡むようなら俺だって黙っちゃいない」


「はぁ? 女の前だからってカッコつけてんじゃねーよ! くらえぇぇぇぇ!!!」


 何をキレてんのか。陽翔は突然殴り掛かってきた。

 だが遅すぎる。ヘイナス・ラビットやコボルトの突撃の方が余程早いくらいだ。

 仮に当たってもノーダメージだな。


 けど受ける気もさらさらないので、俺は平手打ちで軽く捌き拳撃の軌道を反らした。

 すると、陽翔はバランスを崩し「おっとっと」と前のめりで転びそうになるのを堪える。


「テ、テメェ!?」


「暴力はやめましょう。そっちが恥かくだけっすよ」


「うっ、うるせーっ! その態度が気に入らねーんだよぉぉぉ!!!」


 そうブチギレると、またもや俺に目掛けて殴りかかって来る。

 相変わらず遅いパンチだが、ちょっとだけまずい状況かな?

 何故なら背後には杏奈がいる。下手に躱すと彼女が危ない。


 だったら盾役タンクとして、あえて攻撃を受けるのもありだが、周囲のギャラリーが多すぎる状況だ。

 陽翔如きが俺を殴ったら、逆に奴の拳がへし折れるに決まっている。

 したがって自業自得とはいえ、俺の破格的な防御力VITを周囲に見せるべきじゃない。


 ならば――。



 バシッ



 俺は掌で、陽翔の拳を受け止めた。

 そのまま奴の手首を掴む。


「な、なんだと!?」


「悪いな。正当防衛だ」


 言いながら、陽翔の手首を捕らえて関節をねじって地面に押し倒した。

 傷つけず相手を制する合気道の「小手投げ」という技だ。

 以前、動画を観て見様見真似でやってみた。


 陽翔は仰向けで倒れ、俺は奴の胸に片膝を乗せて完璧に動きを封じる。


「バ、バカな!? 格闘経験のある、この俺が……嘘だろ!?」


「す、すごい……」


 ねじ伏せられ、陽翔は信じられない表情を浮かべている。

 キャサリンさんを始め、周囲は呆然を見入っていた。


 格闘経験だと?

 そうか? 俺が裏で組織する『赤き天使の鐘レッドアンジェラス』の景山さんの方が余程キレのある拳撃を放っていたぞ。


 まぁ俺も格闘家ファイター職じゃないから、同格や格上の相手じゃ難しい技だし、こうもあっさり制圧はできないだろう。

 だが超格下相手なら、このように試し感覚で実行することも可能だ。

 今の俺なら決して無理ゲーじゃない。


 けど、この陽翔って奴……なんだ?


 頭が可笑しいだけじゃない。

 何故か妙な違和感を覚えてしまう。


 さっきから俺の《索敵》スキルが反応しているのだが……。


「いい加減にしさない、陽翔! これだけのギャラリーがいる前で、一般人に暴力を振るうなんて……モデルどころか、もうアンタの芸能活動も終わりよん! 証拠の映像も抑えてあるんだからね! アタシの知人の記者にリークしてやるんだからねん! マネージャー、とっとと、このゴミを連れて行ってちょーだい! 二度とアタシの前に姿を見せないでよねッ!!!」


「は、はい! わかりました!」


 キャサリンさんがそう叫ぶと、事務所のマネージャーは慌てて近づいて来る。


「ちくしょう! 離せっ、コラぁぁぁ!! くそがぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 陽翔は抵抗を試みるも、俺ががっしりと抑えつけているため一ミリも動くことはできない。

 もうレベル31だからな。比べて陽翔は、せいぜいレベル3~4程度だろう。

 例えるなら、ドブ鼠と虎くらいの戦力差と言える。

 はっきりって無駄な抵抗ってやつだ。


 そうして抑えつけていると、奴はようやく諦めて力が抜けた。

 俺は離れ、マネージャーに陽翔を託すことにする。

 

 マネージャーには「すみません、本当にすみません」と俺にペコペコと頭を下げて見せると、他のスタッフと一緒に陽翔を連行していった。


「これで陽翔も終わりね! まぁ以前から素行が問題視されてたし、どうでもいいわ! ごめんなさい、真乙くんに杏奈ちゃん。最後の最後で嫌な思いさせちゃって」


 キャサリンさんは表情を切り替え、申し訳なさそうに俺達に頭を下げて見せる。


「いえいえ、キャサリンさんが謝ることじゃないですよ!」


「わたしは大丈夫です……真乙くんが守ってくれたから。けど真乙くん大丈夫?」


 杏奈は瞳を潤ませ、心配した様子で俺に寄り添ってくれる。

 別に殴られてないし至ってノーダメージなんだけど、彼女の優しさが素直に嬉しい。


「大丈夫だよ。ありがとう心配してくれて」


「にしても真乙くんって強いのねん。アイツ腕っ節自慢で、喧嘩自慢ばかりが集まる『プレイバックダウン』の出場経験もあるのよん」


 プレイバックダウン?

 ああ、動画配信でお互いを煽って対戦者を決める流行りのアマチュア格闘技大会か。

 昔のトラウマが蘇るから、ああいうノリが苦手で観てないけどね。


「まぁ、身体だけなら俺も鍛えていると言うか……ははは」


 流石にダンジョンで死ぬような目に遭いながら鍛えているとは言えないけど、素人よりちょい上レベルだと思ってくれればいい感じかな。


「陽翔、だっさ……もう幻滅だね」


「そうそう、それに比べ、あの真乙くんって彼……超カッコイイ」


「ガチそれね。爽やかだし、推しになっちゃう♡」


 ギャラリーのギャル達が何やら感想も漏らしながら、パシャパシャとスマホで俺を撮り始める。


 やべぇ、あんまり目立ちたくないんだけど……。


「あっ……真乙くん?」


 俺はぎゅっと杏奈の手を握りしめた。

 不意をついての手繋ぎに、彼女は可愛らしく声を漏らしている。


「そ、それじゃキャサリンさん! 今日はありがとうございました! 俺達はこれで失礼します! 行こ、杏奈っ!」


「う、うん。失礼します」


「ええ、こちらこそ。楽しかったわ、また会いましょうねん!」


 こうして、しょーもないトラブルを無事に回避して、俺と杏奈は逃げるようにショッピングモールを後にした。



◇◇◇



「おい、マネージャー。そろそろ解放してくれよ」


 ショッピングモールの非常階段にて。

 陽翔はマネージャーに連行される形で出口に向かっていた。

 あれだけの騒ぎを起こしてしまったので目立たず撤退している最中だ。


 そんな陽翔から発せられた言葉は、先程までの低俗で攻撃的な様子ではなく、至って冷静な口調に聞こえた。


 マネージャーは頷き、素直に陽翔から離れる。


「……本当に良かったのかい? いくら事務所を辞めるからって……」


「アンタが気にすることじゃねーよ。最後に嫌な思いさせて悪かったな、ほれ謝礼金だ。社長には世話になったと伝えてくれ」


 陽翔は懐から現金の茶封筒を出し、マネージャーに手渡した。

 マネージャーに「ありがとう、それじゃ元気で」と告げ、一人で去って行った。


「ふぅ……これで、ようやく自由の身か。やれやれだぜ」


「――おめでとう、陽翔くん。これで真の仲間だね?」


 不意に背後から声が聞こえた。

 陽翔は振り向くと、いつの間にか数段上の階段に少女が立っている。


 緩いウェーヴのかかったセミロングの茶髪。

 小顔で大きめの丸眼鏡を掛けた、可愛らしく優れた容姿を持つ美少女だ。


 突如現れた少女に、陽翔は身構えることなく寧ろ満面な笑みを浮かべる。


「おおっ、若葉ちゃん……いや、アンジェリカと呼んだ方がいいか?」

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